第142話 ロルガ砦の戦い
■中央ゴレムス暦1586年6月26日
ラグナリオン王国 ロルガ砦
「まーたガヴァリム帝國が攻めてきたよ」
ロルガ砦の見張り兵士がうんざりした様子で呟く。
この砦は山と一体化した堅固なものでガヴァリム帝國のゴルン砲を持ってしても容易くは落とせない。これまで幾度となく帝國の侵攻を跳ね除けて来た。
ラグナリオン王国側の大砲は一世代古く、精度もゴルン砲に比べて悪いのだが数を揃えることで対抗していた。また山頂付近に大筒を設置しているため射程も長い。
ガヴァリム帝國軍は砦から15km近く離れた場所に魚鱗の陣を布いている。
ロルガ砦の司令官はそれを直接、真剣な目で眺めていた。
「司令官閣下、相手は八○○○程度。こちらは援軍を入れて一五○○○。一気に叩きますか?」
「敵は今は射程外にいる。味方部隊が背後に周ってこれを強襲し、前に押し出されたところを狙うぞ。ガヴァリム帝國の蛮徒共に目に物見せてやれ」
「はッ!」
ロルガ山の麓にはラグナリオン本隊の一○○○○が布陣し、背後を突く別動隊二○○○が南側の背の高い草地から回り込もうとしていた。
身を隠すのには持ってこいの場所である。
本隊の兵を率いているのはラグナリオンの矛と呼ばれるバーナード・アベニュー中将。そして別動隊はダンケルク・スノークス少佐である。
スノークス隊は地の利があるのをいいことにズンズンと進撃していた。
「焦らず進め。背後に回り込めば我らの勝ちだ」
作戦としては背後から一斉にスラッガー銃を撃ち込んだ後、突撃、敵を混乱させて前面に押し出させようとするものであった。
特にガヴァアリム帝國軍に気付かれることもなく進軍できた別動隊は夜半に敵軍の背後5kmのところに出る。
――そして空が白み始めた頃。
「よし! ここからはスピード勝負だッ! 我らはこれより敵背後を突くッ! 我に続けッ!」
『うおおおおおおおお!』
「声が大きいッ! 行くぞッ!」
スノークス少佐の考えでは敵は眠りについているはずであった。
そこにスラッガー銃を撃ち込むのだ。
敵は必ずや混乱し押し出されるように前進を開始するだろう。
やがてスノークス隊はレオポルド率いるガヴァリム帝國軍の背後にたどり着く。
「よしッ! 全員各自の判断で撃てッ!」
スノークス少佐がそう叫んだ時、ガヴァリム帝國軍の背後の陣幕が突如として取り払われた。
「なッ……」
スタークス少佐の眼前にはスラッガー銃を構えたガヴァリム帝國兵の姿があった。
ダァン! ダァン! ダァン!
スラッガー銃独特の音を響かせて散弾が飛んでいく。
スタークス隊はガヴァリム帝國側の先制攻撃によって何十人もの兵士が地に倒れ伏す。
「撃てぃ」
ガヴァリム帝國軍の銃兵隊中隊長の容赦のない命令が下される。
そしてスタークス隊が撃ち返す間もなく、ラグナリオン王国兵に銃撃の雨が降り注いだ。
―――
――
―
「どうやら奇襲に成功したようだな」
風に乗って響いてくる銃撃の音にアベニュー中将は我がこと成れりと笑みを浮かべた。後はガヴァリム帝國軍が前進してくるのを待つだけだ。
「よいか、大筒の射程に入ったらロルガ砦から一斉射撃がある。それが止んだら突撃だ。ラグナリオンのアド騎兵の強さを見せつけてやれッ!」
『応ッ!!!』
そして銃撃の音が止んだ。
予定通り、ラグナリオン本隊にガヴァリム帝國軍が向かって来る。
レオポルド率いるガヴァリム帝國軍はほぼアド騎兵によって編成されていた。
その進軍速度はアベニュー中将が考えていたより速かった。
そして思ったより混乱していないように見える。
「うん?」
やがてガヴァリム帝國軍のアド騎兵の姿がじょじょに大きくなり、ついにはロルガ砦の大筒の射程内に入った。
大気を震わす轟音と共に砲弾が帝國軍へ吸い込まれていく。
砲弾はあちこちに着弾し、土煙でアベニュー中将の本隊からは視界が利かなくなっていた。精度が良くない分広範囲に渡って散らばっている。
轟音だけが辺りを支配する。
やがて砲撃の音だけでなく喊声らしきものがアベニュー中将の耳に届くが、彼はそれを断末魔の声だと受け取った。
そして彼は満を持して全軍に通達した。
「ふははははは! 敵は直撃を受けているぞッ! 皆の者突撃用意!」
砲弾が着弾し、土煙を上げる大地。
あの煙の中は阿鼻叫喚の地獄絵図であろうと誰もが思う。
最早勝負はついたとアベニュー中将は確信した。
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