第4話 吸命の鬼 4 持たざる者
※2話同時投稿 2/2
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とある双子。
たまに揉めるが、一応は姉と弟ということになっている。
その双子の姉弟の生まれた家は特殊な家柄であり、物心つく前から、二人は厳しい修練に打ち込んでいた。
何故こんなことを?
そんな疑問すら持てない……それほどに幼い頃からの習慣だった。
姉の名を
弟の名を
百束一門の中枢を担う、〈十三家〉の一角たる卯月家に生まれた双子。
実のところ、卯月家は血縁による繋がりに固執することはなく、かなり以前から既に異能を発現している者や、『気』の素養のある者を養子として受け入れるいうやり方をとっていたのだが……。
卯月家は……〈十三家〉でありながら、『鬼』を出してしまった。それも要処断……つまりは特級の『鬼』。
その者の名は
百束一門として、公的に彼女が『鬼』と認定されたのは十五年前のこと。夫の命を長らえるために、三人を殺した。〝糧〟としたのだ。
だが、実のところ卯月家は、もっと以前に知っていた。彼女の持つ『吸命』という稀少で恐ろしい異能のことを。卯月美江の本質が『鬼』であることを。
それは彼女が妊娠中の出来事。発端は誰の所為でもない悲しい現実。
年は離れているが、夫となった
そんなある時、彼女の腹の中で赤子の心音が途絶えた。
その悲しみは如何ほどだったか。夫であり父である博樹は、これまでの人生で比較することのできない絶望と虚無を抱いた。
そして、悲しみは当然に卯月家の者もだ。
卯月家の親類などは、皆が生まれてきた後のことを……子の将来を心配していた。考えていた。つまり、皆が美江と博樹の子は、この世の生誕するのを当たり前だと認識し、待ち望んでいたのだ。
悲しみの雨が降る卯月家。
その雨にうたれ……卯月美江は『鬼』の道を踏み出す。
そして、卯月家は血族の結束のもとに……という閉鎖的な方向へ舵を切っていく。
……
…………
「ねぇ、桐雄。あんた……どうすんの?」
自宅。二階には、姉弟の部屋が隣り合っている。部屋の中身自体はそれぞれに個性があるが、示し合わせたかのように、隣の部屋との壁際はスッキリとしている。余計な物は置いていない。
姉である遥香は、その壁にもたれて言葉を発している。
「さぁ……? むしろさ、俺なんかより、遥香の方がちゃんと考えないとダメだろ?」
弟。桐雄からの返答が彼女には聴こえる。彼もまた、自分の部屋の壁際にいるのだろう。
「……私はもうどうでもいいよ。今更〝元〟に戻ってもね……どうせ無理矢理に子を産まされるだけだし……」
「でも……落ちこぼれた俺と違って、遙香は〝普通〟に戻れる可能性がある。今のままの遥香として。だから……さ?」
「ねぇ桐雄。あんたは……〝ソレ〟がどういう意味か分かった上で言ってるんだよね?」
双子の姉弟。二人に回ってきた話。百束一門ではなく、卯月家の者としての選択。
そもそも卯月美江の逃亡生活を支えていたのは卯月家。
必要な金、住む場所、偽装した身分証明、表向きの仕事、一門の追手に関する情報とその撹乱……等々。
何より卯月家としては、異能『吸命』を用いて、莫大な金銭と立場ある者たちからの支援も引き出していた。当然のこと。誰しもが願う不老。若返り。そんな夢物語を可能にする異能なのだ。他者の命を必要とすることを知った上でも……『吸命』を望む者は掃いて捨てるほどいる。
だが、ある時、卯月家の金の卵たる卯月美江が暴走した。
指示に従わず、彼女はいきなり多相市に現れた。あっという間に一門衆に捕捉され、夫の博樹は捕えられる。本人は瀕死の重傷を負って病院へ搬送され……その後に脱走という状況。しかも、その時に大暴れしてしまい、内々で処理するのはもう不可能という状況。こうなっては、百束一門も表立っては『吸命』を失うことを惜しみはしない。
卯月美江は今、十代前半という姿にまで若返り、卯月家が用意したセーフハウスで匿われている。
卯月家の本家は、縁を持つ分家筋の家々に秘密裏に指示を出す。普段は本家が相手にすることもない、遠縁の〝才のない者〟にもそれは伝えられた。
『宗家たる桃塚家と交渉する間、卯月美江を匿うために協力しろ。協力の暁には『吸命』による〝恩寵〟を与える』
悪魔の囁きに等しい指示。
稀有な異能『吸命』については、卯月家に連なる立場の者たちにはある程度の詳細が開示されている。
