第122話 おっさん、国境を越える
■中央ゴレムス暦1583年9月11日
ヘリアラル砦はコダック砲の砲撃により灰塵と化し、おっさん率いるアウレア大公国軍は特に苦戦するでもなく制圧された。
砦を守っていたバルト王国、第3軍団長のブラントゥ伯爵は砲撃の直撃を喰らい戦死。砦に籠っていた兵士も大半が討ち死にした。
防壁が圧倒的な砲撃で崩された挙句、指揮官が死に士気が下がったところに一斉突撃である。ほとんどの者はまともに戦うこともできず軍団は壊滅したのであった。
「まさに獅子累々だな」
おっさんはところどころから煙の上がる、最早瓦礫の山と化した砦跡を検分していた。砲弾は炸裂する類のものではないので、まだ熱を持ったものがそこらに転がっているのだろう。あるいはバルト王国が使用する黒色火薬に引火したものもあるのかも知れない。
そしておっさんの言う通り、瓦礫の中にはバラバラになった死体や突撃で討ち死にした兵士たちの屍がまじっていた。
「閣下、コダック砲とは斯くも強力な兵器なのですな」
「そうだな。実戦投入は初だが、俺も驚いている」
ドーガもガイナスもうへぇ……と言った表情をしている。
死体には慣れているはずの彼らからしてもここは凄惨な場所であった。
「(アルタイナとの戦争の時に実用化されていればもっと楽に落とせただろうな)」
おっさんがそう思うのはフケン要塞のことである。
あの時は奇策を用いて何とか勝利にこぎつけたが、おっさん自身は薄氷の勝利だと思っている。
「閣下、お味方の損害はほとんどありませぬ。各部隊軽微にて進軍は可能でしょう」
被害のとりまとめを行っていたノックスがおっさんの下にやってきて報告する。
バルト王国の出方を考えるとすぐにでも国境を越えたいところであったが、おっさんとしては懸念があった。
西ヘリアル平原にはラグナリオン王国の街がある。
このまま進んで後で疫病でも流行ったら問題になりかねないと考えたのだ。
「いや、すぐには出立しない。砦内の遺体を弔ってから行くぞ」
おっさんは遺体を集めて火葬するように申し渡す。
その命令に一般兵士たちが動き出した。
おっさんたちはその内にバルト王国領内のことについて把握するため軍議を開いた。
―――
■中央ゴレムス暦1583年9月12日
おっさん
火葬と弔いを済ませ、その日は野営した後、おっさんは進軍を開始した。
斥候によってもたらされた情報から近くの村で道案内役を徴発することとなった。
バルト領内は一応は街道らしきものがつながっているのだが、基本は山道のようになっており進軍には苦労させられることになる。
街道が細いため、アウレア王国軍は細長く伸びた列になって行軍していた。
「本当に険しい道のりだな。コダック砲もあるし進むのがきつい」
「そうですな。バルトは領内の流通をどのように行っているのでしょうか」
「統治することになったら山地を切り拓く必要があるな」
おっさんの呟きにドーガが答える。
確かに防衛戦には有利だが平時には輸送などに悪い影響があるだろう。
おっさんは戦争が終わった後のことを考えているのだ。
進軍であるが、コダック砲はアドに牽引させている。
それほど進軍が遅くなる訳でもなかったが、山岳地帯と言うだけあって平地よりは進軍が遅いのは道理であった。
バルト王国は山岳地帯と森の国である。
傾斜のある森林の中を進軍していると、突然ワッと喚声が上がった。
おっさんはそれを聞いてすぐさま理解する。
「チッ……奇襲かッ! 軍議の通り冷静に迎え討てッ!」
おっさんはそう怒鳴るが、奇襲されているのは後軍のようでいくら大声を出したところでその声は届かない。
また、援軍を出そうにも街道で渋滞が起こってしまい、すぐの到着はできない。
「申し上げます! 先軍の方にバルト軍が襲来ッ! 戦いが始まっております!」
