第3話 妹を捜して 3

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 警察署の次に秋良が向かったのは中川原家。

 その一である甘地に続いて、間接的な依頼人その二だ。


 閑静で比較的新しい住宅街。古くからあった住宅地の中に新たなに区画された新興住宅地という立地。もっとも、新興とは言いつつ、既に十五年は経過している場所だ。


 そんな場所に立つ二階建ての一軒家。中川原家。


「……とまぁ、アクティブな陽菜子さんが辿り着いたのが、マスターと呼ばれる“そういう”案件の情報を多く持つ人物でしてね。ま、甘地刑事が警察以外で属している組織と……規模は違いますが、似たようなことをやってる感じです。俺はそこからの紹介で陽菜子さんの依頼を受けたという次第でして」


 秋良は中川原陽菜子の両親と対面している。

 父である淳一じゅんいちと、母である小春こはる


「……そうですか。甘地さんの……実は不思議な誓約を交わしたので、伝わるかは分からないのですが……異能という超能力を持つ百束ももつか一門いちもんですね? 鹿島さんはその人たちと同じようなことをしていると?」

「ええ。その百束一門です。俺にはちゃんと聴こえていますよ。恐らく、百束一門や異能のことを認識していない人には聞こえないという、『異能』による認識の封鎖でしょうね。ま、そんなことはどうでも良いんですが、大事なのは、百束の連中と俺は別物だということです。一応の確認のために来させてもらったんですよ」


 甘地からの情報により、中川原家は過去に百束一門と関わっていたことが発覚した。


 そう。既に中川原陽菜子には、百束一門の異能者による介入は成されていたのだ。だからこそ、甘地は百束一門だけを頼りにすることに葛藤を抱いた模様。


「あの人たちと違う? その確認? そ、そんなことより、早く陽菜子と陽茉梨を何とかして下さい! 鹿島さんもあの人たちと同じようなことが出来るんでしょうッ!?」


 突発的な懇願。母である小春。彼女にとっては、鹿島秋良が何者なのかなどどうでも良いのだ。愛する娘が……元に戻れば。


「……残念ですが、俺には彼らと同じことはできません。確認というのは、そのことです」

「ッ!? できないなら何故ここに来たんですかッ!?」

「母さん! よせ! ……鹿島さんに八つ当たりしても事態は改善しないんだぞ!」

「だってッ!!」


 中川原夫婦は色々と擦り減ってしまっている。彼らからすれば、散々に苦しんでいた問題が解決した。そう思っていたら、数年後に余計に酷くなっているという状況が待ち受けていたのだ。勘弁してくれとなるのは当然のことだろう。


 秋良は夫婦が落ち着くまで待つ。特に気分を害するようなこともない。夫婦に対してというより、むしろ、過去に『成長して精神が成熟した頃なら、異能が解けても“現実”を受け止められるかも知れません』……などと、都合の良い夢物語を語り、安易に異能によって記憶と精神を弄った百束一門の異能者への憤りの方が強い。


 しかも、甘地からの情報によれば、張本人である当時の異能者は未だに現役であるにも関わらず、『老齢によりもう異能を使うことが出来ない』と、再度の異能の行使……時間稼ぎすらも拒んだ。


 解けることが分かっていながら、幼い娘に異能を行使し、その後のフォローを投げ捨てた。面識はないとは言え、その異能者は密かに秋良の『クズ』リストに名を連ねることになる。


「……お見苦しい姿を失礼しました。ご無礼をお許しください鹿島さん」

「……娘のことを想い、必死な親の姿を見苦しいなどと思いませんよ。それで……続きですが、俺は異能などというオカルトパワーを使うことはできません。陽菜子さんに積み上げた事実を淡々と語るのみです。恐らく、結果として陽菜子さんはショックを受けるでしょうが、その後のフォローはマスターや、百束には内密に、甘地さんも協力すると言ってくれています」

「……鹿島さんは、かつての“対処”に否定的なようですが……何故です?」


 中川原父……淳一は、秋良が百束一門のやり方に否定的な思いがあるのを看破している。


「いえ。決して否定している訳ではありません。今回に関しても、多少の副作用があろうとも、同じ異能者が同じことをすれば、しばらく……数年は時間稼ぎが出来ると思います。後は、ソレを延々と繰り返すことも一つの手だとも思います。……しかし、以前の異能者は今回の対処を拒んだ。俺が否定的なのは、その異能者自身の態度に対してですよ」


