第5話 吸命の鬼 5 持つ者
※2話同時投稿 1/2
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ある頃から百束一門の中で語られている『鬼』がいる。
その者は強度な認識阻害を持ち、〝解決屋〟を名乗り多相市で活動している……と思われている。
性別も年齢も身長も外見も……その全てが謎のまま。確かに会って話をすることができた者は一門衆の中にも何人かはいるのだ。しかし、認識阻害が強過ぎて、誰もがその姿を記憶に留めることができない。
そして、その解決屋と関係があると推察される〝黒いヒトガタ〟。
直接的に力を振るう際には、認識阻害の亜種……全身が真っ黒なナニかに覆われた姿で一門衆の前に現われる。
黒いヒトガタは異能者を殺す。百束一門が追っている処断対象たる『鬼』を横取りすることも多い。
また、百束の上層部は決して認めようとはしないが……百束が見過ごしていた『鬼』、一門の中に巣食う『鬼』に狙いを定めて狩ることもある。
時には、百束一門にとっての不都合な真実を暴露するような真似もだ。
結果、黒いヒトガタは要処断……見つけ次第に殺す……という特級の『鬼』として認定された。
その正体がまるで判別もつかない内にこのような判断は異例なこと。それほどまでに、黒いヒトガタは一門上層部の神経を逆撫でしたのだと言われている。
そんなヒトガタに、手を抜かれていたとはいえ……直接肉薄したことがある百束一門の宗家たる桃塚家のご令嬢。桃塚葵とその護衛たち。
「黒いヒトガタがまた現れたみたいね」
「……らしいな。『吸命』関連らしいけど、俺はよく知らない」
葵と健吾……だけでなく、
「馬頭さんは何か聞いてますか?」
「お嬢。それは反則だろ? 俺に聞くなよ……」
「だから聞いてるんじゃないですか。だって、馬頭さんって本家筋でしょう?」
馬頭家……〈十三家〉の一角。
葵の護衛として付き従う彼の名は
馬頭家の本家筋にあたる者であり、様々な情報を知り得る立場にいる。少なくとも、宗家のお嬢様とはいえ、まだまだヒヨッコである葵よりは、一門の裏も表も知っている。
「別にマズい情報まで教えろとは言いませんから……」
「はぁ……ま、お嬢や健吾には積極的に聞かせたくないってだけだ。それなりに耳聡い奴は大抵知ってる話さ」
馬頭も別に何が何でも隠そうとはしていない。一門の関係者である以上、葵や健吾にも知る必要がある
「確かに〝あの〟黒いヒトガタは現れたんだが……卯月家に関わりのある者の前にだけだ。しかも、『卯月美江は何処にいる?』という質問をするだけ。処断しようと武器を取った者もいたそうだが、以前の俺たちより酷い。戦いにすらならない。完全に遊ばれて終わりだそうだ。どうやらあのヒトガタは『吸命』の『鬼』に狙いを定めている……というのが、上層部の見解だな」
馬頭は仕方がない……という体で語る。ヒトガタが『鬼』を処断しているのは割と知られている。それは、時に百束一門の判断と乖離していることもあるが……現場を知る一門衆の中には、ヒトガタの行動を肯定している者すらいる。
ヒトガタは、処断に値する『鬼』の前にしか姿を現さない。
政治的な理由、利害関係によって見逃されている『鬼』に対しても、ヒトガタは忖度することがないのだ。
「卯月家の関係者の下に現れる……もしかして『吸命』は卯月家が?」
「よせよ葵。宗家の者が迂闊に発して良いことじゃないから。……そうでしょ? 馬頭さん」
「まぁな。お嬢はもう少し自分の立場を考えた方が良い。……とは言ってもだ。既に卯月家も暗に認めている。『吸命』を匿って利用してきたことをな。……今回の件だって、結局は同じことだ」
