08 なんと、僕にもチート能力が! でもめっちゃ地味

 イケメン観察を続ける。

 マルティナはあいつの名前を呼んでいた。お客さんが少ないから、何度も来てくれるひとは覚えてるって言ってたから、あいつも通っていたたぐいなんだろう。目的がどこにあったのかは知らないけどさ。

「これは、どういう意味の紋様なんだい?」

 イケメンの指が、紙をなぞる。そのついでに、長い指がマルティナの指に触れる。さりげなく、それでいて絶対の意思を持って。

 男の右手が、マルティナの細い指先をゆっくりと這い上がり、小さな手を包みこもうとしたとき、イケメンの顔が歪み、自身の右手を離した。苦痛の表情のなか、右手の指先をこすり合わせている。

「どうされましたか?」

「あ、いや、その」

「もしかして、痛みがありましたか? 冒険者相手の店で、女がひとりでいるとなにかと物騒なものでして。心配した父が、私に防御の術をかけてあるんです。ですが、不用意に発動はしないはずなんですよ。よほどの邪念でもないかぎりは」

「そうか、それはよいお父上だな!」

「はい」

 にっこり微笑むマルティナと、微妙に顔が引きつっているイケメン。

 うしろにまわして隠した右手が、赤く腫れあがって震えているの、僕からはよく見えますよー。

 それからはつつがなく商談が進み、イケメンは後日受け取りにくることを約束して、足早に店を去った。

 イケメンが出て行って、しばらく待ってから、僕は机の下から這い出る。カウンターではマルティナが窓の外を睨みつけていた。

「あー、気持ち悪かった。お客さんじゃなかったら、蹴り飛ばしてやったところだわ」

「……マルティナは、あいつのことを、その」

「なあに? そういう色恋の話をしたいのなら、願い下げよあんなの」

「マルティナはあいつが嫌いなの?」

「人間としては嫌いよ。でもルーサイトさんって、王都のお金持ちのお坊ちゃんなのよねえ。いい金づるだから、お客さんとしては逃したくないの」

「さいですか」

 女の子はしたたかだ。

 ああ、そんなこと、僕だってじゅうぶん知っていたはずなのに、見た目が幼いマルティナを、その対象からすっかり外してしまっていた。

「そんなことより、レイレイの狙いは当たったわね」

「なんのこと?」

「相性のいい魔法で効果を増大させる守護魔法のことよ」

「ああ、そのこと」

 僕だってゲームのひとつやふたつ、やったことあるから、属性効果の概念ぐらい思いつくよ。炎のモンスターに水や氷の魔法をかけたりするの、常識でしょ。

「やっぱりレイレイは魔法使いに向いているのね」

「そうなのかな?」

「だって、ロッドを使いこなしているじゃない」

 マルティナが杖を指して言うけど、今の僕は、足腰が悪いひとが使うほうの杖として使っているにすぎないよ。

 僕が言うと、マルティナは目を丸くして、矢継ぎ早にまくしたてた。

 半身を支えるために、重力操作として風と土の属性を使っている。肉体を維持するために、いろんな魔法が使われているはずだ。

 体温調節のための火属性、血液循環や発汗など、水属性はフル稼働。

 それらの効果をずっと永続的に続けているなんて、並大抵じゃない。桁外れの魔力制御だ。

「なにそれ」

「ヘインズおじさまは、なにも言ってないの? レイレイには素質があるから教えているに決まってるじゃない。バカね」

 なんと、僕にもチート能力が! でもめっちゃ地味。すごいはずだけど、ぜんぜん目立たない。

 ただ、生きてるだけ。生きるのに必要なことを無意識でやっているなんて、普通の人間でもそうだよね。

「もう、レイレイはもっと胸を張っていいのに」

「あ、胸を張るっていえば、僕もようやく張るための胸ができたよ、片側だけど」

 言って、胸を反らしてみせた。服の上からでも、筋肉モリモリでないのは明白。

 僕に肉体制御のチートがあるなら、もっと筋肉質な体型にするよね。この世界は、なよなよしてたら負け男だし。

 すると、僕の前にいるマルティナが、なにやら思いつめたような顔をした。そして僕の手を取り、手のひらを合わせる。

 あいかわらずちいさくて、可愛い手。あのイケメンが触って、握ろうとした手。

 思い出したらムカついてきた。なんだあの男。

 あ、ちょっと待って。たしかゼクさんが防御の術を掛けてる、とか言ってなかったっけ。僕、なんで平気なの? いままでだって、普通に触ってたんだけど、なんともなかったよね。

