第2話 妹を捜して 2

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 レトロモダンな静かな喫茶店。

 サイフォンで抽出する珈琲。ロートを伝って上下するその様を眺めるという演出もあるが、その味は渋みが少なく、甘みと酸味を感じられる。


 ただ、解決屋……鹿島秋良には『インスタントよりは遥かに美味い』という程度しか分からない。違いは分かるが、細部の違いは分からぬ男。


「如何でしたか?」

「酔わない水割りよりも、コッチの方が味は好みかも知れません。ただし、愉しむという点では、やはり俺は酒の方ですかね」

「なるほど。秋良さんは『酒を飲む』という行為自体を愉しんでいる……ということでしょうか?」

「ま、そんなところで」


 怪しくも妖しいいつものバーではなく別の場所。秋良がはじめて立ち入る場所でもあった。


「……それにしても、バーにせよ喫茶店にせよ……“マスター姿”が、絵に描いたように馴染んでますね。コッチは日中の活動拠点ですか?」

「ふふ。秋良さんは私が思っていたよりもずっと理性的ですからね。あまり暴力的でない依頼もお願いしようかと……こちらへご案内した次第です」

「はは。つまり、バーの方で受ける話は荒事中心ってことですか?」

「そうとも限りませんが……依頼人をあちらへご案内することも出来ませんし、秋良さんが平日の日中から“外”で会うのも憚れるでしょうからね」


 秋良はマスターの話を聞きながら、そっと珈琲カップを傾ける。確かな香りと仄かな酸味……と、その奥に甘味を感じる。あまり飲食に拘りのない秋良も、繊細な味を認識することくらいは出来たようだ。


 今回の依頼人。中川原なかがわら陽菜子ひなこ


『消えた妹を捜して欲しい』


 それが彼女からの依頼内容。シンプルだ。

 人捜しは、これまでも秋良は解決屋として対応してきた実績がある。ただし、その多くは、何らかのやらかしをして、逃げている相手を捜すという不穏な依頼。


 ただ、今回は別の意味で不穏ではある。まず前提がオカシイという話。消えた痕跡を追いかけ、異母妹の存在を証明していくのだ。


「……マスター。俺は異世界で色々な“魔法”を見てきました。まぁ師であるユラという魔法のエキスパートなチートキャラハイエルフが身近に居ましたからね。ただ、そんな俺でも……いや、ユラであっても、今回の“異能”は解析することも、予見することも出来なかったでしょう。まったく……こっちの世界の異能も侮ることができない。まさに奇跡の力だ」


 もう秋良には解決への道が見えている。いや、選ぶべき道が限られていると言うべきか。


 現状維持かそれ以外か。ざっくりとしているが、本質としてはそれだけだ。


 そして、現状維持は否定された。依頼人たちによって。


「……秋良さん。普段の依頼についてはとやかくは言いませんが、今回に限っては、依頼人の想いに応えてあげて欲しいと思っています。今回の依頼を“間違える”と、それは確実に秋良さんの心に傷を残すでしょう。……宇佐崎うさざきつむぎさんを完全に助けられなかったあの時のように」


 マスターの声には秋良を心配する気遣いがある。所詮は下層宇宙……プログラム上の意志ある個体群の被験者に過ぎないのだが、それでも彼は、秋良のことが嫌いではないのだ。むしろ好ましいとさえ思っている。


