第148話 モロ平野の戦い

■中央ゴレムス暦1586年7月12日

 エルクルス アンセルム司教


 デラノ要塞陥落の報せはイルクルスの聖地エルクルスに衝撃をもたらした。


「こんなに速くデラノ要塞が失陥するとは……信じられん」

「誤報ではないのか? 大軍とは言え蛮族だぞ?」


 アンセルム・バラチェは未だに現状をきちんと把握していない司教たちに苛立ちを隠せないでいた。いや把握しようとしていないだけなのかも知れない。


 今頃、デニーロ神殿騎士団長がフンヌ軍を押さえにデラノ要塞へ向かっているが、既に落ちたとなるとその手前のモロ平野で両軍は激突することになるだろう。


 イルクルス軍八○○○とフンヌ軍一二○○○がぶつかって勝てるとはアンセルムは考えていなかった。教皇フェクティスを含む大多数の司教たちは勝てると思っているようであったが。


「(聖戦で負けた相手に今回は単独で挑むのだ……しかも数で負けているのにどうして勝てると考えられるのだ……?)」


「も、申し上げますッ……デラノ要塞を落としたフンヌ軍はそのまま北上! モロ平野にて我が軍と激突した由にございます!」


 情報を持ち帰った伝令に司教たちが騒ぎ出す。


「何ッ……何故そんなにも速いのだッ……」

「デニーロ神殿騎士団長は何をしているッ」


 アンセルムはその言葉を苛立ちながら聞き、教皇フェクティスに進言する。


「猊下……ここは聖クルスト信徒を糾合して聖教徒軍を組織すべきかと」

「う、うむ……すぐに呼び掛けようぞ」


 進言はフェクティスに聞き入られすぐにイルクルスにいるクルス人たちが大聖広場に召集された。イルクルス各地から聖クルスト教の信徒たちが続々と集まってきていた。

 まずはエルクルスにいる四十万の国民に向けてフェクティスが演説を始める。

 教壇の前には大観衆が詰めかけ大きなうねりを見せ、まるで1つの生物のようだ。


「皆の者ッ! よく集まってくれた! 今まさに南方の蛮族が聖都エルクルスを侵さんと進軍を続けているッ! 彼奴らは聖クルストに敵対する聖敵である! 武器を持て! 愚かにも聖域を侵さんとする蛮族どもに死をッ!」


『教皇猊下万歳! 聖クルスト万歳! イルクルス万歳!』


 こうして聖教徒軍が組織され始め、イルクルスの各地から国民が集結し始めるのであった。




―――




■中央ゴレムス暦1586年7月12日

 モロ平野 オリナス


 デラノ要塞を【戦法タクティクス】であっさりと落としたオリナスは、そのまま軍を疾風の如き速さで北上させた。

 その結果、モロ平野でイルクルス軍と会敵することとなる。

 二軍、三軍、本軍はまだ到着していない。

 兵数の差は歴然だ。


 デニーロ神殿騎士団長はそれを見るとオリナス率いる先軍三○○○に襲い掛かった。兵数の利を生かした英断と言えよう。


 しかし事はデニーロの思い描いた通りには運ばなかった。


 オリナスは全軍に身体強化を付与させ信徒兵たちを強襲したのである。

 まさか向こうから討って出るとは思わなかったデニーロは狼狽したものの奮戦。

 神殿騎士団を全て投入して逆襲を図った。

 かくしてフンヌ軍とイルクルス軍は乱戦に陥った。


―――

――


「突撃だッ! 奴ら如きに我々の防御は貫けん! 俺たちを蛮族と罵る馬鹿どもに地獄を見せてやれッ!」


「我らは聖クルストの御許に! 愚かなる異教徒すらも聖クルストの御許に! 聖クルスト万歳!」


 オリナスは自ら先頭に立ってイルクルスの信徒兵たちを斬って斬って斬りまくった。信徒兵の持つ武器はそれほど質の良い物ではない。神殿騎士たちすら苦戦する中、オリナスは望み通り次々と信徒たちを聖クルストの下に送っていった。


「【戦法タクティクス】を使う必要もない」


 そう独り言ちたオリナスの眼前に神殿騎士が立ち塞がる。


「愚かなる反徒。土くれと化せ! 葬る。 剛幻土烈斬!」


 その神殿騎士は持っていた聖騎士剣をオリナスに向かって振り下ろす。

 間合いが遠い。オリナスは避けるまでもなく、神殿騎士の剣が見当はずれなところに振り下ろされる。


 その瞬間、オリナスを土の錐が襲った。

 何とか体を捻ってかわす。オリナスの反射神経がなければやられていただろう。

 地面から突如として出現したそれはオリナスの代わりに近くにいたフンヌ兵の体を貫いた。


「何ッ!?」


 身体強化を貫かれたことにオリナスは驚愕した。

 そのフンヌ兵は串刺しになり、果てる。


「お前何をしたッ!?」

「貴様は聖クルストに仕える神殿騎士のみが使える聖騎士剣技を知らないようだな」 


 オリナスの脳裏に3年前の聖戦の記憶がよぎる。

 神殿騎士団を瓦解させたことは覚えているが……。


「確かに神殿騎士は強かった。そうだ……原理の分からない現象を起こす剣だ」

「原理だと……? 全ては神の御業よッ!」


 神殿騎士はそう叫ぶとまたもや呪文のような何かを言葉にし始めた。


「天空の煌めく一番星ここに――」

「(喰らうのはマズい)」


 身体強化した脚力で瞬時に神殿騎士の背後に移動すると聖騎士剣技を発動する前にその首を刎ねた。


「一般兵に我らは傷つけられんッ! 神殿騎士の奇怪な剣技に注意しろッ!」


 要は速さだ。

 身体強化を最大に生かした先手必勝。

 聖騎士剣技を発動させなければよいだけの話だ。


 そうしている内にフンヌ軍の二軍、三軍が次々と到着し戦闘に加わってゆく。

 もともと押していたフンヌ軍が更に勢いづき、イルクルス軍は濁流に飲み込まれたかのように壊滅、四散した。


 デニーロ神殿騎士団長は命からがらダーマ砦に逃げ込んだ。

 モロ平野は屍で埋め尽くされ、生き残ったイルクルス軍は三○○○にも満たなかった。


 結果は火を見るよりも明らかで、イルクルスの大惨敗であった。

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