第88話 予期せぬ来訪者
■中央ゴレムス暦1583年5月6日
アウレア 会議室
ヘルシアで敗北を喫したことを知らないおっさんたちはとある会議室で対ヘルシア戦略について話し合っていた。
出席者はおっさんの意見に同調する者から、あくまでホーネットの指示に従う者まで様々だ。
「議題はヘルシア処分についてであります。是非、皆様忌憚のない意見をお聞かせください」
司会の男がそう言うと早速、忠義の男グレイス伯爵が不思議そうに尋ねる。
「何故、今更こんなことで話し合う必要があるのか? 大公陛下の仰せの通りにヘルシアなど踏みつぶしてやればよいのではないか?」
「踏みつぶせるものならとっくにそうしている。それが出来ないからこうして会議をしているのではないか」
グレイス伯爵はおっさんと立場が近く、積極策には賛成なのだが、あくまでアウレア大公国の復活を願う人物である。将来的には敵になりかねない人物だとおっさんは見ていた。
「我が国は軍制改革と軍備増強に励んで来た。エストレア事変以降特にだ。ヘルシアはアルタイナがいないと何もできない鳥なき里の蝙蝠ではないか!」
確かに蝙蝠なのだが、ただの蝙蝠でないところが悩ましいところだ。
おっさんはこっそり溜め息をついて椅子に深く座り直す。
「(そこが要諦なんだよなぁ……分かってないのかね。そのアルタイナが控えてるから問題なんだが……)」
「馬鹿な……ヘルシアに侵攻してみよ! アルタイナとの全面戦争になるぞッ!」
物事をちゃんと捉えているらしいアーネット子爵が悲鳴のような声を上げる。
「大公陛下はヘルシアの討伐をせよと仰せだ。アルタイナなど何するものぞ! 陛下の命令は不可侵にして絶対! ヘルシアを滅ぼせと言われればそうすればよい!」
ホーネットの側近であるルガールは口角泡を飛ばす勢いで主張する。
「ヘルシアを滅ぼせなどとは言われておらぬッ! 討伐しろと仰せなのだ。都合のよい解釈はやめてもらおう!」
「サナディア卿の意見はどうなのです? 元帥として答えて頂きたい!」
どうせ聞かれるのだから、早いところ意見は表明しておいた方が良い。
おっさんは居住まいを正してはっきりと明確に言葉を紡いだ。
「ヘルシアを滅ぼすことは不可能だ。ヘルシアを影響下におくとすれば戦略は決まってくる。親アウレアのインクムに味方して親アルタイナのイルヒを滅ぼす。後は支援を厚くしてヘルシア半島を防衛線にし、アルタイナに備える」
「不可能ですと!? やる前からそんなことではできることもできませぬぞ?」
「今のアウレアにはヘルシア半島全域を統治する力はない。できてせいぜい局地的に重要拠点を押さえる程度だろう。統治しようとすればヘルシア半島だけでなく、アウレア本国も危険に晒すこととなるだろう。精神論で国を滅ぼす訳にはいかない」
「なんですと! 仮にも元帥に任命された方のお言葉とは思えませぬな」
「(やれるならやってんだよ。それにアルタイナと戦うとなると、重要なことが1つある。どうしてもクリアしなければならない問題だ)これはしたり! 私を――」
「ルガール殿、言葉に気を付けられよ。サナディア卿は軍の最高責任者。貴公と言えども侮辱は許されまいぞ! それに貴公が陛下をお諌めしていればこのようなことにはならなかったのだ!」
「何を抜かすか若造がッ! 陛下には陛下の深い考えがあってのことじゃ! 貴様、不敬じゃぞ!」
「不敬などと言われては進む会議も進まぬわ!」
「そうだ! ルガール殿は黙って頂きたい!」
「ここは元帥のサナディア卿が決めることですぞ」
所謂、大公派もいるが、おっさんに着いて来る貴族諸侯も多いのだ。
「ルガール殿、我々は今やれることしかできません。精神の問題ではなく物理的に不可能なことをご理解頂きたい」
会議は紛糾したが、結局はおっさんの戦略でヘルシア討伐が行われることに決まった。
―――
■中央ゴレムス暦1583年5月8日
アウレア
イルクルスで聖戦発議が行われてから1カ月と少し。
そろそろ聖戦のフンヌ・ヴェルダン討伐の参加の可否を決めなければならない時期である。おっさん的にはアウレア大公国のためなら聖戦とやらに参加した方が今後やりやすいかとも思ったのだが、ホーネットの強硬な態度を見ればヘルシア討伐はやらざるを得なかった。
ヘルシア討伐を行うとなるとアルタイナが出て来ることは確定事項だ。
