吸命の鬼
第1話 吸命の鬼 1 発端
※全9話。2話同時投稿 1/2
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百の異能を束ねる。
多相市に本拠を置く、異能者を取りまとめる組織だ。
その歴史は古く、平安時代には時の権力者の下に存在していたと伝えられている。
しかし、集団としての興りは更に時を遡るという。
今となっては異能による犯罪者……『鬼』を取り締まるという側面が強くなっているが、元々は力の使い方を知らずに暴走してしまう者、迫害を受ける者などの保護や教育という面が強く、家族や村などのコミュニティを追い出された……そんな行き場のない異能者を集め、俗世を離れた隠れ里を作ったのが百束一門のはじまりであり、その里のあった場所が多相市だったとされている。
一般には秘されており、科学技術全般の今の世にあって、法による保護や規定ができない存在。異能者。
実のところ、異能には血縁も関与は認められているが、発現はほぼランダムだという百束の研究もあったりする。
一門においても、血縁によって代々異能を受け継いでいる家系は少なく、宗家たる桃塚家であっても、時には異能者がいない代もあるほどだ。
ただ、百束一門はかなりの昔から公権力の紐付き。異能がないから対応できません。……では済まない。そこで生み出されたのが『気』を用いた技。秋良が言うところの『魔力と似たナニか』だ。
つまり、『気』を用いる技は厳密には異能に非ずという扱い。さりとて、『気』はこの世界の一般人の能力を軽く凌駕する神秘の技に違いはない。正しく超能力だ。
百束一門に在籍する者は、一代限りの個人も多いが、代々の家系として在籍する者たちもいる。筆頭は言わずもがなの桃塚家であり、御三家と呼ばれる犬神家、猿飛家、雉尾家が続く……基本は干支の名を冠する家々が、百束一門の中枢を構成している。つまりは十二支と桃塚家で合わせて十三の家。
この〈十三家〉に生まれた子は、仮に異能の資質がなくとも、門外不出の秘伝である『気』の修練を幼い頃から課せられる。厳しくも辛いものだ。そして、かつては十五歳までに異能を発現しない、『気』も十全に扱うことができない……となれば、口封じとして始末されていたという昏い過去もある。
いや、現代においてもそれは同じか。今の時代にも形を変えて口封じは続いている。〈十三家〉に生まれながらも〝普通〟でしかない者は……異能によって身に馴染んだ秘伝の記憶を消されるなど……〝処置〟を施されることになる。
その結果として、ほとんどの者が心を病む。壊れる。そもそも、後遺症のない完全な記憶の操作……〝処置〟など、ほんの一握りの異能者にしか行使できないのだ。圧倒的多数の不完全な操作を受けた者は、アイデンティティの喪失、意識の混濁、植えつけられた記憶の齟齬……等々により、数年以内に心身に不調をきたす。
運が良ければ病院通いで済むが、日常生活にすらままなくなり、そのまま……という者も多い。
それが百束一門の業。
同門の、一族の者にそのようなことを平気でできるのだ。
ならば、他者に対しても似たようなモノだろう?
とある解決屋などはそう断じる。
百束一門は異能者を取りまとめて、法で裁けぬ者を裁き、社会秩序を保つ機能を持つ。それは確かだ。
しかし、単なる正義の味方というわけでもない。決して。
……
…………
………………
「え……? 嘘……でしょ?
「……あぁ。試しの儀に通らなかった。あんなに研鑽してたのにな……」
街を並んで歩く学生服姿の男女。遠目から見れば、青春を満喫している高校生のカップルだ。だが、近付くと、二人に瑞々しく輝くものはない。二人が纏うのはじっとりとした昏いナニか。一族の宿業。
「……じゃあ桐雄は、記憶を……?」
「一応、成人するまで……高校を卒業するまでは今のままらしい。それで、〝処置〟を受けた後はリハビリと寮生活だってさ。ま、体の良い島流しみたいなものだろうな……はは」
一門の頭領筋のご令嬢とその護衛。
とある事実を聞き、葵には動揺があるが、事前に聞いていた……というより現場を直接目撃していた健吾は、既に受け止めている。どうにもならないと諦めている。高校生に似つかわしくない、乾いた笑いが零れるのみだ。
「……は、
「遥香は試しの儀をパスしたよ。……ただ、かなり無茶をしたみたいで、『気』を使えば使うほど命を縮めような状態だから、一門衆としては長く続かないだろうってさ」
健吾の生まれは、百束一門の中でも御三家と呼ばれる犬神家。一門の中でも最古参の家であり、桃塚家の護衛と一門衆の選定を主な役割としている。
そう。選定だ。要る者と要らない者を振り分ける作業。振るいにかけられ、零れ落ちた者が辿る道もよく知っている。知らないでか。
そして、つい最近、その選定……試しの儀が執り行われた。一族が背負う業として、幼き頃より健吾は試しの儀に立ち会ってきた。目に焼き付けることこそが犬神家の者の使命だと教えられてきた。目を逸らすなと。
この度、二人が話題としているのは、普段から付き合いのある友人のこと。
二卵性の双子であり、葵たちの一つ下。高校一年生。
残酷な話であり、酷い仕打ちだ。
試しの儀に落ちた桐雄は『高校を卒業すればお前の頭の中をかき回す』と宣告されたことになる。そんな宣告を受けて、高校生活を平穏な心持ちで送れるはずもない。数年後には、今ここにいる自分とは別人になる可能性すらあるのだ。
また、試しの儀を通過した遥香にしても、もう既に身体はボロボロ。試しの儀を通過するだけで精一杯の有様。
健吾は敢えて口にはしなかったし、葵も察しているが……一度そのような状態となった卯月遥香が、たとえ平穏な生活に戻ったとしても、彼女が実子を胸に抱くことはない。生殖能力などとうに壊れている。
