第6話 吸命の鬼 6 吸命と従鬼

※2話同時投稿 2/2


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 卯月家当主である、卯月三輪子は語る。黒いヒトガタの質問に答える形で。


 そもそも卯月美江は本家筋の者。当主である三輪子の弟の子になる。つまりは三輪子の姪だ。


 彼女が隠していた異能『吸命』を大っぴらに使用したのは、妊娠中に腹の中でまだ見ぬ子の心音が止まった時。


 それは母としての想い故だったのか、夫をはじめとした、悲しみにくれる周囲の者への配慮としてだったのか……真相はもう分からない。


 彼女は『吸命』を使った。


 他者の命で我が子の命を繋いだのだ。人を殺した。その異能によって。


 しかし、当時の卯月美江には人としての感性が……罪悪感があったのだと思われる。彼女が我が子を助けるために選んだのは……病人だった。


 末期癌の患者。事故による脳死状態の患者。自殺未遂を繰り返す薬物依存の患者……等々。


 だからといって命を奪うことに変わりはない。それは罪だ。


 未来ある幼気いたいけな子供であろうが、ターミナル期の高齢者であろうが、人を殺せばそれ即ち人殺し。殺人者だ。


 当時の卯月美江は腹の子の命を繋ぐために『鬼』の道へと踏み出した。卯月家の者が彼女の所業を知ったのは、ことが終わった後。


 腹の子の心音が再度聞こえるようになってからのこと。


 当時、既に当主の座に就いてた卯月三輪子は皆との協議の末に決めた。


『卯月家は『吸命』の異能と共に歩む』……と。


 それは、秋良からすれば愚かな判断ではあるが、当時の卯月家の者たちを責める気にもなれない。


『当たり前のことだ。か弱き人の業という奴だな。永遠の若さ、不老、死からの甦り……これまでも多くの人々、権力者などが追い求めて来た、まさに夢物語が目の前に降って湧いたんだ。平静でいられるはずもない』

「…………」


 認識阻害の影響により、ヒトガタの声は人工的な機械音声の如くだ。それでも卯月三輪子にはハッキリと認識できた。目の前のヒトガタが自分たちの選択を嘲笑しているのが。反論しないだけの自制心を持ち合わせているだけのこと。もっとも、下手に反論しても秋良ヒトガタの不評を買うだけであり、彼女の判断は正しいといえる。


『……だが、もう知っているんだろ? 見たところ、あんたは『吸命』の恩恵を受けていない。つまりはそういうことだろ?』

「……わ、私は……ただ……」

『あぁ。悪いが婆さんの後悔の想い……なんてものを傾聴するほど暇じゃないんだ。そっちについてはデイサービスの職員にでも聞いてもらえよ。ダラダラとオチのない荒唐無稽な話でも、職員さんなら神妙に聞いてくれるだろ。そんなことより俺の質問だ。あんたは『吸命』の効果を知っているんだろ? それを説明しろ』


 ヒトガタは容赦なく三輪子を追い込む。彼からしてみれば、今回の問答はただの確認に過ぎない。ここに『吸命』の使い手たる卯月美江がいない……彼女にまんまと逃げられた意味を秋良は理解している。


「……くっ……き、『吸命』の能力とその性質は…………」


 秋良にはまったく響かないながらも、三輪子は長年の情感を込めつつ、ぽつりぽつりと『吸命』の判明している性質と能力を語る。


 それは残念ながらというべきか……秋良の推察した通り。異世界においても、この世界であっても、ただただ外法のわざでしかない異能モノ



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 ……

 …………

 ………………



 卯月美江。『吸命』の使い手……いや、もはや彼女自身が異能に使われていると言っても過言ではない。常に異能ちからを使い続けないとならないのだ。


 最初はただ腹の子の命を繋ぎたかっただけ。もし我が子が助かるというなら、蘇るというなら……人の親であれば、誰もが彼女と同じ選択をしたはず。


 後に卯月博樹は当時の妻の判断を後悔したが……それでも、仮に時を遡ったとしても、夫婦は同じ行動を取るだろうとも自覚している。


 そして今、『吸命』の力を振り撒きながら、彼女は夫の最後の願い……つまりは己の願いを叶えるために動く。


 卯月家を動かして集めた、予備の〝命〟を引き連れて。


「……お嬢様。私の『先導』は最大の警戒を持って引くことを推奨しています。その上で死のイメージが消えない……つまり、私は逃げられずにここで死ぬのでしょう」

「……」

「馬頭さん、健吾とお嬢様を連れて引いて下さい。私の命運は定まりましたが、あくまで『先導』が示す未来は私だけのものです」


 伸縮性のある特殊な警棒を伸ばしつつ、常村が一歩前に出る。


 桃塚葵とその護衛たち。一門の指示で彼女らも周辺の警戒にあたっていたのだが……幸か不幸か引き当ててしまう。


 常村愛の『先導』が察知した〝危険〟を確認するためにと……その発生源を探ろうとしたのがそもそもの間違いだった。結果論ではあるが、リーダーたる葵は常村の反対を押し切るべきではなかった。


 そこにいたのは『鬼』の一団。


 幽鬼のように青白い顔をした者たちを引き連れた吸命の鬼。卯月美江。もっとも、その見た目は既に小学生頃まで若返っているが。


 異様な気配。何故こんな至近に迫られるまで気付かなかったのか?


