第147話 動揺のイルクルス

■中央ゴレムス暦1586年7月10日

 聖地エルクルス 教皇フェクティス


「き、教皇猊下ッ……フンヌの蛮族共が兵を挙げましたぞッ!」

「ッ……なんだと……?」


 ヴェルダンの兵が度々国境を侵して攻め込んでくることはあったが、フンヌがイルクルスに牙を剥いたことはほとんどない。

 前回の聖戦はヴェルダン討伐のついでにフンヌも滅ぼして聖国家イルクルスの影響下においてやろうとする慈悲によるものであった。もちろん、フェクティス目線からの一方的な慈悲なのだが。


「すぐに各国に援軍を要請しろッ! 猊下、構いませんね?」


 あまりに信じられない一報にフェクティスの反応が遅れる。

 呆けていた彼の肩を側近の司教が揺すった。

 本来ならあり得ない行為だが、それ程フェクティスが茫然としていたことが分かる。


「直ちにし、神殿騎士団を出せ……負けることがあってはならん……」


 何とか声を絞り出し下命するフェクティスだったが、その焦りは周囲にも伝わり混乱が加速する。


「神殿騎士団は3年前の被害から回復しきっておらぬ……負……」


 司教の1人はと言い掛けて慌てて口を塞ぐ。

 3年前の聖戦では聖戦を発議し世界を導く宗教国家として後方に構えていたイルクルスであったが、奇襲によって神殿騎士団にも大きな損害が出ていた。

 その傷は3年が経過した現在でも癒えていない。

 フェクティスは痛み分けと言う体にした聖戦であったが、結果はどう見ても聖軍側の敗北であった。打撃を受けていないのは参加しなかった国と列強国くらいのものだ。


「デラノ要塞にいる兵は如何ほどだ?」


 ようやく動悸が治まって落ち着きを取り戻りつつあるフェクティスが聞く。

 デラノ要塞と言うのはヴェルダン、フンヌとの国境付近にある不落の要塞でその規模は聖教国であるイルクルス全盛期に建造された虎の子である。


「三五○○です。猊下!」

「フンヌの兵力はどうなのだ?」

「一二○○○ほどだと思われます。ただ後詰があるやもしれません」

「(精鋭の神殿騎士団が三○○○、一般信徒兵が五○○○、数の上では互角だが……蛮族共は強い)後詰だと……ヴェルダンかッ!」


 信徒兵は聖クルスト教の信者で国民でもあるため、イルクルスが動員を掛ければ数だけは大きく膨らむことにはなる。


「デニーロ神殿騎士団長よ。すぐに全軍を率いてデラノ要塞へ向かえ。蛮族は殲滅消毒だ」

「はッ……吉報をお待ち下され」

「すぐに各国に援軍を出させよう。頼んだぞ」

「はッ!」


 そう言ってデニーロは大聖堂から出て行った。

 周囲の司教や司祭たちはまだ動揺から立ち直っていない。

 3年前に散々打ち負かされたことを伝え聞いた者や、実際に苦境を味わった者がいるからだ。


 しかし、この場にいるほとんどの者の思いは同じであった。


『我々の如き優秀なクルス人が蛮族程度に負けるはずがない』




―――

――




 デラノ要塞はフンヌ軍の猛攻にさらされていた。

 先鋒はオリナス率いる三○○○である。

 その周囲にも二軍、三軍と今にも攻め掛からんとするフンヌ軍がいた。


 要塞に籠っていたイルクルス軍三五○○は大軍相手に討って出ることはなく固く城門を閉ざして守りに入っていた。

 隘路に展開したフンヌ軍は南の二方向から攻め続ける。


 オリナスは地形を確認しながらイルクルスの兵の配置までを把握していく。

 その指揮は適格でジリジリとイルクルスの兵士たちを削っていく。


「順調だな。あまり時間をかけてはいられない。さっさと落とすぞ」


 フンヌの身体強化は強力だ。

 素手で剣を持つ相手にも平気で立ち向かえる。

 その力は岩をも砕き、人体など容易く破壊してしまう。

 対抗できるのは【個技ファンタジスタ】や【戦法タクティクス】で強化された者だけであろう。


 城塞璧を破壊し終わったフンヌ軍は城塞内に雪崩れ込む。


 オリナスの前でイルクルス兵が全強化した剣で体を左右に両断されている。

 また、その隣ではさして力も入れていないかのような剣撃によって首が簡単に落とされる。

 オリナスも飛び掛かってきたイルクルス兵に対して剣を横薙ぎに払う。

 すると兵の体は千切れ飛び、物言わぬ屍に姿を変わった。


「よしッ! すぐに司令部を押さえろッ! 信徒たちは狂信者だ。油断するなッ!」


《剣兵の大攻勢(伍)》


 こうしてオリナスは最後の総攻撃の号令を下した。

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