「……ふ、二人には何を言えば……」
「何も言うなよ。俺たちが何を言おうが……二人に響きはしない。それどころか……」
憎悪を向けられる。拒絶される。
今までもそうだった。幸か不幸か、葵と健吾は幼き頃に異能を発現した上に、『気』の素質まで備えていた。修練を積めば積むほどに成果が出た。仮に異能持ちでなかったとしても、一門衆としては十分にやっていけるレベルだ。
葵と健吾は〝持つ者〟。一門の振るいから零れた〝持たざる者〟と、その本質が交わることも、分かり合うこともないのだ。
しかし、所詮は葵も健吾もまだまだ若輩者。陽の当らぬ世界を知り、昏い道を歩んではいるが、まだまだれっきとした子供なのだ。
二人は知らなかった。頭で理解したつもりになっていた。
持たざる者の慟哭を。持つ者たる自らの傲慢を。
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……
…………
………………
カフェ……ではなく、古めかしいスタイルの喫茶店。珈琲と軽食のみの所謂純喫茶。
外の喧騒は店内に侵入することはできず、その代わりに静かなボリュームで古い洋楽が流れている。
店内は、カウンター席と僅かなテーブル席があるだけの小さな店。カウンターの中では如何にもな装いの〝マスター〟が、サイフォン式の珈琲を準備してくれる。
そんなとある喫茶店の中には、基本は二人用となる小さなテーブル席に三つの人影があった。
「……それで、どうですか? 鹿島さん」
「そりゃ持ちつ持たれつというやつですから、協力したいのはやまやまなんですが……」
二人の男と一人の女。
男の一人は
「俺は確かに異能が元々効きにくい体質ですし、ある程度の異能を〝なかったこと〟にもできます。ですが……百束一門が誇る、一級の異能者がかけた精神操作なりを無効化するなんて芸当は流石にできませんよ」
「そこをなんとか! 無理は承知の上だ! とにかく、当人に会うだけでも!」
甘地捷一は多相警察署の刑事。もっとも、刑事と言っても刑事課での事件捜査を……というわけではなく、生活安全課に所属しており、表向きは未成年の非行、高齢者の行方不明や家庭内暴力などについての対応が多い。
しかし、その実態は異能絡みの事件や事故、相談についてを広く受け持っており、署内でもそれを知る者は限られている。異能は使えないが、若干の『気』の素養があり、彼自身も百束一門の末席でもある。
そんな彼が鹿島秋良を訪ねてきた。実のところ甘地は、秋良こそが百束一門から特級の『鬼』として手配されている、謎多き『解決屋』だと察している。しかし、あくまで彼は『事件を通じて知り合った外部の協力者』という姿勢を崩さない。
甘地捷一という男は、百束一門のやり方に全面的に賛同しているわけでもなく、一門への無私の忠誠心などはない。むしろ、異能絡みの事件については、警察官としても、個人としても……一門の対処には不信すらある。
『異能が効きにくく、ある程度の異能の効果を消すことができる』
それが甘地が知るモグリの異能者、鹿島秋良の〝設定〟であり全てだ。よほどのことがない限り、それ以外の〝設定〟を、彼は一門に漏らす気はない。
当然に秋良の方もそれらを承知の上で甘地と付き合いを続けている。ついでに言うなら、彼の相棒である
「いやいや、会ってしまうと期待するでしょ? それは相手にも悪いですよ。それに、異能をかけられたのは既に十年以上も前なんでしょう? もはや自然に戻ることを期待する方が良いのでは?」
「……いや、自然に戻ることはないんだ。鹿島さん、あなたは百束一門と距離を置いているから知らないだろうが、一門には厳しいルールも多い。そのルールによって捻じ曲げられたモノを、ほんの一時だけでも何とかして欲しいんだ……!」
秋良には分かっていた。これ以上甘地の話を聞いてしまうと、この件に関わることになる。そこには異能という理不尽が横たわっているのだと。それでも彼は聞いてしまう。厄介事の匂いや面倒くささよりも、暇潰しとしての好奇心が勝るのだ。
「……はぁ。とりあえず、詳しい事情をお聞きましょうか」
「ッ! すまない! 感謝する!」
甘地は知っている。付き合いの中で理解していた。
全体的にくたびれて枯れた雰囲気を纏う三十路男。生気のない瞳。語る言葉に熱はなく、いつも淡々としているが、目の前の異能者には確かな情がある。異能という理不尽に晒されている者を、見過ごせない一面がある。
動機が情であるか暇潰しであるかについて、両者に見解の違いはあれど、その結果を見れば同じようなもの。
「……では、こちらを……」
男二人のやり取りを静かに眺めていた前島早苗が、持っていた鞄から書類の束を取り出す。何らかの資料。
その書類を持つ手は微かに力が入っており、そこはかとない緊張がある。
「(……やはり、今回の相談というのは、前島さんの関係者か……?)」
当然に秋良も気付いていた。熱心に頼み込む甘地に対して、一切のリアクションを取らなかった早苗。彼女は無理矢理に感情を抑え込んでいたのだ。
一目瞭然。
秋良には視えていたのだ。彼に比べると極々僅かな量でしかないが、彼女の
「(〝一般人〟に過ぎない前島さんのマナが……これほどまでに荒ぶるとはね……それほどに心穏やかにいられないコトが起きている……ってことか)」
そんなことを思いながら、秋良は手渡された書類に目を通す。
所々が黒く塗り潰されている資料。まるでテレビドラマやニュースなどで見る、機密情報を消され、その後に公開された資料の如く。いや、まさにそのものか。
ご丁寧に出自の家などは消されているが、その資料に記されているのは、百束一門の〈十三家〉出身と思われる、とある家族の記録だった。
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