「ねえ、レイレイ。私、変わった?」

「へ? なにが?」

「レイレイって大きくなったわよね。ずるいことに」

 卑怯者、とでも言いたげな声色。だけど、マルティナが本当に言いたいことは、それじゃなかった。

「ほら、大きくなったはずのあなたの手と、私の手。比率があんまり変わってないような気がするのよ」

 肘から先が生えはじめたころ、腕相撲をしたことがある。うん、暇だったんだ。

 僕の成長記録を取っているマルティナは、誰よりも僕の手を知っている。必然的に、自分の手との対比を、目にしていることになる。僕が大きくなってもマルティナが小さくなっていないってことは、つまり。

「私、成長してる……?」



     +



 緊急家族会議リターンズ。

 本日の議題は、マルティナの身体について。

 あ、エロイ意味じゃないから! 想像するの禁止!


 結論から言うと、マルティナは大きくなっていた。少しずつ、気づかないうちに、成長していたらしい。

 もともと、余裕のある服を着ていたから気づかなかったみたいだけど、背比べをしてみると頭の位置が高くなっていたっぽい。マルティナは座っていることが多いから、ゼクさんもタマルーサさんも、起立した状態で対面する機会が少なかったんだ。

 ゼクさんがおいおい泣いていた。抱きしめて、嬉し涙にくれていた。

 ほんのすこし、疎外感を覚えてしまった僕に気づいたタマルーサさんが、僕の背中をポンと叩いて撫でる。二人には聞こえないぐらいの声量で、そっと呟く。

「あんたが大きくなったの、すっごく嬉しいよ、玲」

「……うん、ありがとう美沙ちゃん」

「あのひとだって、喜んでるよ。それは間違いない。あんたのための服、装備品も含めて、探しに行ったんだから」

「わかってるよ」

 なにより、マルティナ自身が、成長しないことをいちばん気に病んでいたことを知っている。

 この家に来て、半年ほど。僕は毎日、マルティナと一緒にいるんだから。家族みたいだけど、家族じゃない関係だから、両親には言いにくいことも、僕は知っているんだ。

「こんなとき、日本ならお赤飯でも炊くんだけどねえ」

「お祝いだね」

「女子で赤飯といえば、月の――」

「待って、それ僕が聞いていいのっ」

 さすがにそれはデリケートな話題では。男が気軽にくちにしたら、セクハラ案件になっちゃうやつ。

「なんだい、大事だろ。子どもが産めるかどうかっていう」

「美沙ちゃん、配慮して。僕、そういうのに縁がなかったの知ってるでしょ」

「おまえは残念なヤツだよ、まったく」

 ほっといてよ。僕はどこまでいっても、その他大勢枠なんだから。

「ゼクが、あの子に術をかけているのは知ってるかい?」

「今日まさにそれを見ました。王都のお坊ちゃんとかいうイケメンが、マルティナの手を握ろうとして反撃を受けてた」

「あの子、私に似て美人だからね。幼女趣味の変態の毒牙にかからないか心配でさ。男相手には、仕置きが発動するようになってるんだ」

 男相手だから、観劇に来ているお母さんズには発動しないし、子どもが平気ということは、年齢制限もかかっているのかもしれない。とにかく不思議なのは、僕がずっと平気だった理由だ。

 言い訳じゃないけど、むしろマルティナのほうから接触をはかってくるから、僕は避けられないというか、避ける意味もないよねっていうか。そんなかんじで受け身でした、すみません。

 すると、タマルーサさんは吹き出して笑った。

「そうか、あの子がねえ」

「マルティナはもうちょっと慎みってやつを覚えたほうがいいんじゃないの?」

「ねえ、玲。マルティナからじゃなくて、あんたからあの子の手に触れたことだってあるだろ?」

「ごめんなさい」

「なんで謝るのさ、おかしな子だね」

 だからさ――と、笑って続ける。

「あの術は、あの子が不快だと思わなければ、発動しないんだよ。例え相手がどんな気持ちを抱えていたとしてもね。触れることができるのは、マルティナがそれを許しているから。心の底で、認めているからだ。あの子は――マルティナは、あんたに心を預けてるんだよ。自覚はないかもしれないけどね」

 こりゃやっぱりお赤飯だね。

 母親の顔をして笑ったタマルーサさんを尻目に、僕の心臓は暴れる。顔があったらきっと、赤飯みたいに染まっていたに違いない。



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