妹を捜して
第1話 妹を捜して 1
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しばしの沈黙が続き、一方が意を決したように言葉を発する。
「貴方が解決屋……ですか?」
その言葉を受けて、一方が応じる。
「えぇ。名乗った覚えはありませんけどね。いつの間にかそう呼ばれたりしています。そういう貴女は
カフェ……ではなく、地方都市である多相市においても数が少なくなっている、古き良きレトロな店構えの“喫茶店”。珈琲と軽食だけの所謂純喫茶。抑えめの音で古い洋楽が流れている。
カウンターに四席、二人掛けのテーブルが三つだけの小さな店。
レトロモダンを狙ったものではなく、昔から同じスタイルで続けていたらこうなったという類。真正のもの。
一組の男女がテーブル席で対面している。
それぞれの手元にはオリジナルのブレンドコーヒー。店の雰囲気も相まって、香りまで古き良き上質さを感じさせるほど。
一人は解決屋と名乗る三十路男。
中肉中背、平々凡々な顔立ち。特徴と言えばその瞳か。死んだ魚のように生気がない。“それなり”の素養がある者からすれば、その瞳に得体の知れない虚無を感じるかも知れないが、ただの一般人の意識には特に残らない。可もなく不可もない気配を纏っていると感じるだろう。
「お、思っていたより普通なんですね……」
「はは。噂なんて得てして大袈裟でいい加減ですからね。ネットやSNSで言われている“解決屋”はほとんどが創作ですよ。俺はただの何でも屋に過ぎません。ま、あんまり期待されても困りますが、これまで受けてきた依頼で『何の成果も無かった』ということはありませんけどね」
「そ、そうですか……」
対面であり壁際の席に座るのは依頼人……中川原陽菜子。若い装いの女性。
彼女は内心で落胆する。藁にも縋る思いで、裏に表に手を尽くして辿り着いた解決屋。本人がどう言おうとも、明らかに平凡な……ハッキリ言ってしまえば、うだつの上がらない若い男が出てきたのだ。落胆しない筈もない。
陽菜子の中では、ドラマや映画で出てくるベテラン刑事なり、どこぞの名探偵のようなイメージを“解決屋”に重ねていた。まさかこんな“普通の男”が出てくるとは思っていなかった。期待外れもいい所だ。
「まぁまぁ。ガッカリする気持ちも分かりますが、とりあえずは依頼内容をお聞きしましょうか?」
「え、えぇ。い、いえ! ガッカリするだなんて……」
駄々洩れ。本人は隠しているつもりでも、誰でも気付くレベルのガッカリ具合が陽菜子から溢れ出ていた。ただ、それでも解決屋が動じることもない。当たり前のことだと見切っている。
「はは。別にそんなことで気分を害したりしませんよ。俺に辿り着くまでに色々と手を尽くしたことは知ってますしね。ま、後は依頼に対しての働きを見てもらうとしましょう。……それで? ご依頼の詳細は?」
「は、はぁ……す、すみません。ええと……い、依頼のことをお話するにしても、ココでですか? 場所を移したりは……?」
陽菜子からすれば当たり前の疑問。
客は自分達しか居ないとは言え、この静かな喫茶店では話し声が店主には筒抜けになってしまう。知られたくない事、普通では頼めない事を頼むために、解決屋という怪しげな人物を訪ね歩いたのだ。誰にも内容を聞かせたくないと思うのは、彼女としては当然のこと。
「お気になさらず。この店の店主も“普通”じゃないですから。つまりは解決屋と同じような立場……仲間と言えば言い過ぎになりますが、ココでの話が外に漏れることは決してありません。あと、今日は他の客が店に入って来ることもありませんから。ま、いわばココが解決屋の事務所みたいなものなんですよ」
「え……? ココが……?」
陽菜子が解決屋の後ろに……カウンターの向こうに目をやると、微笑みながら静かに佇む初老の店主……マスターと目が合う。
彼は解決屋の言い分を肯定するかのように陽菜子に軽く頭を下げ、そのまま奥へと引っ込んでいった。