 周辺を警戒している班も多かったはず。


 彼女がへ来ることは予想されていたのだから。


「……健吾、お嬢を連れて下がれ。分かるだろ? は尋常じゃない……常村だけじゃ時間稼ぎにもならん。俺も居残りだ」

「……分かりました」

「け、健吾! 常村さんも馬頭さんも……そ、そんなのは駄目だよ……!」


 宗家の令嬢たる葵を逃すために、護衛の三名は覚悟を決める。ただ、護衛対象である葵だけが現実を受け入れられない。


 そんなやり取りを前にしても、卯月美江は子供の姿に不釣り合いな無表情のまま。それは異能によって集めた命なのか……瞳だけが、言い様のないギラつきを宿しているのみ。


「……私の邪魔をしないなら、命を貰い受けることはありません。大人しく引き下がるなら追うような真似もしません。私はただ、夫の最期を看取るために来ただけです」


 子供の姿をしたナニかが口を開く。葵たちとはまだ距離が離れていたが、囁くような声量で、場にいる者たちに明確に届く。


「何処に夫がいるのかも分かっています。もはや私に失うものはありません。邪魔をするのであれば……容赦はしません」


 そっと囁くような声に合わせて、引き連れている取り巻き……予備の命たちの内数名が前に出る。


「健吾……あの子は……ッ!」

「……葵。今は何も言うな。見るな。ここは常村さんと馬頭さんに任せて下がる。俺は犬神の者として、葵の命を優先しなきゃならない……!」


 戸惑う葵。歯を食いしばる健吾。

 吸命の鬼、その取り巻きの一人に、葵と健吾は見知った顔を見つける。


 卯月遥香。生気のない瞳、青白い顔色、自らの意思を手放したかのようなぎこちない動き。葵たちには知らされていない『吸命』の派生効果。


 命を吸い取り、老化を抑制するどころか若返る。時には命を他者に分け与え、死んで間もない者なら蘇らせることまでできる。驚異の異能。


 その上で、命を吸い取った者、分け与えた者を一定の条件で操ることまで可能ときた。それはまさに、物語で語られる吸血鬼の所業だ。


「……大人しく引き下がっても、私の『先導』は危険を示したままです。つまり、奴の言葉は信用できません。お嬢様、退避を」

「チッ。ま、こうなりゃ死なば諸共だ……行け!」


 馬頭の声に応じてか、弾かれたように健吾は葵を抱えて逃げ出す。


「なッ!? け、健吾!」

「今は聞けない……ッ!」


 鬼はあっさりと前言を翻し、取り巻きの者が健吾らを追う素振りを見せるが……馬頭と常村が立ち塞がり、睨み合う形に。


「何が追うような真似はしません……だ。化け物め……!」

「……馬頭さん。私では取り巻き連中ですら力負けします。負担をかけますが……せめて時間稼ぎだけでもしてみせます」


 常村は冷静に彼我の戦力差を見ている。取り巻き連中……彼女らが知る由もないが、その実態は卯月家の〝持たざる者たち〟。『吸命』の贄として差し出された者の末路。


 ただ、『吸命』の恩寵呪いによる底上げで、彼ら彼女らは〝持つ者〟を凌駕する力を得た。その自意識などと引き換えに。


「ふん。お嬢たちさえ無事ならこっちの勝ちだ。俺たちの命の有無など関係なくな。……常村、気張れよ」

「……はい……ッ!」


 吸命の鬼。そのギラつく瞳に促され、傀儡の鬼たちが、二人に狙いを定めて動き出す。


 それは、一門衆でもそれなり以上の使い手たる、馬頭と常村と同等以上の動き。


「(チッ! なかなかにやる……!)」


 無言。無表情で襲ってくる鬼たち。吸命の鬼に率いられた……従鬼じゅうきとでも言うべき者たちは、徒手空拳ではあるが、皆が『気』を纏う以上、その攻撃は下手な刃物や鈍器より鋭く重い。


