第144話 幸運

■中央ゴレムス暦1586年6月25日

 ラグナリオン王国 帝都ラグナ


 戦闘執事のバンディッシュが慌てた様子でクローム王の執事室に入ってきた。


「申し上げます! ロルガ砦の戦いで我が軍は壊滅ッ! アベニュー中将は戦死、スノークス少佐の行方も不明とのことです」


 その散々たる報告にクローム王はいつもの飄々とした態度ではなく少し驚愕の交じった表情になった。椅子から腰が浮いており、狼狽しているのが分かる。


「ロルガ砦はどうなってる?」

「ガヴァリム帝國軍に降伏し、砦を明け渡したようです」


 クローム王が舌打ちをする。

 賢王で落ち着きのあるクロームであったが思わず悪態をついてしまっていた。

 彼は30歳。さすがにまだ若いと言うことだろう。


「兵はどうなっている?」

「散り散りに離散したようですがじょじょに集結しているようでアベニュー中将の副官から魔信で連絡がありました。数は一○○○ほどだそうです」


 クローム王は考えていた。

 このままガヴァリム帝國軍が余勢を駆って帝都ラグナへと進軍を開始すれば大混乱に陥るだろう。ただでさえ飢饉が起こっていると言うのに。


 そこへ今度は軍務卿のソルド・ネイク侯爵、農務卿のメガッサ・ソルト伯爵、REC長官のホランドが入室してきた。

 バンディッシュが皆に敗戦の報を教える。


「それでネイク卿、此度の敗戦どうするつもりだ」

「東方面軍三○○○を王都に戻しておりまする」

「三○○○で足りるか?」

「……何とかしてみせまする」


 俯いて何とか言葉にするネイク軍務卿にバンディッシュが吠える。


「精神論だけではなんともなりませんぞ! ヴァルムド帝國方面軍からは何とかできんのですか!?」

「ヴァルムド帝國も怪しい動きを見せている。この敗報を知っている可能性も捨てきれない」


 ネイク軍務卿ではなくREC長官のホランドが代わりに答えた。

 その声は苦々しい。


「農務卿、食糧事情はどうだ?」

「食糧不足は深刻ですが、先程アウレア大公国から食糧支援部隊が到着されました。これでかなりの国民が救われるでしょう」

「そうか……それは朗報だ」


 クローム王は初めて笑顔を見せると腕を組んで考え込んだ。

 その場の全員が彼の次の言葉を待っている。


「ソルト卿、アウレアはどれだけの兵士で食糧を運んできた?」

「かなりの量ですのでざっと六○○○は下りますまい」

「率いている将は誰か分かるか?」

「サナディア卿の部下であるバッカスと言う男です。気の良い男のようで我が国の兵たちと早くも馴染んでおります」


 その答えにクローム王はニヤリと不敵に笑う。


「よし。食糧援助に感謝し盛大に歓迎する。アウレアから援軍来たると大々的に喧伝しろ」





 ――同時刻、ロルガ砦。


「うぇぇぇ。占領したはいいけどどうすればいいんだー」


 砦の司令官室でレオポルドは情けない声を上げていた。

 一応、ラグナリオン本国へと斥候をばら撒いたがそれ以外には何もしていない。


「と、取り敢えず本国に魔信で命令を仰ぎましょう」

「そ、そう? じゃあちょっと聞いてみてくれる?」

「は、はぁ……」


 ロルガ砦を占領したレオポルドはと言うと戦場での勇ましさはどこへやら、普段の彼へと戻ってしまっていた。


 兵に被害はほとんどなかったため、恐らく空に近いであろうラグナリオン本国へ侵攻すべきか、せっかく取った砦の守りに徹するべきか迷っていたのだ。

 統率者としての経験のなさが露呈した結果である。


 こうして無駄な時間ばかりが過ぎていく。




 ―――




■中央ゴレムス暦1586年6月27日

 ロルガ砦 レオポルド


 ガヴァリム帝國からの命令は侵攻セヨであった。

 ロルガ砦の戦いで一二○○○が壊滅離散した上にラグナリオン王国国内は飢饉で苦しんでいる。ガヴァリム帝國も飢饉の影響はあったが、植民地からの収奪により損害は軽微であった。


「攻めるのかぁ……」

「はッ! ラグナリオン本国は空に近い状態なので直ちに攻め込めとの命令が下りました!」

「斥候は帰ってきた?」

「いえ、まだですが……」


 レオポルドが押し黙る。

 何かを考えているようなので、副官は黙って次の言葉を待った。

 そこへノックもなしに部屋の扉が開き、斥候から報告を受けた下士官が入ってきた。


「も、申し上げます! ラグナリオン王国にて大軍を確認致しました! 更にアウレア大公国の援軍が来ている由にございます!」

「アウレアだって!?」


 予想もしていない現実にレオポルドは頭がフットーしそうになる。

 それを察知した副官が代わりに斥候に問い質す。


「か、数は如何ほどだッ!?」

「ラグナリオン王国が五○○○、アウレアは八○○○ほどいるかと……」


『何ッ!?』


 予想だにしていない大軍である。

 ロルガ砦にいる八○○○では数の上では勝ち目はない。


「”力”を使えばいけるかな……?」


 レオポルドがポツリと呟いた声が聞こえたのか副官が怪訝な顔をする。


「何か策がおありで? とにかく本国へ報告する必要があると愚考しますが……」

「いや、策なんてないよ……問い合わせよう」


 ロルガ砦からの魔信はすぐに本国に伝えられ、ガヴァリム帝國は衝撃を受けることになる。


 ガヴァリム帝國の本営では激しい議論になっていた。

 聞けばアウレア大公国の大軍が援軍として現れ大々的に歓迎されたようである。

 合わせて一三○○○以上にもなると言う。

 どこにそんな兵力を隠し持っていたのか誰も分からなかった。

 更に言えば、近年急激に力を付けてきているアウレア大公国の援軍である。

 ここで事を構えるのは得策ではないとの意見が出始める。

 アラルゴン将軍は最後まで侵攻を主張したが、対ネルアンカルムとの戦いでは思った以上の損害を受けたとの報告が上がって来ていたためその意見は封殺されてしまった。




―――

――



 ラグナリオン王国の王都ラグナの執務室ではガヴァリム帝國が侵攻を断念したと言う報告を受けてクローム王の笑い声が響いていた。


 その上、ロルガ砦を放棄して撤退命令が出たと言う。

 撤退時に破壊されるのは残念だが国家存亡の危機に比べればどうと言うことはない。


 その日、クローム王は終始ご機嫌であったと言う。

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