第8話 新たな舞台
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「それで? 何故に秋良さんはここへ? 用事がある場合は改めてご連絡いたしますが?」
怪しくも妖しい薄暗いバー。小さなボリュームで流れるスムースなジャズが心地よいのだが、相変わらず客は誰も居ない。秋良以外は。
「普通に客として酒を飲みに来ただけですよ? あと、割と諸々の断捨離が終わったんでね。次の住む場所を決めるにあたって、そちら側の制限があるのかなと……」
秋良は帰還してから、地元へ戻っていた時以外はほぼ毎日のようにバーに入り浸っている。別に嫌がらせというわけでもないのだが、マスターとしては微妙に嫌そうな空気を醸し出しており、毎回似たようなやり取りが繰り広げられていた。
「左様ですか。思っていたより早く片が付いたのですね。……住む場所に関しては、この近辺で選んで頂けるならありがたいのですが……」
「やっぱりですか。この間地元に帰っていましたが、街中でチラホラと見掛ける『魔力持ち』の数がこっちの方がかなり多かったですからね。アレが異能者ってやつですか?」
「……この世界において異常なパラメータであることは間違いありませんが、秋良さんが感知する『魔力持ち』が全員異能者という訳でもありません。また、『魔力』を持たない異能者も存在します。秋良さんの異能はどうしても『魔力』に依存しているため、それ以外……魔力を要しない異能者には十分にお気を付けください」
この世界の異能者。異常なパラメータを持つ者達。
当然に秋良もその一人ではあるが、彼の場合は異世界の魔法がその基礎であり、『魔力』を用いない技や能力については素人と言っても過言ではない。
秋良としては、街中で見掛ける『魔力持ち』が思っていたより多くて驚いたのだが、マスターの話では更にそれ以外の者も居るという。つまり、この世界においても、非現実的なファンタジーやオカルト要素は元々少なくなかったということ。
かつての秋良は、関わることがなくて知らなっただけ。あなたの知らない世界というヤツだ。
「なるほど。確かに向こうでも、数は少ないけど魔力を使わない特異な能力は存在したし、この世界においてもそれは同じってことですか……」
「ええ。この世界の一般人にも知られているような、霊能力者や予知能力者などの中には、秋良さんの知る『魔力に依存する異能』とは若干異なるモノを扱う人も居ますね。まぁほとんどがインチキではありますが……一部の本物たちは『肉体に依存する異能』とでも言いましょうか……そのようなモノを自身で制御しています」
「ああ。何となく理解できますよ。所謂『超能力』と言われる類でしょう? 超感覚の共有や異常なシナプスの活性なんかで未知の能力を発現したりとか。未来視だったり、サイコメトリーだったり……」
あっさりと理解した上にスラスラと見解を述べる秋良に対して、マスターは若干の警戒の色を滲ませる。
「…………驚きましたね。向こうの世界ではあまり一般的でない能力だった筈ですが? こちらの世界に帰還してから調べるにしても、手掛かりはそれほど無かったのでは?」
聞き分けの良い実験体は運営側にとってはありがたい存在ではあるが、明らかに与えた情報以上のモノを持っているというのは、不安要素でもある。
「はは。漫画や小説、映画なんかの知識ですよ。別に“現実”として知ってる訳じゃない」
ただ、秋良からすればどうということはない。現実としてではなく、フィクションの創作物としては慣れ親しんできたモノであり、超能力なり異能なりは、王道の少年漫画でも繰り返し扱われているような素材だ。
「……そういうことですか。確かに、この世界の人類は空想の創作物に長けていましたね。我々では考えもしなかった発想すらあります」
「何度聞いても不思議な感覚なんですが……この世界がプログラム上のシミュレーションだとして、マスターたち運営側ですら予想しえない事態が、そんなにポンポンと出てくるものですか?」
「……ふふ。秋良さん。この世界の一般の方が認識しているシミュレーションではそのように感じるかも知れませんが……そもそも我々が宇宙や意志ある個体群をシミュレートしているのは、自分たちにない発想や限界を超えるナニかを探す……要は次の
