第121話 ヘリアラル砦の戦い

■中央ゴレムス暦1583年9月10日

 ヘリアラル砦 おっさん


 おっさん率いる三七○○○はラグナリオン王国との緩衝地帯を抜けヘリオン平原へと進出した。バルト王国軍は実質的に中立地帯となっているヘリオン平原へ討って出ることはなく、ヘリアラル砦に籠っていた。


 砦のあちこちから覗く旗指物の数はおびただしい。

 その様子を眺めながらおっさんはどう攻めるか考えていた。


「討って出て来る訳がないか。野戦が一番いいんだけどな」

「あん畜生が閣下に負けましたからな。流石に出て来んでしょう」


 ドーガが毒を吐きながら豪快に笑う。

 ちなみにおっさんはブレインも連れてきている。

 アラモ砦に残して勝手に殺されても困るからだ。


 ヘリアラル砦は両側を山に囲まれた谷の隘路に築かれているが、おっさんは攻略は左程難しそうではないように感じていた。


「(隘路の両側に砦を作って左右から攻撃されればきついだろうけどな)」


 バルト王国の築城技術が遅れているのか、地形が生かされていない作りに見える。

 それほどの隘路であり、ヘリアラル砦の幅は狭いのだ。


 おっさんは何にせよ攻め落とすだけだと、ヘリアル平原に展開している部隊に突撃を命じた。砦まではなだらかな傾斜になっているが、【戦法タクティクス】を使えば疲れなど微塵も感じずに攻められるだろう。


 それに今回はバッカスの兵器用【戦法タクティクス】もある。


「よし、第1軍団、第2軍団は突撃ッ! 後詰と入れ替わりながら間断なく攻撃だッ!」


 こうして攻撃開始の鐘が戦場に鳴り響いた。




 ―――




 サナディア領ネスタト


 ここネスタトは叛逆者オゥルが治めていた街である。

 オゥルはエルフたちの精霊魔法を使った武器の開発を行っていた。

 とは言え、それは前途多難な道でありおっさんが統治することになった頃でも

運用の目途が立っていない状況であった。


 しかしそれは1人の付与術士の出現で大きく変わることとなる。


 ロイド・コダックの登場である。


 これまではエルフたちが、精霊魔法の効果を大砲に流用しようとしていた。

 例えば火の精霊の力によって砲弾を加速させ、風の精霊の力によってコントロール着弾させる。そして着弾時にそれぞれの属性の力を解放させる試みがなされてきたのだが、如何せん術のコントロールが難しく実用性に乏しかった。

 また、一つの大砲に精霊術士が何人も付かねばならず運用面でもコストがかかるものであった。


 それが砲弾と砲塔に精霊魔法を付与することでそれらの問題を回避できることとなったのである。後は命中精度を高めたい場合は風の精霊魔法を飛んで行く砲弾へかければ良い程度であった。


