05 昔話をしようか
メブレの町に来てから、そろそろ二ヶ月。
ブラッディ・ハンドからブラッディ・アームに進化を遂げた僕だけど、そこからさらに成長をしまして。
じゃじゃん! 肩が出来ました! ブラッディ・アーム完全体ってかんじ!
付け根あたりがもぞもぞしているので、さらに伸びる気がする。なにが生えるんだろう。いきなり足がくるのは勘弁してほしいなあ。
「レイレイも男の子なのね。私の腕と比べると、太さが違うわ」
ブラウスの腕をまくりあげて、マルティナが白い細腕を晒す。二の腕あたりにはやっぱり薄く傷跡があって、僕はまたぎゅっとどこかが苦しくなる。
本人はあまり気にしているふうではないけれど、見せかけだと思う。だって彼女は、どんな日でも長袖を着ているから。
マルティナは、家族以外の前では、肌を見せるような真似はしない。
それは淑女の慎みというやつかもしれないけれど、マルティナの勝気な性格から考えると、そんなことを気にするタイプには思えないんだよな。屋台では買い食いするし、大口開けて食べてるし。
観光客らしい、身分の高そうなお嬢さんやお坊ちゃんが、そんな彼女を見て顔を顰めているところを見ると、「
僕は、普段通りのマルティナが可愛いと思うし、一緒に買い食いをするのも楽しくて好きだから変わってほしくないけど、それでも男女ぐらいは意識してくれてもいいんじゃないかと思う。
「マルティナはもっと考えたほうがいいよ。何度も言っただろ、僕はこう見えても二十歳の男なんだって」
「そうね。この腕の長さは、子どもじゃないわね。なら、もっと鍛えたほうがいいわよレイレイ」
「ゼクさんと比べるのはやめようよ……」
マルティナの理想のタイプは「父さんみたいな男」らしい。
たしかに僕の腕にはあまり筋肉がついていないけど、英雄ゼクトルーゼンと比較されても困る。僕は剣士じゃなくて、魔法使いなんだから。
「駄目よ。魔法使いだって杖を使って攻撃するのだから。腕力があるに越したことはないはずよ」
「だからなんで物理なんだよ。キミたち一家は、ちょっと脳筋すぎない?」
+
ギルドの窓口へ向かうと、馴染みになった職員さんたちが声をかけてきた。
「わー、なんかすげえな。俺、初めて見たわ」
「ブラッディ・ハンド改め、ブラッディ・アームです」
「この先、どうなるの?」
「さあ? 僕もわかんないです。ヘインズさんなら知ってるかもしれませんけど」
「タイトラー統括長ならそうかもな。我が国が誇る英知のひとだし」
なんかすごい肩書きが出てきた。ゼクさんが英雄なのは聞いてたけど、ヘインズさんも負けず劣らず。あらゆる魔法を見極める『妖精の目』の持ち主だとか。
「妖精の目?」
「精霊とか、そういう不思議なものを見ることができるひとは、そう呼ばれる」
なるほど。死神の目、みたいなやつですね。
僕の状況を詳しく訊きたいところだけど、ヘインズさんは王都へ呼ばれて留守なのだ。戻ってくるのに時間がかかりそうということで、僕の魔法レッスンは一時中断。かわりに、タマルーサさんの指導を受けているところである。こっちはこっちで容赦ない。鬼軍曹だ。
「レイ、帰るぞ」
ひょいと身体を持ち上げられる。ゼクさんだ。今日は素材の買い取りに来ていて、僕は付き添い。
右手オンリーだったときは肩に乗っていたけど、腕が生えてからは、まるで肩を抱いているような恰好になっている。
身体のない腕に肩を抱かれる図は、どう考えても心霊写真だ。タマルーサさんは爆笑していた。
帰り道、直接家には戻らずにぶらぶら歩く。僕もそれなりに有名になっているので、驚かれることは少なくなってきた。むしろ、成長を面白がられている。
門の衛兵たちは、腕っぷしのいい男の集まりで、収入の安定しない冒険者にはならなかったひとたち。
彼らにとって、仲間になる魔物は教本でしか知らない世界だし、ましてブラッディ・ハンドが仲間になるなんて聞いたこともない。僕がどう変化するのか、とても楽しみにしているらしい。
なんか、不思議だ。生前、僕の周囲にはあまりひとがいなかった。
お世話になった親戚のおじさんは寡黙で、あまり喋らないひと。おばさんのほうもそんなふうで、従妹も必然的にそうなった。日常会話はとても少ない静かな家だった。
