第4話 妹を捜して 4

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 あるところに、それはそれは可愛らしい女の子がいました。


 頼もしいパパ。優しいママ。


 家族三人で仲良く暮らしていました。


 しかし、その幸せは一旦お預け。


 なんと、優しくて大好きだったママが事故で亡くなってしまいます。


 女の子は悲しい。

 あんなに頼もしかったパパの背中も丸まって小さくなっています。


 女の子とパパは泣いて暮らします。


 ですが、そんな生活の中で、そんなんじゃダメ! と、割り込んできた女の人が居ました。


 そうは言いながらも、その女の人も泣いています。泣き腫らした赤い眼で女の子を抱きしめます。


 優しかったママの友達の人。その女の人は女の子も知っている人でした。


 いつの間にか、頼もしいパパと女の子と……その女の人との三人の生活が始まりました。


 はじめはぎこちないことも多かったのですが、自然と三人で笑い合えるようになっていきました。


 そして……女の子が自然とその女の人を「お母さん」と呼べるようになった頃、女の子には家族が増えました。


 まだお腹の中に居る小さな命。


 弟か妹。でも、女の子は絶対に妹だと言って聞きません。


 女の子は楽しみでなりませんでした。


 毎日が楽しい。


 時々、無性に優しいママのことを想い出し、胸がきゅーとなりましたが、そんなときはお母さんが抱きしめてくれます。ずっと、ずっと……きゅーとする胸の痛みがおさまるまで。


 幸せな日々。女の子は、こんな日がずっと続くのだと思っていました。


 しかし、またしても幸せが一旦お預けになります。


 お母さんのお腹の中に居た、新しい家族がお空へと旅立っていきました。


 悲しみの雨。


 あんなにも逢えるのを楽しみにしていたのに。女の子は悲しみますが我慢します。だって、お母さんの方が哀しいのだから。


 お母さんは女の子に言いました。


「……ごめんね。もう、お母さんは……新しい家族を迎えてあげることが出来なくなっちゃったの……ごめんね」

「あやまらないで! お母さんがいてくれたら良いんだから! あやまらないで……おねがい……ッ!」


 哀しみに暮れながらも、無理矢理に微笑むお母さんの姿を見て、女の子は願いました。


『新しい家族が欲しい! 妹が!』



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 ……

 …………

 ………………



「あ、有り得ない……い、異能でヒトを……生み出した……?」


 静かな喫茶店。

 カウンター席に座る女……前島早苗の呟きが店内に響く。

 隣に座る先輩である甘地が目だけで制する。『黙っていろ』と。


 訥々とつとつと語る姿……中川原なかがわら陽菜子ひなこ……の肉体を操作する陽茉莉ひまりが、チラリとカウンターを見やる。


「……えぇ。それが普通のリアクションだと思います。ですが、陽菜子はそれを成した。ただのヒトが実現するにはあまりにも不自然な奇跡を引き寄せたんです」


 中川原陽菜子。十七歳。高校二年生。

 その見た目は小柄で童顔。黒髪ロングと、眉付近でのぱっつん前髪も相まって和人形のような印象を受ける。ただ、その瞳、表情は大人の雰囲気を纏い、どうにもちぐはぐな印象がある。


「しかし、未成熟な精神により異能の制御に支障をきたした?」

「はい。その通りです。生み出された当時の私は自律した存在ではなく、自宅というフィールド内で、陽菜子やお母さんが望む行動を取る、いわば精巧なお人形のようなもの。それでも、当時八歳だった陽菜子の心身には負担だったのでしょう。彼女が十歳を迎える頃には、陽菜子に解離性健忘や自律神経の失調などの症状が出てきました……要は、私を維持すること自体が当時の彼女には土台無理な話だったんです」


 当然に、陽菜子は日常生活にも支障をきたす。いつもぼんやりとして、日に日に虚ろになっていく。『私以外の私ドッペルゲンガー』である陽茉莉は活き活きとした反応が示せるようになっていくが、術者である当の陽菜子がまるで人形のようになっていく。


 学校では周りの子供たちに気味悪がられて距離を置かれる。緩やかに無視されるというイジメ問題にも発展する。


「……学区を担当するスクールカウンセラーから『異能関連の疑い』という連絡を受け、俺は生活安全課の者として中川原家に関わった。そして、自宅に足を踏み入れて“彼女”を視た。すぐさま百束に報告して対処を嘆願したさ」


 甘地が時系列を繋ぐ。彼は当時、自身に出来る最善を尽くしたと信じていたのだが、今は違う。もっと他にやりようがあったのではないかと、後悔の念を抱いている。


「……で、その時の異能者は、陽菜子ちゃんの異能を封じるのではなく、陽菜子ちゃんの認識を操作したと。妹ならずっと家にいるのが当然。ただ、『家を出た年の離れた姉』であれば、たまに家に帰って来るだけで済む……ってか。はは」


