07 通報案件
右手から手首が生えて、肘ができて、肩まで到達。そこから急に胸、腹、腿、膝、足まで生成されてしまった。
すごい錬金術なんだけど、なぜか右半分だけ。ブラッディ・ハンドから、センターマンになってしまった。あいかわらず表皮はドロドロしているので、身体の断面が見えないことが不幸中の幸いっていえるのかな。
タマルーサさんが慌てて服を持ってきた。どうやら、見えるひとにとっては、僕は裸らしい。これでマルティナの傍にいるのはたしかに問題がある。
見た目が十代前半の少女と、右が裸のセンターマン。
事案だ。通報案件だ。
おまわりさんこいつです。
片側だけ人間っぽくなったのでバランスに問題があるかと思いきや、わりと普通に直立できた。
身長は、タマルーサさんより少し低いぐらいなので、身体年齢も上がったらしい。生前の僕は童顔で、男にしては背は低いほうだったから、享年に身体も追いついたのかもしれない。
歩行する際には少しふらふらするので、ゼクさんが杖をくれた。森で採ってきた、魔法使い用のやつ。つまり、ステッキではなくロッドのほう。
太めの枝から、皮を剥いで上薬を塗ってある。簡単にいえば、防水加工。
ゴツゴツしてデコボコがあって。魔法使いや賢者のおじいさんが持ってそうな杖は丈夫そうだし、たしかに殴ったら痛そう。物理的に使う気持ちはわからなくもない。
杖の頂上部分に魔石を嵌め込んで、魔法の効果を増幅させるんだけど、石は師匠が弟子に、卒業の証として贈るのが通例らしい。だから僕の杖は、ただの枝でしかないんだけど、素材となっている木自体が特別なので、これでもじゅうぶん魔法使いの杖になるそうだ。
僕が過ごしたザラムの森は、魔物が住む森だけあって、そういった用途のアイテムが多いんだって。ゼクさんがあの森で素材を集めてギルドに売っているのも、そういった理由だったみたいだ。
邪の
だから流通しているし、取り扱いにも注意が必要だし、採取するにも能力を求められる。素人が入ったら、邪気にあてられて、それこそ魔物化しちゃう可能性だってあるわけだ。
そんな危険な森が近くにあるなら、一般人は望んで住みたいわけがない。メブレの町が過疎気味な理由がわかったよ。
+
護符屋「マモリ」の指人形劇は今日も盛況。でも、舞台に使用している机の下は窮屈になってしまった。いままでは、片腕と少女が潜んでいるだけだったんだけど、僕がセンターマン化したもんだから、空間が足りなくなってしまったのだ。横幅を広げる必要が出てきたかもしれない。
急に身体が生えたことで、馴染みのお客さんも悲鳴をあげたけど、劇が終わるころには慣れてくれたっぽい。この町に住んでいるだけあって、意外とタフだ。
劇と劇のあいまの休憩時間。
新しい身体における互いのポジション確保を模索すべく、机の下でふたりであれこれ体勢を考えていたんだけど、なんだろう、昨日までとちがってマルティナの位置が気になって仕方がない。
僕は高さが足りないので椅子を使っていて、マルティナは床に座って腕をあげていたんだけど、半分とはいえ身体ができたので、僕も床に座ることになって。
つまり、顔の位置が近くなったんだ。
まだ顔はないんだけど、見えていないだけで、僕にも頭部があることがわかってしまった。マルティナがこちらに顔を向けるたび、ドキマギする。その位置だと、ものすごく唇が近いんですけどー。
モテない男子にだって欲はあるわけでして、僕は妄想のなかでマルティナにキスを試みる。
いやだってするでしょ、想像ぐらい。これぐらい許されてもよくない?