しかし、アルタイナと戦争するとなると、1つの懸念が生まれる。
それは列強国の存在だ。
現在のアルタイナはその国土の多くを租借・割譲され分断されている。
まだまだアルタイナの権益を狙っているだろう列強国に対して配慮する必要がでてくるのだ。ただでさえ目を付けられているアウレア大公国が他国に半ば侵略的な形で戦争を吹っかけるからには列強に話を通しておきたいところである。
しかし、外交ルートがない。
大使もいなければ通商条約すら結んでいないのだ。
おっさんは頭を抱えていた。
そんなおっさんのところに――
何と言うことでしょう。
ある国から使者が突然来訪したのである。
来訪者の名前はレオーネ・サクシード、エレギス連合王国の外務長官であった。
護衛はサネトス中佐である。
まさか突如、列強国からの使者が訪れるなどとは予想もしていなかったアウレア大公国であったが、急きょ迎賓館を解放してそこでもてなすことにしたようだ。
レオーネがホーネットに拝謁してから会談が始まった。
出席者はレオーネ、サネトス中佐、おっさん、ドーガ、ルガール、ホーネットである。おっさんとしてはホーネットは既に拝謁したのだからいて欲しくはなかったのだが、列強国との交渉と言うことではりきったのであろう。
「まずは急な訪問をお詫びいたしますわ。それにもかかわらずこのような席を設けて頂き感謝の言葉もございません」
「我が国の門戸は常に開いております。サクシード殿の来訪を誰が邪険にしましょうか」
ホーネットが最近めっきり少なくなった笑顔でそう言った。
機嫌の方は悪くないらしい。
「大公陛下におかれましてはご機嫌麗しゅうございますわ。ところで、見たところ中々に軍備が整っているご様子。聖戦への準備と言ったところでしょうか?」
ホーネットは説明するのが面倒なのか顎をしゃくっておっさんに何か伝えようとする。と言っても、説明しろと言うことだろう。
おっさんはこの場に
「我が国は国際協調を大事にしております。聖戦となれば、一番に駆け付けたいところなのですが、少々問題がありましてね。(無茶ぶりがな)貴国はイルクルスへ向かう途中で我が国に?」
「いえ、私共は此度の聖戦には参加致しません」
「!?」
おっさんは耳を疑った。
世界の盟主たるエレギス連合王国が聖戦に参加しないなどとは夢にも思わなかったのである。
「では何故、我が国に……?」
「ちょっとお話があった……と言っておきましょうか」
レオーネは余裕を浮かべた笑みを見せる。
まだ若いがどこか貫禄のあるその姿におっさんは気合を入れ直す。
「それで貴国は聖戦に従軍されるのですか?」
「(しゃあねぇ言うしかないか)いえ、今回は見送るつもりです」
「ふむ。それは何故です――」
「サクシード外務長官、焦らし過ぎですぞ?」
口を挟んだのはサネトス中佐だ。
心なしか呆れたような表情を見せている。
「あらやだ。私の癖がでちゃったみたいですわ」
「では本題に入りますわね。貴国は今ヘルシア半島でアルタイナと対立している。今のヘルシアは暴発寸前ですわ。そして3日前、貴国は半島でアルタイナ軍に敗れた」
「なッ!?」
「敗れたですと!? ええいサナディア卿どうなっておるッ!」
おっさんはまたもや耳を疑った。ルガールの言葉などどうでもよい程だ。
アウレア本国と派兵した軍とは連絡がまだついていない。
おっさんたちは敗れたと言う情報はまだ持っていないのだ。
「何故分かるのです?」
動揺しないように冷静を装っているものの冷や汗が止まらないおっさんである。
隣ではホーネットが驚愕しておっさんの方に説明しろと言った顔を向けている。
「我が国の魔導通信技術を持ってすれば可能なことですわ」
「(魔導通信? 反則じゃねーか。そんなもんがあるなんて聞いてねぇぞ!?)」
おっさんは思わず黙り込んで考えてしまう。
沈黙は悪手だと思っていてもだ。
「(ウチとアルタイナの対立に興味がある? いや、エレギス連合王国は既にアルタイナに植民地を持っている。となれば? どういうことだ? 東ディッサニアのパワーバランスを崩したくない?)」
おっさんの目つきが変わったのが面白かったのかレオーネはくすくすと笑いながら言った。
「そこでご提案なのですが……」
レオーネの顔には獰猛な笑みが浮かんでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます