第16話 ヒトガタと師範代……と元勇者
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今回の作戦は救助。
何らかのきっかけにより、未覚醒の異能者である宇佐崎紬という女子中学生が、自らの異能を知らぬままに暴走させ、巻き添えとなった二人の人間と共に異空間へと閉じ込められてしまった。
それが、集められた一門衆が聞かされていた今回の事件の概要。
しかし、ただの救助の筈もない。それは作戦に参加した者は皆が思っていた。
二班には後方支援や救助者の容態確認や治療を目的とした異能者が配されていたが、その他は“戦える者”が配置されていた。それは突入と異空間の捜索を行う一班が特に顕著という状況。
明らかに敵を想定した配置。しかも、一つの作戦に一気に四つの班が投入されることなどまず有り得ない。少なくとも近年では、そのような作戦を実行したことは地域ではなかった。
百束一門は政府のお墨付きとは言え、あくまで世間一般には非公開の組織であり、暗躍、裏方というのが基本ムーブ。それを覆しての作戦自体に、参加した一門衆も思うところは当然にある。
そして、一門衆はその理由の一端を知ることになった。
『……よう。流石に突入班は場数を踏んでいるベテラン揃いか。冷静さを保っているのはありがたいな』
突入・捜索を任された一班の面々が、異質な気配の発生源に踏み込んだ際、そこには墨絵のような真っ黒なヒトの形。
彼らは一目で看破した。ソレは『鬼』だと。その上で取り乱すことはない。
「……一応、聞かせてもらおうか。お前は何者だ?」
一班の班長たる師範代の中年男性……
『多少は噂になってるんじゃないか?“ 黒いヒトガタ”ってやつだよ。ま、信じるか信じないかはさておき、俺は今回の一件の直接の要因じゃない。むしろ、彼女を助けたいと願っているんだが……』
秋良は眞鍋以下、突入してきた一班の面々を見やる。
全員がゴリゴリの武闘派。空間系の異能に長じ、少女の異能に干渉できるような者たちには見えない。
『……あんた等ではちょっと難しいかもな』
そう言いつつ、秋良は突入班を刺激しないようにその場からゆっくりと離れ、宇佐崎紬の状態が眞鍋たちにもよく見えるよう位置を変える。
「ッ! その少女が宇佐崎紬か?」
眞鍋たちも気付く。そこに居るだけという……虚ろな少女。一見して正気ではない。そして生気も薄い。まともではない状態。
『あぁ。この娘は心を閉ざし、害意や……あんた等が言うところの『気』に反応して身を護っている。半端な接触が不味いのは……流石に解かるだろ?』
「……確かにな。ここの入口を開いた者なら対処は出来るだろうが……」
『“入口”の維持で動けないってか?』
「……その通りだ」
当てが外れた。秋良は『こんな事なら……』と、内心で落胆する。百束一門が異能の専門家集団であるということに、彼の期待値が若干大きかったということ。
『はぁ。百束一門は異能の専門家だと思っていたんだが……割と偏ってるみたいだな?』
「ふん。お前のような得体の知れない『鬼』を相手にする以上、武に特化するのは自然な流れだ」
眞鍋は気を抜きはしない。が、目の前の黒いヒトガタに、少女や自分たちへの敵意がない事を冷静に察知していた。上手く事が運べば、ここで一戦やり合う必要はないと。
軽く他の班員に目配せして、その旨の情報を共有する。そこにはベテランたちの連携と風格が見て取れる。いきなり異形の者が目の前に現れようとも、彼らは自分たちの優先すべきことを履き違えない。今回の作戦は宇佐崎紬と他二名の救出が第一優先。
『とりあえず、そっちの端に居るのが巻き込まれた二人で、『気』や異能など持たない一般人だ。ちなみに、若い方が彼女の飲食を介助してくれていた。彼が居なければ彼女はもっと衰弱していたことだろう。手荒な真似はしないようにしてくれ』
「……当然だ。我々はそもそも救助に来たのだ。要救助者に手荒な真似などしない」
そこには若干の嘘。眞鍋たちは、その必要があれば一般人の口封じすら厭わない。混乱によって暴れたりするようであれば尚のこと。その覚悟を持って異空間に踏み込んだ。もっとも、行方不明となってかなりの日数が経過していた為、眞鍋たちは、要救助者が衰弱して動けない可能性を想定していたが。
『……二人が無事に“外”へ出たのを確認したら、俺は宇佐崎紬が接続したこの異空間を壊す。こうなれば力尽くだ。彼女は更に消耗するだろうが、後の保護なりケアなりをそちらに任せたい。どうだ?』
「空間を壊す? そんな与太話を信じろと? 確かにお前は濃密な『気』を持っているようだが……そんなことが可能だとは思えない。彼女の救出には、適切な空間干渉系の異能者を手配するまでだ。……今回は見逃す。この空間から出られるというなら、お前はおとなしく去れ」
