第14話 一線

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「おやおや? 例の廃ビルで待機するのでは?」


 客の居ない静かで妖しい雰囲気のバー。席につく間もなくのやり取り。若干にやついているマスターの姿が秋良の勘に触る。


「……まったく。マスターも分かってるでしょうに……」

「ふふ。また派手にやったようですね。後始末の依頼ですか?」


 流石に姿を隠蔽していたとは言え、一般の立体駐車場で惨殺死体が四つも見つかればとんでもない事件だ。


「え? ……っていうか、マスターはこういう時の後始末を手配してくれるんですか?」

「ええ。お引き受けいたしますよ。当然ながらにタダという訳ではありませんが……」

「はは。この世界の金なんぞ、マスターには意味なんてないでしょうに。まぁそういうことなら頼もうかな? いや、元々渡りを付けてもらおうと思ってたんですけど……」


 秋良は製造者責任として、襲撃してきた四人の遺体を取り敢えず隠蔽した。と言っても、遺体やその一部を一か所にまとめて『認識阻害』を掛けただけ。


 その後の本格的な後始末については、マスター経由で、百束一門の連中に遺体を発見させるつもりだった。


「直接の後始末ではなく、百束一門に話を持っていくだけならすぐにでも対応は出来ますが……そうなれば、百束一門は当然のことながら、警察を介入させるなり、付近の防犯カメラや現場を『異能』を用いて調べたりもするでしょう。秋良さんはそれでも良いと?」

「ええ。構いませんよ。仮に俺個人を特定されても、百束一門の連中に“言い訳”できる程度には、あいつ等が『クズ』だという証拠はありますしね。はは」


 秋良は百束一門の在り様について、その必要性なり歴史なりに一定の敬意は払っているが、特別に畏れ敬うというほどでもない。


クズを認定して始末する暗殺組織』


 ……という程度の認識。自分はその真似事をしている……何なら手伝いをしてやっているのだという開き直りすらある。


「強大な力を持とうとも、秋良さんは個人に過ぎません。もちろん我々もバックアップはしますが……土着組織である百束一門とどのように付き合っていくかは……くれぐれもよくお考えください」

「はは。どの口が。もっとやり合えと願っているくせに」


 理由までは知らぬとしても、秋良は運営側が自分に何を望んでいるかの一部は理解している。


 この世界に元々自然発生した異能者との“交流”。


 異能をぶつけ合うという、血の匂いのする類のだ。


「なにはともあれ……百束一門への連絡はお任せしますよ。何ならヒトガタなり解決屋なりの名を出してくれても良いですから」

「承りました。……今度こそ例の廃ビルへ?」

「さてね。思いの外、百束一門の腰が重いというか慎重なようなので……少し野暮用を済ませておきますよ」


 今回はのんびりと酒を楽しむこともない。次の用事が秋良を待っている。


 精神的に面倒くさく、気が重くなる用事。


「……個人的には、秋良さんの“そういう”所は好ましいと思っていますよ。あなたは独善的な判断で力を振るいますが……自らを律する理性を持ち合わせている」

「はは。急にどうしたんです? おだてても何も出ませんよ」


 軽く手を上げ、おどけた風で秋良は店を出るためにドアに手をかける。マスターの戯言など、本気で相手にする必要もないというのが彼の本音。


「ま、次にここへ来るときは……ゆっくり酒を楽しめることを祈っていますよ」

「えぇ。お待ちしております」


 上質なドアベルの音と共に、用意された舞台で踊る実験体は店を去ってく。残されたのは静かな音楽と管理者マスター


 秋良の心情はともかく、マスターにはマスターで思うところもある。

 妖しい雰囲気を纏う管理者。上層宇宙の住民。

 所詮は下層宇宙……プログラムの実験データに過ぎないのだと……冷たい観測者としての面が彼には強く出ている。しかし、実験体である鹿島秋良に好意を抱いているのも確かだ。


