04 魔法使いタイプになろうと思う

 仲間になったとはいえ魔物の僕は、定期的にギルドに顔を出すようになっている。そこ、「あんた顔ないじゃん」とか言わないように。

 魔物によっては暴れる奴もいるらしく、契約の更新をしなければならないらしい。

 なるほど、仲間にして戦闘を共にする魔物って契約社員だったんだなあ。僕も契約を切られないように気をつけないと。

 そういえば、生前の死はいわゆる労災になるんだろうか。バイトだったから関係ないのかな。



     +



「レイくん、身体の調子はどうだい?」

「どう、と言われても。ただ、伸びましたね」

「だな。この前は手首が出てきたところだったが、肘まで到達したじゃないか」

「そうなんですよ。ブラッディ・ハンドって、こんな進化をするんですね」

 成長期に子どもの背が伸びるように、僕も伸びている。手というより、腕。ブラッディ・アームになってきた。

 僕の面談相手は、ヘインズさんだ。最初に契約書を作ったひとっていうのもあるけど、どうも僕は変異種らしいので、一般のギルド職人の手には負えないんじゃないかという判断です。申し訳ない。

 ヘインズさんが僕を触る。現役を引退したとはいえ、元冒険者。見た目に反して、固い皮膚に剣ダコが多い、厚い手のひらだ。

「痛みはあるのか?」

「成長痛ですか? 特には。気づいたら伸びてます。マルティナが嬉々として記録を取ってますよ」

 柱の傷は一昨日の、ブラッディ・ハンドの背比べ。

「楽しそうだな」

「僕は完全に弟になってますね」

 本当は同い年なんだけど、身体がない以上、そんなことは言えない。

 マルティナはずっと妹ポジションにいたので、お姉さんぶれることが嬉しくて仕方がないっぽい。弟か妹が欲しかったの――と、こっそり教えてくれた。  はにかんだような笑顔が天使のように可愛かった。僕もこんな姉がいたら自慢する。

「……そうか。弟、な」

「これは僕の勝手な想像なんですが、ゼクさんは、もうひとりのマルティナを作りたくなかったから、二人目の子どもは持たない選択をしたんでしょうか」

「そうだろうと俺も思っているし、その選択を責めるつもりもないよ。気持ちはわかるからな。だから、あいつはいま、とても喜んでいると思うぞ」

「どういう意味ですか?」

「ヤツはな、男の子が欲しかったんだ。いや、マルティナが駄目ってわけじゃないぞ。ただ、自分の子どもに剣を教えることを楽しみにしていた。それだけだ」

 一緒にキャッチボールをしたいとか、そういうやつかな。

 遠い記憶になりつつある父親とは、キャッチボールではなくサッカーをしたことを覚えている。うまくボールを蹴られなくて、ただのボール遊びになってたけど。

 そういえば、母方の叔母がアクティブなひとで、僕よりずっとスポーツ万能だったな。

 叔母の『ミサちゃん』は、見た目がギャルっぽいかんじで、髪も染めてて、園児のころは本気で外国人かと思ってた。本人も肯定したので信じてたら、小学校に上がってから「まだマジで信じてるとか、おまえ呑気すぎだろ」って笑われたもんだ。

 両親が事故にあって、僕を誰が引き取るかとなった際、独身だったうえ素行がもともとアレだった叔母は候補から外れて、父方のほうへ行くことになって、なんだかんだで音信不通状態。僕が死んじゃったこと、連絡行ったかな。

「僕が人間型の魔物だったらよかったんですけどね。右手だけじゃ、戦闘には不向きです」

ロッドなら、有りだと思うぞ」

「魔法ですか?」

「そうだ。魔法なら、そもそも指だけでも陣が作れる。近接戦闘になれば、杖で殴ればいい」

 まさかの物理使用。

「興味があるなら教えるぞ」

「本当ですか? じゃあ僕、魔法使いタイプになろうと思います」

 魔物にも職業選択の自由がある。手しかないので無職だったけど、ようやく地に足がついたような気がする。

 いや、だから、「おまえ足ないじゃん」って言わないでってば。




「ヘインズさんが魔法を教えてくれるそうです」

「それはいいな。あいつは制御が抜群に上手い」

 タマルーサは火力が強すぎて若干問題があるからなと、ゼクさんがぼそりと呟いた。尖った耳も長い耳も持っていないけど、エルフは地獄耳なんだろうか。部屋の中には僕とゼクさんしかいないのに、こっそりひっそり囁いた。完全に尻に敷かれてやがる。

 ここは、僕の部屋だ。ベッド、机、本棚、洋服ダンス。一般的なものがすべて入っている。正直、右手だけの魔物に用意する部屋じゃないと思う。住み込みのバイトに対してすごい待遇だ。

 はじめは、マルティナが果物カゴを持ってきて、「レイレイはこれをベッドにして、私の部屋で一緒に寝ましょう」と提案したんだけど、ゼクさんがすごい勢いで却下した。タマルーサさんも、難色を示した。僕もそれはどうかと思ったので助かった。

 だって魔物だよ。大事な愛娘とふたりきり(?)にするのは危険でしょ。まして僕はブラッディ・ハンドだ。殺人鬼が残した手と言われる存在なんだから、なにかあったら大問題。マルティナの身に起きたことを知ったあとは、ゼクさんの焦りにも深く納得する。