学校でもバイト先でも、僕は存在感が薄かったので、今、この世界で、こんなふうにいろんなひとに囲まれているのが、不思議で仕方ない。戸惑いが大きいけど、ゼクさんやタマルーサさん。なによりもマルティナが明るく楽しそうに日々を生きているから、僕も自然に楽しい気持ちにさせられる。
ああ、スナック「マモリ」のママさんが言っていたのは、本当だ。
ママさんは男気溢れるひとで、「シケた顔せず、どんなときでも笑え」と言っていた。そうしたら、きっと僕の周囲のひとも笑ってくれる。陽の気は伝播するのだ、と。
そしてよく僕の頭を撫でていて、僕は亡くなった母親がいたら、こんなふうだったのかな、なんて夢想していたんだ。
ゼクさんもよく僕を撫でる。マルティナのこともよく撫でているし、スキンシップが多い一家だと思う。「外国文化だ、慣れなよ」とタマルーサさんは言っていたけど、つまりエルフ族は違うってことなのかな。異文化コミュニケーション。
僕はこのメブレの町と、あの森しか知らない。魔物がどうやって誕生するのか知られていないけど、僕自身も覚えてない。少なくとも、おぎゃーと生まれた魔物は見たことないので、自然発生なのかなと思う。そもそも魔物に寿命があるのかも疑問だ。
そういえば僕は何歳なんだろう? 前世の最終年齢は覚えてるけど、魔物として生きた年数はわからない。数える習慣がなかったし。ひょっとしたら、この世界における僕は十代の可能性もあるし、もっと上の可能性もあるわけだ。
年齢といえば、エルフは長寿のイメージがあるなあ。タマルーサさんは何歳なんだろう?
トン。
軽い音を立てて、僕のすぐ隣に包丁が刺さった。
毛穴という毛穴が開いたかんじで、ぞわっとした。鳥肌立ってない? ヘドロで見えないけど。
「タ、タマルーサさん?」
「女に年齢を訊くとはいい度胸だね、レイ」
「ごめんなさい、出来心だったんです」
「ごめんで済んだら警察はいらないんだよ」
「そっすね……」
笑顔なのに目が笑ってない。こわい。
ふって湧いた疑問をぶつけてみただけなのに、魔物相手にも容赦ないよタマルーサさん。いや、本来、魔物は狩る存在だろうけど。
グツグツと湧いている鍋の存在が、まるで魔女のようで恐ろしい。煮込まれたらどうしよう。スープストックにはなりたくない。
「それで、なんだってそんな疑問に至ったんだ?」
「僕、育ってるじゃないですか。森にいたときはまったくそんなことなかったのに。それでふと、僕って何歳なのかなと思ったんです。魔物に年齢あるのかな、人外といえばエルフも人間じゃないなー、みたいな」
「べつに隠すような年齢じゃないよ。私は四十二歳になった。早いもんだね」
肩をすくめて、達観したような声色で言いながら、タマルーサさんは鍋に野菜を投入する。人参、ジャガイモ、玉ねぎ。どれも、それっぽい野菜を煮込む。なんだろう、シチューかな。
「本当はスパイスを使ってカレーが作りたいんだけどね。ゼクがああ見えて辛いの苦手なんだ。子ども舌なんだよ」
「へえ」
ってか、カレーあるのかこの世界。
「結構苦労したんだ、再現するの。エルフでよかったよ。この国のひとたちと違った嗜好をしていても、あまり驚かれない。私はきっとエルフのイメージをだいぶ損なった自信があるね」
「はあ」
「なんだい、反応薄いねえ。イマドキの子なら、異世界転生でグルメチート、とか思わないのかい」
「いや、僕はグルメ系にはあんまり興味な――え?」
いま、なんて言いました? 異世界転生?
僕に目鼻はないけど、タマルーサさんを凝視する。
ちょっとまって、どゆこと?
「私も転生者ってやつだよ、
「お店の名前って、マモリのこと? ってか、お姉ちゃんって、似てるって」
「両親のことも、覚えてないんだね。いや、責めるわけじゃないんだ。だいたいにして、前世がどーとかいうほうが、よっぽど頭おかしいんだし。だけど私は狂ったみたいに覚えてた。これだけは忘れてなるもんかって、意地みたいに覚えてた。大学生になったあんたに再会して、今度こそ、お姉ちゃんに代わって見守っていこうって思ってたのに、あんなことになって」
「……えっと、あの、いろいろアレなんだけど、タマルーサさんは元日本人で、お世話になってたスナックのママさんで、しかもミサちゃんだったってこと?」
「昔話をしようか。ずっとずっと過去の、一度死んでしまった、ここではない世界の話だ」
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