マスターの“本体”が存在する上層宇宙。彼らは自らの社会に行き詰まりを感じても、それらを突破してきた。それは無数のシミュレートによる試行錯誤の結果。
彼らの社会において、人間による技術の進歩などは既にない。AIによる思考と演算による結果としての技術進歩があるのみ。それらを人間が扱えるようにダウングレードする作業が主になっている。
シミュレーション宇宙に関しても、秋良からすれば神のごとき
シミュレートした意志ある個体群とのやり取りなどが、研究がてらの娯楽として扱われている程度だ。
「まぁ……何を聞いても、本当の意味で俺が理解できることではないんでしょうけどね。俺は自分にとっての“現実”を生きるだけ……ってことで、何か仕事はありませんか?」
マスターやユラの本体が居る上層宇宙について、秋良は何となしに想いを馳せることはしても、自身の理解が及ぶことはないということを理解している。無知の知だ。
それよりも、彼からすれば、この世界でのこれからの生活のことの方が重要。しばらく暮らしていけるだけの金はある。異世界転移の報酬として支払われた金が。ただ、毎日プラプラしているだけというのも暇というもの。
「……唐突ですね。今は運営側としては秋良さんに特別協力して頂きたいことはないのですが……いっそのこと、占い師なり霊能力者なりの真似事でもしては? どうせ“まとも”な仕事に就く気はもうないのでしょう?」
「はは。なんだ。マスターも俺のことを割と理解してるじゃないですか。しかも霊能力者って……面白そうですね。ははは」
マスターの
「怪しい何でも屋のようなものを営むのであれば、この世界にいる“協力者”にも紹介させて頂きますよ?」
「くく。白々しいことを。そもそも俺に“そういうコト”をさせたかったんでしょ?」
かつての鹿島秋良は流されるままに流れていた。自分ではどうしようもない視えない激流に翻弄されている気がしていた。
しかし、かつての激流は、今の秋良には水溜まりのようなモノ。軽く跨いで通り過ぎることが出来る。
そしてこれからは、
ただし、以前とは違い悲壮感はない。所詮は暇つぶしに過ぎないという気楽さがある。異世界での経験が彼を図太くさせた。良いか悪いかは別として。
「良いですね。怪しい何でも屋。心霊相談や失せ物探しに人捜し、ときには異能者との対決、果ては異能を取り締まる謎組織との抗争まで……ってなところですかね?」
「ふふ。秋良さんを被験者として選んだのはたまたまでしかなかったのですが……今となっては、良い人選だったと自画自賛しておりますよ」
秋良はマスターを信用はしない。
使えるなら使ってやれというまでのこと。そして、それはマスターも同じ。お互いを利用し合う関係。
「そこにメリットがあるなら、俺はいくらでも尻尾を振りますよ。ユラのアバターもどきの件……お願いしますね?」
逆を言えば、メリットが無いなら関係は終わりということ。
異世界仕様の秋良は、一方的な搾取や不義理に対して我慢はしない。容赦もない。
流石に彼も、運営側をどうにか出来るとは思わないが……
異世界での経験……死ぬことに慣れているコトもあってか、秋良の命のブレーキは緩い。死なば諸共を淡々と実行に移せる。
「ええ。ユラさんの件は考えておきましょう。……代わりと言ってはなんですが、まずは一つ情報を提供しておきます。実は異能を取り締まる組織……
マスターは語る。
この世界……日本で自然発生的に出来上がっていった異能者を取り締まる異能者集団のことを。
名を百束一門。
一門の宗家たるは
「……何だか桃太郎みたいですね」
「ふふ。あくまで桃太郎のモデルは別のようですが、鬼退治というエピソードは百束一門こそがモデルなのだと、彼ら自身は吹聴しているようですが……さてさて」
過去の謂れは不明のまま。当然マスターはその真相を知っているが、それは言わぬが花というもの。語るは無粋。
「ま、言ったもの勝ちってやつですね。……で、異能を使って悪さするのが『鬼』ってわけですか? その桃太郎連中の処罰対象?」
「ええ。そして彼ら百束一門は、古くからこの国の為政者側……つまりは政府の後ろ盾もあったりします」
ユラの居ない世界。
彼女には幸せに生きると約束はしたが、秋良にはどうにもやる気が出ない。
それに今のところはやることもない。どうしても刹那的な暇つぶしを望んでしまう。
噛み合ってしまう。
「くく。面白そうじゃないですか。政府公認の異能を操る秘密組織とはね」
異世界仕様の秋良。“アキ”がそこには居た。昏い笑みを浮かべる暇潰しに飢えた獣。
「無駄な知識も少々。彼らが名乗る百を束ねるという『
虚勢を張る為の涙ぐましい努力。
そして、始まりを知らぬ後継者達は、それを代々の歴史や文化、権威として振りかざす。
「嫌いじゃないですね。そういう虚栄に満ちた連中がクズだったら、遠慮なくぶちのめしますよ。……ただ、取締り側ということは、割と正義の味方的な感じですかね?」
「ええ。基本的に彼らは厳しく自らを律していますよ。ただ、『鬼』の対処にはどうしても手が足りてないのと、彼ら一門の中にも腐敗した者は居ます」
秋良はマスターの……運営側が望んでいるの事を明確に理解した。
「ははは。俺は張り切って怪しい何でも屋をやりますよ。その“協力者”とやらを紹介して貰えません?」
こうして秋良の暇潰しの為の舞台劇が始まる。
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……
…………
………………
とある地方都市の
中心部はビルが乱立して都会的に開けて賑わいもあるが、南部は海沿いの工業地帯であり、北部は田畑と山々が連なる古き良き田舎的な風景が広がっていたりする。
城下町という歴史もある為か、市の中心部にほど近い多相城はそれなりに観光スポットにもなっているが、全国的に知られた場所という訳でもない。あくまで観光地としてはマイナーな地方。
ただ、一部の特殊な事情を知って生きる者達にとっては、この地を知らぬ者はモグリだと言われるほどに有名だったりもする。
表向きには色々と中途半端な街という印象を拭えないのだが、裏の事情を知り得えて、この地を訪れる者は多い。
そんな裏の顔を持つ街ではあるが、それとはまた別に、最近は市内で実しやかに流れている噂があるという。
この街には『解決屋』が居る。
それだけの噂。
はじめはただの都市伝説の派生のようなものだった。昔ながらの……というわけでもなく、ネットなりSNSで調べても出てくることはなかった。
『行方不明になったペットが見つかった。失せ物探しの占い師に頼んだら、怪しい奴を紹介してくれた』
確認されている中では、一番古いとされる『解決屋』に関するネット掲示板への書き込み。古いと言ってもほんの数か月前のこと。
『友人の声が突然出なくなって、三か月以上病院をたらいまわしにされていたのに、いきなり解決屋が治してくれた』
『浮気した彼に復讐したいと解決屋に願ったら、彼が××で○○になった』
『二十年以上悩んでいた腰痛がマシになった』
『仕事のお客さんが、幽霊が出るという事故物件の管理で困っているっていう話をしたら、何故か解決屋が出てきて対処してくれた。正直、何をしたのかは分からないが、そのお客さんは「助かった!」としきりにお礼を言ってた』
『イジメられて死のうかと思っていたんだけど……解決屋が助けてくれた。イジメをしていた奴らは○○で××になって、□□だ』
『聞いた話だけど、この間の殺人事件の犯人を見つけたのって、実は解決屋だったらしいよ』
『あの行方不明事件も解決屋が関係してるって聞いた』
そのどれもが真偽不明。
口コミは拡がるが、誰も『解決屋』に会うことは出来ない。
いや、会っても“認識が通り過ぎる”。その姿や声を記憶に留めておくが出来ない。
『間違いなく解決屋に会って、問題を解決して貰ったんだ。でも、ほんの昨日の事なのに、もう解決屋のことが思い出せない。姿も声も性別すらもだ。おかしいよね?』
『色々と話を聞いてもらって、席を立った瞬間……もう誰と喋ってたのかが思い出せない。目の前に居たはずの解決屋も居なかった』
『解決屋の仲介をしてくれた占い師のことも思い出せないんだ。その占い師の店にも後日行ったけど、そのテナントは普通のアパレルショップになってた。ちなみに店の人に聞いたけど、もう何年も営業してるってさ……マジでワケわかんね』
『俺のときは仲介はバーのマスターだった。落ち着いた雰囲気でさ。バー自体はあるにはあったんだけど、次に入ったら全然別の店だった。仲介してくれたマスターも居なかった』
様々な口コミ。解決屋の存在はあれど、誰も確認できない。
ただ、困りごとを解決してもらったという記憶と結果が残るのみ。
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