第137話 おっさんとシルフィーナ
■中央ゴレムス暦1586年6月10日
アウレア おっさん
おっさんは退屈な議場から抜け出し、とある人物の部屋の前までやってきた。
「今議会は予定調和だからな。俺がいなくてもいいだろ」
身代わりにされたのはドーガである。
憐れな彼は議場で「あんちくしょう!」と愚痴をこぼしているのだが、おっさんには知る由もない。
おっさんが部屋の扉をノックする。
中から返事が聞こえ、扉が開いた。
「あら……アルデ将軍」
「ご機嫌麗しゅう。シルフィーナ殿下。ちょっと遊びに行きませんか?」
ジィーダバ亡き後、政治の表部舞台から遠ざかっていたシルフィーナは神籍に入ることはせずひっそりとアウレアス城で暮らしていた。
「随分と突然ですね……議会はどうなさったのです?」
「抜け出してきました」
「まったく貴方と言う人は……」
「はっはっは! と、言う訳で街にでも繰り出しましょう!」
おっさんはシルフィーナの手をとると通路を歩いていく。
シルフィーナはいつもより強引なおっさんの行動に少し驚いていた。
と同時にああ、あの話がとうとう現実のものになるのだとどこか他人事のような感覚に囚われる。
アウレアス城の真正面から外に出ると、衛兵たちが緊張した面持ちで敬礼してくる。シルフィーナはもちろん、おっさんも結構な人気なので街に繰り出しても即行でバレてしまうだろう。
前に城から飛び出した時はおっさんは頭巾を被っていなかったので誰だかバレることはなかった。おっさんは今回も頭巾を取った。
さりげなく後方で護衛している者たちはおっさんの手の者だ。
信頼できる者を選抜してあるので問題はない。
「懐かしいですわね……アウレアはあの頃と変わってしまったのかしら」
「変わりましたし、これからも変わり続けます。良い方向に」
どこかしんみりと呟くシルフィーナにおっさんは力強い言葉で断言する。
それから2人は無言で歩き続け港の近くに整備された海浜公園までやってきた。
浜辺を歩きながらシルフィーナが口を開く。
「これからアウレアはどうなってしまうのでしょう……?」
「アウレアは列強国に名乗りを上げるでしょう」
「ホーネットの名の下に?」
「……」
おっさんは思わず黙り込む。
シルフィーナの心の痛みが伝わってくるようであった。
「シルフィーナ殿下。私と結婚して頂けませんか?」
「アルデ将軍……私のことをどう思っていますか?」
「お慕い申し上げております。この気持ちに嘘偽りはございません」
「そう……ですか……。私の気持ちも同じです。ですが不安なのです。これは単なる政略結婚なのでしょうか?」
「違います。私は貴女に誠実でありたい」
「では話して頂けますか? ホーネットとアウレアの未来を……」
おっさんは姿勢を正してシルフィーナに応えることにした。
頭の良いこの公女殿下は全て理解していることだろう。
ボンジョヴィの工作で結婚が確定事項であることは本人も知っていることだ。
「ホーネット陛下ではこの乱世でアウレアを導いていくことはできません。この世界情勢を見てください。同盟国のエレギス連合王国はともかくガーレ帝國、ヴァルムド帝國、ラグナリオン王国、そして大陸と半島の混乱。この世界を生き抜くにはホーネット陛下では荷が重いと思われます。陛下にはビジョンがない。家臣の言を冷静に受け入れることがない。そして激情家だ。(この世界は中世から近世に移り変わる時代だ。俺の能力でもまだ戦える)列強が海外の植民地で残虐な行為をしていることをご存知ですか? 我々は植民地になる訳にはいけないのです。アウレアの民を奴隷化させるようなことを許す訳にはいかないのです。それに殿下は故ホラリフェオ公の理念を受け継いでいるお方だ。私の側にいて共にアウレアを強国にするのを手伝って頂きたい」
おっさんは考えていた国家戦略についてシルフィーナに熱く語った。
その顔は普段のおちゃらけたおっさんのそれではなかった。
「その言葉、信じましょう……アウレアに安寧を……」
シルフィーナの表情が少しだけ緩む。
おっさんはシルフィーナを軽く抱き寄せると「必ずや」と囁いた。
※※※
おっさんは41歳(アルデは55歳)
シルフィーナは23歳
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