第2話 吸命の鬼 2 発端の概要

※2話同時投稿 2/2


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 正確な年代は消されていて不明だが、それほどに昔ではない頃。

 ある夫婦に子が生まれた。

 夫婦は当然に喜んだが、母方の祖父母や親類はその子の誕生を素直に喜べなかったそうだ。


 その子供の名前も性別も不明。彼か彼女かは知らないが、書類上ではその子のことは『A』と記されているだけ。


 家族構成は父と母とAの三人。


 親類がAの誕生を素直に喜べなかったのは、A父とA母の馴れ初めに遡る。


 A母は古き伝承を受け継ぎ、昏い道を歩む一族の血縁。〈十三家〉の一つだ。

 一方のA父は民俗学を専門とする研究者……つまりは〝一般人〟だ。


 二人の出会いは大学のゼミ生と准教授という関係だった。


 既に一門衆として異能に関与していたA母だったが、研究者としてのA父と接する中で恋心が生まれたのだろう。年の差はあったが、二人は仲睦まじく、大学を卒業した後には結婚しようという話まで出ていた。


 二人の関係は周囲に秘密ではあったが、あくまでそれは大学内での体面的なもの。確かに年の差はあるが、A父には妻子がいるわけでもなく、金銭的な対価での付き合いでもない。特に後ろ指をさされる関係ではなかった。ただ、A母の家系が特殊だっただけのこと。


 二人が男女の関係であることが露見したのは、A母が大学三年の頃。彼女の妊娠が発覚した。


 当然の如く、出産に大反対したのは、A母側の両親をはじめとした親族たち。その時、はじめてA父は、愛する女性の家系が特殊であることを知った。


 A父はA母の両親や親族に頼み込んだ。遊びなんかじゃない。本気なんです。これほどに人を愛したのは初めてのことだ……と。


 しかし、論点が違う。A母側の親族……〈十三家〉の者は、何も愛し合う二人のことをとやかく言うつもりはなかった。順番を間違えたことを叱責しているのだ。


 既に当時であっても、血縁に左右されるのは、犬神家などの一部の特殊な異能に限るというのが一門の常識として語られていた。つまり、殊更に血族の子に拘りはしなかったのだ。


 なので、男であっても女であっても、結婚を機に一門衆から……〈十三家〉から籍を抜く。そして、その後に生まれた子は、一門の子ではないという扱いだった。逆を言えば、〈十三家〉に籍が残ったままで生まれる子は、あくまで〈十三家〉の……一門の子なのだ。


 異能を発現しなければ……厳しい修練によって『気』を習得しなければ……待っているのは秘伝の除去という名の非人道的な〝処置〟。


 そんなむごい未来を生まれてくる子に与えるのか。


 A母側の両親や親族が憂いていたのはその一点だったのだ。その仕組みや習わしを知っていながら、何故に未婚で……〈十三家〉に籍のある間に子をもうけたのだと。


 むしろ一族の者たちは、〝一般人〟であるA父との結婚については、順序を間違えなければ諸手を上げて賛成した。年の差など眼中にもなかった。


 A母の出自たる〈十三家〉は、血縁には拘らず、緩やかに滅びることすら受け入れていた。異能者についても、『気』の習得についても、一族の子に無理矢理ではなく、異能を発現した身寄りのない者を養子として迎える……などの方針だった。


 どうしても子を産むというなら、妊娠初期の今の内……他家に知られる前にA父と早急に籍を入れ、一門から離れることを両親は勧めた。


 だが、A母は〈十三家〉に籍をおいたままで子を産むの一点張り。何が彼女をそうさせたのかは不明ではあるものの、A母は〈十三家〉や百束一門に生まれ育ったことを苦には思っていなかったようだ。それどころか、我が子を一門衆にするのだと意気込んでいたとも伝えられている。


 結果として、A父が〈十三家〉の籍に入ることにより、二人は婚姻して夫婦となり……子が生まれた。



 ……

 …………

 ………………



 秋良はペラペラと資料をめくりながら、時折捕捉を甘地と早苗から聞き取る。


 当初、前島早苗の手持ちの鞄から出された書類の束だけかと、秋良は勝手に思っていたが、実はダンボール二つ分ほどの資料が車の中に用意されていた。


 炎天下の中、少し離れた駐車場から、二人の刑事がダンボールを店に持ち込み、狭いテーブル席とカウンターまで使ってその資料を広げることに。これについては、普段は飄々と掴みどころのないマスターも意表を突かれた模様。


