第113話 アラモ砦の戦い

■中央ゴレムス暦1583年8月11日

 アラモ砦付近の山中 ブレイン


 木々が林立する山の中から斥候がとある砦を見下ろしている。


 そこはラグナリオン王国のあるヘリオン平原へと続く道の起点に建設されたアラモ砦であった。


 木々は多少邪魔だが、場所を選べば山中からでも砦内のことは把握可能だ。

 現在、アラモ砦には五○○程度の兵士か存在しない。

 と言ってもこの兵数が常態化しているのだが。


 またブレインはアラモ砦に近いレーベ侯爵家のカノッサスにも斥候を送っていた。


「カノッサスに兵はいない? マジかそれは」

「はッどうやら当主のラグナロク・ド・レーベがアルタイナに出征しているらしくカノッサスに要る兵はせいぜい五○○程度かと」

「それは吉報だな」


 ブレイン率いるバルト王国軍は三○○○、後詰を入れると五○○○以上にも膨れ上がる。


「よし。夜襲をかけて一気にとすぞッ」

「閣下、たかだか五○○程度、今すぐに攻め掛かっても勝てるのでは?」

「ああ!? バカかオメーは! 勝てるに決まってんだろ。大事なのは五○○の敵兵は全員殺すことだ。覚えとけ」


※※※


 やがて夜も更けて来た頃、見張りを殺すために腕利きのスナイパーが夜陰にまぎれてアラモ砦に近づく、音を立てたくはないのでここで使うのは弓だ。


「よし。作戦開始だ」


 ブレインたちバルト王国軍は魔導通信を持っていない。

 いちいち連絡要員が必要になるので時間が掛かるが仕方のないことである。


「閣下、見張りは全てクリア。これで我が軍を知覚する者はいません」


「よし。喊声かんせいなんか上げんなよ? 一気呵成に砦を制圧しろ」


 バルト王国軍三○○○が音もなくアラモ砦に近づく。

 何事もなくブレインたちが砦にたどり着くかと思われたその時、周囲に鐘の音が鳴り響いた。

 たまたま見張りの交代の時間がきて殺されていることがバレたのだ。


「チッしゃーねー! 全軍突撃ぃ!」


《覇王の進軍(参)》


 ブレインは【戦法タクティクス】を使用し、三○○○のバルト軍はアラモ砦に殺到した。


『うらあああああああああああ!!』


 鐘の音でバレてしまったため、バルト王国軍は【戦法タクティクス】のお陰もあって士気が爆上がりし、凄まじい喊声があがった。


 アラモ砦の正門は鉄城門ではなく木製である。

 それを壊そうと巨大なハンマーを持った者たちが門を破るべく、得物を打ちつけ始める。


 砦璧には数えきれない程の梯子が掛けられ、内部への侵入を試みられていた。


 ブレインも総大将でありながら先頭切って突撃に加わっている。

 【戦法タクティクス】に加え、【個技ファンタジスタ】を使ったブレインに勝てる者はほとんどいないだろう。


 時々銃声が聞こえ、闇夜に響き渡る。

 どうやらアラモ砦にも火縄銃が配備されていたらしい。

 しかし、どうあがいても兵力に決定的な差があった。


「ナリッジ・ブレイン、一番乗りィ!!」


 ブレインは砦璧上にいたアウレア兵たちを撫で斬りにしていく。


「オラッお前らもさっさと上がって来いッ!」


 ブレインの激励もありアラモ砦には次々とバルト王国軍が雪崩れ込んでくる。

 そしてとうとう正面の門も破られた。


「撃てぃ!」


 部隊長の号令一下、数十丁の火縄銃が火を吹く。

 立て続けに放たれる弾丸にアウレア兵はバタバタとなぎ倒されてゆく。


 ブレインは目の前に立ち塞がるアウレア兵をばったばったと斬り伏せている。


「何するものぞッ! 押し返せッ!」


 アラモの守将トラヴィスも味方を必死に鼓舞するが急襲され兵も少ないアウレア軍の士気は上がらない。しかもこの時、トラヴィスは戦っている相手がどこの誰か把握していなかった。


