第5話 母と子と『鬼』 5

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「それで……結局その小鳥遊さん親子はどうしたのですか?」


 いつものバー。カンウターだけの静かで妖しげな空間。

 入口に近いバーチェアには、生気の無い虚ろな瞳の男が一人。

 客が彼一人なのも概ねいつものこと。


「まぁ……所詮は小悪党ですからね。ちょっとした嫌がらせだけで済ませましたよ」

「ふふ。 秋良さんのちょっとした……ですか。あまり想像したくありませんね」

「はは。相変わらず白々しい。マスターはもう知っているでしょうに……」


 秋良からすれば釘を刺しただけだ。ただし、小鳥遊親子からすれば、釘を刺すなどと、そんな念押しのようなものでは済まされない事態となっていた。


 羽岡拓海から引き剥がした、羽岡愛をベースとした死霊。


 秋良は相手の事など気にしない、デタラメな力技の術式によって、死霊を小鳥遊たかなし創玄そうげんに紐づけしたのだ。


 もっとも、その過程でかなり“壊された”為、死霊は以前よりは弱体化したが。


 そもそも、今回の事件を秋良は疑問視していた。不自然さを感じていた。


 羽岡愛がこの世に未練を遺したことにより、自然発生的に死霊化を果たしていた……などとは思えないほどに、あの死霊は秋良の目には“綺麗”に映った。


 まるで、誰かが意図的に術を……異世界で言うところの禁忌の外法である死霊術。そんなモノを行使したかのようにだ。


 そして、秋良は東郷組のチンピラや小鳥遊親子から情報を得た。


「ほぅ……人為的な処置……ですか?」

「はは。よく言いますね。本当はが本命だったんでしょうに……。ま、小鳥遊創玄のような小者の異能者でも活躍できるようにと……事件や事故を引き起こす連中が居るようですね。最初は百束一門が……と思っていたんですが、どうやら少し違うようでした」

「おや? 少し違うということは、少しは正しかったと?」


 管理者マスターの白々しい相づちを受けながし、秋良はウイスキーの水割りで口を湿らしながら続ける。


「異能を活用するために、その異能が必要な状況を作る……ありふれたマッチポンプってやつですが……西藤雅人のやっていたのも大概でしたが、性質たちの悪さは異能絡みの方が段違いですね。まぁ利益の為なのか思想なのかは知りませんが、そんな仕込みをする異能者の一団が居るようです。百束一門の中にも巣食っているようですが、元々は外から持ち込まれた考えだと……少なくとも創玄さんはそう言っていましたよ」

「それはそれは……怖い話ですね。では、この度の羽岡拓海君も?」

「……らしいです。流石に十年以上前のことで、創玄さんは直接関わっていないようですけどね。ま、喚び出した死霊が思っていたより強力で怖気付いた……そんな馬鹿みたいな理由で羽岡拓海君は放置されて、苦しむ羽目になったそうです。……はは。清々しいクズっぷりで逆に安心しますよ」


 軽い口調で淡々と語る秋良。だが、その口調とは裏腹に、纏う妖しさはどこか危険な香りがする。一線を越えた連中への危うい衝動。


 それは秋良の周りで絵図を描いている運営側マスターに対してもだ。


「……マスター。今回は流石に気分が悪いですね。一体俺に何をさせようと?」

「ふふ。さて何のことでしょう? ……と、この度は惚けるのは止めておきましょうか。流石にこの身体アバターを“壊される”のは避けたいので」

「はは。賢明な判断です。マスターのそういう所は嫌いじゃないですよ」


 管理者マスターが改めて被験者秋良に情報を開示する。


「言ってしまえば……“彼ら”もまた一つの失敗……可能性のなれの果てなのです。あくまでこの世界は科学技術を主とした発展を遂げています。今更、異能をベースとした技術革新なりに繋がることはない……と、我々は判断しております。もちろん、先のことは分かりませんが……異能を時代の潮流に! ……という方々も居るようです」

「小遣い稼ぎじゃなく、異能を表舞台にと画策してる連中がいるってことですか? ……くく。馬鹿な連中ですね。特異な少数派というのは、潜んでいるからこその利点なり恩恵があるというのに……」

「ふふ。秋良さんならそう言うだろうと思いました。しかし、その特異な少数派は、潜めずに差別や迫害を受ける方が多かったのも事実なのでしょう」


 マスターは一つの“失敗”だと語るが、それが“間違い”だとは考えていない。人や文化が道に迷って、正しさを信じてもがくのは……至極当然のことだと理解している。むしろ、それらはある種の“特権”だと考えている。


「我々は“彼ら”がこれまで積み上げてきた諸々を否定はしません。しかし、全面的に肯定することもできかねるのです」

「……なるほどね。早良勇斗元勇者や俺なんかと違い、この世界の自然発生的な存在というわけですか。真っ当に生きてる者には、えらく迷惑そうな連中ですけど」


 秋良も理解した。マスターがまどろっこしい誘導をした理由を。以前に始末した同類の被験者……異世界帰りである早良勇斗の時は、もっと直接的な依頼だった。


「……何度も言いますが、我々は起こった現象に対して、少しだけしか介入することが許されていませんので……」

「はは。その“少しだけ”の一つの手段が“俺”という訳ですか。ま、小鳥遊親子を泳がせておけば、いずれは俺への反撃を試みるでしょう。その際、気が向けば“そいつら”の相手もしますよ。俺個人としても気に入らないですしね」



 ……

 …………

 ………………



 とある地方都市の多相市。


 その街には解決屋が居るのだという噂がある。


 いわば都市伝説のようなもの。


 そのままズバリなネーミングの解決屋という者が、困りごとを解決してくれるのだという。


 解決屋の正体を知るのは、ごく限られた一部の者だけ。


 姿を見た者はそこそこに居るが、認識が通り過ぎていく。記憶として留め置くことができない。

 

 本名、性別、年齢、体格、容姿、声……その全てが謎に包まれたまま。


 異世界の術理パラメータを持つ者。

 被験者。

 暇潰しに飢えた危険な獣。

 一線を越えた者に容赦をしない独善的な存在。

 異世界帰りの男。


 解決屋は……鹿島秋良は今日も街を彷徨う。

 

 

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