 秋良は隠さずに伝える。手段に対してではなく、要は『その異能者に対してイラつく』のだと。


「じ、じゃあ! 一体どうしたら良いんですかッ!?」

「母さん! す、すみません、鹿島さん」

「別に構いませんよ。既に現状維持が無理なのは、流石にお二人も理解されているでしょう。残念ですが、陽菜子さんと陽茉莉さん。その双方をことはできません。俺がやろうとしていることは、ショック療法のようなものです。恐らく成功はするでしょうが……当人が不安定になることは間違いありません」


 語る。有り得る未来。可能性を。

 

 このまま、現状維持を続ける未来。

 かつてのように百束一門の異能者に頼るという選択肢。

 秋良が言うショック療法の後の可能性。

 異能やショック療法などを用いず、現代医学に頼るという真っ当なやり方。


 それらのメリットとデメリットを語る。


 その上で、秋良は中川原夫婦に選択を迫る。


「マスター、百束一門、甘地さん、俺もですが……誰もが一時的にあなた方に関与しますが、結局のところ、誰も中川原家の人生の先行きに責任を負うことはできない。これは俺の個人的な意見に過ぎませんが……だからこそ、俺は最終的な選択はご両親であったり、出来るなら当人にして欲しいと思います。ま、当人の了承を得るときはもう引き返せないという状況なので、先にせめてご両親の選択を……というところです」


 鹿島秋良には望む結末がある。その結末は概ね甘地も同じ。何ならマスターもだ。


 ただ、秋良はその上で、最後の決断は当人や家族に任せたいと願う。そして、もし家族の望む答えが自身の望む結末に続かなくても……彼は受け入れる。何なら、フォローを投げ捨てた異能者を力尽くで引っ張ってくることだってする。


「……か、考える時間をください……」

「えぇ。残された時間はあまりありません。しかし、だからと言って、ご両親に即決即断を求めるようなことはしませんよ。世間からは否定的に取られることも多いですが、何事においても、俺は『選択しない』という選択肢すらアリだと思っています。そして、ご家族がどのような選択をえらぼうとも、俺は問題が一段落するまでは付き合いますから」


 甘地刑事の紹介とは言え、突然現れた男だ。平凡な風体。その瞳には覇気どころか生気すら薄い。


 しかし、中川原淳一には、この時の鹿島秋良からは、“誠実さ”と“温かみ”を感じた。真摯に向き合ってくれている……そんなナニかを彼の中に見た。



:-:-:-:-:-:-:-:



 ……

 …………

 ………………



 古い洋楽が控えめに流れる喫茶店。所謂純喫茶。

 珈琲とレトロモダンな雰囲気を楽しむための場所。

 カウンター席と二人掛けのテーブル席が共に数席だけの小さな店。

 

 薄暗い照明と小さな窓、遮音の効いた分厚いドアが相まり、店に入った途端、そこは外の喧騒とは区切られた異空間となっている。


 カウンターには初老の男性店主。誰しもが自然とマスターと呼びたくなる風体。毅然とした妖しさと、好々爺こうこうや的な親しみ易さが自然と共存している。そんな不思議な人物がサイフォン式で珈琲を準備している。


「……それで? 結局、ご両親は秋良さんの案を?」

「俺の案じゃないでしょう? 少なくとも、俺はご両親と話をする中で、当初の解決法ではなく、百束の異能者を引っ張ってきてやろうかとも思っていましたから。ご両親……特に母親の小春さんには、もうしばらく時間が必要だと感じましたよ」


 香り立つ珈琲を味気ない顔で飲む。今の秋良には、マスターの淹れた繊細な味は分からない。気分が悪い。


「……それでも、ご両親は了承したのですね」

「ええ、そうですよ。個人的にはどうかと思いますがね。……ま、それなりの付き合いですし、管理者マスター……運営側が、この世界に対して悪感情がある訳じゃないってのは何となく感じますよ。いや、むしろクズな個体ヤツに対しては毅然と対処し、そんなヤツの被害者には、救済の道を残そうとする気があるのも知っています。ただ……今回のは、もう少し早めに何とかなりませんでしたか?」