「……秋良さん。あなたは面倒だと思いつつも、一般人である麻衣さんを安易に害するような真似はしない。いまのあなたなら簡単に出来るのというのに……ふふ。あなたは自分で思うよりも遥かに理性的な方だ。強力な異能チートを得たことにより、歯止めが効かずに身を滅ぼした輩が……如何に多いか。皆が皆、あなたのようにバランスを保てる訳ではないのですよ」



 ……

 …………

 ………………



 次の日の夜。

 怪しげなバーではなく、ちょっとした居酒屋で対面に座る二人。

 鹿島秋良と品川京子。


「秋良先輩。知らない番号からの連絡でビックリしたんですけど?」

「いやぁ……悪いね品川さん。急に呼び出しちゃって。前まで使っていたスマホや諸々のアドレスは全部変えちゃったからさ」


 秋良の気の乗らない野暮用。それは当然に「鹿島麻衣」関連。彼女と秋良との離婚は成立したのだが、事あるごとに麻衣は元・夫に対して接触を図ろうとしている。姓もそのまま。旧姓である高峰には戻さず、鹿島姓を選択した模様。


 連絡を取ろうとする程度なら秋良も別に目くじらを立てることもなかったのだが、流石に興信所にまで依頼するとなれば……彼も多少の鬱陶しさを感じてしまう。


 離婚を機に心機一転し、これまでの「鹿島秋良」の繋がりを意図的に消そうとしたのだが……いまにして振り返ると、それが余計に麻衣の執着を呼び込んでしまったようで、早まったことをした……と、秋良自身も反省はしていた。


「別に呼び出し自体は構わないんですけど……用件は麻衣のことですよね?」

「まぁね。こっちからの直接の連絡は出ないくせに、興信所なりに頼んで俺のことを調べてるみたいでね。前の家も結局引っ越ししたようだし、麻衣とまともに連絡がつかないんだ。ま、俺が気にして調べることを麻衣は見越してるんだろうけどさ」

 

 性質たちの悪いかまってちゃんが更に悪化しているのだと……秋良も理解していた。


「あぁ……そんな事になってるんですか……」

「俺の方はね。品川さんは麻衣の方がどうなってるか知ってる?」

「……不倫してた同僚とはそのまま続いてるみたいですけど、あまりうまくいってないらしいです。あと、地元のお母さんと揉めたっていうのは聞きました。ま、私の方も連絡は取りにくくなってるから、今現在でどうなってるかは分からないですけど……」


 既に離婚から一年が経過しているにも関わらず、元夫にチョッカイをかけてくる時点で、秋良は麻衣の私生活がうまくいっていないだろうとは思っていた。


「……こんな事を言うと失礼かも知れないですけど……麻衣は別に先輩との復縁を望んでる訳ではないと思います。ただ……」

「秋兄ぃに何とかしてもらおう……ってとこだろうね」


 今の秋良にとっては、他人の物語のような感覚である「鹿島秋良」の記憶。その記憶を冷静に振り返ると、麻衣を甘やかしていた、依存的にさせていたのは、自分の落ち度もあったのだと理解することもできた。


 困りごとがあると、麻衣が頼るのは鹿島秋良……秋兄ぃというだけ。歪んだ依存。身勝手な論理。


 ただ、そんな風に二人の関係性を客観視する秋良の様子に、品川京子は若干の驚きを見せる。


「ん? いやいや……流石に俺も反省はしてるよ。色々とキャパオーバーだったとは言え、十代の頃から俺は麻衣に甘すぎた。歪な関係だったよ」

「は、はぁ……先輩がそれを自覚してるなら、私から特に言うことはありませんけど……」


 京子の違和感は拭えない。

 離婚の話し合いのとき、あのときの秋良は別人だったという思いが強く残っている。死の恐怖を感じたことも。


 あの後、夫婦のゴタゴタに巻き込んだと……秋良から詫びを兼ねて、京子は食事や飲みに何度か連れて行ってもらっていたが、会う度に当初の違和感は薄まっていった。


 しかし、それでも残る。


 かつての「鹿島秋良」とは別人なのだという違和感。特にいまの彼からは麻衣への想いがごっそりと抜け落ちている。

 浮気をした彼女が悪いのだが、京子はそれだけでないナニかを感じていた。


「それで……先輩はどうするんです? 私もいまの麻衣に関してはそんなに情報がないんですけど……?」

「まぁ実のところ、別に麻衣に会おうと思えば会えるし、連絡をつけることも出来なくもない。ただ、品川さんからの意見が欲しかった……っていうのと、単純に素敵な女性と呑みたかったっていう下心だよ」