遅まきながら陽菜子は気付く。狭い店内だ。散々に解決屋だの依頼だのと連呼していたのだから、当然マスターにも聞こえていたわけだ。
解決屋は意図的に姿を隠していた。捜しても見つからなかった。
陽菜子が解決屋に辿り着くまでの諸々を思えば、彼が安易に自分の素性を明かすことはない。
つまり、マスターが無関係な人間の筈がないのだ。ある程度以上の事情を知っているのは当たり前だと、ようやく陽菜子は思い至った。
むしろ、こんな事にも気付かないほど、彼女が切羽詰まっていたとも言える。
「……あ……そ、そうですよね。そもそも、ココは貴方との待ち合わせ場所でしたし……」
陽菜子の理解が及んだことを確認し、解決屋の男は更に促す。
「それで? 依頼は『妹を捜して欲しい』ということですが……詳しくお聞きしても?」
「あ……は、はい……実は……」
中川原陽菜子はポツポツと語りはじめる。依頼内容を。
彼女には歳の離れた妹……
ある日、突然に煙のように消えたという。
いきなり連絡の付かなくなった妹。異母妹。
実家を出て一人暮らしをしていた陽菜子は不審に思い、父と
埒が明かないと実家に戻るも、異母妹の部屋はもぬけの殻。陽菜子の部屋は未だに荷物が残されているのに、両親と一緒に実家に住んでいる筈の妹の生活の痕跡が消えていた。
彼女が愛用していた食器すらない。
『コレはどういうことなの!?』
陽菜子は父と継母に問うが……
『陽茉梨なんていないんだ!』
『陽菜子……もう忘れて! お願いだから……』
そればかり。当然に彼女がそんな両親の言い分に納得するはずもない。
「……色々と手を尽くしたのに、妹さんは見つからない?」
「はい。急に話が通じなくなった両親は一旦おいて、私は陽茉梨を捜しました。当然警察にも相談しました。未成年の行方不明ですから……」
陽茉梨は何処に?
陽菜子は妹を捜す。警察に相談するが、何故か本気で相手にしてくれない。
かつて別件で相談に乗ってくれたことのある、生活安全課の
『中川原陽茉梨さんの行方不明者届を受理することは出来ません……申し訳ない』
『な、何故ですか!? 陽茉梨は未成年なんですよ!?』
『……未成年や高齢者であれば、本来なら特異行方不明者として警察も捜索するでしょうが……中川原陽茉梨さんは……該当しないのです』
真っ直ぐに目を見て、甘地にそう言われて……陽菜子は疑いはじめる。
「病気の可能性を?」
「は、はい。私自身が病気……精神的なナニか……統合失調症や妄想性障害の可能性も考えました。だって、あまりにも……陽茉梨の痕跡がない。学校も、付き合いのある友人や近所の方々も、行きつけだった美容院も……どこにも、誰にも……陽茉莉が残っていないんですから……」
不可思議な話。陽菜子が義妹の痕跡を追うも見つけられない。当然に調べる中には公的な書類も含む。
「住民票や戸籍にすら陽茉莉さんは存在しなかったと……」
陽菜子には、もう何が何やら解らなくなる。
彼女の実母が小学校に入る前に亡くなり、その頃から父と自分を支えてくれていたのが今の母。継母。
その後、父は再婚して異母妹である陽茉莉が生まれた。歳がかなり離れていたこともあってか、陽菜子はわだかまりもなく、異母妹を愛した。
実母のことを恋しく思う気持ちもあったが、継母のことも好きだったし、父の再婚にも賛成だった。生まれた異母妹も可愛い。
順風満帆だった。少し普通とは違う家庭環境だったが、不満などなかった。ケンカもするし、イライラすることもあったが、それでも父も継母も異母妹も、皆が家族であることに違いはない。確かな絆や愛があったのだ。
しかし、中川原陽菜子の家族の記憶を保証するモノがない。異母妹である陽茉莉の存在を証明するモノがない。
恐怖だ。
陽菜子は、物理的にも、精神的にも、自分の生い立ちという足場がガラガラと崩れ落ちていくのを幻視した。