 次に話を繋いだのは鹿島秋良。その言葉には、当時の異能者への嫌悪と侮蔑がある。無い筈もない。そんな場渡り的な設定を、新たに植えつけるような真似をしたのだから。


 陽菜子は当時十歳。小学四年生。一時的には荒れるだろうが、彼女の未来を想うなら……ということを秋良は考えてしまう。


「……以来、陽菜子は“私”を常時発動することに変わりはありませんが、週末であったり、お母さんやパパのトリガーをキッカケに……と、頻度を下げながら具現化するように……省エネスタイルに変わりました。そして、パパもお母さんも、年の離れた姉として私を扱うように……部屋に荷物がないという整合性もこれで取れるようになりました。ふふ。説得力を持たせるために、諸々の情報を陽菜子にそれとなく提示したり、小細工もするようにもなったっけ」


 物憂げな表情と乾いた笑い。どうしようもなく大人な女性がそこに居た。少女の肉体に宿る異能。


「……お、思うことは色々あるのですが……そのような処置で、上手く回っていたのでしょう? 何故にその……陽茉莉さん? が、陽菜子さんの……そ、その、身体に?」


 話を理解はできない。できないながらにも、早苗は疑問を抱く。目の前に居る、チグハグな印象の女性の肉体は陽菜子であり、その中身は陽茉莉だと言っている。どうすればこの現実に繋がるのか。


「本来、その辺りの説明は先輩である甘地さんからされるべきなんですが……前島さん、今回は俺がお教えしますよ。要はヒトの精神を大掛かりに弄るような異能が、恒久性を発揮することはないってことです。数年以内に解けるのが当然の処置なんですよ。そして、実際に陽菜子ちゃんに掛けられていた処置は六年で解けた。結果、彼女は精神のバランスを崩し…………言葉を上手く発せられなくなり、イジメられ、精神疾患の諸症状が現出するようになって、遂には自殺未遂まで……ってところです。当然、過去に処置を施した異能者が再び同じ処置をすれば、期間は短くはなるでしょうが、数年は時間稼ぎができたでしょうにね。甘地さん。その辺りの事情は相棒バディである前島さんにも伝えていないんですか?」

「……くっ……語る言葉もない……」


 所詮は秋良の八つ当たりに過ぎない。甘地は甘地で苦悩を抱いていたのだ。かつての異能者が今回の処置を断ったこと、何度も何度も嘆願を出したが、百束からの回答は同じという現実。


「……はぁ。言い過ぎましたね。少し中川原家に感情移入し過ぎたようです。甘地さん、すみません。謝罪します」


 秋良は感情が出ている。幼い頃の身内に関する不幸に端を発するという今回の件に、彼も少し思うところがあった。自身の境遇を重ねてしまう。


「……自殺未遂の後、陽菜子は引きこもり状態となりました。再度の異能の行使を断られ、一年が過ぎようとしていた頃です。引きこもりではあったけど、相変わらず異能はちょくちょく使用しており、とうとう陽菜子には限界が来たんです。このままだと、陽菜子は本当に取り返しのつかない事態になるというところで……“私”は願いました。『私はお姉ちゃんなんだから……ッ!』と、強く願ってしまいました。陽菜子を守りたいと」


 かつて、八歳だった陽菜子が、傷付いた母を想い奇跡を願った。そして歪な奇跡は成った。


 そして今度は、陽菜子によって生み出された異能自体が、術者である陽菜子を想って奇跡を願ったのだ。そして、その時も歪な奇跡は成ったということ。


 生命活動が低下する一方だった陽菜子の肉体に、陽茉莉が入り込んで操作することで場を凌いだ。


「ただ、どうにも不具合は出たようで……私は自分を陽菜子だと思っていたようですね。それに、陽茉莉は妹だという“初期設定”に戻ってもいた。もしかすると、それは心が疲弊した陽菜子の願望だったのかも知れません……手帳に残されたメモ……あれはまさしく、心が千切れそうな陽菜子自身の訴えだったのかも……」


 手帳は自律した陽茉莉と母が内容を考え、アリバイ工作的に記載していたモノ。その中に筆跡の違うメッセージ。それは紛れもなく、術者である陽菜子の残したものだった。自分が確かにいたということ、忘れられること、忘れることも幸せ、ただ寂しい……と。


「……さて。これが一連の行方不明の妹の顛末ですが……陽茉莉さん、あなたはどうしますか?」


 伽藍堂の瞳が陽茉莉を捉えて離さない。


「……私は……陽菜子を守りたかった。でも、こんな事をいつまでも続けることは出来ないと……何処かで理解もしていました。恐らく、私は自分自身の記憶や設定すら弄っていたのでしょう。そうしながらも、私は異能者を……事態を解決してくれる人を求めていたのだと思います」


