第115話 カノッサスの戦い

■中央ゴレムス暦1583年8月17日

 カノッサス


 とうとうブレイン率いるバルト王国軍五○○○がカノッサスへと到着した。

 都市は日中からどの城門も固く閉じられ蟻の這い出る隙間もない。


「テメーら、敵の数は少ない。時間をかけずにちゃっちゃと攻略だッ!」


 ブレインの目の前にいる兵士たちはその一喝を受けて喊声を上げている。

 アラモ砦を陥落させ、これからアウレア大公国の内部深く攻め入るのだ。士気が上がらないはずがない。


 カノッサスの兵力は五○○程度。

 この大都市を包囲して各所から同時に攻め込めば決着は簡単につく。

 そう兵士の大多数は考えていた。


「敵兵なにするものぞッ! カノッサスが簡単には落ちぬことを教えてやれッ!」


 カノッサスの筆頭武官セザール将軍が気を吐いている。

 こちらも兵力が少ないにもかかわらず士気は旺盛だ。


 急ごしらえの梯子を城壁にかけてバルト兵が侵入を試みる。

 それを槍で突いたり、煮えたぎる油をかけたりして防ぐのはアウレア兵。


 弓兵たちは曲射によって場外の兵士たちに間断なく矢の雨を降らせている。


 戦場にはバルト兵たちの悲鳴が重なり響き渡った。

 そんな状況をブレインは苦々しい表情で眺めている。


「チッ、できればここで【戦法タクティクス】は使いたくねー」


 ブレインはおっさんがいない内にカノッサスを落し、野戦でアウレア大公国軍を【戦法タクティクス】を持って撃ち破ろうと考えていた。


 貿易や戦功値によって新しい【戦法タクティクス】をゲットしているおっさんと違ってブレインが新たに入手するのは難しい。

 バルト王国のいち軍人に過ぎず、軍を率いて戦うことによって得られる戦功値も中々増やすことができないからだ。一応、ログインボーナスで幾らかの戦功値は入るものの、その量はたいした値ではない。

 おっさんがアルタイナで戦っていた頃には、ブレインはせいぜいラグナリオン王国と小競り合いをしていた程度である。聖戦に出ていればまた違ったのだろうが、そうしていれば今、カノッサスにいたかは分からないのだ。


「破城槌の展開を急げッ! 城門に突撃を続けろッ!」


 ブレインが聞かされているのはアウレア大公国軍の主力がおっさんと共にアルタイナにあるということくらいだ。いかなアウレア大公国と言えどある程度の兵力を備えとして置いているはずなので、【戦法タクティクス】はそれを迎え討つ時に使用したいと考えているのである。


