第91話 各領土にて
■中央ゴレムス暦1583年5月10日
ハーネス
エストレア事変後、おっさんの領土になった港町ハーネスは、整備が進み、見事に貿易船の寄港地になっていた。天然の良港だっただけでなく、区画、舗装の整備によって大きく発展を遂げたのである。
おっさんはここから貿易船を出し、グレイシン帝國―イアポーニア―ヘルシア間の航路を旅させていた。
船乗りたちが貿易品を忙しく船に積んだり降ろしたりしている。
今日も1隻の貿易船が出航する予定らしい。
まだまだ輸出品は厳選の余地はあるが、ハーネスでは今のところ、
はやといもはどんな土壌でも良く育ち、かつ味も良い芋だし干シィタケに至ってはグレイシン帝國での稼ぎ頭だ。
また、金持ちの嗜好品として剥製なども扱っている。
走竜の剥製を持ち込んだ時など、次々と買い手がつき混乱が起こったほどだ。
ハーネスを治めているベアトリスは妹のクリスとともに港にやってきていた。
根が真面目なベアトリスとしてはまだ執務があったのだが、貿易船がついたのとそれを見たいと言って聞かないクリスに押し切られてしまったのだ。
腰の聖剣ヴァルムスティンを左手で弄びながら港へと到着すると、隣を歩いていたクリスが目を輝かせながら、積み荷の方へと走っていく。
「お姉ちゃん早く早く! これなにー?」
ベアトリスが仕方ないと言った感じで追いつこうと駆け寄ると、丁度積み荷を降ろしていた船乗りが代わりにクリスに説明を始めた。
「お、嬢ちゃん、綺麗だろ? それは宝珠って呼ばれてるよ。何でもアルデ将軍があちこちに人をやって探し回っているらしい。高そうだから偉い人に売るのかねぇ。俺らにはきっと手も出ないよ」
説明を聞いたクリスはあまりピンときていないようで名状しがたい表情をしている。
「ふーん。キラキラして綺麗だね」
「クリス、それは元帥閣下のとっておきだよ。いずれクリスにも使ってもらえるかも知れないね」
「使う? これって使うアイテムなの?」
「そうだよ。お姉ちゃんも使ってもらったんだよ」
「あたしも使ってもらいたーい!」
「強くなる努力をしていればきっと元帥閣下が能力を与えてくれるよ」
「あたし、もっと頑張る!」
【
「あっベアトリス閣下でしたか。検分に参られたので?」
「ああ、気にしないでくれ。妹に見学させに来ただけだから。それにしても今回は宝珠の数が少ないわね」
「中々見つからなくて大変らしいですよ」
「そうなの……? いやそうよね」
そう都合よく未知の力を授けてくれる宝珠など見つかるはずはないのだ。
「お姉ちゃん、この毒々しいのは……?」
クリスが瓶に入った赤色の丸いものを指して困惑の表情をしている。
「それは……あー確か閣下の薬だったはずだな」
「アルデ様が飲むんだ? なんか体に悪そう……」
「何でもとっておきの秘薬らしいよ良薬口に苦しって言うだろ」
ベアトリスはここまで言って何か違うなと思ったが、訂正しないでおいた。
「武器みたいなのも多いね」
「今、閣下は鍛冶師の確保を急いでいるからね。この中にも職人さんがいるはずだよ」
「なんか赤い鎧がある」
「それは……確か赤備え?だったかな?兵士たちの鎧を赤で統一したいらしい」
ベアトリスは目の前で熱く語られた時のことを思い出していた。
あの時は何か強いこだわりがあるんだろうなと思っていたものだ。
あの目はマジモンの目であったとベアトリスは身震いする。
「そう言えば随分出来あがってきたな。ウェダの方でも鍛冶師が鎧を作っているらしいからもうかなりできたんじゃないか?」
「ふーん。あたしも着てみたいかも」
「あれでも結構な重さだぞ? クリスに着れるかな?」
「あーお姉ちゃんのいじわる! あたしも着て見せるよッ!」
ベアトリスはクリスに気の済むまで見学させて共に屋敷に戻った。
おっさんからは戦が近いと連絡を受けている。
アウレア大公国の命運がかかった戦争になるとも。
ハーネスはベアトリスのカリスマもあって兵士や傭兵が多く集まってきていた。
軍備のほどはバッチリである。
「気を抜いてなんかいられないわね。明日の訓練は厳しくいこう」
ベアトリスはそう言って鬼のような笑みを浮かべた。
―――
■中央ゴレムス暦1583年5月10日
ウェダ
おっさんの本拠地であるウェダでもノックスにより軍備が整えられていた。
ノックスにも今後のヘルシア・アルタイナ戦略は教えられていた。
軍船はハーネスで次々と建造されているので、ここで行っていることはまた違うことである。
軍備以外にもノックスはおっさんの指示で人探しを行っていた。
おっさんのログインボーナスのカードで出てきた人物を中心に捜索を行っている。
大きな戦争になりそうな中で1人でも多くの指揮官を確保したいところだが、おっさんが信を置いている部下はそれ程多くはない。
今、ウェダにいる主だった家臣はガイナスとバッカスだけなのでノックスは多忙を極めていた。
ボンジョヴィはガーランドの交渉役として今も活躍している。
時間ができたらエレギス連合王国との話し合いの場にも出る予定である。
ガイナスとバッカスに任せられるのは軍備だけだ。
傭兵との交渉は慣れているようだが、他にできることと言えば練兵くらいのものである。
「次の相手はヘルシアとアルタイナよ。眠ったまま死んだドラゴンとその舎弟なんぞ我が軍にかかれば鎧袖一足だぜ」
ガイナスはできたばかりの大きな赤い甲冑を着てバッカスと話していた。
「中々に重量があるが、閣下がこだわるくらいだ。何かあんのか?」
「何か効果があるんだろう。心理的に訴えるものがあるのかも知れん」
「心理ねぇ……閣下は考えてる振りして何も考えてねぇ時があるからな」
「そうなのか?」
「おお、俺は近衛だからな。分かっちまうんだなこれが」
そう言いながらガイナスは面頬を付けた。
その顔はまるで般若の如くである。
「それはフェイスガードなのか?」
「敵を威嚇するもんでもあるらしいぞ」
「お前さんならつけなくても威嚇できてそうなもんだがな……くっくっく」
「俺ん中じゃ褒め言葉だぜ? しかしノックス殿も大変なことだ」
「ガイナス……そう思うなら何か手伝って差し上げろよ……」
バッカスは呆れたようで苦笑いしている。
「一応、練兵時には注視してるんだがな。後は古参と寝返り組だな」
「誰か候補はいるのか?」
「古参は戦上手なヤツがいるよ。だが閣下は能力を与えようとしない」
新参であるバッカスでさえ能力のことは聞いているのに古参に話さないとなると確かに変な話ではある。
「信頼関係って訳でもなさそうだが……で、新参はどうなんだよ」
「ジィーダバ配下だったヤツらはたいして使えそうにない」
「まぁ確かにな。リーマス将軍なんかは盆暗だ」
バッカスは元ジィーダバ家の家臣だ。
多くの将を見てきたが、大抵の才ある武将はサースバードの戦いで戦死している。
「今度の戦いは面白くなりそうだ。ノックス殿の負担を軽くするために人材捜索もしていかなきゃなんねぇな優秀な指揮官を束ねる能力が閣下にはあるようだからな」
「だな。バッカス、お前さんも能力を授けられるかも知れん。信頼を勝ち取るんだな」
「……ああ」
ぼんやりと今後のことを考えるバッカスの横でガイナスは1人愚痴っていた。
「この甲冑ってヤツはカッコイイけど1人で着れねぇのが辛い!」
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