「はは。マスターに心配してもらうとはね。後が怖いような気もしますよ。……ま、俺に出来ることは“壊す”ことだけ。確かにおあつらえ向きな依頼だとは思いますよ」


 そう言いつつ、彼は席を立つ。正直なところ、秋良の気は乗らない。今回の依頼は解決したとしても、決して良い気分で酒が飲めないのが確定しているのだから。


 それでも動く。彼が何もしなければ、より悪い方へと事態が傾くだけなのも知っている。


「……さて。嫌な仕事はさっさと片づけるに限りますね……とりあえず行きますよ」

「ええ。お気をつけて。甘地刑事にもよろしくお伝えください」

「くく。趣味が悪いねマスター。俺と甘地刑事はですよ?」


 かつてバーの方で出会ったことのある相手。

 多相警察署生活安全一課の刑事である、甘地あまじ捷一しょういち


 今回の依頼には彼も関わってくる……というより、彼も依頼人の一人であるとも言える。


 解決屋や黒いヒトガタではなく、ただの何でも屋、情報屋の鹿島秋良として動く。



 ……

 …………

 ………………



 地方都市である多相市。

 その市街の中心部に位置する場所に多相警察署がある。


「すみません。生活安全一課の甘地さんと約束しているのですが?」

「失礼ですが……お名前とご要件をお聞きしても?」


 受付での通り一辺倒なやり取り。

 いくら可能であっても、流石に警察署の中を勝手気ままにうろつくには、秋良には後ろめたさがあり過ぎる。


 必要があれば人を殺めることも、物を壊したり盗んだりすることも躊躇しないが、変な所で律儀な遵法精神を発揮する男でもある。もっとも、その“必要性”自体が彼の独断であり、自分の中のルールを守っているだけとも言えるが。


「……確認が取れました。すぐに降りてきますので、あちらで掛けてお待ちを……」

「ありがとうございます」


 警察署内の一階の受付。そこに設置された待合いのベンチに腰を掛けて、秋良は周囲を見ることなく視る。


 異能という超常の能力ちから。彼が異世界から持ち帰った術理パラメータである『魔法』とは似て非なるモノ。


 もちろん、異能によっては、彼の知る魔法と同系統で、ハッキリとその構成を理解できる異能モノもある。彼の言う所の『魔力』、この世界で言う『気』が源泉となっているモノだ。


「(……こうして観察してみると、警察関係者にもチラホラと魔力持ち……気の素養を持つ者が居るし、明らかに街を歩く一般人よりもその比率は高い……ただ、ソレを自覚している者は少ないのか?)」


 いまの秋良は、普段から纏っている緩めの『認識阻害』『気配隠蔽』などを意図的に抑え込み、ただの一般人に偽装している。当然に魔力も漏らしてはいない。


 異能や気の素養を持つ者であっても、彼の異質さは中々見破ることはできない。気付けない。


「(この世界の『気』とやらも、俺の知る『魔力』とは若干の違いがあるようだし……そもそも気や魔力に依存しない異能だってある……か)」


 相手が気付かずとも、秋良は気付いている。確実に視られていることを。


「(コレは……恐らくマスターが言うところの『肉体に依存する異能』。所謂超能力や霊能力ってヤツか。俺にだけ特別にというより、警察署への来訪者全員に向けてという感じか。……やはり偽装しといて正解だった。下手に魔力を出すものじゃないな)」


 表向きは際立った特徴のない地方都市である多相市だが、裏では異能者を取り締まるという百束一門の総本山たる地として知られている。流石に警察署にも“仕掛け”がしてあるということ。


 そんな諸々を観察しながら過ごしていると、秋良の前に目的の人物……と、追加で一人が現れる。


「鹿島さんですね? お待たせしました。生活安全課一課の甘地あまじと申します」


 秋良より少し年上……三十代半ば頃の柔和な表情の男性。


「これはご丁寧に。“マスター”からの紹介で来ました、鹿島秋良です。はじめまして」


 声を掛けられてはじめて気付いたという体で、秋良はサッとベンチから立ち上がる。そして、挨拶を交わしつつも、甘地の後ろに控えるもう一人に軽く視線を向ける。


「あぁ。こいつも同じですよ」

「……同じく、生活安全一課の前島です」


 スラリとした二十代半ば程の女性。前島まえじま早苗さなえ


 秋良からすれば茶番ではあるが、甘地も前島も認識阻害を纏った解決屋として面識があった。ただし、二人には解決屋の記憶はない。認識を留めておくことが出来なかった。


 なので初対面。


「前島さんですね。よろしくお願いします。……と言いたいのですが、甘地さん。俺がマスターから聞いていたのは貴方お一人だったのですが……?」

「おや? そうでしたか? マスターには話を通していたんですけどねぇ……」

「(はは。タヌキめ。まったく白々しい。ま、むさ苦しい野郎同士で話を進めるよりはマシか)」


 いけしゃあしゃあと取り決めを翻してゴリ押しを仕掛けてくる甘地ではあったが、秋良の方も殊更に目くじらを立てることもない。際どい取引ならともかく、この程度は貸し借りの範疇。……決して、前島早苗が好みの見た目だったからではないはずだ。


