第90話 おっさん、時間稼ぎする
■中央ゴレムス暦1583年5月10日
アウレア
ヘルシアから引き揚げてきた軍がアウレアに帰ってきた。
軍港まで出迎えに行ったおっさんが見たのは、疲れ切った将兵たちの姿であった。
「申し訳ございません。アルデ元帥閣下……総大将としての役目を果たせませんでした……」
流石のレーベ侯爵も悔しそうに顔を歪めながら今にも泣きそうである。
「勝敗は兵家の常だ。次勝てばいい。報告が済んだらしっかり休め」
おっさんはできるだけ優しい声で後悔の海に沈んでいるレーベ侯爵をなだめる。
その後、落ち着きを取り戻した彼の口からポツポツと報告がなされた。
「ニワード卿が討ち死になされたか……残念だ。それにしても小競り合いから本気の奇襲じゃないか。ヘルシアの手引きがあったかね」
「奇襲時、私はインクム殿といたのですが、どうやら魔術師の火魔術で兵たちが混乱状態に陥ったようで……私が駆け付けた時には辺り一面に火が回って、激しく燃え上がっていました」
「今回の敗北でイルヒ側の勢いが増しそうですな」
「下手したらインクム殿の命も危ないかも知れん」
おっさんもドーガの言葉に賛同した。
ここは早めの再出兵が求められるところだろう。
とは言え、状況の変化でおっさんはヘルシアではしばらく睨み合いを続けることになるだろうと考えていた。アウレア大公国が列強であるエレギス連合王国と同盟関係になれば世界に大きな波紋をもたらすことになるだろう。
その時が決戦の
「閣下ッもう1度私にチャンスを!」
「分かっている。インクム殿の安全を確保するためにもヘルシア出兵は確定事項だ。レーベ卿、次も総大将を任せるぞ」
「はッお任せあれ!」
その後、おっさんはレーベ侯爵にエレギス連合王国との顛末を話して聞かせた。
「世界の盟主たるエレギス連合王国と同盟ですと……!?」
「ああ、今は実務者同士で内容を詰めているところだよ」
「なるほど……それでヘルシアで膠着状態を維持せよと言うことなのですね。それにしても同盟が世に知れ渡れば世界が震撼しますぞ」
「震撼か……そうだね。アウレアがまた表舞台に立つ時がくるんだ。失敗は許されない」
おっさんはそう自分に言い聞かせる。
おっさんの目標を叶えるためにはこの同盟関係が強固なものになる程都合が良い。
今回討ち死にしたニワード伯爵以下、数人の貴族諸侯を失ったのは残念だが、アルタイナ戦にはおっさん自ら臨むつもりである。
兵の損失は思ったより少なかったことも幸いし、すぐにヘルシアに駐留軍を派遣できそうだ。
アルタイナは分割されているとは言え、アウレアの国力を凌ぐ。
おっさんは来たるべき一戦に向けて気合を入れ直した。
―――
■中央ゴレムス暦1583年5月10日
アウレア ホーネットの自室
ホーネットはエレギス連合王国からの使者と対面してから荒れるに荒れていた。
「あの使者の態度はなんなのだッ!」
「いい加減、お怒りを鎮めなさいませ。陛下」
「ルガールッお前は良いのかッ!? あれではアルデ将軍が国家元首のようではないかッ! 俺を無視しおって……」
ホーネットはレオーネらに自分が無視されたと感じていた。
話を進めたのはほぼおっさんであったので疎外感を感じたのだ。
それが高過ぎるプライドを刺激する。
「陛下……サナディア卿のことは放っておかれませ……」
側に控えていた妃のスワンチカもホーネットに寄り添って何とかなだめようと必死だ。
「陛下はまだお若いのです。相手は老獪なサナディア卿です。今は残念ながら敵いませんが、あくまでも彼は元帥なのです。内政に決定権はございませぬ。陛下は今の内に若い将校や文官らからの求心力を高めなさいませ」
「そんな気の長いことなどやっておれぬわッ」
「陛下……」
ルガールの言うことを聞かないホーネットにスワンチカが懇願するような目を向ける。流石のホーネットも彼女には弱いらしくどこか気まずげに顔を背ける。
「分かった分かった」
いつ暴発してもおかしくないホーネットを2人が宥め続ける日々である。
ホーネットは日ごと悪夢に苛まれていった。
―――
■中央ゴレムス暦1583年5月10日
イルクルス
教皇フェクティスは焦っていた。
今回の聖戦で一番期待していたエレギス連合王国が不参加を通告してきたからだ。
エレギス連合王国は今回だけでなく過去の聖戦でも聖軍主力として蛮族共を葬って来た大事な戦力である。
フェクティスは諜報員を使ってエレギス連合王国の不参加理由を調べていた。
表向きはディッサニア大陸の安定化のためと言う理由であったが、本当のところは分からない。
フェクティスはエレギス連合王国が何かを隠していると考えていた。
聖戦ほどの重要事を断る理由である。本当のことを言うはずがないと言うのが正直な感想だ。
それと今回はアウレア大公国も不参加を表明してきた。
聖戦の度にこせこせと小勢ながら兵を送って来ていたくせに、急に断るなど不敬にもほどがある。しかも聖戦が始まろうかと言う時期の不参加表明である。
許せるはずがない。
アウレア大公国と言う大仰な名前の小国家。
そのような国は栄えある聖クルスト教の聖地を持つイルクルスの言うことを黙って聞いておけば良いのである。
しかも不参加の理由がエレギス連合王国と同じディッサニアの安定のためときた。
小国如きが大陸の安定にどれだけ寄与できるか考えるだけでも笑えると言うものである。
「過去の遺物が……次の聖戦はアウレアにしてくれようか……」
そんなことを独り語ちながらフェクティスは額から滲み出る汗を拭った。
今考えるべきことはそんなことではない。
フンヌとヴェルダンを討伐できるかが問題であった。
神殿の諜報員によれば、ヴェルダンは訳なく下せそうだと言うが、黒魔の大森林の護り手を自称しているフンヌは
世界最大の宗教、聖クルスト教を戴く国家として失敗など許されない。
「神殿騎士第一軍団を出す必要があるやも知れぬな……」
世界に大きな影響力と権威を持つフェクティスもまた不安に苛まれ、眠れぬ夜を過ごすのであった。
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