第96話 おっさん、宣戦布告する

■中央ゴレムス暦1583年6月11日

 アルタイナ アルス


「アウレア如きが我が国に宣戦布告だと?」


 怒れるアルタイナ皇帝が怒気を込めた声を絞り出す。


「はッ本日未明、アウレア大公国軍が我が国のヘルシア駐留軍を撃破。イヤアル将軍は討ち死になされました」


「真かそれは。まだ敗報は届いておらんぞ」


「はッアウレアの使者はそう申しております」


「勝利した後、狼煙か何かで知らせたのだろう。アルスにあらかじめ使者を潜入させてな」


 実際、おっさんはその通りにした。

 連絡に魔導通信を使ったことを除けばだが。


「狼煙は確認されたか?」


 未だ寝惚けたことを抜かす配下に苛立ちを隠せない皇帝はますます鼻息荒くする。


「そのようなことは今はどうでもよい! アウレアがくるなら迎え討つだけよッ! すぐに兵を集めよ! 斥候もばら撒け!」


 一気に命令を下し息が荒い皇帝。

 報告にきた文官は怒鳴られて首を引っ込めている。


「陛下、ご心配なされますな。フケンの要塞には第二軍団が入っております。アルスを目指すならここを通らねばなりません」


「アウレア如きに引きこもっていれば、諸国から舐められてしまうわッ! すぐに第一軍団を向かわせよ」


 皇帝としてはこれ以上の無様を晒して特に列強国の干渉を受けたくなかった。これ以上の国土分割は国家としての体制を危うくしかねない。


 しかし宰相も譲れなかった。まだアウレア軍の状態も状況も分からないのだ。ここは情報を収集しつつフケン要塞で出血を強いて、西のリョクコウから軍団を繰り出しアウレア軍の横腹に食いつくのだ。


 後はヘルシアの反インクム派にでもアウレアの兵站を途切れさせればよい。

 もちろん宰相はイルヒ派がアウレアの攻撃とインクムの粛正で壊滅していることはまだ知らない。


「とにかく総動員だ! 後は列強国に兵を動かす旨を知らせておけッよけいな詮索はされとうない」


 眠れるドラゴンの皇帝はそう言うと、歯が折れんばかりに歯を食いしばった。




 ―――




■中央ゴレムス暦1583年6月11日

 おっさん


「宣戦布告ですが早すぎではございませんか? もっとアルタイナ領に近づいてからでも……」


 心配性のドーガが隣をアドで行くおっさんに話しかけている。


「んーまぁそうなんだけどアルタイナ領で武力衝突になる前に知らせたかったからな」


「はぁ……」


 ドーガが何言ってんだこいつと言うような視線をおっさんに向けている。


「んだよ。度肝を抜こうと思ったんだよ! アウレア大公国軍の情報伝達の速さとかな」


「流石に魔導通信くらい分かるのでは?」

「俺らは知らなかっただろーが」

「相手に準備期間を与えるだけになるかも知れませんな」


 ドーガはおっさんのツッコミにも負けず更に絡んでくる。


「うっ……いいんだよ! 俺は確信している。アルタイナは混乱していると」


「声が上ずってますが。閣下もミスしたりするんですなぁ……」


「そりゃあ俺は人間だからな。ミスもすれば、普通にやらかすことだってある。俺は神様なんかじゃないからな」


「私はむしろ安心しましたよ。実は閣下が人間じゃないんじゃないかと疑ってましたからね」


「マジで言ってんのか? 俺ほど人間ぽいのはいないだろ」


 おっさんの心外と言う言葉にドーガもまあそうかと思い直す。


「そうですな。確かに閣下は人間くさいお方だ(だが人間があんな能力使える訳ないんだよなぁ……)」


 ドーガの中では非常に興味深い能力を持つおっさんに着いて来たことに後悔はない。面白みのない人生が華やいで見えたほどだ。

 しかし、無神論者の彼は同時に、何者がおっさんをこの世界に送り込んだのかと言う疑問を抱かせることとなった。


「(神などいない……と思っていた。だが……いるとすれば彼は何を望んでいる?)」


「(なんだ急に黙り込んで。まぁいっか。それよりも戦略だ)」


 おっさんはドーガの考えなど露知らず対アルタイナ戦へ備えるのであった。




 ―――




■中央ゴレムス暦1583年6月13日

 おっさん


 進軍は順調であった。

 たまにアルタイナ軍の散発的な抵抗があっただけでアウレア大公国軍は鎧袖一足で彼らを撃破していき、ついにはフケン要塞に辿りつこうとしていた。

 多くは小砦の兵を要塞にまで引かせたため大きな武力衝突が起きなかったのだ。

 斥候からの情報で当然、おっさんも把握している。


 フケン要塞から50km付近でおっさんは軍議を開き、斥候などから情報を聞いていた。


「フケン要塞に籠るアルタイナ軍はおよそ一二○○○ほどと思われます。また、西のリョクコウの軍事拠点には二○○○○ほどの兵がいると思われます」


「リョクコウを取ればフケン要塞は孤立して危うくなる。私は二○○○○を率いてリョクコウに向かう。レーベ侯爵とキングストン伯爵には要塞の抑えをお願いしたい」


「腐っても大国ですぞ。二○○○○でリョクコウを占領できますかな?」


「抑えですか? 閣下。攻めない方がよろしいので?」


 キングストン伯爵とレーベ侯爵がかわるがわる質問してくるが、その質問はおっさんの想定内だ。


「キングストン卿、心配無用ですよ。私は野戦で負けるつもりはありません。レーベ卿の質問は、そうですね。魔術に注意して攻撃してください。ガーランド銃もそちらに配備しましょう」


 ガーランド銃はガーランドと同盟を結んだことで輸入を開始できある程度まとまった数を入手していた。また、今回の戦争のために借り入れも行なっている。

 これもガーランドの信頼を勝ち取ったボンジョヴィの働きがあってこそである。


「ふむ。そこまで言われるなら元帥閣下ならば大丈夫なのだろう。よろしくお願い致す」


「ガーランド銃があればかなり優位に戦えます! ありがとうございます!」


 おっさんは次々と下知を下していく。


 そしてアウレア大公国軍は国境を越えたのである。

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