馬頭自身としては、稀有な異能を独占し、秘密裏に利用して自らの影響力を強める……という卯月家の判断は十分に理解はできる。
だが、既に一門衆のみならず、〝一般人〟まで殺されている。その上、逃亡中・潜伏中の間の隠蔽された事件を含めると、かなりの数が……『吸命』の〝糧〟となっているのは火を見るよりも明らかだ。
流石に百束一門としても、もはや稀有な異能というだけで見逃すことはできない。建前としても実利としても、それなり以上のナニかがなければ……。
「……私たちに〝巡回〟の指示が出たのもその影響ですか?」
「そうだ。宗家が伝えていない……お嬢と健吾が知らないということは、頭領や若頭にも多少の後ろめたさがあるのかもな。既に卯月家と宗家で落としどころの話し合いが始まっている。その間、ここには『吸命』であったり、例のヒトガタが現れる可能性もあるからな。こうして警戒態勢をとっているってわけだ」
卯月家は『吸命』の〝共同管理〟を宗家……桃塚家へ打診している。この期に及んでも、利権を手放すことは考えられない。いや、そもそも卯月美江を一人の人間……同胞として見ていない。『吸命』という異能は、世が世ならソレを巡って戦争が起きてもおかしくないほどの最上級の道具なのだ。ソレが生み出す利権に目が眩まない者は少ない。
「……はぁ。父様やお祖父様も……『吸命』を取引材料として扱うということね。こんなことを私が言ってはダメなんだろうけど……少しだけ……ほんの少しだけ、好き勝手に『鬼』を処断する、ヒトガタの自由さが羨ましい……」
「……葵。それは本当にダメなやつだろ……俺たちが言って良いことじゃない……」
今のところ、葵たち一門衆は黒いヒトガタの目的を知らない。その目指すところは不明。ただ、これまでにヒトガタが確認されているのは『鬼』の処断のみ。その強度な認識阻害を利用して、他にも何らかの動きがあると見られているが、全容は明らかになっていない。
結果、百束一門の中にも葵のような考え持つ者が増えつつある。
ヒトガタは、むしろ我々よりも純粋に『鬼』を狩っているのではないか?
奴を特級の『鬼』として認定したのは早計ではなかったか?
ヒトガタは本当に我等の敵なのか? ……等々。
異能者を取りまとめる。異能を用いて法を犯す……『鬼』を取り締まる。それが百束一門であり、彼等の専売特許だ。無法な商売敵を許すはずもない。だが、現場で動く者は疑問を持つ。
「健吾、私だって分かってるから。他の人の前ではこんなことは言わないよ。……それに、そろそろ異能の準備が整う。黒いヒトガタは私が裁くから……」
「……お嬢様、馬頭さんも。私の『先導』が反応しました。ナニか……〝危険〟が迫っています」
静かに付き従っていた、班員であるもう一人の護衛……
彼女の異能は『先導』。
己の進むべき道を示すという、限定された未来予知。
〝危険〟はすぐそこに迫っていた。
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……
…………
………………
路地を歩く人影。
秋良は解決屋として『吸命』を……他者の命を吸い取る『
異能による理不尽であり、依頼主である甘地も警察関係者としての解決を望んでいないという案件。
「(ま、今回は当人から話を聞いて終わりだな。マスターに
秋良としては、異能による理不尽に巻き込まれただろう、前島樹やその家族……早苗に対して思うことはある。しかし、それは『吸命』の卯月美江に対してもだ。
何故に彼女は長年に渡る潜伏を突然に放棄したのか?