 でも、この部屋が用意されたのは、なにもマルティナから距離を取らせるのが目的じゃなかったんだろう。ゼクさんは、僕が成長することを見越していたんだ、きっと。

 あんな小さな果物カゴでは、僕はいずれ入らなくなる。事実、肘までの長さになった僕は、枕と同じ体長である。

「杖が必要だな。材料をり出してこよう」

「森へ行くんですか? じゃあ僕も――」

「それはやめておけ」

 里帰りしようと思ったら、止められてしまった。故郷に錦を飾るにはまだ早いってことかなあ。先輩たちに挨拶もせずに出たから、心配してないといいんだけど。

 ――まあ、冒険者のレベル上げ場所だし、僕も死んでると思われてるかもね。



 翌日から僕は、ヘインズ先生から出された宿題をこなすことにした。

 B5ぐらいの紙に丸と星の形、その周辺に文字が刻まれている。魔法陣ってやつだ。これをひたすら指でなぞって形を覚えていく。魔力を途切れさせないよう、一筆書きが理想みたいなので、書き始める位置によって勝負が決まりそうだ。

「ヘインズおじさまの魔法陣は、とても緻密なのよね。スピリドノフ家の魔法陣は、もっと簡素なの」

 性格が出てますね、とは心にとどめる。かわりに、答えた。

「基礎練習は大事だよ。応用はそれから」

「母さんも言ってた。結果よければすべてよしって」

「それ、ちょっと違うんじゃ……」

 タマルーサさんは、あんなに美人なのに、とてもざっくばらんだ。マルティナの将来が不安である。

 雑談をしながら魔法陣の練習。これも訓練のひとつになるっぽい。

 戦闘中は、魔法陣だけに集中できるわけじゃない。周囲の状況を見ながら臨機応変に対応する必要はあるし、補助魔法なんかは別作業と併用しながら発動させたりもするはず。僕が森で戦っていた冒険者たちは、そんなかんじだった。

 今日は休演日なので、必然的にお客さんも少ない。護符屋はすっかり見世物小屋になっている気もするけど、この店は半分以上、マルティナの将来を考えて構えた店なので、ゼクさんもタマルーサさんも完全見守り体勢。まさに「マモリ」である。


「こんにちは」

「あ、ジョンソン」

 赤茶けた髪をピンと跳ねさせた、スポーツ刈りの男が姿を現した。

 彼は、ジョン・ソーンダンス。僕が初めて町を訪れたときに対応してくれた、あの衛兵くんだ。着任した段階で、職場にはすでにジョン氏が存在していたため、苗字を含めた渾名で呼ばれている。だから、ジョンソン。

 彼はゼクトルーゼンのファンらしい。この町にいると聞いて、遠方からわざわざここへ就職したぐらいのガチ勢。ゼクさんに会うついでに、店にも来るようになった。

 はじめのうちは僕を警戒してたんだと思うけど、いまだ通ってくるということは、たぶんマルティナが目当てなんじゃないかなあと踏んでいる。

「おっす、ジョンソン」

「うっす。レイ、また伸びた?」

「そうなんだよ。成長期かな?」

「魔物の生態はわからないけど、仲間にすると違った進化を遂げることもあるみたいだぞ。人間っぽくなるというか」

「へー。やっぱり人間の中で生活して、食べたり飲んだり話したりするせいかなあ」

「かもな」

 僕の精神年齢が二十歳だと告げると、ちょうど同じ年齢だったらしくて、距離が縮まった。周囲の同僚が軒並み年上で、ずっと気を張っていたそうだ。

 同年代の男同士。タメの友達は久しぶりで、僕も嬉しい。マルティナと一緒なのがイヤなんじゃなくて、異性と同性はやっぱり違うじゃん。

「もう、ジョンソンが来ると、レイレイを取っちゃうから嫌いよ」

「そ、そんなつもりはないよ! 俺は、その、はじめて見たときからマルティナが……」

 お、ジョンソン、言うのか? 言うのか?? せっかくできた異世界の友人に彼女ができるのは嬉しいような寂しいような気がするぞ。

「故郷にいる妹みたいで、放っておけなくて!」

「……いもうと?」

「そう、年の離れた妹がいるって、言ったろ!?」

「妹さんってたしか、十歳よね……」

 あ、地雷踏んだ。思いっきり踏んだ。

 マルティナがにっこり笑う。すっごく可愛いけど、圧が、圧がっ。ジョンソンくんも顔が強張ってる。

 そのとき、入口の扉が開いた。新品の鎧をまとった、若々しい冒険者たち。おお、久しぶりにまっとうなお客さんだ。

「じゃ、じゃあ、邪魔になっちゃいけないから、俺、帰るよ。またね、マルティナ、レイ」

 ジョンはにげだした。

 まわりこまれることもなく、まさに逃げるように出て行く背中を見送って、僕は「変わったマスコットアイテム」の役目を果たすべく、冒険者たちに手招きをした。

 女子冒険者は悲鳴をあげて逃げていき、男子冒険者は腰を抜かした。

 おかしい、こんなはずでは。

 やっぱり客引きは苦手だ。



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