第143話 潰走

■中央ゴレムス暦1586年6月23日

 ラグナリオン ロルガ山麓


 やがて土煙の中に影のようなものが見え始める。


 落ち着いて眼を凝らし、前方を窺うアベニュー中将。

 だがそれは突如として驚きに取って代わられた。


『わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』


 喊声と共に土煙の中から姿を現したのはガヴァリム帝國軍であった。


「なッ! は、速いぞッ……どうなっているッ!」


 アベニュー中将が見たのは整然とこちらに向けて突撃を敢行するガヴァリム帝國軍の姿であった。とても砲撃を受けた軍とは思えない。


「馬上で銃構えッ! 一斉に撃てッ!」


 歴戦の猛者であるアベニュー中将はすぐに危険を弾きだし、スラッガー銃の一斉掃射を命令した。しかし目の前に突如として現れたガヴァリム帝國軍に驚いたのか、中々射撃に移れる者は少なかった。


 ガヴァリム帝國軍のレオポルドの命令により馬上での一斉射撃が行われる。

 それによってアベニュー隊の前衛が崩れる。

 バタバタと倒れる兵たち。

 だが射撃は一度では終わらない。

 レオポルド隊の異常なまでの突撃にアベニュー隊は全く対応できず、兵たちは骸に変わっていく。


 そしてとうとう両軍は激突した。


「突撃だッ! 突撃しろッ! 進めや進めッ!」


 ガヴァリム帝國軍、八○○○を率いていたレオポルドは性格が変わったかのように突撃命令を繰り返し叫んでいる。

 その姿は鬼気迫るものがあった。

 本国で情けない姿を見せていたのが嘘のようである。


「止まるなッ! 怯むなッ! 突き崩せッ!」


 先頭を切ってアベニュー隊に射撃突撃したレオポルドに全員が続く。

 初撃でアベニュー隊の前衛は撃破され大混乱に陥った。


「銃など当たらなければどうと言うことはないッ! 突撃しろッ!」


 最早、両軍はロルガ山の麓で乱戦状態となり砦からは大筒が撃てない。

 砦の司令官はぐぬぬと歯を食いしばる。

 土煙で見えていなかったとは言え、まさかラグナリオン軍がほとんど無傷で姿を現すなど誰が想像できただろうか。


「司令官閣下! ご命令を!」

「うむむむ……待て……」


 流石にこの展開を読めていなかったロルガ砦の司令官は逡巡し出兵するのを躊躇った。


 レオポルドは自らのアドを巧みに操って近づく敵兵を斬って捨て斬っては捨てを繰り返していた。その武勇は突出し、他の将兵ではとても及ぶものではない。

 返り血で顔を赤鬼のように染め上げながら、レオポルドはひたすら右手に持ったロングソードでラグナリオン兵たちを叩き斬る。


「押し込めッ! 敵大将を討ち取るは今ぞッ!」


 果敢な突撃を受け、アベニュー隊は八重の備えの内、七つまでを食い破られる。


「護れッ! アベニュー中将を護りきれッ! 何としてもだッ!」


 彼の側近が怒号の飛び交う戦場の中、負けない声で怒鳴り散らす。

 既に危険はアベニュー中将の間近にまで迫っていた。

 

 その時、戦場に銃撃の音が響き渡った。

 ひときわ大きく聞こえたその銃弾がアベニュー中将の体に降り注ぐ。


「むう……不覚……」


 アベニュー中将はスラッガー銃の凶弾に倒れたのであった。


「中将がやられたッ!」

「もう駄目だぁ!」

「逃げろぉ!」


 総大将を失ったラグナリオン軍は一気に瓦解し四散した。


 その後、本隊の壊滅を知ったロルガ砦の司令官は包囲されて降伏し砦を明け渡した。戦いの最中、本隊の危機にあっても助けに入らなかったことを咎められると考えて自己保身の投降であった。


 ここにロルガ砦はガヴァリム帝國によって占領されることとなったのである。


 ロルガ砦に入ったレオポルドが状況を確認する。


「我が隊に奇襲してきた隊司令官の行方は知れません。目下捜索中であります」

「ええ……物騒だから速く捕まえてね」

「は、はッ!」


 別働隊としてレオポルド隊の背後を襲ったスノークス少佐は、命からがら逃げ延びていた。


 ロルガ山の砦からは帝都ラグナ方面の様子がよく分かる。

 砦の兵士たちは捕虜にして無力化した。

 後日、人質交換で身代金を取るか、奴隷としてガヴァリム帝國に持ち帰るかされるだろう。


 夜になりロルガ砦の見張り台から夜なお明るいラグナの方を眺めながらレオポルドはそれにしても……と思う。


「やっぱりこの”力”は凄まじいなぁ……」


 そんなレオポルドの呟きは風に乗り消えた。

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