「(『吸命』が俺の思う通りの性能なら……当人にとっても、その異能は呪いなのかもな……)」
甘地の用意した資料を確認し、卯月家の者をしらみつぶしに当たって情報を聞き出した結果……秋良はある程度の推察をしている。
そして、その推察が事実なら、卯月美江の行動の意図も一応は理解できた。ただ、それは秋良の引いた一線を越えており、快か不快かで判断すれば間違いなく不快な話ではあるのだが……。
「(百束一門も卯月家も……目先の利益しか見えていない。不老や若返り……死を遠ざけるということは、決して良いことばかりじゃない。……時に死や老いというのは一つの救済でもある。それを避けても、また別の〝ナニか〟に縛られるだけに過ぎない)」
異世界での二十年。その間は
千を超える死と蘇りを繰り返した鹿島秋良。被験者。
死ぬことにも、そこからの蘇りにも慣れはしたが、異質な経験に違いはない。
鹿島秋良は、この世界に望まない帰還を果たしたのだが……結局のところ、ヒトとして失ってはいけないナニかを喪失したまま。壊れたままだ。
『……グダグダ考えても仕方のないことか……』
他のビルに囲まれるようにして、路地に面した雑居ビル。建物自体は何の変哲もないが、他との違いがあるとすれば、隠された監視カメラの多さか。また、人による警戒もある。卯月家が秘匿する事務所の一つ。
そこに現れたのは異形の存在。黒いモヤを纏うナニか。ヒトガタ。趣味の悪い認識阻害を纏った解決屋……鹿島秋良。
目の前に如何にもな怪しい存在が現れたにも関わらず、ビルの入口に立つ警備の者の反応は……緊張はしているものの、ヒトガタを迎え入れるように応じた。
「……お待ちしておりました。こちらです」
『はは。ご丁寧なことだ。はじめの頃の接触に比べると雲泥の差じゃないか。ま、流石の卯月家もいい加減に懲りたみたいだな』
秋良の執拗な〝卯月家の縁者狩り〟。百束一門が把握していないものを含めると、かなりの数の事件があるとかないとか……。
もっとも、今回の件について、秋良は卯月家に対して特に思うことはない。片っ端から始末してやろうというほどでもない。ただ言われるがままの下っ端はもとより、上層部に至っても、その思考や行動には愚かさを感じるが、それらは〝普通〟の範疇であり、驚異の異能に欲望を刺激され右往左往しているに過ぎない。秋良は、自らが手を下す必要を感じない。卯月家はどうせ終わりなのだからと。
「……どうぞ」
『余計なやり取りをする気はない……ってことか』
案内の者に促され、秋良はビルの中へ。
秋良が言うように、卯月家も流石に懲りた。もはやヒトガタを罠に嵌めて害そうという気はない。それらが無駄だと身を持って知る羽目になってしまった。
見た目はただの古びた雑居ビルであり、中もほとんどがごく普通の構造ではある。しかし、そもそも周りを他のビルに囲まれ、路地を通らなければアクセスできないという立地。入口が大通りからは見えない上に、ビルにある事務所や入居者はダミー。
ビル丸ごとが街に溶け込んだ隠れ家。
無言で中を進む秋良と案内者。エレベーターは使わず、階段で四階まで。
扉は厳重にロックされており、パスワードにIDカードに物理的な鍵……を駆使して三つの扉を潜ることになった。
『(芸が細かいし厳重だな。当然、エレベーターではアクセスできない階なんだろうな)』
扉の前にそれぞれ警備の者が二人ずついたが、誰も一言も発しない。警戒はしているが、ヒトガタを凝視することもない。むしろ、見れば石にされるとばかりにそっと目を逸らす。
『(流石に指示は行き届いているようだが……何だ? 普通、こういう場所はそれなり以上の手練れが配備されるんじゃないのか? やたらとムラがあるし、〝一般人〟に毛が生えた程度じゃないのか、こいつら?)』
すれ違う警備の者たち。その誰もが秋良からすれば〝なっていない〟。一般人に比べれば当然に心得はあるだろうが、百束一門の者としては中から下といったところ。秋良は多少の違和感を覚える。
もっとも、そんな違和感よりも別の違和感について確信を得ることになったが。
「……この部屋です。この扉の中にあなたと会談を望む御方がおられます」
『なるほどね。『吸命』には逃げられたってことか』
「ッ!? ……さて、何のことでしょう」
秋良の違和感は警備の者の未熟さだけではなかった。何らかの異能によって対策をしているのかとも考えていたのだが……『吸命』のような桁外れの異能……要は〝命〟を複数所持するほどの気配をこのビル内に感知できなかったのだ。
潜り抜けてきた扉はあくまでも科学技術による障壁。異能や魔法といった異質な技によるものはなかった。そして、最後の扉にしてもそれは同じ。
『まぁいいさ。とりあえず、卯月家の重鎮と話をさせてもらおうか』
「……」