「ま、構いはしませんけどね。それで……どちらでお話を?」

「部屋を用意しているので案内しますよ」

「取調室というやつですか?」

「ははは! まさか。まぁ……そちらではお会いしないように願いたいですけどね」


 これが、“鹿島秋良”としての警察関係者との接点の始まり。



:-:-:-:-:-:-:-:



 ……

 …………

 ………………



 前島早苗はどうにも納得ができない。 

 この世にオカルトが実在し、そのオカルトが思いの外身近にあったことを彼女は知った。それは良い。警察関係者が法制度とは別に、そのオカルトを公然の秘密的に利用しているのもまぁ良しとしよう。


「(……どうして私がそんなモノの担当に……)」


 そう。先輩刑事である甘地と共に行動するようになり、早苗は秘密裏に『異能』関連の事件や事故を担当させられるようになっていた。縦割り社会の警察組織。上からの指示には逆らえるはずもないのだが、『何故なんだ?』という疑問は尽きない。『そもそも自分には異能オカルトなどないのに』……と。


 組んで動くようになり、早苗は先輩である甘地に“そういう”素養が若干あり、警察とは別の“専門家”組織との繋がりがあることも知った。


「……前島。お前、あの鹿島秋良という男に見覚えはないか?」


 不意の問い掛け。

 鹿島秋良という、平凡だが怪しげな男を部屋に案内し、少し場を外しての質問。


「え? ……と、特には……」

「本当か? “鉄則”を忘れるなよ?」


 柔和な表情ではあるが、甘地の瞳の奥には鋭い光がある。


「あ……え、えぇと……実は、何処かで見たことがあるような気はします。でも、ちょっと思い当たらない感じです。すみません」


 異能関連に関わる際の鉄則。

 ほんの些細な事でも、感じたことを口にして共有すること。


『気の所為か……?』


 と、見過ごした事が本質だったなど、異能絡みでは日常茶飯事。


「……やはり前島もか。マスターからの紹介ということもあるし、もしかすると奴は異能者かも知れないな」

「え? あの男がですか? 署内の“センサー”には引っ掛からなかったのでは?」


 どのような仕組みなのか、その詳細は伏せられているが、署内を訪れる人間は、等しく異能による精査がされていると早苗は聞かされていた。


「……覚えておけ。署内のセンサーは強力だが、それはあくまでも一般社会においての話だ。異能者の中には、平気な顔で潜り抜ける奴も居る」

「は、はぁ……」

「頼むぞ? 前島は『気』の素養がない上で勘がいい。むしろ対異能者では、中途半端に『気』の素養を持つ俺よりも“センサー”として有用な場合もある。違和感があれば遠慮なく言え」


 彼女が望まれている役割。

 もちろん、その理屈は度々聞かされているが、早苗としては腑に落ちない気持ちがついて回る。オカルトの類への嫌悪感も拭えていない。


「分かりました」


 ただ、彼女は仕事として、職務として、与えられた役割を果たそうとする心構えは持ち合わせていた。


「さて。それじゃ“そういうこと”を踏まえて、鹿島秋良と話をするとしようか」


 もっとも、二人の中には解決屋と出逢い、その認識を消されたという。かつて解決屋から情報を得たことは、甘地の中では既に『珍しくマスターから情報提供を受けた』という認識にすり替わっている。


