第7話 吸命の鬼 7 ただ終わらせたかった

※3話同時投稿 1/3


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「結局……卯月美江も自らの異能と卯月家に振り回されていた?」


 そこは薄暗い喫茶店のカウンター席。二人の男。

 平日の昼下りではあるが、他の客はおらず、外の喧騒も店内には届かない。古い洋楽と珈琲の香り、二人の会話だけが空間を満たしている。


「えぇ。可能な限り好意的に見れば……ですけど。『吸命』という異能は、一度使うと止められない。止めれば死ぬ。命を分け与えた側はね」

「……前島のお兄さん……樹さんは……命を分け与えられていた? だから、『吸命』の供給が途絶えたからなったと?」


 鹿島秋良と甘地捷一。この度の事件の顛末を語り合っている。


 実は今回の件にマスターの関与はない。それとなく誘導することもなかった。正真正銘、秋良個人の縁によって引き寄せられたもの。マスターは二人の会話を邪魔しないようにか、珈琲を用意した後は奥に引っ込んでいる。


 時折珈琲を味わいつつも、秋良は生気のない瞳で淡々と語る。


「いえ、樹さんはやはり『吸命』で命を吸われたのだと思いますよ。一度『吸命』を使った相手とは〝回路パス〟のようなものができて、距離に関係なく自由に吸収も供給もできたようです。ただ、前島さんには口が裂けても言えませんが……それでも、結果は大きく変わらなかったでしょう。どの道彼女は……卯月美江は全てを終わらせるために、多相市に戻ってきていました」

「……命を分け与えられた者たちは、継続的な供給がないと死ぬ。あるいは異能者のさじ加減一つでも死ぬ……ということですか?」

「はい。そういう性質の異能です。若さや健康、時には命すら得ることができますが、恩恵を受ける側は、その恩恵が大きければ大きいほど、生殺与奪を異能者に委ねることになります。あと、ある程度の同意なり段取りは必要でしょうが、命を分け与えた者を眷属化して操ることすらできたみたいですね。卯月家もギリギリまで知らなかったようですけど」


 異能『吸命』の性質。一度動き出してしまえば止まれない。止まることなく他者の命を食らうことになる。


 当人が自らにのみ使うのであれば、連鎖的な他者への影響はない。……もっとも、人の命を代償とするならば、外法でしかないが。


 卯月美江の過ちは、その異能を他者に使用したこと。外法のままに行使した。それも愛する者にだ。自らが力を止めれば愛する者も死ぬ。だからこそ止められない。他人の命を食らう。殺す。そこに迷いはなかった。まさに『鬼』。


「……秋良さん。結局あの晩、一体何があったのですか? 百束一門はだんまりを決め込んでいますし、私のような下っ端にはまるで情報が下りてきません。昨今の一門では珍しいほどに皆の口が堅い。多数の人死があり、卯月家の本家筋の者たちと連絡が途絶えたとしか……」


 あの日、『吸命』の使い手たる卯月美江と、その夫である卯月弘樹。実子である前島樹が亡くなった。ただ、前島樹に関しては、病院でに見守られながらのことだったが、甘地からすれば無関係とは思えない。


 他にも、財界や政界の重鎮と言えるレベルの者たちが何人か体調を崩したり、亡くなったと言われているが……真偽の怪しい情報も紛れている模様。


「……ま、端的に言えば『クズ』が周りを巻き添えに自殺しただけですよ。で、卯月家はケジメを取らされたと……」


 秋良からすればそれだけだ。


 あの日から一週間が経過しているが、未だに百束一門は混乱の最中にある。


 卯月家の本家筋の者の顛末も彼は知っている。しかし、秋良にとっては些末なこと。


 誰もが『吸命』という異能に目が眩んでいただけに過ぎないのだから。



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 ……

 …………

 ………………



 その場の皆が止まる。誰も動けない。まるで空気すらも止まったかのよう。音も聴こえない。


 馬頭は異常で濃密な禍々しい気配にて止まる。

 従鬼たちは主たる吸命の鬼の指示にて止まる。


 いつの間にか、卯月美江の真後ろに立つ黒い人影。異形のヒトガタ。


『よう。面白そうなことになってるな。ま、百束一門と『鬼』が潰し合うのは別に良いんだが……ちょっと話を聞かせてもらえないか?』


 耳障りな一昔前の機械音声のような音。その放つ禍々しき気配に比べると、随分と軽い言葉。


「……何者? まさかこうも容易く後ろを取られるとはね」


 卯月美江は微動だにしない。無表情に前を向いたままに言葉を発する。


『あぁ、無駄なことは止めておいた方がいい。あんた如きの『マナドレイン吸命』じゃ俺には通じない。むしろ、俺の『マナ』はあんたが知るモノとは少し性質が違う。あんたじゃ扱いきれないし、下手をすれば死ぬからな?』


