06 え、僕って呪われてたの?

 間森まもり美沙みさ

 僕の叔母さん。お母さんの、年の離れた妹。

 そうだ。僕は、大学生になってひとり暮らしをすることにして、飲み屋街のバイトを始めて、美沙ちゃんにひょっこり再会したんだ。スナックのママさんになってて、あいかわらずの金髪プリン頭だけど、ちゃんと年齢を重ねた女のひとになっていて。

 そういえば、そのときも年齢のことをいって、頭を叩かれたんだっけ。「れい、女に年齢を訊くもんじゃないよ」って。

 独身の女性より、養育環境が整っているほうが優先されるのは当然で。僕の父親側はおかたい職業に就いている親族が多く、子どもが一人しかいなかった家にお世話になることになった。血縁がいるのに引き取らないのは外聞が悪かったし、素行不良の叔母がいる家は教育に悪い、とかなんとか。たぶん、そんなかんじの理由と推測。

 物語にあるように、邪険にされたことはなかったし、かといって可愛がられたわけでもない。これは従妹に対しても同じだったので、あの家の教育方針ってやつだと思う。絵にかいたようなホームドラマは、僕のなかでは二次元だった。


 美沙ちゃん――もとい、タマルーサさんが言うには、僕が覚えていないのは、身体が不完全だからなんじゃないかって。まあ、片手の魔物だしね。いずれ身体が再生されたら、いろんな記憶が戻ってくると思うけど、なけりゃないでいいんじゃないかという。

 自分のことや、亡くなった両親のことを思い出してくれたらそれに越したことはないけど、強要することでもない。

 僕の場合、死に方がちょっとね、殺人事件だし。細かく思い出さないほうが心身の安全のためにいいと思う。メンタルケア大事。

「ってか、身体が再生って?」

「だってあんた、人間だもん。普通のひとには見えてないだけで」

「普通じゃないひとには見えるの?」

「まるで私が普通じゃないみたいな言い草だね、レイ」

「すみませんでしたー!」

 手のひらを机につけて、土下座の体勢をとる。

 なんか、自然にその形を取ったことを自覚できた。片腕しかないのに、僕は僕の意識として、上半身と、そこから繋がる下半身が自然にイメージできてしまった。

 これもつまり、僕にはきちんと「身体」があるからなんだろうとわかった。

 頭痛がするとか、心臓がぎゅっとなるとか、そういう感覚があるのは、前世が人間だったからではなく、今も人間だから。

 ところで、どうして右手だけになってるんだろう?

「ゼクを交えて話をしましょう。あんたを見つけてきたのは、あいつだからね」

「もしかして、ゼクさんにも僕が人間に見えてるってことなの?」

「当たり前じゃないか。ここに来たときのあんたは、園児ぐらいの背丈だったよ。ボッサボサの髪をした、ボロボロの子どもだ。そりゃ連れて帰るよ、当然でしょ。放置してたら、私が怒る」

 園児、だと? 僕の意識は黒服を着た大学生だったのに。まさか「見た目は子ども、頭脳は大人」状態だったとは。

「お姉ちゃんに、あんたの七五三の写真を見せてもらったことがあるんだ。ちっこいなりに黒いスーツを着ててね、そのときのあんたにそっくりでさ。だから、思わずレイって名付けちゃった」

「まさかの本人だったわけですね」

 僕はボロをきた浮浪児みたいだったけど、目を凝らしてよく見ると、どうも見た目どおりの年齢ではなさそうだとわかってきた。身体におかしなちからが溜まって、成長が阻害されている、と。なにしろマルティナという実例が近くにいるもんだから、ゼクさんたちはそう判断したし、ヘインズさんも同意したという。

 そうか、あのひとにも僕が見えて・・・いたんだ。



 買い出しから戻ってきたゼクさんは、僕が自覚したことを知ると、寂しそうに笑った。

「なにを、どこまで思い出したんだ?」

「と言われましても、僕はどうも人間らしいぞ、ということぐらいでして」

 さすがに前世がどうとかいう話は伏せる。タマルーサさんも言ってないみたいだから、僕が勝手に言うわけにもいかない。

 ゼクさんは席を立って、古めかしい本を持って戻ってきた。マルティナの治療をするにあたって入手した、古代魔法の本だという。

 幼い彼女が受けた傷は深く、通常の治癒魔法では追いつかないぐらいに危うかったらしい。禁術とまではいかないにしても、使われなくなって久しいいにしえの魔法に頼って、一命を取りとめた。

 古の魔法は、精霊魔法。

 通常の魔法とは概念が異なっているというが、素人の僕にはわからない。ヘインズ先生の授業は実践型で、座学はまだやってないんだ。

「おそらく、おまえに掛けられたのも古代魔法だ。もっともおまえの場合、治療ではなく呪いなんだろうが」

「え、僕って呪われてたの?」

「ヘインズが王都に行ったついでに、文献を漁っている。なにかしらの証拠は持って帰ってくるだろう。詳しいことはそれからだな」

 なにやらかしたんだよ、過去の僕。

 どうしよう。猟奇殺人犯そのものの可能性もあるわけですよね、これ。

 ブラッディ・ハンドの本体。

 張本人、元祖。

 うわあ……。

「なら、レイが何者なのかは、ヘインズが戻ってからだね。大事なのは、今のレイがどういう状態にあるかだ」

「そうだな。なあ、レイ。おまえを連れて帰ったのは、おまえが小さな子どもだったからだ。魔物になる魔法をかけられた子ども、俺はそれを見つけた。だが、本人は自分を魔物そのものだと思っている。つまり、それぐらいの時間、呪われているんだとわかった。深刻だ」

 変化の術をかけたり、かけられたり。元の姿に戻れなくなってしまうことは、珍しくない。魔法を覚えたばかりの子どもなら、なおさらだ。

 だけど、わざわざ魔物に変じる者はいない。

 しかも見たかぎり子どもで、そのくせ思考はしっかりしていて、およそ子どもらしくない。事件の匂いがプンプンだ。

 ということで、ゼクさんは通常の手順をすっ飛ばして、ギルドの上層部に相談を持ち込んだということらしい。

 最初、ヘインズさんの態度がおかしかった理由がわかった。

 あきらかに呪われた、魔物の姿を被せられた子ども。

 驚くし、慎重に扱うだろう。ギルドにおける僕担当がヘインズさんだったのも、そういう理由なのだ。

 あ、そうだ。ひとつ重大なことが判明した。

 僕がゼクさんと出会うキッカケになった、あの呼び寄せ餌なんだけど、僕が惹かれてガブ飲みしたアレは、餌じゃなかったらしい。木皿に入っていたのはゼクさんの夕飯で、本当の餌はその周辺に撒かれていたんだとか。

 お腹が空くあまり、他人のご飯を勝手に食べたとか、浮浪児そのものじゃないか僕。

「……勝手に食べてすみませんでした」

「なに。だからこそ、連れて帰って、ちゃんと面倒見てやらなくちゃと思ったんだ。旨かったか?」

「ものすごく」

「あれはタマルーサのオリジナル料理なんだよ」

「へえ、そうなんですねー」

 なるほど、だから出汁の味。

 ん? ということは、あれ・・が食べられるんですか?

「作ってやろうか? うどん」

「食べたい!」

 タマルーサさんがニヤリと笑って、その顔を見ていたら、僕は前世を思い出した。

 店でご飯を食べさせてもらってたけど、和食が多くて。冬場、バイト帰りに寄ると、いつもうどんを作ってくれた。

 あったかくて、ほっとして。顔を突き合わせて一緒に食べたっけ。


 玲、好きな子とかいないの?

 美沙ちゃんこそ、いいひといないの?

 生意気を言うようになったね。私はお姉ちゃんの代わりに、あんたの子どもを抱くのが夢なんだよ。

 それ、一生無理だと思うよ。僕、モテないから。


 そんな話をしながら、ズルズルとうどんを食べた。

 お世話になっていた親戚の家では、こんな会話もしたことがなくて。そもそも、美沙ちゃんみたいにガンガン話を振ってくるひとは、僕の周囲にはいなかったから、そのお節介さが新鮮であり、でも構われていることがすごく嬉しかった。

 僕のことを考えてくれているんだってわかって、それがすごく嬉しくて、泣きそうになった。

 外がすごく寒くて身体が冷えていたせいか、鼻水が垂れて仕方がなかったから、情けなくも泣いていたのはきっとバレてないはず。

 美沙ちゃんが本当にモテなかったのかどうか僕にはわからないけど、今はこうしてゼクさんという夫がいて、マルティナっていう娘もいる。

 ちゃんと「お母さん」してることが、僕は嬉しい。

 思い出せて、すっごく嬉しい。



 僕が実は人間であること。

 マルティナにはまだ伏せておこう、ということになった。ヘインズさんが戻ってきて、進展があってからでも遅くないだろう、ってこと。

 僕自身が自覚しただけでも、ゼクさんたちにとってはひと安心。秘密にしてるって、結構ツライもんね。

 今日はゆっくり寝なさいと言われて、早めにベッドへ転がる。

 ゼクさんは、自分が呪われていることを知った負担を気にしているようだったけど、僕的にはむしろ、タマルーサさんも転生者で、しかも前世の叔母だったほうがよっぽど衝撃だよ。情報量多すぎ。

 たしかにこれらは僕に負荷をかけたのだろう。考えすぎると頭痛くなったりするじゃん。寝てるあいだにも、脳がいろいろ思い出していたのか、変な夢も見た気がする。

 前世の最後。誰かに刺されて、ぬるりとした液体の感触。

 血液に濡れた自分の右手が、消えた殺人鬼の手と言われる魔物、ブラッディ・ハンドへ変化する。

 痛い。

 身体が痛い。

 痛い痛い痛い痛い。


 ゴトン。

 ベッドから落ちた。腰打った。腰骨の出っ張ってるとこ、床に当たった。いってーよ。

 咄嗟にさする。「手当て」って言うとおり、手を当てる行為は痛みを除去するの不思議だよね。あー、痛い。

 すっかり朝になってる。寝たような、寝られなかったような。

「すごい音がしたぞ、大丈夫、か……?」

「めっちゃ痛いですけど、まあ、そのうち、なんとか」

「――レイ、おまえ」

 ゼクさんがすごい形相でこっちを見ている。出会いのころを思い出す、「なんだこいつ」みたいな顔だ。

 軽い足音が近づいてきて、「なあに、朝から」とマルティナの声。続いて、素っ頓狂な声が響いた。

「うそ、まさかレイレイなの? なんで急に身体が生えてるのー!?」

「へ?」

 見下ろすと、下半身があった。

 なんてこったい、一晩で成長しすぎだろ僕。




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