 鹿島秋良という男は、異世界で二十年に渡って研鑽した魔法を有している。しかし、それはあくまでも戦うこと、壊すこと、隠蔽することに特化したもの。


 癒しの魔法もある程度は使えるが、壊れた心を癒すことは叶わない。事前に凶悪な事件を察知する予知能力もない。


 マスターからの紹介という体で幾つかの事件や事故に関わったが、当然ながら、そのどれもが何らかが起こった後のこと。


「残念ながら、私どもにも制限があります。とある事象に関与して、それを未然に防ぐことも出来なくはありませんが、許可されていません。あくまでも、この世界のルールや流れによって起こった事象に対して反応するだけです。その辺りは、寧ろ百束一門や秋良さんの方が、私たちよりも自由なのかも知れません」


 そう言いつつ、静かに頭を下げるマスター。

 秋良としては、その姿を見て無性に腹が立つ。まるで自分が駄々を捏ねたみたいだ。いや、まさにその通りなのだと。


「……すみませんね。八つ当たりでした。それにマスターはあくまで観察者。期待する方が図々しいというもの」

「ふふ。秋良さん。やはりあなたは逸材ですね。頭で理解していても、そんな諸々を飲み込める人は実はそう多くはありません。運営や私のような管理者に対して、要求が肥大していく被験者の実例も多いので……」

「で、行き過ぎると、どこぞの元勇者のように別のチート所持者に始末されると?」

「さて、どうでしょうか? ふふ」


 かつて自らが始末した同類の先輩早良勇斗のことを秋良は思う。その過程には同情する部分もあったし、共感し、汲み取るべき事情や状況というのもあった。


 ただ、早良勇斗はやり過ぎた。理不尽な能力ちからを己の欲望のままに振るった。多くの被害者を生んだ。その命を奪い、心を殺した。クズ。


『仮に罪を犯すまで聖人君子で善行を積んでいたとしても、人を殺した時点で「人殺し」に変わりはない。そして、命を償うのはその命に他ならない』


 秋良は己のそんな独断と偏見によって早良勇斗を『クズ』と認定し、処断した。


 そのこと自体には感慨もない。やることをやっただけ。暇潰しの一種に過ぎない。


 いずれ誰かの引いた線を越え、同じように処断されることも含めて、秋良は納得した上で動いている。


「俺は俺のルールで好きに生きる。それを運営がダメだと言うならそれでも良いさ。その時は……最期の花道ってヤツですね」

「ふふ。怖いですね。秋良さん。若干“アキ”さんになっていますよ? ユラさんと約束したのでは? 鹿島秋良として幸せに生きると?」

「はは。血の滾る殺し合いを求めるのも、鹿島秋良の一面ですよ。『やられたらやり返す』……ソレも俺の生き方であり、一つの幸せってやつに違いはありませんね」


 伽藍堂の瞳。酷薄な笑み。浮かぶのは狂相。血に飢えた獣。死と甦りの果てに逝きついた一つの悟り。異世界の戦士“アキ”が、カウンター席に座る鹿島秋良にブレて重なる。


「ま、そんな時が来ないことを祈ってはいますよ。俺は案外、いまの生活が気に入っていますからね」

「ええ。それはこちらもです。出来れば秋良さんには、協力的な被験者として、長いお付き合いを願います」


 怪しくも妖しい空気が流れる。お互いに自覚がある狂った人外の存在プログラム


 そして、そんな空気を終わらせるイベントの開始。秋良にとっては気の重い一仕事。


「……さて……そろそろ時間ですね。甘地さん達も来たようですし」


 喫茶店としては重厚な扉が、ドアベルの澄んだ音色と共に開けられた。


「お邪魔しますよ」

「失礼します」


 甘地と前島。二人の刑事。


 そして、その後ろには中川原陽菜子。


「あ……あの、コレはどういうことなんですか?」



:-:-:-:-:-:-:-:



 ……

 …………

 ………………



 カウンター席には刑事二人が座り、静かに珈琲を味わっている。


 二人がけのテーブル席には、解決屋と依頼人が席についている状況。


 陽菜子からすれば意味が判らない。時間と日を指定され、再度店を訪れたらこうなっていた。


「あ、あの……い、一体、コレはどういうことなんです……? あの二人は刑事さんですよね? あ、甘地さんのことは覚えています。今回もそうだし、陽茉梨のイジメの件でも相談に乗ってくれましたから……そ、それに……か、解……いえ、鹿島さん……」


