第3話 吸命の鬼 3 大人の建前
※2話同時投稿 1/2
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病室での対面。
前島樹はベッド上で浅い眠りと覚醒を繰り返しており、声をかけると僅かに反応するが、その瞳に明確な意思の光はない。
「二日ほどまでは、調子が良ければ少し話もできたのですが……」
憔悴した様子の女性が、ベッド横の椅子に座っている。前島早苗。妹。
「それは……すみません。もう少し早く来るべきでした」
「あ、いえ……そのようなつもりで言ったわけではありません。鹿島さんに無理を願ったのはこちらですから……」
人として色々と〝壊れている〟秋良ではあるが、悲痛な思いを抱く家族を前にすれば、流石に思うこともある。たとえ、前島樹について気付くことがあっても、今、この場でソレを
「……鹿島さん。兄は……何らかの『異能』の影響がありますか? 百束一門の〝処置〟とやらを何とかできそうですか?」
本当は早苗にも分かっている。もはや兄の願いを叶えることはできない。叶えた所で、ソレを当人が認識できるかも怪しいのだと。
「……残念ですが、俺にはその〝処置〟とやらの痕跡すら見つけることができないようです。……申し訳ない」
「……そうですか。鹿島さん……私には『異能』なんて分かりません。甘地さんの前で言うのもなんですが、正直分かりたくもないです。だって……明らかにオカシイでしょ? 〝普通〟ではないでしょう?」
「…………」
それは前島早苗の独白。秋良に向けて語りはするが、ただただ、心の内を吐き出すだけの作業。
「兄にどのような過去があり、どのような経緯で前島家に……父と母に引き取られたのかは知りませんでした。……少し話しましたが、私自身も施設育ちで、小学校に上がる頃に前島の両親に引き取られています。実の両親のことは覚えていませんし、世間一般で言うところの〝家族〟というもの私は知りません。……でも、前島家での生活は〝普通〟だったと思っています。父と母と兄と私。血の繋がりはありませんが、決して異常ではなかった。普通に幸せな家族です。私は父と母と兄に愛され、私も家族を愛しています」
前島早苗は静かに語る。普通ではないが普通の家族のことを。特に気負うこともなく家族への愛を。
そんな早苗の語りを秋良はただ聞く。語られるままに聞く。
早苗が前島家の子となった日のこと。
兄が家に来た日のこと。
父に叱られた時のこと。
母に抱きしめられたこと。
ぎこちなかった兄と打ち解けるきっかけとなったエピソードのこと。
それぞれの誕生日には必ず家族が揃ってお祝いをすること。
兄が彼女を家に連れてきたこと。
その彼女にフラれて落ち込んでいた時のこと。
彼女にフラれたのを、両親が慰めようとして兄の反感を買ったこと。
早苗に彼氏ができた時、心配でデートの後をつけてきた兄のこと。
ただ、皆で食卓を囲んでダラダラと話をしたこと。
何気なく過ぎる日々のこと。
そのどれもが前島早苗の宝物。家族の思い出。
「……鹿島さん。お願いします。兄を……樹兄さんを……こんな目に遭わせた〝犯人〟を見つけ出してください。悔しいですが、
前島早苗の瞳が真っ直ぐに秋良を射抜く。
だが、その瞳は濁ってはいない。復讐や憎しみに囚われている者のソレではない。理不尽を受け入れながらも、負けない。負けてなるものか。理不尽を許さない……という強い意志の光が宿っている。
もしかすると、それは誰もが心に思い描きながらも、いつしか忘れてしまった原始的な正義の光なのかも知れない。
少なくとも、今の鹿島秋良にはないもの。とうの昔に擦り切れて捨ててしまったものだ。
「(強い
秋良は早苗のその在り方に、自分にはない強さ……美しさを見た。
その美しさに比べて自分はどうだ?