「くそッ敵が多過ぎるッ……まさかラグナリオンか!?」


 トラヴィスはしばらく寝間着のままで奮戦していたが、正面からの火縄銃の攻撃を頭に受けて奮闘虚しく戦死した。


「隊長がやられたッ」

「くそがぁ! 仇を討ってやるッ!」

「駄目だッ生き残っている者は退却しろッ」

「何処へ行けというのだッ」

「カノッサスしかなかろうがッ!」


 隊長がやられて大混乱に陥ったアウレア軍は組織的な抵抗をすることもできずに瓦解していった。


 そして続いていた喧騒が止んだ。

 アラモ砦を完全に掌握したと確認したブレインは勝ち鬨を上げる。


『えいえい』


『おーーーーーーー!!』


『えいえい』


『おーーーーーーー!!』


 こうしてアラモ砦は陥落した。

 戦死者一八七名、捕虜二○三名、その後、傷が元で死んだ者二○七名であった。




 ―――




■中央ゴレムス暦1583年8月12日

 カノッサス


 その日は突然傷だらけの兵士が領都に現れたことから始まった。


「何だッ何があったッ!?」


 未明に起こされたブリンガーは突然の出来事に苛立っていた。

 このようなことは今までになかったのである。

 そんな時、執務室に慌てて入ってきたジェイガンが言った。


「どうやらアラモ砦が陥落したようですぞ」


「何ッ!? まさかラグナリオンか?」


 ラグナリオンの使節団がアウレアに向かったと言うことはブリンガーも聞いて知っていた。そんな時にラグナリオン王国が攻め込んでくるとは思えない。


「恐らくバルト王国軍ではないかと……」

「馬鹿な……奴らは鬼哭関きこくかんで戦っているのではなかったのか」

「攻めあぐねておったそうですので、山越えしてこちらへ攻撃目標を変更したのやも知れませぬ」


「何だと……すぐに早馬を出せッ! アウレアのアルデ元帥に知らせよッ! 騎士団に戒厳令を出すッ。いつ戦闘が起こっても良いように準備させるのだッ」


 ブリンガーは矢継ぎ早に指示を出すと執務室の椅子に腰を下ろした。


「敵軍の兵力などは分かったのか?」

「五○○○近くはいたのではないかと報告がございました」

「夜半の奇襲か……それよりは少ないかも知れんが、とにかくカノッサスで時間を稼ぐぞ」

「御意」


 予期せぬ敵の侵攻にカノッサスに動揺が走るのであった。




 ―――




■中央ゴレムス暦1583年8月14日

 アウレア おっさん


 アウレアス城のおっさんに割り当てられた執務室は騒然としていた。

 椅子に座るおっさんの前には一足先に帰国したバッカスが立っている。


「カノッサスから早馬が来たって?」

「はッ国境沿いのアラモ砦が陥落したらしいとのことです」

「んー敵さんは鬼哭関きこくかんで戦ってたんじゃなかったのか?」

「攻めあぐねての奇策でしょうか」

「んで山越えしての奇襲か……」

「バルト王国には精強な山岳兵がおりますからな」


 おっさん的には頭が痛い。

 ラグナリオン王国からの使節団が来ている最中のバルト王国軍侵攻である。

 恐らく攻めての総大将はブレインだろうとおっさんは思っている。

 ならば相手を務まるのはおっさん自身しかいない。


「途中でお役目を投げ出すのも気が引けるが仕方ないか……今アウレアにいるのは五○○○程だからな。三○○○程度で出撃するか。バッカスは兵をまとめてくれ」

鬼哭関きこくかんから兵を出してもらわなくてもよろしいので?」

「いらん。時間が掛かるだけだしな」

「はッ」


 バッカスはそう返事すると執務室から出て行った。

 同時におっさんも退室すると、ラグナリオン王国の使節がいる離宮へと向かった。


「元帥殿、如何なされましたかな?」


 いきなりおっさん本人が直接現れたのでシアレティ伯爵は驚くような素振りを見せている。おっさんはどう取り繕おうか迷っていたが、どうせバレることなので単刀直入に告白することにした。


「正直に申しますが、先日バルト王国軍がカノッサス南にあるアラモ砦を攻撃したとの報告がきまして」

「なんと! バルト王国が!?」

「ええ、それでちょっと私が行って撃破してきますので、しばらく会談の席を空けることになりそうです。後は外務副次官に任せておりますので、貴国をお待たせするようなことはございません。ご心配は無用です。申し訳ございませんがよろしくお願い致します」

「承知致しました。しかしバルト王国も馬鹿ですなぁ。元帥殿と直接戦うことになるとは。同情しますぞ。はっはっは」


 シアレティ伯爵はおっさんの余裕な態度を見て安心したのか、バルト王国に同情すらしている。


 おっさんは退出してすぐに出陣の用意を始めさせる。


「しかしタイミングよ……主力は条約もまとまって撤兵中。攻めるなら一気呵成にと思ってたのになぁ。世の中思い通りにはいかないねぇ……」


 おっさんは1人になった執務室でこっそりと溜め息をつくのであった。

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