 密かに異能を発現しようとしていた、吸命の鬼に対して警告するヒトガタ。


 命を吸い取る、分け与えるという異能『吸命』は生命力を……百束一門が言うところの『気』を媒介としている。


 だが、異世界の魔道士にて戦士たる鹿島秋良は『気』ではなく『魔力マナ』をその身に巡らせている。この世界基準で言うところの〝禍々しいナニか〟だ。


 両者は似たような性質であり、魔法なり異能の源になっているが、マナがこの世界の人体にとって良くないモノだと……秋良は理解している。解決屋なりヒトガタなりで活動する中で実証済みだ。


「……う……ぐぅ……おッ!?」

『だから止めておけと言った』


 ヒトガタの戯れ言など……と、構わずに異能を使用した美江だったが、言われた通りになる。禍々しい『気』を吸収しようとした瞬間に拒絶。秋良がではない。彼女自身がヒトガタの『気』を拒絶したのだ。


 吸命の鬼の無表情が崩れる。苦悶の表情を浮かべながら、胸を押さえてその場に蹲ることに。


「あ……が……な、何を……した……!?」

『何も。あんたが自滅しただけだ。言っておくが、ガキの姿だろうと俺は容赦しない。次に攻撃の意思を見せれば始末だ。いくら、あんたも準備くらいはしたいだろ?』

「……ッ!」


 秋良は卯月美江の目的を死ぬことだと知っている。少なくとも、他者の理解を得られるような合理的な理由ではない……と、当初から見当をつけていた。


 それは、二十年に渡る異世界での経験から。


 異世界において秋良……アキには〝老い〟はあったが、どうやっても死なせては貰えなかった。正確には死んでも蘇る。


 ユラという理解者にて愛し合う者はいたが、ふとした時に死の安息を望むことが彼にはあった。


 ヒトは無いものねだりをする生き物。死や老いを遠ざけても、結局は遠ざけたモノ、失ったモノが恋しくなる。


 何より、調べを進める中で『吸命』の性質を知った。他人の命を常時犠牲にしながら平然と生きるというのは……〝壊れなければ〟難しい。卯月美江もだが、夫である博樹も。


『言っておくが……別に心を読んだとかそんな大層なことじゃない。あんたの夫である卯月博樹に普通に聞いただけだ。あぁ、ちなみに彼は死んだよ。ついさっきだ。残念だったな。死に目に会えなくて。彼は最期まで自身の人生を悔いながら、苦しみの中で逝ったよ』

「な……ッ!? お、お前が……ッ!?」


 激昂して振り返ろうとした吸命の鬼。いや、卯月博樹の妻である美江。


 黒いヒトガタがゆらりと揺れる。


 瞬間、彼女の体は猛烈な速さで地を転がっていた。


 そして、護衛として美江の至近に付いていた従鬼三名は、突然その場に崩れ落ちる。


『……ついやっちまったな。ま、頑丈そうだから生きてるだろ。先に操り人形を〝処理〟しておくか』


 攻撃の意思を察知し、秋良の体が先に反応してしまった形。振り返る美江の顔面に合わせて、裏拳を瞬間的に振り抜いたのだ。


 そして、そのままの流れで護衛の従鬼と美江との繋がりを〝壊した〟。術者と眷属者を繋ぐナニかを断ち切った。


 もし、命を取り留めるほどに『吸命』が作用しているなら、今ので従鬼は再度死ぬことになるのだが……。


『(やはり護衛用に連れていただけか。見たところまだ若いし、末端の兵たちだろうな。……卯月家も色々と膿が溜まってそうだ)』


 従鬼たちは青白い顔はしているものの、息はある。苦しげにうなされている。


 かなりの距離を吹き飛んで転がっていった美江より、秋良は先に従鬼の繋がりを壊すために動く。


 馬頭と常村の相手をしていた五名。術者が暴行を受けても反応はない。棒立ち。命令が止まったまま。


 秋良は普通に歩いて近付き、『吸命』との繋がりを断ち切っていくのだが……ここにきて、動けなかった馬頭もようやくに再起動を果たす。近付いてきたヒトガタに声をかける。


「……黒いヒトガタ。貴様はの奴と同一人物なのか?」

『ん? あぁ……あんたとアッチで寝てるのは、確か桃塚家のお嬢様の護衛だったか?』


 馬頭は倒れたままの常村が呼吸があることを……首を絞められていたためか、咳き込んでいるのをチラリと確認する。未だに従鬼が上に伸し掛かったままではあるが、何とか生きている。