バルト王国の狙いとしては地形を生かしてゲリラ戦を仕掛けるのが戦法になるだろう。これはおっさんたちも十分に理解していたが、分かっていても実際に対処するのは難しい。
バルト王国軍はしばらく戦ってアウレア大公国軍がまだまだ士気旺盛と感じたのか、すぐに深い森に身を隠してしまった。
「これが続くのか……消耗するな。早く平地に出たいところだな」
「地の利は向こうにありますな。流石に王国内はヤツらの庭でしょう」
その後もバルト兵による神出鬼没の攻撃がアウレア大公国軍を襲うことになる。
―――
■中央ゴレムス暦1583年9月13日
おっさん
バルト領内に放った斥候が戻って来て、ヘリアラル砦から一番近い村へと進軍する。
何度も襲撃を受け、それを退けながらおっさんたちは何とか山中の村に到着した。
おっさんはそこで村の狩人に道案内役を頼んだ。
村では特に嫌がられることなくおっさんたちの軍は迎え入れられた。
貴族と民の結びつきが弱いのか、バルト王国の統治が悪いのか、どっちにしろおっさんたちにとっては都合が良い。
おっさんは行軍のペースを落として斥候持ち帰る情報を待ちながらゆっくりと進軍した。斥候に調べさせた場所はマッピングされるのでおっさんとしても助かると言うものだ。
襲撃を受けながらもおっさん率いるアウレア大公国軍は大混乱に陥ることなくバルト王国内を北上していた。
細い街道上で野営をし、当然の如くあった夜襲も何とか撃退する。
とは言え、怪我人の数は段々と増えていった。
「閣下、もうじき開けた場所に出るようです」
戻った斥候から聞いたドーガがおっさんに内容を伝える。
おっさんが半透明のボードでマップを確認していると本日何度目になるだろうか、後軍から喚声が聞こえてきた。
「申し上げます! 後軍から火の手があがりました! このままでは中軍と分断されます!」
後軍にはノックスがいる。
恐らく最初から火計の罠を仕掛けておいたのだろうが、やってくれるとおっさんは唇を噛む。
おっさんのいる中軍から見ても大きな火の手が上がっているようだ。
「くそッ……このままじゃマズい」
おっさんはノックスたちのためにすぐさま【
《車懸りの陣(参)》
兵士たちの体が光輝く。
これで全軍の身体能力が強化された。
「ドーガッ、中軍から兵を割いて援軍に向かえッ!」
「御意」
おっさんの命令にドーガはすぐさま動き出した。
ダダーンと火縄銃の音も木霊して反響している。
ドーガは中軍の最後尾から兵を出すも思ったよりも火の回りと勢いが強くて近づけない。
「おいッとにかく火の中から脱出しろッ! 今の諸君なら少ない被害で済むッ!」
ノックスたちの部隊の近くでドーガが叫ぶが、自らが強化されていることが分からない貴族たちは炎の中に飛び込むのを躊躇っていた。
体が光輝いているのが分かるものは能力を持った者だけだ。
「火縄銃、撃てッ! 山岳兵を逃すなッ!」
ドーガも勢いが増すばかりの炎の中に飛び込む訳にもいかず、高地から鉄砲を射かけてくるバルト兵に発砲し返している。
後軍では激しい銃撃戦となっていた。
その時、先軍からも喊声と火の手が上がった。
「戦いなれてやがるッ……どうするッ……」
前後から挟み撃ちを受けておっさんは身動きが取れない。
このまま火の勢いが衰えなければ中軍にも火が回ってくるだろう。
そして山火事に発展するかも知れない。
これが大国でもないバルト王国が他国からの侵略を跳ね除けてきた理由なのだ。
「俺たちは先軍の援護に回るッ! 傾斜はきついが火を迂回して山岳兵を
おっさんはアドから降りるとバッカスを引き連れて部隊の前方へと走るのだった。
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