眞鍋ともう一人の班員がヒトガタを見張り、他の二人は巻き添えとなった青年と老齢男性を救助するために動く。
一門衆が思っていたより栄養状態が保たれて血色の良い要救助者。秋良からの事前説明があったこともあり、彼等は救助者である一門衆に素直に従う。
「あ、はい。大丈夫です。食料や水はヒトガタさんが運び入れてくれていたので……え? 別に何もなかったですよ? 途方にくれていたので、助かったくらいです」
「ええい! いちいち支えられんでも一人で歩けるわ! 触るな!」
わいわいと騒ぎながら階下へ消えていく声を聴きつつ、秋良と眞鍋は緊張を保った対峙のまま。
『なぁ。今から新たな異能者を呼び寄せるのにどれだけ時間が掛かる? 辛うじて飲食の介助をしてくれていた“一般人”が居なくなれば、この先彼女がどうなるか……見たところ、あんたはそれなりに話が分かる人だろ?』
「…………」
黒いヒトガタの声は、抑揚のない……まるで一昔前の機械音声のような耳障りさがある。
そんな声であっても、ヒトガタの言い分は眞鍋にすんなりと響いている。
新たな異能者を手配し、次にここへ踏み込んだ際には……宇佐崎紬は絶え果てている。そんな事は彼にも解っていた。
「……だからと言って、お前の言い分を信じることは出来ない。おとなしく引き下がる以外の……不審な動きを見せるなら……我々はお前を『鬼』として処断せねばならない」
現場で指揮を執ることもある師範代という立場。眞鍋の身の内に『気』が充足していく。循環する。彼の『おとなしく引いてくれ』という願いと共に。
『……なぁ。あんたは“それなり”の使い手だ。俺にそんな脅しが通じないのは百も承知だろ? 肌感覚としても分かるんじゃないのか? 俺が……容赦しないヤツだってのもさ?』
目が合った。
黒いのっぺらぼうでも眞鍋には解った。解ってしまった。
その瞳には死の匂いがする。
軽くひと睨みされただけで、眞鍋の全身から汗が吹き出す。恐怖で
「……くっ!?」
無意識に眞鍋は後ろに跳び、異様な『鬼』から距離を取る。そんな小細工などに意味はないが、動けただけマシというもの。もう一人の班員は蛇に睨まれた蛙状態。動くことすらできない。
『なぁ。頼むから俺の邪魔をしないでくれないか? あんた等にとっても悪いようにはしないさ。俺はただ、彼女を助けてやりたいだけなんだ。素直に協力してくれ……こんな怪しい俺相手に、問答無用の暴力ではなく、まず対話を選んだあんた等を傷付けたくはない』
秋良からすれば『身体強化』により魔力を全身に巡らせているだけ。本気の臨戦態勢ではあるが、まだ余裕のあるもの。
「あ……あ……ま、眞鍋……し、師範……代……こ、こい……つ……は……!?」
それでも、この世界の異能者では、その魔力に当てられてしまうほど。
「くっ!? わ、分かった!! お前の邪魔はしない! だから! その禍々しい『気』の放出を止めろ!!」
『(……厳密には循環させてるだけで放出はしてないんだけどな)』
眞鍋たちからすれば、秋良の思うような違いも、まともに判別できる状況・状態ではない。
『ほらよ。これで良いか?』
周囲を覆っていた悪鬼の圧が消える。場が荒れ狂っていたつい先程に比べれば、まるで凪のような静けさが戻ってくる。
「か……かは……ッ! は、はぁ……はぁ……」
「無事か!?」
思わず班員の男がその場に崩れ落ち、すぐさま眞鍋が駆け寄る。
『まったく。空間系の
秋良の方はそんな眞鍋班のやり取りよりも、宇佐崎紬にこそ注意を向けていた。
虚ろな少女の周囲は、揺らめく透明な膜のようなモノで覆われている。魔力の圧さえも『
『ま、その分、安全と言えば安全か……さぁ、あんた等もさっさとこの空間から出てくれ。彼女にまた余計な力を使わせてしまった。さっさと楔を壊してこの空間を閉じる』
「く、楔だと? ……い、いや、こちらの興味は後か……黒いヒトガタよ!」
眞鍋は肩を組みながら班員を支えつつ、ヒトガタを睨む。強き意思を持って。
『なんだ?』
「……大言を吐いた以上、宇佐崎紬は必ず助けろッ!」
要救助者の命を見捨てようとした己がどの口でほざく……そんな自嘲を含みながらも、眞鍋はヒトガタに託す。悔しいがそれくらいしか彼にはできない。
百束一門のお役目を離れれば眞鍋とて人の親。心から紬を見捨てようとした訳でもない。その本心では当然に彼女を助けたいのだ。
『……それはあんた等の仕事だな。俺は壊す専門でね。この空間を壊して閉じるだけ……俺は壊れた心を元に戻す術は持たない。異能でも治療でもなんでも良いから……彼女のことを頼むよ。あぁ、外に出たら、即座に“入口”を閉じるように言ってくれ。巻き添えにしたくない』
抑揚の薄い機械音声のような声。