 秋良も察する。


『別にあんたらに用はない。動けるならお仲間の彼女を連れて行けばいい。敵対するならそれもいいが……前と違って、今回はこちらに遠慮する理由もない。普通に死ぬだけだがな』

「く……ッ!」


 馬頭はヒトガタが煽っているわけではないことを知っている。この『鬼』は桁が違う。ただ事実を述べているだけなのだと。


『まぁ彼女の上にいる奴の〝繋がり〟を壊してからだがな』


 ヒトガタは馬頭の反応など気にせず、作業を続けるため、さっさと常村に跨っている従鬼の下へ。


 具体的に何をしているのかは分からずとも、ヒトガタが従鬼と卯月美江にある何らかの操り糸のようなモノを切って回っているのは、馬頭にも何となく察せられた。


「(……何て奴だ。まるで得体が……底が知れない。ただただ圧倒的な力を持っている……まさか『気』を周囲に撒き散らすだけで、異能の発動まで取り消されるとは……)」


 ヒトガタの発する気配に圧倒され、馬頭は異能を発現できなかった。止められた。目の前にいても、ヒトガタからは特に敵意を感じないが、つい先ほど、攻勢に出た卯月美江がどうなったか。


 馬頭は大人しくヒトガタの後を追う。まずは常村を連れて脱する。他のことはまたの機会に考えればいい……と、割り切ることにした。


『(ん? 彼女は一際若いな。まだ十代か……ほんの子供だろうにな。『吸命』の餌に食いついたのか、卯月家からの圧力なのか……どちらにせよ気分の良いものじゃないな)』


 一方で秋良は常村に跨っている者を確認していた。卯月遥香だ。彼女の事情など知りもしないが、他の者よりも若いが故に、秋良も色々と背景を想像してしまう。


 淡々とした作業の中にそんな一瞬の間があったからこそ、彼は気付いた。気付いてしまった。


『(なんだ? 彼女は……他の者よりも『吸命』との繋がりが強い? これは……繋がりを切ればマズいか? まったく、むごいことをする。洗脳なり催眠なりを解いてから、せめて本人に選ばせるか。まぁそれも残酷な話だが……)』


 秋良は処理を取り止め、呆然としたままの……青白い顔と虚ろな瞳の少女をそっと抱きかかえる。まるで人形。抵抗もなくただされるがまま。


『とりあえず、あんたのお仲間は無事だな。あちこち骨折と裂傷はあるが、命に別状はないだろう。連れて行くと良いさ』

「……礼は言わんぞ」

『要らんよ。所詮はオマケであり何となくだ。メインはあんたらを助けるためじゃなかったしな』


 馬頭はヒトガタと同じように常村を抱きかかえて下がる。警戒はしているが、それはヒトガタよりも『吸命』の残党たちにだ。まだ他にも同じような連中がいないとも限らない。


「げほ……! かはッ! ……ば、馬頭さん……す、すみません」

「大丈夫か? 意識は繋がっているか?」

「な、なんとなく……ボンヤリとは覚えています。く、黒いヒト……ガタが……」

「……分かった。もういい。今は喋らずに大人しくしておけ」


 偶然か気まぐれか……どちらにせよ、ヒトガタの介入により命を拾ったことは事実。


 黒いヒトガタとの二度目の邂逅。何もできなかった前回同様、馬頭の胸に苦いものを残す結果となった。


 警戒しつつ去る馬頭を気配だけで確認し、秋良は改めて卯月美江の下へ。


 かなりの勢いで吹き飛び転がったためか、既に衣類はボロボロであり、左腕が明らかにおかしな方向を向いている。だが、確実に生きている。それは『吸命』の特性なのか、本人の意思か。ストックされていた命で肉体が修復されていく。おぞましき奇跡の発露。