 秋良は陽菜子ひなこを呼び出した。


中川原なかがはら陽茉梨ひまりを見つけた。例の喫茶店へ来て欲しい』


 ……と。


 説明の際、店には同席者が居るということと、以降は「解決屋」とは呼ばないことを含めてだ。


「連絡させてもらった通りですよ。貴女の妹である中川原陽茉梨さんについて報告させてもらいます。あの二人の刑事……甘地さんと前島さんは、見届人とでも言いましょうか……念の為に、ご両親である淳一さんと小春さんにも了承は得ていますが……どうしてもと言うなら席を外してもらいますよ?」

「ち、父と母にも!? な、何故ですかッ!?」


 困惑。何故に両親に? と、陽菜子に疑問が浮かぶ。同時に、言い知れぬナニかが込み上げてきそうになる。不安が渦を巻く。


「い、妹のことも! ほ、本当に分かったんですかッ!?」


 焦燥。異母妹である陽茉梨のことを捜して欲しかった。その存在を証明して欲しかった筈なのに、何故か陽菜子は否定したい。


『守らないと! 私はお姉ちゃんなんだからッ!』


 そんな思いが次々に浮かんでは消えていく。彼女は自分の気持ちにも理解が追い付かない。


「何を恐れているんですか? 陽菜子さん、貴女が望んだことでしょう? 煙のように消えてしまった、妹の陽茉梨さんを捜して欲しいと……そう願ったのでは?」


 怖い恐いコワイ。

 怖気が走る。身の危険すら感じる。

 陽菜子は目の前に居る解決屋……鹿島秋良がどうしようもなく恐い。


 それは暴かれる恐ろしさ。


「で、でも! こ、公的な書類にも陽茉梨の痕跡は無かったのにッ! ど、どうやってあの子を見つけたんですかッ!?」


 動悸がする。汗が吹き出る。異様な気配がする。視界が歪んでいる。


 中川原陽菜子には、もうワケが解らない。自分の言動も理解できない。


「……ご両親には通じたんでしょう。今も甘地さんと前島さんには効果が及んでいるようだけど……残念ながら俺には効かない」

「ッ!? な、な、なんでッ!?」


 異能の発露。


 彼女の……中川原陽菜子の異能本体の副次的な能力ちから


 他者の記憶を覆う。幻想を植え付ける。幻惑するモノ。


「さて。あなたの異能はそれ程に強くないし、長続きもしない。前島さんはともかく、『気』を扱う甘地さんが正気を取り戻すのは時間の問題。その間に意思確認をしましょう」

「い、意思確認……?」


 淡々と話を進める解決屋。陽菜子は混乱のままではあるが、解決屋から目を逸らせない、耳を塞げない。


「えぇ。今から真相を正面から受け止めるか、それとも、陽茉梨さんを捜し続けるという、幻想の暮らしを続けるか。ご両親の想いは聞いてはいるが……それでも、俺はあなたの意思を確認したい」

「ち、父と母の想い……? そ、それは……?」


 ぐるぐると不安が渦を巻くが、彼女は両親の想い……意思を知りたいと願う。自分では決められない。止まることが出来ないのだと……既に心のどこかで自らも理解していたのかも知れない。


「……悩まれてましたよ。悩んだ末に……ご両親は陽菜子さんを守りたいと言った。陽茉梨さんではなく、中川原陽菜子さんを守りたいのだと……」

「…………け、結果として、陽茉梨が居なくなってもですか……?」

「ええ。ご両親は『二人のどちらかを選ぶのなら、私たちは陽菜子を取る』と……」


 思考の停止。

 解決屋の言葉が染み込み、陽菜子は止まる。そして決める。


「……は、はは……な、なんだ……パパも……お母さんも……ひ、陽菜子のこと……守ってくれるの?」

「ええ。ハッキリとそう言っていましたよ」


 沈黙。

 彼女はまるで憑き物がおちたかのように、静かな心持ちとなる。


「……鹿島さん……お話を聞かせて貰えますか?」


 選択する。


「分かりました。……その身体を、陽菜子ひなこさんへ返す決心がついたんですね? …………陽茉梨ひまりさん」


 異能『私以外の私ドッペルゲンガー』。



:-:-:-:-:-:-:-:

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