しかし、その時のヒトガタの声には、哀しみの色が漂うのを眞鍋は感じた。
「…………彼女を癒すために、できる限りのことをする」
『はは。突入してきたのがあんたで良かったよ。あぁ、ついでに言っておくが……彼女を壊したのは百束一門に属する奴だ。俺はその張本人と一味を“壊す”。ま、その事については問答無用だがな』
まさについでとしてサラリと語られた話。その意味が染み込むと、当然に眞鍋には疑問が浮かぶ。
「ッ!? そ、それはッ!?」
『問答無用だと言った』
「……!!」
秋良はもう相手にしない。語る言葉はない。瞬時に眞鍋も悟る。『止められない』……と。その答えは言葉ではなく、どうしようもなく“結果”で示されるのだと。
「……お役目として下達があれば、私はお前を『鬼』として処断するのみだ。たとえそれが困難なことであろうとな」
『それで良いさ。俺がクズを始末するのは只の暇潰しだ。そこに意義や正義を乗せる気はない。明確な害意を向けられれば、普通にやり返すしな』
「(……くっ! 化け物め……ここまでの差を感じたのは……いつ以来だろうか……まだまだ未熟だった。まったく不甲斐ないことだ)」
眞鍋は下がる。もう二度と、この黒いヒトガタに会いたくないと願いながら。
しかし、彼は心の何処かで予感がある。警告音が鳴り響いている。この異形の鬼とは、死の影に抱かれながら、いずれ死合うことになるのだと。
……
…………
………………
「(なんだ? 空間が歪んでる? これは……中からか?)」
百束一門の中でも、秘されし存在たる“懐刀”。その存在は認知されているが、実際には誰が“懐刀”であるのかは、一門衆に知らされることはほぼない。
その上で……彼のことを知る者は誰も居ない。
異世界帰りの転生者。早良勇斗。
「勇斗。異様な歪みを感知したぞ。これは……異能が……中から無理矢理に引き裂かれそうだ」
「つまり、彼女が自発的に異能を解除したわけでも、ましてや死亡したわけでもない?」
勇斗の傍らには、先日現場を調査した『結界』という異能を持つ一門衆の男。勇斗の信奉者であり、共犯者。
「あぁ。それに『解錠』の老いぼれが何かをしたわけでもないぞ。コレは……一体何が起きてる?」
「……“懐刀”にすら伏せられている事情があるのかもね。ほら、
空間系の異能使いとして、亀河は地域では名が知れている。にも拘らず、今回の作戦では招集されなかった。
亀河の参加は確実だと見越して、宇佐崎紬の救出が成った際には……彼を操り強硬手段の口封じを……ということまで勇斗は考えていた。
「(ちッ……便器の分際で……俺の『
早良勇斗には若干の焦りがある。
異世界では『勇者』の使命を帯び、生まれた時から多くの者に肯定され、祝福されていたのだが……今は違う。前世の記憶と異世界チートを有してはいるが、あくまでこちらの世界ではただの個人だ。
昏く秘められた、その下卑た欲望すら、人知れず思い通りに吐き出してはいるが……それでも彼は一個人。異世界の勇者の頃のように、国家の後ろ盾があるわけではない。色々と気を付けないと……好き勝手に振る舞うことも難しい。
「亀河さん。不測の事態には介入しろと言われているので……俺は行くよ。どの辺りに“出てくる”かは分かる?」
「……ビルの上層……その辺りの空間が“裂け”そうだ」
無言で頷きながらも、勇斗はこの世界の異能者に対して、心の底では期待などしていない。既に張り裂けそうな空間は彼にも感知できている。
宇佐崎紬の異能には手も足も出なかったが、早良勇斗も異世界のパラメータを持つ……チート能力者に間違いはない。
「(ここ最近は一門の連中にも周辺を嗅ぎ回られている……“懐刀”を始末したのは早計だったか? 俺のことを調べていた解決屋とやら……奴を追っていた彩芽達も連絡が途絶えた。裏切ることはないと思うが……殺られている可能性もあるな。くそ。あの
勇斗は周囲を徐々に囲われつつあるのを感じる。じわりとした焦燥はあるが、それでも彼は信じている。『何とかなる』……と。
死んで異世界転生を果たし、更には、もう一度別人に転生してのやり直しまで許された。
自分は特別。選ばれた存在。神に愛されている。何をやっても許される。
俺の玩具として選ばれるのは、むしろ光栄なことだ。
早良勇斗がそのような歪んだ考えを持つに至っても……決しておかしい事ではないだろう。それほどまでに、彼は優遇され……許されてきたのだ。
「(この“イベント”が終わったら……ほとぼりが冷めるまでおとなしくするか? いや、いっそ亀河たちに諸々を押し付けて……切り捨てる事で
多少のピンチ。
焦りはあっても、彼にとってはその程度のこと。
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