などと不埒なことをしているとは露程も知らないマルティナときたら、やはりこっちの心情などおかまいなしなのだ。
いちおう、「どうやら僕は人間らしい」って言ったはずなのに、全然まったく動じてない。無邪気に手を伸ばして「じゃあ、レイレイの顔がここにあるのね」って、見えない顔を触る仕草をするのである。
ちょ、やめて。それはちょっと刺激が強すぎます。キスの妄想してる僕が居たたまれないから、やめたげてー。
覗き込むように顔を近づけてくる。
色白の綺麗な肌、根本まで同色の金色の髪。すっきりと晴れた空みたいな青い瞳に、僕の顔が映っていないことが、ひどく悔しかった。
僕はどんな顔をしているんだろう。右手を当てても、顔の感覚はない。存在していない部分は空虚だ。ゼクさんたちも、見えているだけで触れるわけではないという。
触れるなら、とっくにその髪を整えてるよ、みっともない。
タマルーサさんがそう言ったので、僕はいまだボサボサヘアーのままらしい。黒髪ってことだけは教えてくれたけど、前世の「玲」と同じ顔をしているかはわからない。タマルーサさんだって「美沙ちゃん」とは似ていないから、さすがに面影はないんじゃないかなあ。
「まあ、こんなかんじでいいんじゃない? レイレイに左側が生えてきたら、また考えましょうよ」
「いまのうちに、ゼクさんに机の改造をお願いしておいたほうがいいんじゃないの?」
「舞台が広すぎると、移動が大変じゃない」
「まあ、それは、そうかもしれないけど」
「なあに、レイレイは私の隣にいるのがそんなにイヤなの? 自分が大きくなったもんだから、子どもっぽい私は駄目だっていうのね。乙女心をわかってないわ」
「そんなこと、ひとことも言ってないじゃないか」
むしろ成長したからこそ、バリバリ意識してるんですけど!? そっちこそ、男心をわかってませんよね。
自分が人間だってわかったせいか、マルティナの体温とか息遣いとか匂いとか、そういうのが全部いちいち気になって、タマルーサさんが服を用意してくれて本当によかったと思う。いままで裸でマルティナの隣にいたとか、想像するだけで興奮――いや、なんでもない。
あれ、僕ってそういう変な思考はないはずなんだけど。やめて、通報しないで。
ガランゴロン。
扉に設置したベルが鳴った。お客さんだ。机の下から這い出して、マルティナが接客に向かった。
ブラッディ・ハンド時代ならまだしも、センターマン化した僕は、新種の魔物として捕縛されかねないので、今日はなるべく引っ込んでいることにしている。
「やあ、ひさしぶりだねマルティナ」
「こんにちは、ご無沙汰しておりますわね」
「なんだか見違えたよ。ますます美しくなったね」
「あいかわらず、お上手ですわ。それでどんなご用向きですか?」
「じつは以前の護符がついに壊れてしまってね。新調しようと思って来たんだ」
「ありがとうございます」
新規の客ではなく、リピーターっぽいな。
机の上に、ちょいと指を出して確認する。こういうとき、この身体は便利だ。未だ、機関としての「目」がないもんだから、僕は指先で五感を補えるのだ。
鈍い色を放つアーマーは、それなりの冒険をこなした中堅者っぽい。腰に下げた大きな剣、その鞘はなにかの文様が描かれていて、なんらかの謂れがあるっぽい雰囲気バリバリだ。町中だからか、さすがに頭部は晒している。淡い金色のさらさらヘアー。目元の涼やかな、冒険者には似つかわしくないイケメンだった。
接客のため、マルティナはカウンターの中へ向かい、イケメン冒険者はゆっくりとその後を追う。ギシリと、床を踏む音。腰の剣が揺れる重い音も響く。
あいつには身体があるんだな。
そんな当たり前のことが、なぜかひどくムカついた。
「ルーサイトさまは、たしか風の加護をお持ちでしたよね。鎧の内側に治癒の紋を付加しておくと、自動修復がかかるので、装備が長持ちしますよ」
「なんだい、それは」
「風の精霊は、治癒術との相性がいいんです。加護をお持ちでしたら、他の方よりも高い効果が得られると思いますよ」
「すごい。さすがマルティナだ。そんな守護魔法は初めて聞くよ」
「おそれいります」
イケメンが微笑みを浮かべる。笑顔になると柔らかい印象になるとか、さすがイケメンは正義。同じく笑みを浮かべているマルティナと一緒にいると、すごいオーラになった。眩しい。あそこは主役カップルのコマだ。一ページぶち抜きで全身が描かれる、読者へ見せるためのいち場面。ヒーローと正ヒロインの姿がそこにあって、モブの僕はしゅんとなった。
装備品に直接紋を刻むよりは、紙や布に描いたものを貼り付けることが多い。装備を変更しても、護符の使いまわしができるようにするためらしい。
あと、同じ装備に別の術をすぐに付け替えることもできる。冒険に赴く場所によって、付帯効果を変更できるわけ。マグマ地帯に行くなら、ひんやり効果。その逆も然り。
そう考えると、武器防具屋より儲かるんじゃないのかな、護符屋の商売って。立地さえよければ、だけど。
護符について相談するべく、長身のイケメンはマルティナに近づいて、彼女を見下ろしている。
マルティナはといえば、手元に集中しているのか、イケメンのまなざしには気づいてないっぽい。少し離れたところから見ている僕には、ヤツの表情が丸見えだ。
嫌な顔をしている。
これでも僕は、夜の町で働いていたから、女性を相手にする男たちを何人も見てきた。だからわかるんだ。あいつのあの顔は、マルティナをたらしこむ気マンマンだってことが。
単純に、マルティナに好意を持っているのであれば、応援するかどうかは別として、マルティナ次第かなって思う。自分は男にとって恋愛対象外だって思いこんでいる彼女にとって、意識を変えるキッカケになるかもしれないし。
でも、あれは駄目だ。あいつが好きなのは、見目麗しい女の子を連れている自分だ。自分の価値を高めるために、マルティナを使おうとしている。
それは絶対に駄目だ。お兄さんは許しませんよ。
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