「俺は俺にできることをする……とだけ言っておきます」
「…………ありがとうございます。その言葉だけで十分です」
深々と頭を下げる早苗。彼女も察している。勘づいている。兄の身に起きたのは『異能』による事件だ。そして、秋良はそれを〝解決〟できるだろうということを。
「前島。分かっているだろうが、ここから先は……」
「……はい。承知しています」
前島早苗は揺るがない。まるで根を張った大樹。善きことも悪しきことも……あるがままに受け入れている。
「……鹿島さん。行きましょうか?」
「ええ。……それでは前島さん、お兄さんも……〝家族〟の時間にお邪魔してすみませんでした。これにて失礼させて頂きます」
秋良は部屋の主たる、ベッド上の前島樹に深く頭を下げ、甘地と共に病室を出て行く。
……
…………
「……前島樹さんを見て、何か気付くことはありましたか?」
誰もいない炎天下の公園。日除けとなる東屋式のベンチに男が二人。病院から徒歩で数分の場所。早速に甘地は話を進める。
「俺の〝設定〟は少し横に措いておくとして……アレは何らかの『異能』で間違いないですね。どす黒いナニかが彼を包み込んでいました。ですが、ソレはあくまでもキッカケであり、彼の体を蝕むのは間違いなく〝普通〟の病ですね」
つまりは、異能による影響を除去したところで、前島樹の癌が消える……などということはない。後は現代医学の出す答えに従うしかない。
「やはり彼を助ける道はない……ですか?」
「俺も癒しの
秋良は異世界の魔法……治癒術の心得も多少はある。だが、彼が扱うのは、骨折や切り傷などの回復や異物の除去が主となる。
初期であれば外部から侵入した異物……ウイルスや菌による疾患を治癒できるという、ある意味では超絶的な奇跡の力だ。現代医学を超えている。
ただ、本人の肉体由来のモノ。元より内側にあるモノについては対処できない。腫瘍などを除去するのは不可能。
異世界の魔法にはそれらを除去する治癒魔法も存在していたが、秋良は会得できなかった。
治癒魔法であっても対象とするモノが違うということ。
「……そうですか。その辺りはこちらで手配をかけてみます。……まぁ、期待はできませんがね……」
甘地から自嘲気味な昏い笑みがもれる。彼は知っているのだ。百束一門が抱える病を癒す奇跡の異能者はいるが、ただの〝一般人〟のために動かすことなどないと。
「……これはただの独り言ですけどね。〝
「こちらもあくまで独り言として……承知しましたよ」
白々しいやり取り。もやはごっこ遊びに等しいが、これも大人の建前というやつか。
「とりあえず、樹さんを包むどす黒いナニかの元を追うことになりますが……甘地さんはアレの出処に目星が付いているんでしょう? というか、アレは現在手配中の『鬼』であり、樹さんの実母である卯月美江さんの仕業ですか?」
「……少なくとも私はそう見ています。実は、過去に一度ならず二度三度と、卯月美江を追い詰めていたこともあるのですが……その度に一門衆は彼女に逃げられています。つい先日など、瀕死の重傷で身柄を確保したにも関わらずです」
そう言いつつ、甘地はショルダーバッグからファイルを取り出す。部外秘の極秘情報は紙媒体でやり取りするという拘りでもあるかのよう。
そのファイルに記載されている。今回の事件の犯人と思われる人物について。
卯月美江。
百束一門の中枢である〈十三家〉の一つ、卯月家に出自を持つ一門衆であり、前島樹の産みの親。
彼女は『異能』を発現することはなく、修練によって身につけた『気』によって一門衆として認められていた。しかし、それはフェイク。卯月美江がいつ異能を発現したのは不明ではあるが、異能の中でも、特別に異質な己の能力をずっと隠していたのだ。
卯月美江が己の異能を明らかにしたのは、夫が不治の病に倒れた時。彼女はそんな夫を助けるために異能を用いたのだ。
