第89話 策動

■中央ゴレムス暦1583年5月8日

 アウレア 迎賓館


 もったいつけるレオーネの口から出てきた言葉におっさんは内心でかなり驚愕していた。


「提案なのですが、貴国が今まさに行っているヘルシア・アルタイナ戦略にお力添えを致しますわ」


「そ、それはこちらとしても願ってもないことですが……なんでまたこんな小国に味方してくださるのでしょうか?」


 おっさんの小国と言う言葉に反応してホーネットが顔をしかめるが、ここはスルーである。と言うか、ここは外交の場である。あまり顔には出して欲しくないのが本音であった。


「我が国は貴国を小国とは考えておりませんわ。むしろこの東ディッサニアに大きな影響力を持ち得ると思ったからこそ、今回、訪問させて頂いたのです」


「(やはり東ディッサニア大陸のパワーバランスの関係か……アルタイナを喰い荒らしているのは列強国はエレギス連合王国、ガーレ帝國、ヴァルムド帝國、準列強国はカヴァリム帝國だったな。エレギス連合王国がアウレアと手を結びたいと考えるのは……やはりこれらのどこかの国と対立が生じたんだろうな)」


 おっさんが思考の海にダイブしているとホーネットが口を挟んだ。


「我が国への訪問感謝する。私としてはこれを機に貴国と通商条約を結びたいと思うのだが如何か?」


「それは魅力的な提案でございますね。後でお話を詰めさせて頂きましょう」


 レオーネはハツラツとした笑顔になり前向きな反応をしながらも話を進めようとはしない。チラリとおっさんの方へ視線を向ける。おっさんの反応を待っているのだ。


「力添え頂くと言うのは具体的に何をして頂けるのでしょうか?」


「それは貴国がどこまでやるかによりますわ」


 その言葉にサネトス中佐はゴホンと咳払いをしてレオーネに苦言を呈す。


「サクシード殿、あまり曖昧な物言いは――」

「分かっておりますわ」


 有無を言わせない圧力を感じてサネトス中佐は黙り込む。

 若いながらに豪胆なレオーネはこの場のアウレア人たちを試しているのだ。


「我々としては、ヘルシアを自国の領土ではなく影響下に置きたいと考えております。そのためには必ずアルタイナと戦争になりましょう。戦争に勝てば、現状のアルタイナの権益争いに一石を投じることとなると思いますが。貴国の牽制・支援があれば、我が国の勝利は揺るぎないものとなりましょう」


「ふふ……さすがは烈将アルデと呼ばれるお方ですわ。貴方がいる限りアウレア大公国は安泰と言う訳ですね」


 おっさんは横で不機嫌になるホーネットにひやひやするが、彼も流石に文句を言う気はなかったようだ。ホーネットはソファにもたれ掛ってそっぽを向いてしまった。


「恐れ入ります。我が国は歩み続けます。これは大公陛下を中心に皆が纏まっているからです。それは誤解なきよう……」


 おっさんの謙遜をどうとったかは分からないがレオーネはそれに満足したのか、話を始めようとする。それをおっさんが遮った。


「ヘルシア処分の話をする前に、先程おっしゃられた我が軍敗北の報について教えて頂きたい」


「……そう。そうですね。我々も詳細までは把握しておりませんが、貴国の軍がヘルン市内に入り、そして深夜に奇襲されたようです。ヘルンの空は赤く染まったようで罵声や怒号が飛び交っていたそうです。我が国の密偵が貴軍が退却したのを確認しております」


「そうですか……(どの程度の損害だ? 奇襲か。市内での戦闘となるとヘルシアの手引きがあったのか? くそッ損害が気になる……)」


 おっさんは少し考えるとすぐに顔を上げた。

 今考えてもどうしようもないことだからだ。

 今すべきことはエレギス連合王国との連携を確認することである。


「分かりました。ありがとうございます。それでは改めて我が国と組む理由と東ディッサニアの情勢をお聞かせ願えますか?」


「ええ、現在アルタイナは列強、準列強に分割されております。近年その争いが顕著になってきており、どの国も露骨にアルタイナに難癖をつけ始めました。特にガーレ帝國の動きが活発でアルタイナのみならずヘルシアまでも狙っているとの情報を掴んだのです。また、ガーランド方面に侵出すると言う情報もあります。これ以上、他国、特にガーレ帝國の影響力を東ディッサニアで強める訳にはいきません。そこで貴国にはヘルシアはもちろん、ガーレ帝國の南下を阻止するためにアルタイナ、ガーランドを影響下において欲しいと言うことです」


「(エレギス連合王国の利権が脅かされてきたってことね。ガーレ帝國の南進か……下手すりゃ列強国と対立か。エレギス連合王国はどこまで支援してくれるのかな?)なるほど。それで貴国は我が国にどう言った支援を?」


「貴国の戦闘行動を全面的に支持します。特にヘルシアの内政・軍事への介入を承認致しますわ。恐らくヘルシアでの衝突はアルタイナとの戦争に発展するでしょう。もしガーレ帝國が介入の様子を見せたなら我が国が牽制致しますわ。我々の目的は現在のアルタイナ分割に貴国を参入させ、東ディッサニアの安定を取り戻すことです」


「なるほど理解しました。では先程は通商条約を、と言うことでしたが、もう一歩踏み込んだ関係にして頂きたい」


「と、申しますと?」


「我が国と同盟を結んで頂きたいと言うことです」


「同盟ですか……」


 ここは国運を賭けるところである。

 列強国、それも世界の盟主とまで言われるエレギス連合王国と同盟を結べれば、その影響は計り知れない。


「我が軍だけでアルタイナを退けてみせましょう。そしてヘルシアを影響下に」


 レオーネが何やら考える素振りを見せる中、おっさんは胸を張って言い切った。

 アルタイナとの国力差は歴然である。

 現状、圧倒的にアルタイナの方が大きい。

 おっさんの自信にあふれた言葉にホーネット、ルガール、ドーガは三者三様の表情を見せる。


 しばらくおっさんの目を見つめていたレオーネだったが、その中におっさんの本気を感じ取ったのかコクリと頷くとこれまた胸を張って言い放った。


「分かりました。そちらの交渉も開始致しましょう」


 おっさんは一世一代の賭け出て、まず第一歩を踏み出した。

 

 結局、通商条約、国交樹立は確定として同盟関係の構築の可能性まで広げることができたおっさんである。


 細かい部分の詰めは実務者級の会議で決定されることとなった。


 そしてここにおっさんの勇躍が始まろうとしていた。

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