ここまで来たからなのか、目の前の重厚なドアに鍵などはなく、案内の者が静かに扉を開けて、秋良を中へと促す。秋良も逆らいはせずにそのまま足を踏み入れる。案内役の男は、その姿を確認してそっと扉を閉じた。彼の役割はここまで。
部屋の中には三人の人影。一人がソファに腰かけており、秋良の入室を確認してから、わざとらしく立ち上がって出迎える。他の二人は護衛としてなのか、ソファの両端にて直立不動。にこりともしない。
「……ようこそ。私が卯月家の当主である、
ソファから立ち上がった老齢の女性が、深々と頭を下げて挨拶をする。その所作は凛としており、その身の内に
彼女に比べれば、これまですれ違ってきた警備の者など、大人と子供以上の差があるだろうと秋良は見立てる。
『はじめましてで悪いんだが、今の俺に名はない。ヒトガタとでも呼んでくれ』
「……では、そのように……どうぞ、おかけになって下さい」
秋良は三輪子の護衛であろう二人の射抜くような眼光を浴びながら、気負いなくソファに……三輪子の対面に座る。そして、三輪子が何やらを口にする前に、秋良は要望を伝える。
『あぁ、早速なんだが……いちいち細かいやり取りをするつもりはない。単刀直入に俺が聞くだけだ。答えたくないなら答えなくて良いし、俺を暴力でどうにかしようと思うなら好きにしてくれ。ただ、もう十二分に理解はしているだろうが……俺はやられたらやり返す。殺意を乗せてかかって来るなら、相手が誰であろうが殺意を返す。あと、俺が〝選択肢〟を提示するのは一度きりだ。一度選んだ後にやり直しはない』
秋良は普段はそれなりに礼節を重んじている。目上の者にこのような不躾な態度を取ることはない。日々の生活では悪目立ちするだけだ。しかし、黒いヒトガタとして姿を見せた以上、普段の鹿島秋良としての気遣いをいちいち実践するつもりもない。
「……良いでしょう。私は貴方の質問にお答えいたします」
ほんの僅か。護衛の二人から明らかに不愉快な気配がしたが、当主である卯月三輪子の発言でピタリと止まる。内心はどうであれ、護衛の二人は己を律することができるプロ。
『助かるよ。俺だって、別に卯月家の者を無意味に害そうという気はないんだ。所詮卯月家など、『吸命』という異能に踊らされているだけの俗な小者集団に過ぎないからな。ただの〝被害者〟を、これ以上イジメる気にはならない』
煽る。煽る。
秋良の中では、卯月美江本人はともかく、卯月家の者は一線を越えていない。暇潰しで始末するほどでもない。ただ、だからといって好意的にもなれない。気に入らないのは確かだ。
「……言ってくれますね。大言を吐くだけの力があるのは認めますが、そのような物言いは己の品性を下げますよ?」
『はは! 他人の命を材料とする異能を用いて、散々有力者に媚びを売ってきた輩が品性を語るとはな。一体、今までにどれほどの〝生贄〟を奉じてきたんだか……人の皮を被って品があるフリは止めろ。うっかり『
秋良が仕向けたとはいえ、卯月三輪子はあっさりと彼の引いた一線を踏んだ。
「……う……く……ッ!?」
「な……ッ!? ご、御当主……ッ!」
「が……ッ!?」
周囲に満ちるのはの魔力。彼の基準からすれば、本気ではない威圧……ではあるが、『いっそコレで命を落とすならそれでも良いか』……という程度には強いもの。
三輪子もだが、護衛の二人もただでは済まない。
『なぁ。もう一度、今のセリフを言ってくれないか? 誰の品性が……何だって?』
「……ぐ……ッ……と、取り消し……ます……! い、今の発言……は、なかった……ことに……!」
三輪子の言葉を受けて、始まりと同じく、あっさりと禍々しきナニかは霧散する。
『分かったか? コレが俺の〝暴力〟による交渉だ。悪いが今までアンタ等がやってきたモノと一緒にしないことだ。いちいち分かり易い餌に嚙みついてこないで、聞かれたことに素直に答えろ。卯月家の当主か何だか知らないが、俺にとっては、アンタはそこらにいるただの婆さんと変わりはしない』
秋良としては、今一度この場における上下関係を見せつけるためのパフォーマンスに過ぎない。軽い煽りに反応した矢先に出鼻を挫く……つもりだったのだが、思わずそのまま潰してしまうところだ。
「……か、かは……ッ! ……はぁ……はぁ……」
卯月三輪子は侮っていた。秋良のことを、ヒトガタのことを……飛び抜けた実力を持つ異能者であると理解していたのだが……違った。
彼女もまた〝持つ者〟としての傲慢さを有していたのだ。
『何とかなるだろう。個人の異能者などどうにでもできる』
そんな見立てを持ったままだった。
『……さて。じゃあ仕切り直しだ。さっそくに話を聞かせてもらおうか』
「…………ッ!」
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