第116話 懐疑のノックス
■中央ゴレムス暦1583年8月18日
カノッサス おっさん
カノッサスは城門に軽微な損傷が見られる程度で他には大した被害は見られない。
未明の奇襲から戻ったおっさんたちはそのまま追撃に移らずにカノッサスに引き返してきていたのだ。
城壁外では敵の遺体の処理が行われている。
バルト王国側も怪我人はともかく死体まで連れ帰る訳もなく、骸で埋まった大地を清めるが如く焼却処分にされていた。
そんな様子を見回っていたおっさんはバッカスに話しかける。
「カノッサスにいたのは五○○程度だろ。よくもたせたな」
「流石はレーベ侯爵家と言うことでしょう」
「それにしても山岳地帯から攻めてくるとはなぁ。しかも相手はブレインだし」
「ブレインとはそれほどの猛者なので?」
バッカスはブレインを知らないらしい。
サースバードでの戦いで元々バッカスが仕えていたジィーダバを討った時のバルト王国軍総大将がブレインなのだが、これは話すべきなのか、おっさんは少し迷う。
ジィーダバが死んだサースバードの名前を出しては、かつてのことを思い出させてしまうのではないかとおっさんは思ったのであった。
「あーブレインはサースバードの戦いの総大将だ。猛者かどうかはともかく指揮官として厄介な相手には違いないな」
「なるほど。統率者としてでしたか(サースバードか……)」
おっさんはバッカスの方をチラリと盗み見るが彼の表情に変化はない。
既に吹っ切っているのだろう。
そこへ突然声を掛けられた。
「元帥閣下」
おっさんが振り返るとそこにはブリンガーが数人のお供をつれて歩いてきたところであった。
「ブリンガー殿、無事でなによりです。兵たちはどうですか?」
「閣下、此度は援軍頂き感謝の言葉もございません。兵たちは疲れているのにもうひと踏ん張りとよく働いていてくれます」
「構わないですよ。もっと早く駆けつけるべきでした。でもよく五○○で夜襲しようと思いましたね。日中は都市を包囲されて戦い、疲労困憊だったでしょうに」
「閣下の軍が到着して士気も上がりましたし、ここしかないと思いましたので」
そう言ってブリンガーは豪快に笑って見せた。
流石に肝が据わっている。
レーベに連なる者ここにありと言ったところだろう。
「バルト王国軍はアラモ砦に逃げたそうです。まもなくラグナロク殿もアルタイナから兵と共に戻ってきますからそれまでカノッサスで休養してください」
「そんなッ!? 砦攻略には少しでも多くの兵が必要になりましょう。我々も加わらせて頂きたい」
確かにバルト王国軍はアラモ砦の増強を行っているようだが、山岳地帯を突っ切ってきたブレインには補給がない。
睨み合いが続けば、そのうち撤退するだろうとおっさんは考えていた。
それにおっさんだけでなく、貴族諸侯の軍も帰国してくるのだ。
ここは焦る必要はない。
バルト王国軍に援軍があったとしても、こちらからも援軍を出せば良い話だ。
バルト王国は聖戦で負けて帰ったと言うし、
「状況によっては派兵頂くことにします。それまでは英気を養っておいてください」
おっさんの考えを話して説得すると、ブリンガーも納得したのかそれ以上は何も言わなくなった。
おっさんは念のためバッカスに秘策を与え、翌日アラモ砦へと出立した。
―――
■中央ゴレムス暦1583年8月19日
サナディア領 ウェダ
アルタイナからの撤兵は滞りなく行われていた。
船が足りないのでピストン輸送になるが、既に多くの貴族諸侯が帰国している。
無事にサナディア領ウェダまで帰ってきたノックスらは休む間もなく、バルト王国戦への備えに掛かっていた。
もちろんアラモ砦を奪還するためのおっさんに後詰を送るためだ。
「しかしこうも移動が多いと年寄りにはきついわい」
ノックスがそうボヤいているとドーガも話に入ってきた。
「戦っていた時は大変でしたが、今思うと交渉の待ち時間と撤兵の移動の方が堪えた気がしますな」
「アルタイナは決着した。次はバルト王国って訳か。燃えるぜ」
ガイナスは連戦などどこ吹く風で勝手に盛り上がっている。
「兵たちには負担だが、頑張ってもらうしかないな」
「アラモ砦に補給線をつなげられては厄介ですししょうがないかと」
アウレア大公国としても国内に強固な橋頭堡を作られては困るのだ。
ウェダでの作業が一段落しようとしていた時、ノックスが口を開いた。
「ベアトリスとガイナスは先に上がって休むように。明日出立するからの。ドーガは残れ。まだ話がある」
この指示にベアトリスはもちろん、ガイナスも同意した。
いつもはゴネるのに彼も疲労が溜まっていたのである。
やがておっさんの執務室にノックスとドーガの2人きりになるとノックスがドーガに向けて話し始めた。
「ドーガよ。貴公は閣下に仕えて4年になるのか」
「そうですな。そう思えばまだまだ新参者です」
「わしは閣下に仕えて34年になる」
「流石は最古参たるブライフォード副官。年季が違いますな」
「閣下が18の頃からの仲だからの。だからと言ってはなんだが、わしは閣下のことなら何でも分かっているつもりであった……ご病気のこともな……」
「そうですな。閣下のご病気はいつの頃からのものなので?(何が言いたいんだ?)」
ドーガはここに至ってようやく何か嫌な予感がした。
ノックスの表情は真剣だ。
「のう、ドーガよ。閣下の顔を見たことはあるか?」
「はッ……いえ、ございませんが……副官殿はおありで?」
「当然じゃ。昔は健康な時もあったからな」
「何か問題でも?(閣下、これ、顔見られたんじゃねぇか?)」
「お主はもし閣下が閣下ではなかったとしたらどうする?」
「……話が見えませんが」
「閣下がある時を境に他人になっていたとしたらどうする?」
「他人……でございますか? 入れ替わることなど可能なので?」
「わしは見てしまったんじゃよ。ご病気でただれているはずの閣下の顔が治っておった……」
「あの秘薬が効いただけでは?」
「お主は本当にそう思っておるのか?」
「思っておりますが……」
「そうか……それがお主の答えか……」
ノックスは悲し気な目をしてそう言った。
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