第141話 ガヴァリム帝國の憂鬱

■中央ゴレムス暦1586年6月17日

 ガヴァアリム帝國 帝都ガーヴァ


 準列強国であるガヴァリム帝國の皇帝セザール・ガフ・ガヴァリン――バロッソⅦ世は焦っていた。列強国に世界の植民地争奪戦で後れを取り、隣国ラグナリオン王国とその同盟国であるネルアンカルムとの紛争がちょくちょく起こっているため、いつ本格的な戦争になってもおかしくない状態であった。


 このままでは準列強国の立場から転落し、かつてのガヴァリム共和国時代に戻ってしまうのではないかと心から心配していたのだ。


 バロッソⅦ世は御前会議にておどおどしながらもそれを何とか隠しつつ言った。


「このまま、勢力の拡大を図れなければ我が国は衰退し、列強国に吸収されてしまう。……いや、もしかするとラグナリオンやネルアンカルムに敗れる可能性も否定できまい」

「皇帝陛下、何と気弱な! まずは足元から固めましょうぞ。一旦海軍での拡大政策はやめて隣国の平定を第一に考えるべきです!」


 そう言ったのは軍部をまとめるセレスティノ・オ・アラルゴン大将軍であった。

 立派な顎鬚を爆発させながらバロッソⅦ世に喰って掛かる。


「そうは言うがな……我が国は近年革新的な発明もないし良い人材も出てきておらぬ。昨年は飢饉に見舞われ国力が落ちているのは間違いないだろう」


 皇帝の意見にこの場にいる宰相や大臣たちは口々にその通りだなどと賛同する。


「飢饉に襲われたのはラグナリオンもネルアンカルムも同じですぞ。この機を逃してなんとしましょうや?」

「アラルゴン将軍、そうは言うが今は民に寄り添うべき時ではありませんかな?」


 宰相も皇帝と同じ考えであった。

 内政に携わる人間としてはこんな時に戦争などやっている場合ではないと言うが本音なのである。


「海軍に自重せよと仰せか? 現在の我が国の海外植民地からの収入をご存知か?」


 海将もアラルゴン将軍の意見に納得がいかないようでその表情には不満の色がありありと表れている。

 アラルゴン将軍はそれを無視してバロッソⅦ世に進言した。


「陛下、兵を任せてみたい者がおります。この者はまだ若いにもかかわらず、兵を率いさせればベテランの将軍たちをも凌ぐと評判でメキメキと頭角を現してきております故」

「ふむ……」


 バロッソⅦ世は相槌を打ちながらも周囲の大臣たちに目を向ける。

 彼はまだ29歳と若かった。

 先帝の代から仕えてきた股肱の臣たちをあしらうにはまだ若すぎた。


「死中に活ありでございます。ラグナリオンとネルアンカルムに攻め込んで略奪の限りを尽くして参りましょう」

「略奪する物があるのか……?」

「なければ人間でもさらってきますわい」


 自信満々でそう言ってのけたアラルゴン将軍に他のメンバーは黙り込む。

 戦争をしている場合ではないとは思っているが、打開策となる”何か”が欲しい。

 それがこの場にいる者の総意であった。


 結局、行き詰まりを見せつつあるガヴァリム帝國はラグナリオン王国、ネルアンカルムとの戦争に突入しようとしていた。



―――

――



 アラルゴン将軍の部屋に一人の青年が呼び出されていた。

 その者の名はレオポルド。

 23歳の若き将校であった。


「お、お呼びに与り参上致しました」

「おう、レオポルドか。良く来た。端的に言おう。我が国はラグナリオン王国とネルアンカルムに攻め込む。貴様にはその一隊を率いてもらう故、見事敵兵を駆逐してみせよ」

「ぼ、僕なんかが無理でありますぅ……」

「何を言う。いつもの演習の通りの実力を出せば良いのだ。期待しておるぞ!」

「……そんなぁ」


 泣きそうになりながらレオポルドはその命を受けた。

 いや、受けさせられた。


 アラルゴン将軍の部屋から出て自室に戻る途中でレオポルドはとぼとぼと歩きながらボソリと呟く。


「どうして僕がこんな目に……」


 そんなレオポルドの思いとは裏腹に月日は流れて行く。

 様々な思惑の中、ガヴァリム帝國は戦争準備に入った。




―――




■中央ゴレムス暦1586年6月23日

 ラグナリオン王国 王都ラグナ


「この大変な時期にガヴァリム帝國は戦争をする気らしいね」

「代替わりした皇帝は阿呆のようですな」


 クローム王の言葉に戦闘執事バトラーのバンディッシュは身も蓋もないことを言い放った。

 この昨年から続く飢饉の今、軍を動かすことの愚をクローム王が嘆く。


 ラグナリオン王国では同時に疫病も蔓延し始めており、戦争どころではないのが本当のところだ。


「ホント困ったよ。アウレアとの軍事同盟の話は全く進んでいないし、ネルアンカルムと連携して何とかするしかない。できればニールバーグとも手を組めたらいいんだがな……。軍務卿、現在の編成はどうなっている?」


 軍務卿のソルド・ネイク侯爵がそれに答える。


「現在、ロルガ砦には三○○○の兵が詰めておりますが、後詰として常備軍五○○○を投入を考えております。向こうの戦力がまだ判明しておりませぬ。RECからの情報が待たれますな」


 そう言ったところでちょうど良くREC長官のアルフ・ホランドが執務室に入ってきた。三人の視線が集中したことにホランドが一瞬戸惑うが、気を取り直して敬礼し報告を行う。


「ガヴァリム帝國は兵を二手に分けるようです。我が国のロルガ砦に八○○○、ネルアンカルム方面に一二○○○との情報を掴んでおります」

「舐められてるね」

「舐められてますな」


 ラグナリオン王国の常備兵は一八○○○ほどであり、それに加えて徴兵を行えば総兵力は三五○○○近くに膨れ上がる。


「アウレアに食糧支援を要請しろ。兵の出し惜しみはなしだ。全軍で当たれ」


 ロルガ砦は堅固なことで有名だ。

 更に守りに徹すれば同数でも、いや多少の劣勢でも十分守り切れる。

 しかし、相手の兵数を聞いてクローム王は逆にガヴァリム帝國軍を叩く好機だと考えた。


「はッ! 腕がなります」


 ネイク侯爵はそう言ってニヤリと表情を歪めると執務室から退出した。


「ガヴァリム帝國め……レーベテインに連なるラグナリオンを舐めるなよッ!!」


 クローム王の珍しく怒気の交じった声が執務室に響き渡った。

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