 馬頭は向かってくる鬼の攻撃を捌きながら、敵が葵たちを追わないように全体を把握するように動く。


 一方の常村は動き回り、足を止められないようにと立ち回る。


「ふふ。無駄に足掻きますね。どうせ誰も私の『吸命』を止めることはできない。皆、糧になるだけ……」


 吸命の鬼。そのギラつく瞳が二人を捕捉している。もはや仕留め損なうことはない。


 現状、彼女が引き連れている従鬼は八人。その内の五人が馬頭と常村を襲う。


 卯月遥香もだ。彼女は常村を追う側にいた。


 馬頭と常村……従鬼たちとの攻防。


 突き出される手刀を捌き切れずに肩が裂ける。

 回し蹴りを受けた腕が痺れる。防御を抜けて体の芯にまで響く。

 タックルを躱しながら、『気』を纏った警棒を殺すつもりで後頭部に振るうが、間を置かずにノロノロと起き上がってくる。

 警棒を防いだ従鬼の腕を確実に叩き折るも、意に介さずにそのまま殴りかかってくる。


 従鬼たちは痛みによる反応をほぼ見せない。強打痛撃によりバランスを崩して倒れたりはするが……その動きは止まらない。


 一門衆とはいえ、肉体的には人間らしい感覚を保ったままの馬頭と常村が、壊れることを気にも留めない従鬼たちに削られ消耗していくのは当然の結果。要は時間の問題だった。もっとも、馬頭たちからすると、その時間を稼ぐのが目的だったのだが。


「(まったく鬱陶しい! くそ! 常村の動きも鈍くなってきた……もはやこれまでか? できればもう少し時間を稼ぎたいんだがな……!)」


 馬頭は己の異能を使う頃合いを図っている。


 彼の異能は『一閃』。一定範囲の人や物をまるで居合斬りのように斬り裂くという、攻撃一辺倒な異能。


 厚めのコンクリートさえ分断する威力を発揮するが、敵味方の区別はない上に、一度使えば虚脱してしばらくは動けなくなる。当たれば必殺ではあるが、仕留めきれなければ逆に無防備を晒すという危うい性能。


 無闇矢鱈と使えない。今のような状況であれば尚更だ。


「……ば、馬頭さん……ッ! 私に構わずに使って下さい! 何とか避けて、馬頭さんが復調するまでは守りますから!」

「(くッ……! 俺の本気の『一閃』をお前が躱せるわけないだろうが……!)」


 常村が躱せるようにとタイミングを知らせれば、当然に鬼たちにも躱される。逡巡。自らの命を投げ出す覚悟はある。さりとて、仲間を殺す覚悟を……馬頭は瞬間的には持てなかった。


 彼らの敗因はソレ。


 後はすり潰されるのみ。


 まずは常村愛。


 動きが僅かに鈍ってきた彼女に、従鬼と化した卯月遥香が無言で迫る。


「……」

「(あ……! ま、間に合わない!)」

「常村!」


 遥香の『気』を纏った拳打が常村を遂に捉えた。


「ぐぅ……ッ!」


 身を捩り咄嗟に腕を差し込んで防御するが……ごつりという鈍い打撃音と共に、常村はあっさりと吹き飛ばされて地を転がる。


 すぐに起き上がることができずに動きが止まった。ここぞとばかりに、従鬼が追撃に出る。


「(く! 早く対処を……!)」


 一瞬のタイムラグの末に上体を起こした常村愛。彼女の目には、更に踏み込んできた遥香の蹴り足。思い切り振り抜かれたサッカーボールキック。


「がッ!」


 両腕で頭部を守るが、これまたあっさりと転がされる。起き上がることを許されない。


「ぎゃぅッ!?」


 次の瞬間には別の従鬼から背中を蹴り上げられる。


「くそ! 常村ァッ!!」


 馬頭が助けに入ろうとするが、当然に他の従鬼がそれを阻む。一対一なら馬頭が優勢だが、流石に三人の従鬼を瞬時に振り切ることなどできない。


 そうこうしている間に、常村は上から伸し掛かられ、首を絞められている。『気』の防御によってか、打撃に対して思いの外頑丈な常村を確実に殺しにきた模様。


 彼女を助けるのを諦め、いっそのこと、親玉である吸命の鬼を仕留めるために『一閃』の射程まで近付くか……それとも、時間は稼いだのだから、ここは常村を助けて脱するか……と、馬頭はまたもや考えてしまった。思考により動きが鈍る。ますます従鬼を振り切れない。悪循環。


「(馬鹿か俺は! 欲が出た! 奴らが射程圏内にまとまっている内に、常村ごと『一閃』を使うべきだった! ……こうなっては!)」


 最大効力を狙い過ぎ、機を逸してしまった馬頭。今使っても、己と常村の命を代償として、従鬼数名を仕留めるのみでしかないと気付く。しかし、使わざるを得ない。このままで事態が好転することはない。


「(……常村、許せとは言わん。あの世で何とでも言うがいい!)」


 ほんの一瞬だけ。異能『一閃』を解放するために必要な間を求めて、馬頭は立ちはだかる従鬼たちから距離を取る。


 チラリと常村愛を、今から自分の手で殺す仲間を見やり……馬頭はその異能を発動させるべく動く。


「……受け取れ。これが俺の異能だ……ッ!」


 瞬間、場の全てが分断される。止まる。





 異能を発動しようとした馬頭ですら。





 異形の怪人によって。




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