 彼女自身も混乱の中にあった。自らを騙していた。それは術者であり、かけがえのない姉であり妹の陽菜子を守るため。


「……鹿島さん。あなたは、はじめから知っていたのでしょう? 私の幻惑が通じていないのなら、私の肉体がただの女子高生にしか視えてなかったのでしょうから……」

「ええ。当然に気付いていましたよ。何故にこんなことに? という疑問はありましたが、公的な書類をみれば一目瞭然でしたしね。中川原陽茉莉さんの戸籍はなくとも、陽菜子さんの戸籍をみればそれで済みました。甘地さんや他の関係者については、一時的な幻惑で場を凌いでいたのでしょうが……俺は生まれつき異能が効きにくい体質みたいでね」


 さらりと重要情報のごとく嘘を混ぜる。秋良は今回の事件だけではなく、既に先も見据えている。警察関係者であり、百束一門にも通じる甘地捷一。狙いは彼との関係の構築。どうしようもなく小狡い性分。


 中川原家の事情に首を突っ込み、何とかしてあげたいと願うのも秋良の一面だが、最悪この件が上手くいかなくても、次に繋がるなら御の字だと割り切る一面も……彼を構成するナニかに違いはない。


「……鹿島さん。その体質を用いて、“私”という異能を消すこともできるのですか?」

「……できます。一応聞きますが……陽茉莉さんは自身を制御できないのですか?」


 どうしようもない答え。秋良が当初から想定していた所に、物事が行き着く気配。


「できません。気配を消すことはできます。でも、私という異能の発現を止めることができません。……これは、陽菜子が無意識に願っていることなんだと思います。つまり、私は自発的に消えることができません」


 真っ直ぐに秋良の瞳を見据える陽茉莉ドッペルゲンガー


 そこにはもう恐怖も不安もない。焦燥も混乱もだ。ただただ願っている。


「パパも……お母さんも……陽菜子を守ってくれるというなら……“私”はもう良いんです。むしろ、私を発現し続けることで、陽菜子が消耗しているのは百も承知していました。私は……私を消してくれる異能者を捜していたのかも知れません」


『私を消して。その手で』


「ち、ちょっと待って下さい!? ひ、陽茉莉さんを消す? つ、つまり彼女をこ、殺すってことですか!?」

「前島! 引っ込んでろッ!!」

「なッ!!?」


 カウンター席から立ち上がろうとした早苗。その襟をつかんで甘地は彼女を無理矢理に抑える。その言動には怒りがある。当然のこと。


「……あ、甘地さん! で、でもッ!?」

「デモもストもねぇッ!! 俺たちは部外者だ! 余計な口は挟むなッ!!」

「……え……ッ!?」


 怒り……と、どうしようもない哀しみが甘地にはあった。無力さを覚えていた。やるせない。そして、前島早苗はそんな甘地を見て気付く。己の浅はかさに。


「……す、すみません……出過ぎた真似を……」

「…………黙ってみていろ」


 そんな二人の刑事のやり取りなど、秋良と陽茉莉には視えない。


 中川原陽茉莉は願う。

 鹿島秋良は嘆息する。


「(はぁ……結局、こういう結末になったか……)」



:-:-:-:-:-:-:-:



 ……

 …………

 ………………



 後日、中川原陽菜子は休学中だった高校へ復学した。実質は二年生ではあったが、一年生の途中からの休学であり、一年生からのやり直しという形になった。


 八歳の頃から発現していた異能が止まったことにより、身体の不調はいっそ呆気ない程に復調した。ただ、その心は別。


 ずっと一緒に居た友であり、妹であり、姉であり、家族。


 己の異能であっても、それでも……中川原陽茉莉は確かに存在していたのだ。


 そんな彼女を“殺した”者を、陽菜子は憎んだ。恨んだ。それも当然のこと。


 鹿島秋良の名も、解決屋の名も、彼女自身は知らない筈だったが、陽茉莉ドッペルゲンガーが肉体を操作していた頃の記憶自体は薄っすらと彼女に残っていた。あの“惨劇”の現場となった喫茶店の場所もだ。


 身体が復調した後、陽菜子がまず最初にしたのは殴り込み。


 自分でもどうかしていると思いつつも、彼女は解決屋に直接文句を言ってやりたいと願ってやまなかった。


 重厚なドアの向こう。静かに洋楽が流れる喫茶店のテーブル席に目当ての男は居た。


 ただ、その男を前にして、陽菜子は立ち尽くすだけで何もできない。




「やぁ、だね。……君が陽茉莉さん自慢の姉であり妹の陽菜子ちゃんか」




 瞳が仕事をしてくれない。憎い相手がぼやけて見えない。


 彼女はとめどなく涙が溢れて仕方がない。


 目の前の男……鹿島秋良は生気のない虚ろな瞳で平然としている。


 陽菜子は知った。彼女の中に遺っていた陽茉莉が教えてくれた。


 彼は、陽茉莉のことを想ってくれていたのだ。


 その“死”を悼んでくれている。


 どうしようもなく、それが分かってしまったのだ。


 彼が陽茉莉を殺した時。


 彼の心もまた、哀しみにくれていたのだと。



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