第95話 第三次ヘルシア戦役 ②

■中央ゴレムス暦1583年6月10日 夜半

 ホーセン・アチソン


 パンパンと乾いた音が暗闇に木霊する。

 アルタイナ軍の天幕に銃火器の弾丸が雨霰と降り注ぐ。


「撃ちまくれッ!」


 本来なら火矢を射掛けるところだが、インクムからそれだけはやめてくれと要請されたのだ。第二次ヘルシア戦役の時に燃え広がった炎が兵宿舎、練兵所だけでなく、王宮の一部まで焼きその修繕がまだ終わっていないのだ。それほどヘルシアは財政的にも苦しい状況なのである。


 アウレアにとっては知ったことではないのだが、あまりにも強く懇願の書簡が何度もきたため、おっさんが仕方なく折れたのである。


「何事だッヘルシアかッ!?」

「恐らくアウレアかとッ」

「ええい、斥候は何をしていたッ」


 闇の中でイヤアル将軍が怒鳴り散らすが、そんなことはその兵士には知ったことではない。


 イヤアル将軍は仕方なく松明に火を灯すよう命令するとともにヘルンの王宮にも火を放つように指示した。このままでは、撃たれっぱなしで戦いどころではない。とにかく視界を確保することが必要であった。


 インクムの想い虚しくアルタイナ軍が王宮に火を放ってゆく。

 火矢、火魔術で派手にだ。瞬く間に火の手は広がっていった。


 既にオレンジ色に染まっていないところはなくなった。


 そこへダミ声の大音声が夜空に響き渡る。


「オラッ! 撃ち方やめい! 突っ込むんだよぉぉぉ!」


 ただ銃火器で撃つだけの作業に飽きたのか、早く敵をぶった斬りたかっただけなのかは知らないが、豪傑で名高いホーセン・アチソン将軍が突撃の指令を出す。


「いざ尋常に勝負ッ! アルタイナ軍に強い将はいねぇのかぁッ!」


「おのれ、ちょこざいなッ若造如きに遅れをとるものかッ」


「活きのいいじじいが出てきたな。いいぜ、かかってきませい!」


 アチソン将軍の誘いに乗って出てきたアルタイナの老将軍はここぞとばかりに槍を突き出す。しかしそれをあっさり弾くとアチソン将軍は老将軍の首を突き殺した。


「なんでぇ口ほどにもねぇな」


 その時アチソン将軍やその周囲のアウレア兵の体が金色に輝いた。

 だが彼らがそれに気付いている節はない。


 アチソン将軍は周囲のアルタイナ兵をなぎ倒しながら再び敵を探す。


「オラオラッ雑魚しかいねぇのかよッ」


 アチソンは単純だから気付いていなかったが、その一撃は前より遥かに重く早いものになっていた。アルタイナ兵たちの腕が千切れ飛び、その胴体が両断される。


「なんだぁ? アルタイナ兵ってのはクソ雑魚ナメクジ以下かぁ!?」


 笑いの止まらないアチソン将軍は敵総大将の首を狙って、混乱する敵陣深くまで侵入して行った。




 ―――




■中央ゴレムス暦1583年6月10日 夜半

 バッカス


 鉄砲の斉射が終わり、バッカスはガイナスと共に敵の宿舎へと突撃した。

 取り敢えずガイナスの率いる部隊で戦うようおっさんに言われたのだ。


「(大丈夫だ。俺はジィーダバ公の下で十分にやれていた。俺はできる)」


 周囲は薄暗いが、あちこちに放たれた火のお陰で暗闇と言うことはない。

 これで不覚を取ることもないだろう。

 それに暗闇如きで不覚を取るようではせっかく抜擢してくれたおっさんに申し訳ないとバッカスは考えていた。


 大剣を片手に構え、無謀にも躍りかかってくるアルタイナ兵を斬っては捨て斬っては捨てを繰り返す。


「よし。敵じゃねぇ。いけるッ!」


 そう気合を入れ直した瞬間、バッカスの体をオレンジ色の光が包み込む。

 そして更に青色の光に包まれた。


「(これか。これがアルデ元帥閣下の……力!)」


 以前に見せてもらったことがあったが、改めてその奇跡の力を目の当たりにすると、驚きを禁じ得ない。バッカスは神の存在を意識する。

 実際にはここで使用されたのはガイナスの《剣兵突撃》と《神速雷光》なのだが、おっさんから与えられた力なのでそこら辺はまぁいいだろう。


 近くを見るとガイナスが身なりの良い将と戦いを繰り広げている。

 しばし、それが目に留まったが、結果はガイナスの圧倒的な勝利であった。

 敵将は肩口から脇腹に賭けて薙ぎ斬られ、体を上下に別つこととなった。