「……それで? 結局このAさんには異能も発現しなかったし、『気』とやらを扱うこともできなかったと……?」

「ええ。ちなみに、そのAの見切りは相当に早かったらしく、十二歳……中学進学を契機に〝処置〟が実施され、両親の……特に母親の強い希望で一般家庭へ養子に出されたそうです」

「よく分かりませんね。それだけなら、これほどの資料が必要だったんですか? 要はそのAという子……もうとっくに成人しているでしょうが……その〝処置〟をどうにかして欲しいということでしょう?」


 秋良には話が読めない。何となしにこのAが、前島早苗の関係者なのだろうとは思うが、それだけの話ならわざわざこんな資料が必要だったのかと訝しむ。


「……鹿島さん。今回の相談は警察の仕事ではなく、完全に百束一門としてです。ですが、そこに記載されているAというのは、この前島早苗の兄、前島まえじまいつきであり、現在膵臓癌すいぞうがんのステージⅣです」


 その表情は変わらないものの、早苗は静かに拳を握りしめる。


「それは…………野暮なことを聞きますが、この資料は俺が見て良いものなんですか?」

「ええ。特に問題はありません。先ほども言ったように、今回は百束一門の仕事です。つまり『鬼』関連……問題となっているのはA母……卯月うづき美江みえです。判明しているだけで六人を殺害しており、『鬼』として処断することが決まっています」

「……穏やかじゃないですね。一気に血生臭い事件だ。この記録で消されている〈十三家〉の一つというのは、卯月家ということですか。殺人容疑の『鬼』がA母であり、かつては彼女の息子だったAが前島樹さん。その樹さんは膵臓癌がかなり進行している状態……まるで話が見えませんね」


 情報が提供されるほどに疑問が増えていく。それぞれに繋がりはあるが、秋良としては、その繋がりに自分が介入する意味が分からない。しかも、甘地ははっきりと百束一門の仕事だと言い切った。つまり、モグリの異能者に頼むより、正真正銘、本物の異能者に頼めば良いだけだ。


「……あ、兄は、もう長くはありません。そもそも、私も施設育ちであり、兄はもとより両親とも血の繋がりはないのですが……それでも家族に違いはありません。わ、私としては、そ、その……家族の、兄の最期の願いを叶えて上げたいだけなんです……」


 震える。振り絞るような声。早苗との接点がそう多くはない秋良ですら、その心が乱れているのが分かる。マナの乱れ云々ではなく、当たり前の対人関係としてだ。


「……樹さんが、産みの親である卯月美江さんに会いたいと?」

「い、いえ……兄の願いは、子供の頃の本当の記憶を思い出したいだけです。……兄の〝処置〟のことも、百束一門のことも……私が聞いたのはつい最近です。まさか、兄が異能というオカルトに深く関わっていたなんて知りませんでした。……それは兄自身もです。病気の影響からか、意識の混濁がみられ、そんな中でぽつりぽつりと自身の過去を話し始めたのです。断片的に過去のことが浮かんでくるのだと……」

「あぁ、鹿島さん。色々とごちゃとごちゃしてすまない。要はあなたへのお願いというのは、前島のお兄さんの〝処置〟を何とかしてくれないかというだけなんだ。『鬼』である卯月美江についてはの情報でしかない」


 じっと秋良を見つめる甘地。その瞳は『そういうことにしておいてくれ』という願いが込められている。いい年したオッサン同士が見つめ合い、アイコンタクトで通じ合うという、あまり心地良くはない経験をしつつ、秋良はそれ以上は口を開かない。


 繋がりが見えない上に明らかに多過ぎる情報。不可解な甘地の態度。何が本題なのかが分からないまま。


「(これは……前島早苗さんの前では話せない情報がある? あるいは、前島樹さんに関する秘密か? どちらにせよ、この場でこれ以上は追求するなということか……)」


 後は当たり障りのない質問をしながら、秋良は今後の話をしていく。


 まず、前島樹に会って、当人が望む〝処置〟以前の記憶を取り戻せるかの確認となる。


 もちろん、秋良にはそんな真似ができると思わない。


 彼が得意とするのは壊すこと。もし、術式のくさびのようなモノを、ただ壊すだけで良いなら可能性はあるが、人の記憶や精神に影響を及ぼす術が、そんな単純な構成をしているはずもない。


「とりあえず、前島樹さんと会いますよ。ただし、俺がどうにかできるとは思わないで下さい」

「……はい。ご無理をお願いして、誠に申し訳ございません」


 悲壮な顔で、早苗が秋良に深々と頭を下げる。同時に甘地も。


「(前島さんは異能に関わりながらも、どこかで〝所詮はオカルト〟という冷めた思いがあったけど……今回は少し違う。余命幾許よめいいくばくもない兄を思ってわらにもすがる……という感じだな。まぁ本命は甘地さんの方だろうけど……)」


 謎がある。だが、甘地はこの件の解決を〝鹿島秋良〟に望んでいるわけではない。秋良もそれは理解している。


 これは……〝解決屋〟への依頼。



 ……

 …………

 ………………



 ジリジリと日差しの強い日。暑すぎて蝉や蚊も動けないのか、例年に比べて比較的静かな夏の日。炎天下のビル街を歩くという……そんな拷問を自ら望むのは人間のみだ。


 地球の支配者にしては、あまりにも間抜けな行動様式だ……などと、益体のないことを思いながら秋良は街を行く。


 前島樹への面会。


 既にベッド上での生活。寝たきり。夢とうつつを行き来する状態であり、起きている時もその意識は明瞭とは言えない。


 早苗が語ったように、素人目でも分かるような『もう長くはない』という状態。もっとも、専門家から言わせると『悪いなりに安定はしている』という、良いのか悪いのか判別の付きにくい意見が出されているという。


「すみませんね。無理をお願いして……」

「はは。甘地さん。そのセリフはもう何度も聞きましたから。ここまで来てゴネたりはしませんし、関わると決めたなら腹は括っていますよ」


 秋良の隣を歩くのは、半袖のラフなシャツ姿の甘地捷一。

 彼が『この件は百束一門の仕事』と言った通り、非番での対応となっている。少なくとも秋良はそう聞いていた。しかし、それが事実なのか〝設定〟なのは不明。『鬼』や異能絡みの案件と言えども、殺人事件に絡むともなれば、警察組織としても動かいわけにはいかないはず。


「まぁ、とっと詳しい話を聞かせて欲しいというのはありますけどね。前島樹さんに会ってから……でしたね?」

「……恐縮です。私には異能がありませんし、『気』の素養も一般人に毛が生えた程度です。何なら前島の方が色々と鋭いくらいです。ただ……前島のお兄さん……前島樹さんの状態が〝異常〟なことくらいは分かるつもりです」

「膵臓癌という診断ですが……実はそうではないとか?」

「いえ、病名としては膵臓癌で間違いはありません。問題はその経緯です」


 秋良も資料には目を通した。明らかに不味い情報は黒塗りで消されていたが、とても外部に出せるような情報ではなかった。異能、百束一門、〈十三家〉、『鬼』……等々。


 その中に『A』としではない、ただの前島樹の……若干場違いな情報もあった。当然にAとの関係性などは伏せられ、あくまで別人という体での資料。


 前島樹。三十歳。

 父親が営む、前島弁護士事務所で事務員として働く。本人も司法書士の資格を有しており、働きながら司法試験へ挑戦していたという。


 前島弁護士事務所は所謂マチ弁……比較的小規模な個人開業の事務所であり、父である前島宗一郎と子である樹の二人で営業していた。


 父の宗一郎は、従業員である息子の健康状態を気にしており、健康診断だけではなく、精密な検査などを毎年受けるようにと勧めていたらしい。これについては、妹である前島早苗の証言もある。


 樹もその忠告を受け入れ、二十代前半頃から毎年検診を欠かさなかったという。


「なのに、突然背中の痛みを訴えて倒れ……結果、膵臓癌のステージⅣ……それも、手の施しようがない末期の更に末期ですか」

「ええ。その半年前には何も異常はなかった。膵臓癌は発見しにくいようですが、彼はかなり精密な検査も受けていた。担当していた医師は検診のデータなどを確認して『有り得ない』と驚いていたそうです。……もちろん非公式にですがね」


 検査をすり抜けて……というのも考えにくい状況で、彼は発病して倒れた。


「甘地さんはそこに異能の影を見たということですね?」

「……はい。のちに詳しくお伝えしますが……どうにもタイミングが良過ぎるというのもありましてね」


 秋良には一応、まだボカしているが、既に甘地は確信している。今回の件は『異能』による事件だと。


 前島樹は被害者であり、彼と秋良を対面させるのは、甘地からすれば確認作業に他ならない。いや、当人の樹やその妹である前島早苗への配慮も当然にあるが……。


「(他人に病を発症させる……あるいは移す……か。呪術の類だろうか? それとも、俺の知る魔法などとは術理がまったく違う……まさしく『異能』なのか。さてさて、どうなのかね?)」


 秋良は〝解決屋〟として動くことに。そして、甘地はそれを知らないという〝設定〟で、秋良と共に動くことになる。



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