 ロイドは最初、付与術が使えることなどまるで自覚していなかった。

 この世界は強力な魔法使いが多くいる訳でもなく、何かの魔法の効果を付与するなどと言う概念自体なかったのである。

 彼がそれを自覚したのはエルフと交流を持つようになってからである。

 ハイエルフの巫女姫がロイドの能力を見抜いたのだ。

 その時、歴史が動いた。

 エルフやハイエルフたちは魔法を何かに付与できると言う事実を知った。


 そしてロイドは兵器開発を行っていたエルフたちから助力を求められ、おっさんに士官。今に至ると言う訳である。


 かくしてその大砲はコダック砲と名付けられ実戦配備されることとなる。




 ―――




■中央ゴレムス暦1583年9月10日

 ヘリアラル砦 おっさん


 おっさんはようやく実用にまで至ったコダック砲を初めて実戦配備し、それをバッカスの部隊に配属させた。


 しかし未だバッカスの部隊は衝車を攻撃塔を除いて動いていない。

 おっさんがまずは大砲抜きで力攻めを試してみたいと言うことでそうなっているのだ。


 あちこちから喊声が上がりヘリアラル砦の防壁に向かって突撃が行われている。

 攻城塔から兵士が何とか防壁に取りつこうとアーネット子爵の軍団が襲い掛かっていた。また衝車でも西門を破らんと攻撃が行われていた。


 バルト王国軍もこの砦が突破されれば、王都ベイルトンまで一直線だと理解しており抵抗は激しさを増していた。


「うーん。思ったより粘るな」

「敵も必死なのでしょう。ヘリアラル砦以東には今まで侵入されたことがありませんからな」


 おっさんの呟きにノックスが答える。


「よし。バッカス隊に通信、あれを使うように言え」

「はッ」


 近くにいた通信兵がバッカス隊に魔導通信を送る。

 ちなみに『あれ』とは【戦法タクティクス】のことである。


 程なくして攻城をしていた兵士たちの体が光に包まれる。

 バッカスが《兵器の大天撃》を使用したのだ。

 これにより兵器を使った攻撃力は大幅に跳ね上がる。


「どの程度まで強化されるか見物だな」


 おっさんは本陣で床几に座り、どっしりと構えながら呟いた。


※※※


《兵器の大天撃(参)》


 バッカス隊の兵士たちの体が光輝く。

 遠目に見れば攻城兵器も光っているのが見える。


「これで本当に強くなれるもんだかな」


 光輝いた時の効果は身体強化で実感していたバッカスであったが、兵器がどう強くなるのか実感できないため、彼は少し不安であった。


「よし、コダック砲準備だッ!」

「隊長、コダック砲はまだ使うなと!」

「あん。まだ使わねぇのか?」

「もう少し確かめたいそうです」

「そうか。分かった」


 通信兵と話し終わると戦場へと視線を戻すバッカス。


 前線では輝いた攻城兵器による攻撃が行われている。


「ん? 鉄砲も強くなんのか?」


 前線は遠くて見えないが後詰部隊の持つ鉄砲も光っているのが見えた。


「まぁ、一応は兵器だからな。銃撃の威力が上がるってことか」


 納得した顔でバッカスはふむふむと頷く。

 隣では副隊長が良く分からないといった顔をしている。

 一般兵からは輝いている光景など分からないので当然と言えば当然である。

 それにこの世に【戦法タクティクス】があるなど知らないのだ。


「隊長、威力が上がると言うのは?」

「何でもねぇ。気にすんな」

「はぁ……」


 それからしばらく時間が経過した。

 しかし、バルト王国軍の抵抗は未だ激しく門も破れなければ防壁にも取り付けていない状態だ。


「(物の強化ってぇのは分かりにくいもんだぜ)」


 その時、魔導通信におっさんからの通信が入る。


『本隊よりバッカス隊へ。前線を下がらせる。コダック砲を準備せよ』


 通信後、砦の防壁に攻勢をかけていた軍が撤退を開始する。

 それを見たバッカスが大音声で言い放った。


「よしッ! コダック砲前へ! 合図で斉射だッ!」


 兵士たちがコダック砲を前面に押し出すと、手際よく砲弾を詰めていく。

 砲塔内部には火と風の精霊魔法がかけられており、火薬を使うことなく射撃が可能なのである。


 各大砲部隊から準備OKの声が飛ぶ。


「よし。撃てぃッ!!」


 轟!!!!!


 こめられた砲弾が放物線を描き飛んで行く。

 そして見事に命中し防壁は崩れてしまった。

 一応、各大砲にはエルフが1人ついており、風の精霊魔法で弾道を変えることもできるため、命中精度も悪くないようである。


「各個、準備でき次第、撃てッ!」


 轟!!!!!


「弾ちゃ~く、今!!」


 轟!!!!!


 砲弾は爆発するタイプではないが昔ながらの防壁程度では防ぐのは無理なようだ。

 防壁は次々と破壊され、無残な土くれに戻っていく。


「これは……戦が変わる……か」


 この日の戦いはアウレア大公国軍が大砲を実用化して勝利した日としてアウレア史に刻まれることとなる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る