第9話 とある事件の発端
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少女には好きな先輩がいた。
憧れの人。
爽やかな正統派のイケメン。少なくとも、少女にとっては理想の
だった……過去形。それは憧れの喪失ではなく、現実として彼と触れ合ったから。
「君って……凄く可愛いよね?」
まさか。何かの間違いじゃ? どうせ皆に言ってるんでしょ。少女に巡るのは、はじめはそんな想いだった。
「……あ、あはは。せ、先輩の周りには、私なんかよりずっと綺麗な人が居るじゃないですか? やだなぁ……ははは」
「ん? そうかな? 俺の周りには君みたいな可愛い子はいないさ」
隠そうにも隠し切れない。有頂天。ただ、言葉では否定する。当然のこと。こんな場面を他の子にでも見られたら何を言われるか……そんな危機感が少女の頭を過ぎる。
「は、はは。私なんてそんなんじゃないですって! せ、先輩って、よく鈍感って言われません?」
「? いや? 別にそんなことはないけど?」
それが少女と先輩……とある少年がまともに接点を持ったハジメテ。
……
…………
………………
その先輩の周囲には、日常的にやり取りをしている女子が複数居るものの、特定の誰かと付き合っているという情報はない。恋人はいない。それを少女も知っていた。だからこそ、声を掛けられた時に、まさかと思いつつ期待もしていた。
舞い上がっていた。
だから、少女は気にならなかった。
その先輩と会う時は、常に人目を避けるような状況だったということに。
男子高校生と女子中学生。
幼い恋心は都合の悪い部分を覆い隠す。
恋は盲目とは言うが、それは間違い。実際は目だけではなく、耳も聴こえなくなる。思考の狭窄もだ。
「へぇ。君はそういうアクセサリーが好きなんだ」
「え、えぇ。子供っぽいって言われるんですけどね……」
「そんなことはないよ。俺は良いと思うよ? 何より似合ってるし」
受け入れられた。自分のことを先輩は受け入れてくれる! そんなやり取り。少女はそんな些細な事を大切に積み上げていく。
……
…………
………………
少女は少年が……先輩のことがどんどん好きになる。彼のこと以外を考えられなくなる。
ただ、少女には理解できないながらも、何故か不意に、先輩への嫌悪が浮き上がってくることもある。
「? なんだろ? ……先輩がモテるからかな? まぁいっか。ふふ……それにしても……あんなにいつもいつも先輩と一緒にいるくせに……彼に触れても貰えないなんて……可哀想な人たち……あはは!」
少女は自らの内からのメッセージに気付かない。違和感をスルーしたまま。
少年との逢瀬を重ね、遂には心も体も結ばれた。未だに尾を引く下腹部の痛みすら、少女にとっては愛おしい。
少女は少年を求める。
少年は少女を求める。
それが愛などではないことに少女は気付かない。
当然、少年はそれを承知の上でのこと。
……
…………
………………
先輩との一時。
少女にとっては至福の時間。
それが立ち入り禁止となっている廃ビルでの逢瀬であっても。彼の部屋へ招かれることすらない。その違和感にも彼女は気付かない。気付きたくない。
「……ねぇ先輩。先輩は私のこと好き?」
「ん? 当たり前だろ? もちろん好きだ。好きでもない女の子とこんなことはしないさ」
「……私も……先輩のこと、大好き」
虚しいやり取り。
少女は気付きたくないと強く願いながらも、身の内の奥深くのナニかが、激しく警鐘を鳴らしていることも知っていた。
『もう少しだけ。まだ。もしかしたら。先輩はそんな人じゃない』
浮かんでは消える少女の想い。
その度に少年は囁く。“愛”の言葉を。
『便器がいちいち自我を持つなよ。鬱陶しい』
少年は嘆息しながらも、少女を縛る『異能』を掛け直す。それは既に作業。
彼にとっては、別にこの少女に限ったことじゃない。表の顔ではできないことをする為の肉人形たち。その内の一体が彼女だっただけ。
異能の掛かりが妙に悪い少女のことを、彼はそろそろ“切り捨て時”だと判断していた。
……
…………
………………
雨。
それは少女の心象を現わしたものか。
いつもの廃ビルの一角。少女と少年の偽りの愛の巣。
ここのキラキラした宝石はない。錆びて汚れたガラクタばかり。
「……ねぇ……先輩。ど、どうしてかなぁ? わ、私……何だかおかしくて……?」
「ん? どうしたの? おかしいかな? いつも通りだと思うけど?」
表面上は憧れの素敵な先輩。
しかし、少女の瞳に映る先輩はもう既にベツモノ。
汚らわしい。ケダモノ。人の心を操る魔物。
「……先輩は……わ、私に……私を操って……あ、あんなことを……させた……? うッ!? お、おえぇぇッッ!!?」
「ど、どうしたの!?」
繋がる。
少女の心が現実とリンクする。偽りの恋心が剥がれ落ちる。
異能のキャンセル。
込み上げてくるのは嫌悪感。吐き気。まるで汚物を全身に塗りたくられたかのような、想像を絶する忌避感が少女を襲う。
「げぇッ!! あ、あ、ああああッッ!!!!?」
流石に少年も気付く。再度、異能を掛けようと力に指向性を持たせるが……
「あぁぁぁッ!!!!? ち、近付かないでぇぇッッ!!」
「ッ!? なッ!!?」
それは拒絶。
少女は少年を拒む。当然と言えば当然の反応。
しかし、少女には“力”があった。
本人も気付きはしなかった。いや、もしかすると、ある意味では気付かない方が良かったのかも知れない。実際は少年の性の捌け口に過ぎなかったが、彼の『異能』であれば、それを綺麗な初恋の思い出に塗り潰すことも出来たのかも知れない。
少女は目覚めてしまった。
彼女は世界を拒絶する。
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