「私はさ。百束一門も、卯月家も、あの『吸命』の吸血鬼も……皆、滅びてしまえとまで思ってる。それに吸血鬼のお情けで〝健康〟になったところで……結局はこの家にいる限りは同じだよ。桐雄は私にソレを望むの?」
「…………うん。残酷なことだって分かってる。でも、俺は……遥香に元気でいて欲しいよ。少なくとも〝今の俺〟はそう思ってる」
「桐雄……あんた……」
壁越しの双子の会話。
それは子供たちの秘密の儀式。幼い頃からずっと大切にしてきたもの。
ただ、今はもう違う。一方通行な独り言。少なくとも、他者にはそうとしか見えない。双子の両親も口を挟んだりはしない。
今では卯月遥香が、空虚な日々の中、ギリギリで正気を保つ手段となっている。
いや、もう既に彼女も正気ではないのかも知れない。
卯月桐雄。享年十六歳。
彼は既に故人。この世にはいない。
試しの儀に落ちた。一門衆として認められることがなかった。それが確定したその数日後のこと。
家族は、部屋の壁際にもたれかかったまま、冷たくなっている彼を発見する。
……
…………
………………
少し前。
卯月桐雄が亡くなり、その密やかな葬儀が終わって数日の頃。
誰もいない部屋はそのまま。
「……双子とは魂を分けたもう一人の自分……か」
いつかどこかで聞いたか目にしたことがある誰かの言葉。
そんな言葉を呟くのは卯月遥香。ぽっかりと空いた胸の穴。まさに魂を千切り取られたか後遺症なのかと、彼女はぼんやりと思う。
急速に生きる力が失われていくのを自分でも感じていた。遥香の生きる理由。それは〝普通〟になること……桐雄と一緒に。
卯月家の分家に生まれた彼女等に自由はなかった。両親も祖父母も親戚連中も……皆が〝一門の子〟としての役割を二人に求めた。
二人にはソレがどれほどの苦難だったか。悲しいかな、才のない二人にとって〝一門の子〟としての生活は苦しく辛い……命をすり減らす日々だったのだ。
皆が指を差して言う。
『落ちこぼれ』
『なんでお前らなんかがここにいる?』
『どうせ〝処置〟をされるんだから、別に仲良くしても意味はないだろ?』
『なんでアンタたちはできないのッ!? アンタたちがダメだったら……私たちはッ!!』
『はぁ……あの二人は出来損ないだったか……』
同じく一門の子も、指導する師も、先輩や後輩も、両親も、親戚も……皆が二人を〝要らない子〟だと言う。
遥香は知っている。桐雄は絵が上手かった。一度見た風景を思い出しながら写真のように写生することだってできたのだ。あと、手先も器用だし、動物が好きで優しい。一門の子としては無意味な才能や特性ではあったが、それらは確かに卯月桐雄を形作るものだった。
「……卯月家に生まれなければ……私も、桐雄も……こんな目には遭わなかった」
それは皆に言えること。誰だって同じだ。遥香はもちろん理解している。ただの空想の願望でしかない。
一門の子として過ごす日々に、彼女の心は擦り減ってしまい無感動になっていた。普段の学生としての表の顔も、所詮は演じていただけ。仮初の姿でしかない。
久しぶりに心が揺れ動いたと思えば、魂の片割れである桐雄の死去という凶事。
もう嫌だ……ッ! という、彼女の心からの声が外に漏れることもない。
「遥香。ここにいたの……? 友人の……宗家のお嬢様と犬神の方がいらしているわ……上がってもらうわよ?」
「……あ? あ、あぁ……うん。
不意に現実の世界が戻ってくる。遥香にとってはクソッタレな灰色の世界。
友人。
〝一門の子〟につま弾きにされる中、葵と健吾は遥香と桐雄を邪険にすることはなかった。ただただ同年代の個人として接してくれていた。
「(……はぁ。このしんどい時に……〝演技〟をしなくちゃいけないのか……)」
遥香は知っていた。分からないはずもない。二人は紛れもなく〝持つ者〟であり、一門の子としてはダントツに才ある存在。落ちこぼれである〈十三家〉の分家筋の子に、宗家のお嬢様が手を差し伸べて下さっていただけ。それは憐みであり施し。当人に自覚があったにせよ、なかったにせよだ。
当初はそんな二人の態度に心がささくれ立つこともあったが、時間の経過と共に『考えてみれば当たり前のことだ』と割り切っていた。桐雄は桐雄で、また少し違う思いがあったのか、一線を引くような遥香とは違い、彼は葵たちに少し踏み込んで付き合いを続けていたが。