「……でも! 確かに陽茉莉は居たんです! 私は確かに病気かも知れません。両親と共に精神科にも行きましたし、カウンセリングも受けました。いっそ胡散臭い霊能力者なり占い師にも見てもらいました! で、でも! 誰もが目で訴えるんです! 『お前は頭がオカシイ』と! それなのに、誰も解決策をくれない!」
感情の堰が壊れたかのように必死に訴える。姉。陽菜子。
珈琲を軽く啜りながら、解決屋の男の表情は変わることはない。その話の内容に動じることもない。
「……で? ただの病気だというなら、わざわざ俺のところへ来ることもなかったでしょう。つまり、陽菜子さんは何らかの違和感を抱いたんでしょう?」
解決屋の噂は多くが便乗した誰かの創作だったが、その中でも確かな情報はあったのだ。
多くの噂に共通するのは『解決屋はオカルト関連の依頼で動く』『不可思議なコトが起きたら解決屋に頼めばいい』というもの。それは間違いではなかった。まるっきりの創作でもない。
一縷の望みを賭けて、陽菜子は
「……はい。住民票や戸籍、小学校・中学校・高校の在籍記録……そのすべてに妹の痕跡はありません。関係者の記憶にも陽茉莉は居ない。私の記憶の中だけの存在です。でも! 一つだけ彼女の痕跡を見つけたんです……ッ! それがコレです!」
そう言いながら、彼女はファッション性を度外視した、大きめのショルダーバッグから何やらを取り出す。
出てきたのは手帳。なかなかに使用感がある品だ。
「これは私が愛用している手帳で、就職して家を出る際に妹がプレゼントしてくれた物です。年度ごとに中身を交換しながら使っていく物なんですが……私は継ぎ足して使っており、去年と今年の二年分が差し込んであります」
そう説明しながら、陽菜子は該当のページを示すために手帳をめくる。去年の……一年前の部分を示す。
「これは……『お姉ちゃん。私を忘れないで』……? 野暮なことを言いますが、筆跡は陽菜子さんと似ているように思いますが?」
「……裁判所から鑑定
『私はここにいるから』
『確かに私が居たと覚えておいて』
『無理ならそれでもいい』
『別に困ってはいないよ。助けが欲しいわけじゃない』
『忘れるなら、それはそれで幸せかもね』
『ただ、寂しい』
幾つかのページに残るメッセージ。それを彼女は……陽菜子は妹からのモノだと確信する。これが消えた異母妹の痕跡だと。
「ま、内容を見る限り、確かにお姉さんに向けたモノのようには見えますね。そして、これを書いた本人自身が、まるで消えることを見越しているかのようだ」
「……はい。どうですか? 解決屋さん。貴方はこんな私の話を信じますか? 妹を……消えた中川原陽茉莉を捜してくれますか?」
実のところ、苦労して解決屋に辿り着きはしたが、彼女自身は半分以上は諦めている。妹である陽茉莉の存在を、今では自分自身でも疑問視しているほどだ。自身の病気による妄想だとまで。
ただ、解決屋は答える。気負いなく。
「えぇ。捜してみましょう。俺は必ず中川原陽茉莉さんを見つけますよ」
それは陽菜子の望んでいた答え。……にも拘わらず、彼女は怖気が走る。どうしようもない焦燥を感じる。
死んだ魚のような生気のない目。
ある意味では真摯な姿勢。説明の途中も、彼は陽菜子を決して蔑んだ眼では見なかった。頭のオカシイ女の戯言だと……切って捨てるような真似はしなかった。
しかし、どうしても彼女には不安が湧いてくる。得たいの知れないナニかと、交わしてはいけない契約を結んでしまったかのような後悔の念を抱く。
「あ、あ、ありがとうございます……こ、こんな荒唐無稽な話を信じて下さるなんて……」
「いえ、決して荒唐無稽ではありませんよ。十分に有り得るコトですから……」
こうして、中川原陽菜子は解決屋と関わりを持つことになる。
それが彼女にとって幸か不幸かは……すぐに判明するのだが、さてさて。
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