03 あれ、ここ何屋さんだっけ?

 冒険者が集まる町・メブレ。ギルドの支部と銀行があるのも、この規模の町にしては珍しい。

 すべて、冒険者支援のため。メブレは、冒険者によって成り立つ町なのだ。

 それでいて、人口が少なく発展もしにくいのは、ひとえに交通の便の悪さによるところだろう。国の中心へ向かう街道からは外れているため、一般的な商売には向いていない。主だった商品は、冒険者向けだ。


「だから、あんまりお客さん来ないんだよね」

 マルティナがそう言って、肩を落とす。

 さらっと金髪が肩を流れて、それが天窓からの光に輝いて天使のごとき可愛さだ。まさしく看板娘である。このがいれば、男連中が寄ってくるだろうに、この店は基本的に暇だった。

 主力商品は、護符。冒険者に向けて売るお守りのようなもの、なんだけど、そういうのって使い捨てにはしないものだ。危険を切り抜けたとしたら、むしろありがたがってずっと持ち歩くと思う。ゆえに、滅多に売れない。

 加護の内容が主として冒険者仕様なもんだから、一般人には無縁の長物。

 つまり、普段使いには向いてない。以上。

 だからタマルーサさんは他に内職をしているし、冒険者の資格を持っているおじさんことゼクさんは、素材を集めてギルド相手に商売をしているらしい。どおりで、あの統括長さんとも懇意なわけだ。

「ねえ、レイレイ。ちょっと手招きして、誰かを呼んでみてよ」

「もしも魔物が来たらどうするんですか」

「だってレイレイの仲間でしょう?」

「お嬢さまが怪我をしたら、ご両親が哀しみます」

「レイレイは真面目ね」

 ぷうと頬を膨らませるマルティナは可愛い。生前、従妹とはあまりいい関係を築けなかった僕は、この明るくて無垢なお嬢さまに困惑すると同時に、くすぐったい気持ちになる。僕に対する呼び方はパンダみたいでどうかと思うけど、それもまた愛嬌のひとつだろう。

「お役に立てずにすみません」

「そんなことないわ。私では届かないところの物を取ってくれるし、書きものだってしてくれるじゃない。……本当はね、いちいち父さんや母さんを呼ぶのは気が引けていたの。だから、あなたが来てくれて、私、助かっているのよ」

 囁くように声をひそめて、マルティナが吐露した。いつも、はしゃいだように笑っている彼女にしては珍しい表情に、僕は身体を引き絞られたような感覚に陥った。

「だけど、僕は、右手です」

「だからこそじゃない。あなたの利き手が右手でよかったわ」

 そう言ってマルティナは、自身の右手を僕に向けた。

 ちいさな手指には、うっすらと引き攣れたような線が斜めに走っている。幼いころの怪我で、彼女は右手がうまく動かせない。物を持ったりすることはできても、繊細な作業は無理。それだけではなく膝もわるいため、長時間立っていることが難しいし、走ったり歩いたりも自由自在とはいかないらしい。

 マルティナは童顔で小柄だけど、二十歳の成人女性。生前の僕と同じ年齢だった。まるでそうは見えないのは、後遺症のひとつ。治癒魔法の副作用ともいえるもので、身体成長が阻害されてしまっているのだとか。

 おかげで、適齢期なのに結婚相手もいない。同年代の男性にとって、自分は対象外の妹ポジションなのだと自虐していたが、僕から見るとそれは少し違う。たまに訪れる、顔なじみらしき男性たちは、総じてマルティナに好意的だ。しかし、そのバックに控えている父親に恐怖している。

 ゼクトルーゼン・スピリドノフ。

 このミトロヒア王国における英雄のひとりで、都では、今もなお憧れと畏怖の対象として語り継がれているのだとか。

 そんな有名人が田舎町で暮らしている理由は、十数年前のとある事件。王族が絡んだトップシークレットな騒動に関わったことに起因する。

 英雄ゼクトルーゼンが乗り出したことを知った犯人たちが、マルティナを誘拐したのだ。

 事件から手を引け。

 そう突きつけたが、なにしろ英雄に依頼をしたのは王族関係者。勝手に「はいわかりました」とはいかない。

 ではゼクトルーゼンに替わって、誘拐犯の確保に向かってくれるのかといえば、そうではなかった。なにしろ王族側は、今回の騒動を秘密裏に終結させようとしているものだから、マルティナの捜索は表立っておこなえないのだ。

 なんでもこの国の王家は複雑らしく、王位継承権をやたらめったに争っている。親族の足の引っ張り合いだったり、政治的な後ろ盾による争いだったりと、背景にあるものがひとつとはかぎらない。今回の事件も犯人の絞り込みに難航しており、英雄を助っ人に呼んだくせに肝心の犯人はまだ特定できていないときたもんだ。

 身動きが取れないまま時間が経ち、ゼクトルーゼンは独自の情報網を使って捜査。犯人とおぼしき連中のアジトを特定する。王族関係者の制止を振り切って子どもの救出に向かったけれど、時すでに遅し。

 幼いマルティナは、全身に大きな傷を負っていた。血を流す愛娘を見て、英雄はその場に崩れ落ちたという。

 以来、ゼクトルーゼンは表舞台から去ったのだと、ギルド統括長のヘインズさんが僕にこっそり教えてくれた。知っておいたほうがいいだろうという配慮だ。とてもありがたい。地雷は踏みたくないもんな。

