第135話 法案提出

■中央ゴレムス暦1586年6月1日

 アウレア ホーネット


 アウレアの法案は基本的に毎月、議院に提出され3か月ごとに大公、貴族院、民院で審議が行われて法案の成否が決定する。


 今回、議院に提出されたのは、元帥位の常設案、大公から元帥への常時軍権委譲案、そして故ホラリフェオの念願であった銃火器保有禁止法の撤廃案であった。


 バルト王国やラグナリオン王国、ガーランドと戦っていたとは言え、比較的平穏な治世であったホラリフェオの時代とは異なり、ここ3年間は戦争に次ぐ戦争であり、前線で戦った貴族たちや連戦連勝に沸く公国民の意識が変わったことが今回の法案提出を可能にしたと言っても良いだろう。

 過去にこれらを提出しようとしたら、その前に反戦平和派貴族に握りつぶされていたであろうことは想像に難くない。

 それにその派閥のトップであったガルガンド・ドズル伯爵が亡くなったことも大きいと言えよう。


 そして案の定、その法案の内容を見て激昂している人物が一人。

 もちろん、大公ホーネットその人である。


「軍権の委譲だと!? これは俺の統帥権干犯につながるであろうがッ! これを出したのはどこのどいつだッ!」


 その怒鳴り声にまた始まったかと溜め息をついたのは大公補佐役にまで出世していたルガールであった。彼が口を開こうとした時に先んじてホーネットに話し掛けたのは今やホーネットのお気に入りになった佞臣のキルケスであった。


「真に……これはサナディア卿の企みですぞ! すぐに彼奴を打ち首にすべきでござります!」

「やはりあ奴かッ! バルト王国を滅ぼしたからと言って調子に乗りよってッ! ルガールッ何とかならんのかッ!」


 流石に仇敵バルト王国を滅ぼした英雄を殺すのはマズいと思ったのか、殺せとは言ってこないがその目は釣り上がり殺気めいた雰囲気が漏れ出している。

 ルガールは「余計なことを」とキルケスを呪いながらもホーネットをなだめる。


「陛下、法案の提出は議員の権利でございます。止められようはずもございません」

「ではどうしろと言うのだッ! 貴族院は大丈夫なのであろうな!?」


「皆、大公陛下に忠誠を誓っております。例え軍権が元帥に委譲になろうとも今までと変わらず陛下のためと戦いに赴くでしょう」

「おの……れ……。元帥位の常設と言うだけでも彼奴が軍権を掌握しようとしていることの、野望の顕れではないかッ!」


 ルガールには返す言葉がなかった。

 ホーネットの言っていることは正しいと思えるし、事実おっさんは軍権を握るために出した法案なのだろうと分かるからだ。と言うか貴族をやっていれば誰でもそのように取るだろう。


「(帝王としての教育が足りなんだか……いやこれは私の怠慢か。ドズル卿亡き今、大公派をまとめねばならぬと言うのに……)陛下、大公陛下派の議員もおります故、心配なさいますな。このルガールがまとめて見せまする」

「よいッ頼んだぞッ!」


 ホーネットはぷいッと顔を背けて不機嫌そうに黙り込んでしまった。




―――




■中央ゴレムス暦1586年6月2日

 アウレア ルガール


「しかし、まさかサナディア卿が野心を隠そうともしなくなるとはな……」


 ルガールは大公派と思しき貴族院議員たちに召集をかけていた。

 今この部屋にいるのは貴族院議員11名であった。

 法案を審議する月初めには地方の貴族議員もアウレアにやってくる。

 それでもこの人数なのである。


 そこへ慌てて入ってくる者がいた。


「申し訳ございません。遅くなりました」


 ガルガンド・ドズル伯爵の嫡男で後を継いだガニメド・ドズル伯爵である。


「ドズル卿、今日はこれだけしか集まらなかったのですか?」


 椅子に座っている若い青年貴族がドズル伯爵に問う。

 ドズル伯爵は部屋を見回す必要もないほど人がいないことに愕然とする。


「全員に声をかけたのですが……」

「何と言うことか」


 ルガールもまさかこれほどまでに多数派工作によって引き抜きが行われているとは思っていなかった。3年間ベイルトンにいながら工作を続けていたのかと思うと末恐ろしくなってしまうルガール。

 この人数ではできることは限られる。

 せいぜい元大公派閥の貴族を説得するくらいしかできないだろう。

 

 これもホーネットの側に強力な腹心がおらず、強固な地盤もなかったせいである。

 実を言えば、おっさんの側も人材が豊富であるとは決して言えないのだがルガールが知る由もないことである。


 ルガールは自身の不甲斐なさに天をも呪った。


「(私が至らぬばかりに陛下にご苦労をかける……かくなる上は……)とにかく全員で議員たちを説得するのだ! 法案決議まではまだ時間はある。切り崩しにかかるぞ!」


 その大喝はまるで自分自身に言い聞かせているかのようであった。

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