第112話 タンシン条約、締結

■中央ゴレムス暦1583年8月8日

 アルタイナ タンシン


 アウレア大公国とアルタイナの戦争が終結を見た。


 これによりアウレア大公国は列強国の魔境、東ディッサニアに版図を広げることとなった。交渉の結果、リョクコウ、フケン要塞のあるシンヨウがアウレア大公国に割譲され、賠償金はアウレアの通貨で1億7000万レベリアを得た。これはアルタイナの1年分の国家予算だ。あまり搾り取るのも善し悪しなので使節団は賠償金で譲歩したのである。

 それでも領土をどんどん失っているアルタイナにしてみればあまりにも大きな敗戦であった。


 また、タンシン条約の発効に伴ってヘルシアはアルタイナからの影響力から脱し、完全な独立国家となることが正式に承認された。ただヘルシア半島はアウレア大公国にとっての防衛線にも当たるため、ヘルシアの後ろ盾としてアウレア大公国がつくことになる。


 更にアウレア大公国は周辺列強国が結んでいる紳士協定への参加が他の列強国から求められた。駐留軍は一万まで、基本的に相互不干渉である。

 これはアルタイナに兵を張りつけておく必要がないと言う点でアウレア大公国にもメリットはあった。


 エレギス連合王国はこれから難癖をつけてくるであろう列強国、特にガーレ帝國の動向を注視している。


 正式な条約が発効した後、とある個室に各国のお歴々が顔を揃えていた。

 エレギス連合王国の外務長官レオーネ・サクシード、アウレア大公国外務卿のアルト・テスラ、アルタイナの宰相コウショウである。


「我が国が言うのもなんだが、これから貴国はますます混乱に巻き込まれていく可能性があります」

「混乱ですか……今以上の混乱となると国家が崩壊するくらいしか思いつかないのですが……」


 レオーネの言葉に顔を青ざめながらコウショウが呟く。

 それを聞いたテスラ外務卿も頭が痛いと言ったような感じでこめかみを押さえている。


「我が国もまた干渉を受ける可能性があります。以前、バルト王国領サースバードの返還を求められましたからな」


「そう。音頭を取るのはガーレ帝國です。あの国は不凍港を求めていますから南下政策をやめることはないでしょう。ホントに南進好きな国だわ」


 レオーネが何やらぶつくさ言っている。

 彼女の言動からも分かるが、エレギス連合王国はガーレ帝國が嫌いなようだ。


「それにアルタイナとヘルシアに親ガーレ勢力を作ろうと工作してくるでしょうね」


「そこは我ら革新派が政権のかじ取りをしっかり行っていくつもりです」


 コウショウも宰相だけあってそこら辺は十分理解しているようだ。

 覚悟を決めた顔付きはしわの刻まれた表情ながらも凛としていた。


「此度の敗戦で守旧派を一掃するつもりです」


「ええ、期待しています」


 ここに三カ国の極秘会談が終了し、対ガーレ帝國という領域で手を組んでいくことが確認されたのであった。




 ―――




■中央ゴレムス暦1583年8月9日

 バルト ブレイン


 鬼哭関きこくかんに十分な備えを置いて、ブレインはバルト王国の南側にそびえ立つ山岳地帯へ兵を進めていた。

 山岳地帯での戦いを得意としてきたバルト兵だからこそ、険しい山々をさも平坦な道であるかのように進んで行く。

 むしろ大将のブレインが疲労でバテているくらいである。


「くそッ鬼哭関きこくかんさえ無けりゃあなぁ~」


 ブレインが率いているのはバルト兵三○○○である。

 この数で僅かな兵しかいないと思われるアラモ砦を強襲するのだ。

 無事、アウレア大公国内に橋頭堡を築くことができた時のためを考えて後詰の手配もしっかり行っている。


 軍部内ではブレインが真面目になったと言う噂が立つほど彼は今回の戦に積極的に取り組んでいた。面倒なことは変わりはないが、おっさんとの再戦の可能性が彼をそうさせたに違いない。


「アラモ砦の周辺はどうなってる?」

「近くにレーベ侯爵領がありますが、当主であるラグナロクはアルタイナに渡っていて不在です」

「近くに動ける兵はいないのか」

「少将閣下、ラグナロクの父であるブリンガー・ド・レーベは健在です。何かあれば出陣してくるでしょう」

「兵力は?」

「およそ二○○○ほどかと」


 数の上では互角なのだがブレインは余裕の態度を見せ、平然と言ってのける。


「ほーん。俺の敵じゃねーな」


 その言葉に周囲にいた兵士たちの士気は未だかつてないほどに上がる。

 総大将が自信を見せるのはこれほどまでに重要なファクターなのだ。


「よし。急ぐぞ。一気に乗り込んで拠点を確保する」


 ブレインはそう言うと疲れる体に鞭を打って山道を歩き始めるのであった。




 ―――




■中央ゴレムス暦1583年8月9日

 カノッサス ブリンガー・ド・レーベ


「ラグナロクは元気にやっているだろうか」


 まだ57歳と若々しい身で隠居したブリンガーは遠きアルタイナにいる息子のことを想っていた。

 それを毎日のように聞いている家宰のジェイガンがいつも通りの反応を返す。

 レーベ侯爵邸ではもう日課のようなやり取りだ。


「お館様、閣下もヘルシアとアルタイナで連戦しておられるのです。聞けば、武勇を発揮してご活躍されたとか。最早お気遣いは無用でしょう」


「気遣いと言うかな……単なる心配だよ。親子だからな」


 ラグナロクはおっさんに付いて各地を転戦している。

 今や、おっさんの彼に対する信頼は揺るぎないものとなっている。


「少々危なっかしいところはありますな」

「しかし、アルデ元帥もまさかここまでとはな」

「あの時のお館様の決断が現在の状況を生んだのです。誇って下され」

「付く相手を間違えなくて良かったものよ」

「まさしく」


 あの時カノッサスの取るべき道は2つあった。

 ネスタトのオゥル伯爵につきホラリフェオを討つか、もの凄い速度で帰還を果たしたおっさんに付くか。

 恐らくおっさんがカノッサスに寄らなければ、レーベ侯爵家の今はなかったはずである。


「今、アウレアは元の力を取り戻しつつある。しかも急激にだ」

「はい。周辺国家、特に列強国、準列強国との関わりが重要になりますな」

「国内はどうだ」

「元帥位に留まり続けることを良しとしない勢力がおります。主に陛下の派閥ですな」

「もう閣下なしではこの国は成り立たんだろうに……」

「まさしくそうですな」

「我らがレーベ侯爵家はアルデ元帥閣下に付く。他の貴族諸侯はどうだ?」

「最早、大半がアルデ元帥を支持しております。大公家も落ち目ですな。ですが、ここで内戦など起こしていてはアウレアの国力はまた落ちてしまうでしょうな」

「となれば、当家の今後の身の振り方を決めなければならん」

「そうですな。しかしお館様はもうお考えになる必要はないと思いますが……」


 ジェイガンの言う通り、ブリンガーは神籍に入った身である。

 しかし彼はまだ若いラグナロクのために諜報活動に力を入れていた。


「分かっている。当主はラグナロクだ。奴に決めさせるさ。だが、その判断材料集めくらいはしてやってもいいだろう」


 そう言ってブリンガーはニカッと笑った。

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