第146話 ディッサニア、動乱の兆し

■中央ゴレムス暦1586年7月6日

 アウレア おっさん


 ラグナリオン王国とガヴァリム帝國が激突してから1週間以上の刻が流れた。


「バッカスは何で戻ってこないんですかね……」

「何か問題事でもあったんでしょうかね。戦いに巻き込まれたとか」


 ドーガがボソッと最後に不穏なことを付け加える。

 おっさんがバッカスに兵を任せて食糧難のラグナリオン王国に向かわせたのは単に運ぶ食糧が膨大だったからで戦いに参加させるためではない。

 その辺りはバッカスにも言い聞かせてあるし、本人も理解していた。

 そもそもアウレア大公国とラグナリオン王国は軍事同盟関係にはない。


「魔信で連絡してみるかー」


 おっさんが近習の下士官にそう言おうとした時、ボンジョヴィが入室してきた。

 おっさんとドーガの視線が向いたのを知覚してか彼は一瞬動きを止める。


「何かございましたか?」

「いやーバッカスくんが戻って来ないから連絡しようかと話していたところなんだ」


 それを聞いてボンジョヴィも納得したようだ。


「ラグナリオンがロルガ砦で負けたと聞いております。そのまま攻められるのを危惧したラグナリオンがタイミング良く現れたバッカス殿の軍を上手く使ったのでしょう」

「あーそう言うことね」


 流石のボンジョヴィさんやでとおっさんが思っていると、彼があくどい表情になった。


「閣下、お喜びなさいませ。シルフィーナ殿下との挙式は10月の吉日に決定いたしましたぞ」


 おっさんの覇業を達成するには必要なことだとボンジョヴィに言われたことである。おっさんは政略結婚のようなことをシルフィーナにさせたくはなかったが押し切られてしまった。故ジィーダバのこともあるし彼女をこれ以上傷つけたくはなかったのだが。

 おっさんは少し憂鬱気に溜め息をつく。


 それをお構いなしに更にボンジョヴィは続ける。


「それと別件になりますが、アルタイナで義国同盟なる結社が勢いを増しているようです。我が国が権益を拡大する好機ですぞ」

「巻き込まれるの間違いじゃないのか? まぁそうなったら全力で潰すけどな」

「積極介入がベストでしょう 東ディッサニアにおける覇権を握るのはアウレアだとガーレ帝國や列強各国に知らしめる良い機会です」


 相変わらずの好戦派である。

 ボンジョヴィは本気でおっさんに天下を取らせる気なのだ。

 とは言え、おっさんも既にその気になってはいるのだが。


「法案も通ったことだし軍備増強が急務だな」

「良い人材に力を与えなければなりませんな」


 ドーガもおっさんの覚悟は聞いているので止めるような野暮なことは言ってこない。


「アルタイナ政府の皇帝ドウイも権力を何とか掌握しようと躍起になっているとのこと……どちらにしろ近いうちに東ディッサニア情勢は大きく動くでしょう」


 嬉しそうな顔をしてボンジョヴィはそう言うのであった。




―――




■中央ゴレムス暦1586年7月6日

 フンヌ ゼントツ


「黒魔の大森林の魔物たちの動きが鈍い」


 フンヌの王、ゼントツは近年の魔物との戦いを通して森林の異変に気付いていた。

 王に目を掛けられているオリナスもそれに同意する。


「そうですね。これは好機ではありませんか?」


 好機とは3年前のイルクルスによる聖戦の借りを返す時が来たと言うことだ。

 フンヌは持ち前の身体強化の魔法により長年、黒魔の大森林の魔物や魔獣と戦いこれを防いできた。

 また、ノーリアス大陸のジプジード帝國と交易を通して良質の剣やジプジード銃を手に入れるようになっていた。

 特に剣は硬度の高いジプジー鋼で作られており、それを強化魔法で更に強化することで戦い方は洗練され、今やフンヌの民の力は格段に向上していたのだ。


「我々は強い。イルクルスなど一国では何もできないただの宗教国家だ。後れをとるようなことはあるまいよ」

「では……」


「おう。戦の準備だッ! フンヌの軍一二○○○で攻め込んでやる。蛮族だと侮辱したことを後悔させてやろうぞッ!」

「おう!!」


 こうしてフンヌ軍一二○○○は黒魔の大森林の備えとして都のキョウドに五○○○をおいて出陣した。


 フンヌの強化魔法は古代から受け継がれてきた独自のものである。

 世界の近代化に伴い魔法の使い手は減少の一途を辿っている。

 おっさんは魔法を使える人材の発掘に躍起になっているし、兵器に魔法を応用して戦果を上げることにも成功しているが、フンヌは現代もほとんどの者が強化魔法を使える。


 ちなみにおっさんは魔法使いのみが扱えるオーラのような存在を魔力と名付けた。

 そして魔法と機械の力を融合させた魔導を用い、アウレアを魔導大国にすべく尽力していた。


 近代化に伴って神聖魔法と言う奇跡を使える者すらほとんどいなくなった神聖国家イルクルスとフンヌとの間で戦端が開かれようとしていた。

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