トントントンと階段を上がって来る足音。それは一人分。比較的軽い体重。葵だけのようだと遥香は認識する。護衛である健吾は階段の下で両親と話をしているのだろうとも。
ここ数日の間、久方ぶりに震えた心。その反動で気怠い身体。そんなモノを引き摺りながらも、遥香は〝いつもの〟遥香へと意識を切り替える。表向きの友人用の自分を呼び出す。
「……遥香。ごめんね。大変な時に……」
「葵さん。ううん。気を遣ってくれてありがとう。桐雄にも挨拶に来てくれたんでしょう?」
控えめだがハッキリと分かるような笑顔。もっとも、その笑顔は場に似つかわしくはないのだが、その憔悴してやつれた彼女の
当然、葵にもそう見えた。哀しみを堪えて、無理に笑っているようにしか見えない。
「ご両親にも聞いたけど……き、桐雄は……やはりこれまでの無理が祟って……?」
「……えぇ。かなり〝ガタ〟が来てたって話です。仕方ないことですけどね……私も桐雄も……才能がなかったから」
「そ、そんなこと……は……」
本来、彼女は……桃塚葵はここへ来るべきではなかった。健吾は止めた。葬儀への参列だけで、しばらくは直接会わない方が良いと、そんな風に葵に忠告していた。
どう言い繕っても、持つ者と持たざる者の構図にしかならないのだ。
桐雄と遙香の二人にとっては、命を削るような修練の日々であっても、才ある葵にとっては、それは軽い運動程度に過ぎない。
例えるなら、オリンピックのメダリストが行うトレーニングを、ただの幼稚園児が同じ強度で行えばどうなるか……という話だ。
「葵さんや健吾さんとは違い、私たちは凡人以下の落ちこぼれですから……」
「…………」
何故こんなことを口に出してしまったのだろうか。遙香は自分でも驚く。こんなことを言えば、葵は何も言えなくなる。それが分かっていたのに……口をついて出てしまった。
〝演技〟ができていない。
「……ごめんなさい。こんなこと言われても、葵さんも困りますよね」
「は、遙香……わ、私は……一門の御役目は理解しているけど……やっぱりこんなことは間違っていると……思う……」
「…………」
葵の方も、つい口に出してしまっただけ。彼女も、まだまだ子供でしかないのだ。
しかし、それは彼女が……宗家の才あるお嬢様が、
「……そうですね。私もそう思います。でも、どうしようもないですよ」
「遙香……」
遙香はその後のことをあまり覚えていない。
怒りと悲しみが、空虚さを伴って込み上げ……何も考えられなくなった。皮肉なことに、その後はいつもの〝演技〟がスムーズにいき、当たり障りなく葵の相手をすることができた。
……
…………
「……お父さん、お母さん。私は本家からの協力の申し出を受けるよ。まぁ……役に立てるかは分からないけど……」
彼女は決意した。
遙香からすれば『桐雄が言うなら仕方ない』というだけのことだが……そもそも彼女に思いを伝えた桐雄は、遥香の心が生み出した幻想でしかない。
「いいんだな? 善きにせよ悪しきにせよ……どちらであっても、お前は百束一門から追われる身になる。卯月家の支援はあるだろうが、それもいつまで続くか……隠れ潜む生活になるぞ?」
「……本当に良く考えたの? 命を懸けることになるのよ?」
両親は真剣に遥香と相対している……ように見える。
だが、決して遙香を止めようとはしていない。役に立たないとしても、娘を差し出すことで、本家への忠誠を見せることができると……内心では小躍りしていたりする。
「(これを機に〝役立たず〟が処分できて良かったじゃない。いくら神妙に言い繕っても、アンタ等の本性なんてとっくに知ってるよ)」
遥香としても、両親の本音などとうに理解している。
血の繋がりが何になるのか。
家族愛? それは何? 食べ物か何かの名前? ……遙香も桐雄も、両親や親戚に対して、家族の繋がりなど感じたことはない。あるのは利害による繋がりのみ。
遙香の家族は桐雄だけ。その桐雄はもういない。
もはや彼女には、戻る場所も、目指す場所もない。
後は、ただその命を消費するだけのこと。幻の桐雄が望んだことではないが……もう遙香には生きる意味が分からない。
卯月家の思惑通りは腹が立つが……それ以上に、百束一門へ嫌がらせのような抵抗がしたくなっただけ。
それが……
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