 おじさんは、いまも悔やんでいるのだろうか。

 華々しい経歴を持つ、まるで物語の主人公ヒーローのようなひとだけど、主役には主役なりの苦労があるみたいだ。僕は「その他大勢」でよかった。


 まあ、そんなわけで、ゼクおじさんはマルティナを溺愛していて、近寄る男をことごとく牽制している。あのひとを納得させるのは並大抵の苦労じゃないだろう。

 おまけに、この家の頂点には女帝タマルーサさんがいるのだ。難攻不落。

 そういう部分はマルティナにちょっとだけ同情するかな。女の子だし、お年頃だし、恋のひとつやふたつ、してみたいものだろう。

 もっとも僕の女子知識の大半はバイト先のホステスさんなので、ちょっと――だいぶ普通の女の子とは違うかもしれないけど。

 え? 僕はどうなのかって?

 モブキャラにそんなラブイベントがあるわけないじゃん。高校時代だって地味なもんだよ。影が薄いと評判でした。



 護符屋「マモリ」は、タマルーサさんの命名らしい。お守りを売るんだからマモリとは、わかりやすい。僕が唯一記憶するスナック「マモリ」は、たしか間森まもりさんが経営していたからだったはずだけど、こういうのもご縁があるというのかな。異世界転生あるある、というか。

 護符を作っているのは、なんとマルティナだった。

 さすが剣と魔法の世界だけあって、人々には魔力が備わっているんだけど、マルティナは守護魔法に特化しているんだとか。これは父親の血を継いでいる。

 英雄ゼクトルーゼンは守護魔法を使いつつ、攻撃は物理オンリー。攻撃魔法が得意なのは、むしろタマルーサさんのほうだというから驚きだ。

 しかも彼女はエルフ族なんだってさ。僕のイメージするエルフは耳が尖ってるけど、タマルーサさんはそんなことはない。恐ろしく美人というだけ。

 タマルーサさんも冒険者の端くれで、ゼクさんと一緒にパーティーを組んでいたらしい。ここにヘインズさんも加わっていたというから、さすが主人公ポジションは格が違う。サブメンバーも主役級だ。スピンオフとか作れるやつ。

 序盤で殺されそうな招きハンドの僕は、毎日いちおう手招きをしている。

 はじめはカウンターの上でやっていたけど、これじゃ引力が足りないかなと思って、道路に面した窓際に変更してみたところ、これが大当たり。客足が増えた。

 冒険者が入ってきて狩られそうになったり、窓の外で子どもが泣いたりしたけど、一ヶ月も過ぎれば風景になる。害はないと判断されて、珍しがられなくなった。子どもたちが鈴なりになって覗いて、ピンポンダッシュよろしく逃げていくことも多いが、マルティナはむしろそれが楽しいらしい。

 僕の指に合わせた指人形を作って、人形劇を始める始末だ。ついでに自分の指に合わせたものも作って、劇のレパートリーも増やし始めた。

 ゼクさんは涙を流して喜んで、書き割りの背景を作成。タマルーサさんはお菓子を作って、子どもたちに振る舞った。

 僕は僕で、脚本っぽいものを書く。なにせ僕は右手なので、ペンを握って文字を書くことができるのだ。机の上でブラッディ・ハンドが人間の字を書いているのは面白いらしく、それもある意味「見世物」になっている。

 マルティナが教えてくれたこの世界の童話は、僕が知っている内容に似通ったものが多いことには驚いた。桃太郎のお供が別の魔物になってたり、退治するのが魔王だったりもしたけど、話の流れは同じだった。王道は世界を、次元を超える。

 子どもから噂が伝わったのか、お母さんたちも来るようになった。そりゃ心配だよね。魔物だもの。

 そのころになると、僕には蝶ネクタイっぽく布が巻かれるようになっていて(マルティナのお手製だ)、魔物っぽさは失われつつあった。

 ちょっとグロテスクなぬいぐるみというか、身体がない人間というか。人語を理解して普通に会話もできるものだから、だんだん恐怖が薄れていったらしい。人間、慣れるもんだよね。

 ホステスさんから教わったお化粧マル秘テクニックを披露して食いつかれたのは楽しかったけど、どうしてそんなことを知っているのかとマルティナに詰め寄られたのは怖かった。さすがタマルーサさんの娘だ、凄み方がそっくりで、ゼクさんの気持ちがちょっとわかった。これは背筋が伸びる心地になる。

 女性客が増えたことで、マルティナは燃えた。劇の内容に恋愛要素が加わったのだ。マルティナ先生の新作にご期待くださいってなもんで、僕は口述筆記に忙しい。でも楽しい。同年代の女の子と長く会話をするなんて、なにげに初めての経験じゃなかろうか。マルティナ自身、自分の身体や状態に負い目があって、まったく知らない他人の僕と会話することでガス抜きになっているように感じる。

 知り合いには遠慮して言えないことって多いよね。僕も、家族のことは話しにくかったし、周囲もやっぱり聞きにくかっただろうと思う。

 子ども向けとお母さん向け。

 あらかじめ時間を決めて、分けて上演することを提案して、スケジュールを張り出しておくことにした。

 これが功を奏して、あらたな女性客の獲得に繋がった。滞在している女性冒険者も見に来てくれているみたい。誰がキッカケだったのかわからないけど、箱の中に観劇料が放り込まれるようにもなってきた。店の売り上げを追い越す勢いだ。

 あれ、ここ何屋さんだっけ?


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