 京子の知る鹿島秋良は、そんな事をさらりと口にするキャラではなかった。


「ふふ。先輩……やっぱり違うんですね?」

「ん? 何が?」

「恍けるならそれでも良いんですけどね。先輩は昔の自分とは違うってことを……それとなくアピールしてる。私に対しても明確に線を引いてますよね? たぶん、また連絡も取れなくなるんじゃないですか? 私を呼んだのもその前フリ?」


 秋良は若干内心で驚く。と同時に、少しあからさまにし過ぎたかという反省もだ。当然ながら、彼は表面に動揺を出しはしない。しかし疑問形ではあるが、そもそも京子は確信している。秋良がポーカーフェイスを気取ろうがあまり意味は無かった。


「さてね。何のことだか」

「……せめて、連絡はつくようにしておいてくれません? 麻衣のことは別として、たまに飲みに行くくらいは良くないですか?」


 京子は秋良の詳しい事情などは知らない。だが、彼に得体の知れないナニかを感じている。秋良自身は気付いていないが、それは奇しくも、管理者マスターが纏う雰囲気とよく似ていた。怪しくも妖しい。そして胡散臭い。


 火遊びという程に京子は秋良に近付く気はない。昔からの馴染みとはいえ、かつての親友の元夫を異性としては流石に見れないし、秋良が自分のことを“そういう”目で見ていないことも知っている。


 ただ、いまの秋良が纏う妖しい雰囲気を眺めるのは……京子は嫌いではなかった。


 鬱屈した現実から逃避できそうな……ナニかがある……そんなことをぼんやりと彼女は思う。惑う。


「(これは……不味いな。抑えてるつもりだったけど……品川さん、魔力にあてられて少し“酔ってる”。こっちの一般人はここまで魔力に弱いのか……)」


 一方の秋良は、そんな京子に危うい酩酊を察知する。


 魔力マナ酔い。


 異世界においてはほとんどの者に魔力耐性があるため、個人対個人で発生することは稀な現象。通常は大気中な魔力が濃密なスポットに不意に立ち入ることで、過呼吸、頭痛、酩酊、思考の混乱や集中の欠如など、様々な症状を引き起こす。


 つい先日に魔力を使った“軽い”運動をした為か、すぐに動けるようにと若干制御が緩んでいた模様。秋良は気を引き締めて、改めて己の魔力を漏らさぬように制御する。


「……分かったよ。今回の連絡先は残しておくから。ただ、もし麻衣から接触があったときは『もう秋兄ぃはいない』ってことをそれとなく伝えといてよ」

「了解です。ふふ。私の知ってる秋良先輩と違うのは、ちょっと寂しい気もするけど……何処か余裕のあるいまの先輩の方が良いですね。昔は……家のことや麻衣のことで、悲壮な雰囲気でしたから……」


 ふと京子の顔が曇る。能天気な十代の頃であっても、鹿島家と高峰家に降り掛かった不幸は目に余る出来事だった。


 必死で平静を装いながら奮闘する鹿島秋良。そんな彼のことを誰もが痛々しくて見ていられなかったのも、京子にとっては地元の一つの思い出。


「ま、俺もいまの自分の方が好きだな。昔から考えると想像も出来ないけど……麻衣も、おばさんも、爺ちゃん婆ちゃんも……もう俺の人生には必要ないみたいだ」

「…………」


 その判断に至るような事が秋良に起こったのだという事実に、京子は少し哀しみを覚える。

 もっとも、彼女の考えているのは麻衣の不倫やこれまでの積み重ねであり、実際に秋良の身に起こったのは、そんな事は比較にもならない、超絶的な異世界体験の数々という食い違いはある。