結果、無関係の三人が命を落とす。彼女の夫……
その異能の名は『
名の通り、他者の命を吸い取る。吸い取った命は自分用にストックしておくことも、別の他者に分け与えることもできるという……常軌を逸した能力だ。
しかも、
「……まるで吸血鬼のようですね。で、その後、彼女は快癒した夫との逃避行ですか……」
渡されたファイルに目を通しながら、秋良は質問を投げる。
「えぇ。最初の事件が十五年前。次に彼女を見つけたのが八年前で、三度目が……前島樹が倒れたのと時を同じくします。ちなみに、彼女は今年で五十四歳となりますが……その見た目は二十代前半といったところ。ちなみに二十歳差の夫も同じような見た目です」
「……えらく鮮明だと思ったら、これは最近の写真ってことですか。人の命を使って若さを保つ……いや、若返ってるのか……まさしく吸血鬼ですね」
ファイルに綴じられていた写真。
そこには二十代にしか見えないの男女の姿がある。
「……それで? 前島樹さんは、実母に命を吸われたのですか?」
秋良は、血の繋がりによる絶対的な愛を信じるほど、頭の中がハッピーでもない。
親子で殺し合う。利用し合う。家族の命を消耗品として扱う。
それも一つの事実。
胸糞悪くはなるが、異世界においても、この世界においても……ありふれたことでしかないのだと……秋良は割り切っている。
もちろん、前島家のように血の繋がりに頼らない家族の在り方もこの世界に存在する。
ただ悲観して斜に構えるだけでもない。秋良は前島家の在り方や、前島早苗のような強さ……この世には稀に〝美しいモノ〟があるとも知っている。
「……それが分からないんですよ。ある時、何故か彼女たちは、生まれ育ったこの多相市に戻ってきた。当然に一門衆に狩られると分かっていたはずです。案の定、二人は追い詰められ……卯月美江は瀕死の重傷を負いましたし、夫の方は今も身柄を拘束されています」
「……つまり、瀕死の重傷を負った彼女は、いつも間にか回復して逃げ果せたと? 同時に樹さんは病に倒れた?」
「ええ。端的に言えばそうです。多相市に彼女が現れてから、前島樹さんとの接触はなかったはずですし、物理的に距離も離れていた……にもかかわらず、瀕死の彼女は樹さんの命を『吸命』で吸い取って回復した……そうとしか思えない」
百束の一門衆に追い詰められ、命に届くほどの重傷を受けて卯月美江は身柄を確保された。その場で処断しなかったのは、百束一門の欲目だ。彼女を殺してしまうことで、『吸命』という稀少な異能が失われることを惜しんだ。
一門の御用達である病院へ搬送されたが、病院内で彼女はいきなり回復し、そこで働く〝一般人〟の病院関係者一名と見張りの一門衆二名が殺される。負傷者は十数名に及んだ。
その彼女の回復と、前島樹が激痛を訴えて倒れた時間帯が概ね一致しており、甘地はその一致を繋ぎ合わせて考えた。
「鹿島さん。実は前島樹さんの件について、〝私〟は一門へ報告は上げていません。あくまでも私が勝手に想像しているだけのことです。もっとも、当然に他にも勘付いている者はいるでしょうがね」
「……甘地さん。本当に良いんですね? 〝
「はは。鹿島さん。あなたは一体何の話をしているのですか?」
それぞれの口調は軽い。空っぽ。まるで、近所の知り合いと道端でする、中身のない天気の話のように。
「く……くくく。甘地さん。俺は貴方のそういうところは嫌いじゃないですよ」
「奇遇ですね。私も鹿島さんのことは嫌いではないんですよ」
炎天下の誰もいない公園。
大の大人二人が含み笑いで見つめ合っている。
普通に考えれば不審な状況。
だが、その不審なやり取りによって、ここに依頼はなされた。
鹿島秋良。異世界帰りの男。
暇潰しと……〝美しいモノ〟への敬意により、〝解決屋〟が街を行く。
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