『寝たフリは止めろ。もう分かっただろ? あんたが足掻いてもどうにもならない。大人しく話を聞かせろ。俺はただ確認したいだけだ』

「……く……!」


 そこには醜悪に顔を歪ませ、怒りの感情を乗せた幼児の姿。また若返っている。


『言っておくが、卯月博樹は俺が手を下したわけではないからな? ただ話を聞いて、最後に質問しただけだ。まだ生きたいのか? ……とな』

「……」


 彼らがいるのは、百束一門お抱えの病院の敷地内。卯月美江が一度は運ばれて逃げ出した場所。そして、夫である博樹は身柄を拘束されたまま。


 黒いヒトガタのような半端な認識阻害ではなく、真の隠形を纏い、秋良は先に博樹との接触を果たしていた。


 間違いなく不幸なことに、卯月博樹はまだ〝まとも〟だったのだ。未だに壊れていなかった。吹っ切れて狂いもしていなかった。


 彼の口からは、後悔、懺悔、悔恨……ばかり。人の命を糧に生きていることに耐えられない。しかし、それでも死にたくはない、死ぬのが怖いという……ごくごく当たり前な普通の人。自分では止められない。終わらせることができない。


 結局、卯月美江が多相市に帰ってきたのは、夫である博樹の「誰かに全てを終わらせてもらいたい」という願いを叶えるため。


 ただ、既に『吸命』の異能は卯月家と有力者を繋ぐパイプであり、大事な商品にもなっていた。彼女自身も止められない。


 どういう心情かは分からない。


 だが、結果として美江と博樹は、自分たちを取り巻く全てを、まとめてぶち壊すことを選択した。


 それは愛する者同士の想いからなのか、『吸命』という異能や卯月家への憎しみからなのか。


『どうしようもなく彼は普通だったようだな。したたかで弱い。あんたと違ってな』

「……何故だ。お前には関係ないはずだ……! 何故あの人にそんなことを……ッ!」

『知らんよ。全ては彼が望んだことだ。誰かに聞いて欲しかったんだろ。誰にも語れない、心の内の後悔というやつを。あぁ、あんたに伝言もある。「愛している」という一言だけを伝えて欲しいと言っていたよ』


 卯月博樹の人生は後悔に塗れている。しかし、それでも妻を愛していると語った。彼女と出逢ったこと自体に後悔はないのだと。


 そして、黒いヒトガタではなく、鹿島秋良という異質な男への告解が終わった後、秋良からの『まだ生きたいか?』という質問に首を振り、気付けば彼は息絶えていた。


 何が起きたのかは秋良にもよく分からない。いや、現象自体は分かる。それは『吸命』の異能を自ら拒否したということ。命の供給が途絶えて死んだだけだ。


 あんなにも「自分で終わりにできない」と語っていた彼にどういう心境の変化があったのか……そもそも『吸命』を拒絶することができたのか……苦しみの生において、彼は最後に死の安息を得られたのだろうか。もう誰にも分からない。


「……」

『なぁ、もう良いだろ? 博樹さんは逝った。有力者の命を弄んだ卯月家は流石に終わりだろう。百束一門だってそれなりにダメージを負う。あんたはそれが目的だったんじゃないのか?』


 秋良は目の前の幼児が間違いなく『クズ』だと理解している。しかし、もはやどうしようもない。彼女は既にやりきっている。


「わ、私は……ただ……死んで欲しくなかっただけ……別に卯月家の道具として生きることに疑問はなかった。それが当たり前として育ったから。でも、博樹さんはそうではなかった……彼が望むから……こんなシステムしがらみを壊そうって……」

『……』


 伝統ある〈十三家〉に生まれ、家のために、一門のためにと育てられた者。その末路。


 愛する者と出会ったが、それは依存先が代わっただけだったのか。


『……あんたは博樹さんが望むままにしたかったんだな。腹の子を助けるために異能を使ったのも、彼が望んだからか?』

「? 当たり前でしょう? 彼の悲しむ姿を見たくなかった。異能を使うことで、博樹さんの悲しみを消せるなら……」


 秋良は理解した。彼女の行動の意味を。卯月美江はただ〝反応〟しているだけだ。


 卯月家の決まりだから。

 愛する博樹が望むから。


 そこに彼女自身の想いはない。いや、それこそが想いとでも言うべきか。


 博樹との間に確かに愛はあったのだろうが、彼女の愛は世間一般とは少し違う性質なのだろう。少なくとも子への愛はない。ただ、愛する夫が望んだからという反応だったのか。


 言われるがまま。卯月美江自身も操り人形の延長に過ぎなかったのかも知れない。



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