 それからの戦いは激しさを増した。

 それでもカノッサスの士気は高く、中々城壁内への侵入はできそうにない。


「伝令が行っていれば、いつ援軍が来てもおかしくはない。使うか……」


《覇王の進軍(参)》


 ブレインはとうとう決断を下した。

 【戦法タクティクス】の発動に兵士たちが光輝く。

 それに伴い喊声も増したようである。


 しかしそれから幾ら攻め続けてもカノッサスの牙城を崩すことはできなかった。


 おっさんがアルタイナで実感したことをブレインも今味わうことになってしまったのである。


 野戦用の【戦法タクティクス】は要塞などを攻める際にはその効果を発揮しにくい。攻城戦には攻城戦の【戦法タクティクス】が必要なのである。


「覇王の進軍を使っても落とせないとは……」


 陽も落ちて暗くなった本陣でブレインは唇を噛んだ。




 ―――




■中央ゴレムス暦1583年8月18日 夜半

 おっさん


 おっさん率いるアウレア大公国軍、三○○○がカノッサスの西側に着陣した。

 松明などは消してある。

 翌朝に急に三○○○もの軍が確認されればバルト王国側の精神的ダメージも大きいだろうということでそうしているのだ。


「侵攻はとまっているみたいだな」


 おっさんは呑気にそう言うとブリンガーへ伝令を走らせた。

 この援軍の存在を知ればカノッサスのアウレア兵の士気は増々上がるだろう。


 現におっさんが通った北と西の兵士たちはおっさんの旗印を見て歓声を上げたくらいである。ちなみにおっさんの軍旗はイグルワシイガーに乗っている図柄である。


「五○○の兵でよくもたせてくれたよ。大したもんだ。流石はレーベ。ブリンガー卿だけのことはある」


 おっさんがブリンガーに渡りをつけてしばらく経った頃。

 伝令がブリンガーからの書状を預かって戻ってきた。


「へぇ……夜襲か。いいねぇ。一気に片をつけるか!」


 おっさんは脱いでいた甲冑を付け直してバッカスや部隊長たちを呼び出し、夜襲の手順を説明した。


「閣下、腕がなりますぜ」

「おう。バッカスくんも期待してるよ?」


 そして合図の鈍い鐘の音が三回鳴らされた。


「よし。進軍だ敵本陣まで一気に突き進めッ!」


 おっさんも斬り込むつもり満々でアドに乗り先頭を走る。

 真っ暗闇の中、アドを走らせていると暗闇の先に蠢く影があった。


「何だ? 軍かッ!?」

「閣下、あの軍旗はバルト兵ですぜ」

「あっちも夜襲を企んできた訳か……よし全軍突撃ッ!」


《車懸りの陣(参)》


 そして暗闇での戦闘が開始された。




 ―――




■中央ゴレムス暦1583年8月18日 未明

 ブレイン


「申し上げますッ! 夜襲は失敗に終わったようですッ!」

「何ッ!? 向こうに読まれていたか……(だが読んでいても防げるものか?)」


 ブレインは持っていた軍配を地面に叩きつける。


 そして聞こえてくる喊声。


「あの声は何だッ!?」

「敵が勢いに乗ってあべこべに攻め込んできたようですッ!」


「おんのれ……カノッサス如きが……迎え討てッ! 敵は小勢だが油断するなよッ!」


 ブレインは大剣を持ってアドにまたがる。

 ここにカノッサスのセザール将軍が率いる約五○○が襲い掛かった。

 全軍による突撃である。


 その突撃は凄まじい勢いでブレインの本陣まで踏み込んできた。

 その影が松明の灯りに照らされてゆらゆらと蠢いている。


「この程度の兵で俺を倒せるものかよッ!」


 ブレインはアウレア兵を斬って斬って斬りまくっている。

 しかし、ここでおかしなことに気が付いた。

 幾ら倒しても次から次へと新しい兵士が雪崩れ込んでくるのだ。


 ブレインはアドを走らせ本陣の前軍の備えを見やる。

 それを見た時、ブレインは戦慄した。


「何故これほどまでの大軍が!? まさか援軍かッ! ええい陣を固めろッ!」


 そしてすぐに【戦法タクティクス】を使うことに決める。


《激怒の猛反撃(弐)》 


 これは劣勢時の反撃力を跳ね上げる【戦法タクティクス】だ。

 《覇王の進軍》を使ってしまっていたためブレインが使えるものはもうこれしかない。


 その時遠くから、ブレインの聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「我が名はアルデ・ア・サナディアッ! 死にたいヤツはかかってきませい!」


「俺はバッカス、殺してやるからかかってこい!」


 その声にまたもやブレインは戦慄する。


「(アルデだと? あのおっさん戻って来てたのかよ! 密偵は何してたんだこのクソったれがッ!)」


 ブレインは怒りに染まった頭で考える。

 《激怒の猛反撃》のお陰で今は互角に戦えているが、効力がきれたらバルト王国軍の方が危ない。

 《覇王の進軍》も《激怒の猛反撃》もクールタイムで使えないままぶつかれば負けるのは目に見えていた。

 おっさんをプレイヤーだと知っているブレインはすぐさま身の危険を弾き出した。


「(《激怒の猛反撃》の効果がなくなる前に退かねーとヤバい)」


 そこでブレインが下した決断は――撤退。


「全軍、撤退ッ! 俺が喰い止めている間にアラモ砦まで退けッ!」


 ブレインは近くにいたスイッセス少佐に撤退を任せると本陣の軍だけでおっさんの軍へと突撃した。かくしてサースバードの時と同じく総大将のブレインが殿を務めることになったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る