 所詮はお互いが勝手に分かり合っている気になるだけなのだが……そんな野暮なことは口にはしないのが大人というもの。



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 ……

 …………

 ………………



 湾岸沿いの工場地帯。

 その一角には、使われなくなったビルや工場もちらほらある。所謂廃ビルだが、セキュリティもしっかりしている為、中に侵入はいれる人物は限られている。その為、そこまで荒れているわけでもない。少し埃っぽいくらい。


 そんなとある廃ビルの中に当たり前のように侵入を果たしている人影たち。


「……勇斗。ここがその少女が“跳んだ”場所か?」


 影の一つは百束一門に属する、結界に精通する異能者の男。


「あぁ。どうだい? 何とかなりそう?」


 隣に立つ影は、爽やかで如何にもイケメンといった少年。早良勇斗。


「……痕跡はあるが、流石に追い掛けるのは難しい。素直に作戦を待つ方が確実だろう。俺よりも上の使い手を呼んだとも聞く」

「……貴方でも無理なのか……いや、行方不明の少女は心に傷を負っているようだから、出来るなら大事にせずにそっと救出したかったんだけど……仕方ないね」


 秋良が現場を見ていたなら、張本人がどの口で……と、ぼやいたことだろう。


「……それで? 犯人と思われる『鬼』は? 一門衆や“懐刀”を殺ったのもそいつなんだろう?」


 また別の影が問う。


「あぁ。いまは彩芽達の班が目星を付けた奴を追ってる。まだ連絡はないけど……彼女達なら成敗できるだろうさ」


 勇斗の周囲に居る者は彼の言葉を疑わない。本来はそこまで強制力の強い異能ではないのだが、彼は……元・異世界の勇者は、その者の心の奥底に眠る、昏い願望に火を着けるのが巧みだった。


 欲望のタガを外すように仕向ける。その上で思考を誘導して行動を取らせる。もちろん、それは勇斗にとって都合の良い行動ではあるが、そもそもはその者の欲望に沿ったモノ。


 結局のところ、クズはクズを知るということ。


「けっ! 外道め! まったく反吐が出るぜ! その鬼は中学生の子を弄んでたんだろ? 今回の行方不明事件、もとを辿ればそいつの所為じゃねぇか!」

「……同感だ。いたいけな少女に酷いことをする」


 彼らは憤る。

 自分たちが正義だと信じている。

 “懐刀”たる勇斗と共に、百束一門にすら裁けぬ『鬼』を誅してきたと。


 ただし、勇斗にタガを外され、自分たちが、彼の“お古”の少女たちを散々に貪ったことは……思考から除外されている。その味を、現場の匂いを、少女達の絶望を、自らの快楽を……ハッキリと覚えているにも関わらずだ。


 笑えないジョークにすらならない。


「俺はこの後、総代から呼び出しを受けてるから……恐らく明日か明後日の夜半には作戦が開始されるはず。一応俺は“懐刀”だし、ここから先は連絡は控えるよ。取り敢えず、持ち場に戻ってそれぞれに過ごして。何なら皆も作戦に引っ張り出されるかも知れないしさ」

「……承知した」

「あぁ。作戦に参加できることを祈ってるぜ」

「俺は確実に呼ばれるだろうがな」


 百束一門の異能者。

 彼らも決して清廉潔白な正義の味方ではない。

 異質な者に操られていたとしても、その本質は人それぞれということ。


 一皮剥けば誰もが『クズ』。


 後は誰かの引いた一線を超えるか超えないか。


 早良勇斗は超えた。

 鹿島秋良の引いた線を。


 要はそれだけのこと。

 そこには正義も悪もない。

 所詮はクズクズが相争うのみ。



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