「(強ぇ……あれはガイナス本来の膂力によるものか? 能力込みの力か? それにしてもえげつねぇ)」


 バッカスは光輝く自分の体を見て震える。

 厳つい顔に似合わず彼は経験な聖クルスト教信者であった。


「かかってこいや! 異教の徒! 俺が神の御許に送ってやるッ!」


 しばらくアルタイナ兵をばったばったとなぎ倒していると、バッカスの巨体に恐れをなして敵兵が近づいてこなくなった。


「雑魚にかまうなッ敵の大将を探すぞッ!」


 偉い人間と言うものはやたらと豪奢な装飾の鎧を着ていたり、勲章などをこれ見よがしに付けているものだ。

 バッカスが探すのはそう言う手合いの人間である。


 いくら視界が限定されているからと言って敵将を探すのはさして難しいことではなかった。外見的特徴の他にも一般兵が固まっているところに向かえばそれなりに高位の軍人に出会うものだ。


「見つけたッ! 貴様が総大将かッ!?」

「舐めた口を叩くなッ! 貴様風情が総大将と戦おうなど100年早いわッ」


 見れば敵方の将軍も中々の偉丈夫である。


「我はナムル将軍ッ! 大剣の錆びにしてくれるわッ!」

「いいねぇ……その首頂いたッ!」


 それから大剣と大剣の殴り合いが始まった。

 一合、二合、三合……とどんどんぶつかり合う回数が増えてゆく。


「はッ! やるじゃねぇか!」

「貴様こそなッ!」


 斬り合いが十合にもなろうとした時、バッカスの体が金色に輝いた。

 そして力が更に湧いてくる。

 とてつもない万能感。


 バッカスは大きくジャンプすると自分の全体重を乗せた一撃を放つ。

 それを受け止めようとしたナムル将軍。

 大剣と大剣がぶつかる――そう思われた瞬間、バッカスの大剣はナムル将軍の大剣を圧し折って更に肩口から胸の辺りまでを斬り裂いた。


「な……に……」

「(これはアルデ閣下の……これほどに能力に差があると言うのか……)」


 バッカスは口から血を吐き出し始めたナムル将軍の首をはねた。

 そしてその力にどこか薄ら寒いものを感じ身震いをした。




 ―――




■中央ゴレムス暦1583年6月10日 夜半

 おっさん


 おっさんはアルタイナ兵に脱出されぬようヘルン市内に入ってからは一気に王宮に向かった。斥候からの情報ではアルタイナ軍は前回の戦役でレーベ侯爵が敗れた場所――兵宿舎に駐留しているらしい。


「全ての門を押さえろ。一兵たりとも逃すな。」


 おっさんは兵宿舎と練兵所を完全に包囲した後、一斉に鉄砲を射撃。

 アルタイナ軍を蜂の巣にしてやった。


 そこへ起き出してきたアルタイナ兵から火矢やら火魔術やらが飛んできて辺り一面に火が燃え広がる。


「あーインクムが燃やしてくれるなって言ってたけど、これはしょうがないね」

「火を放ったのは敵兵ですからな」


 おっさんは兵宿舎の入り口門に陣取って近づいて来た者を銃火器で皆殺しにしていた。

 ここは別におっさんが出る必要のある場所ではない。

 部下や貴族諸侯に任せておけば良いのである。


「この門には敵を近づけるな。向かって来る者には斉射で応えてやれ」


 おっさんが遠くを眺めるとオレンジ色と青色に光った部隊が暴れている。

 あれはガイナスの部隊だろうと踏んだおっさんはこの戦いの勝負は決したなと考えていた。


 兵力差は歴然。

 事前に放っておいた特殊部隊により敵斥候を排除。

 そして奇襲の上、おっさんたちの【戦法タクティクス】である。


 これで負ける方がおかしい。


 おっさんは床几に座って戦いの趨勢を見極めていた。

 アルタイナ軍の抵抗は最早最初にくらべて弱弱しいものになっていた。


「よし。ここらでトドメだな」


《軍神の加護(伍)》


 周囲の兵たちが黄金色に眩く光り輝く。

 彼らの体全体から光がほとばしっているのだ。

 これで勝敗は完全に決したはずである。


 そして間もなく、味方の大音声が響き渡った。


「敵総大将、イヤアル将軍を討ち取ったりーーー!!」


「終わったな。残敵掃討の時間だ」


 おっさんはそう言うとニヤリと笑った。

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