 一般人はもとより、生半可な異能者では、秋良が意図しない限り解決屋を記憶に留めておくことはできない。



 ……

 …………



 警察署内の小部屋。面談をする為というよりは、作業部屋のような場所。一応の気を遣ってか、出入り口の扉は開け放たれたまま。


「お待たせしました。まぁどうぞ」


 そう言いながら、部屋に入ってきた甘地から秋良に手渡されるのは紙コップの珈琲。


「いや、別に良かったのですが……ありがたく頂戴しますよ」


 とは言いつつ、秋良がさっそくに口を付けることもない。まずは本題からだというのは暗黙の了解。男二人が座ると一杯になる小さめの作業机で、甘地と秋良は対面する。付き添いという形の前島早苗はメモを片手に、少し後ろで椅子に座って控えている形だ。


 と同じで、まずは甘地のターン。前回と違い、鹿島秋良は従順な協力者ポジションである以上、今回は彼女のターンは無いのだろうと秋良は察した。


「それで……中川原なかがわら陽菜子ひなこさんと陽茉莉ひまりさんの件ですね?」

「ええ。今回、マスターからの紹介で俺が動くことになりました。……彼女には少々残酷ではあるでしょうが、“目指す結末”は甘地さんも同じだと聞きましたので」


 中川原陽菜子の依頼についての情報と状況の共有。それが秋良が甘地たちを訪れた理由。

 彼女については、既にその両親からも依頼が出ており、甘地を通じて百束一門も状況を把握しているという有様。


 秋良が選択肢がないと感じたのは単純な話だ。そもそも解決屋への依頼が一番後だったから。


「彼女については、百束一門に適切な異能者の選定を依頼しているところですが……“マスター”から少し待って欲しいとも言われています。つまり、鹿島さんが何とかするということで?」

「はは。それは買い被りですね。俺が何とかというより、マスターが言わんとしてるのは、『彼女自身が最善の選択を採るのを待って欲しい』ということでしょう。俺は詳しくは知りませんが、異能による介入は、後々に記憶や感情に不具合が出るとも言うじゃないですか」

「……必ずしも不具合が出る訳ではありませんよ。むしろ、出ない方が例としては多いです」


 魔力の発露を抑え、外からは完璧な一般人を偽装していても、秋良には相手の魔力の流れがよく視える。相手の言い分の“乱れ”すら視える。


 甘地は嘘を言っていないが、言葉が足りない。


「(はは。まぁ一門の異能者を批判するような真似、下っ端には出来ないのも分かるな。不具合が出ない方が例としては多いのだろうけど、“大掛かり”な記憶や精神、感情などへの介入は、百パーセントの確率で十年以内に異能の介入が解け、対象者の心身に多大な影響が出る……というデータもあるらしいじゃないか)」


 今回の中川原姉妹は異能による“大掛かり”な介入を必要とする案件となる。だからこそ甘地あまじ捷一しょういちという男は、百束一門に報告しつつも、同時に“マスター”にも情報を流した。暗に『何とかならないか?』と。その上で、彼女がマスターの下へ辿り着けるように若干の誘導もした。


 まさか、彼女がそこから独自に一歩を踏み出して、一足飛びに“解決屋”に辿り着いたのは、流石に甘地の想像を少し超えていたのだが……知らぬが華。


「とりあえず、俺には異能なんていうオカルトパワーは無いので、事実を積み重ねて彼女と話をするだけです。仮に異能が暴発しても、マスターの管理下であれば問題ないと……甘地さんもそう判断したのでしょう?」

「……さて、何のことか分かりかねますね。ただ……彼女のことは以前に“通常業務”として、学校生活におけるイジメ問題の件でご両親共に相談を受けていたこともありますのでね。あの子が、ただ壊れていくのを見過ごせないと……ふと、そんなことを想ったのかも知れません」


 下手な誤魔化し。彼の立場ではそういう体裁をとる必要もあるということ。


「ま、甘地さんの独り言は聞かなかったことにしておきますよ。……では、具体的な情報をお借りできますか?」


 中川原姉妹を“助ける”ための情報。事実の積み重ねを鹿島秋良は行っていく。


 今回の件では、彼の異世界パワーはあまり使い所がない。



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