第32話 アウレア平原の戦い・拮抗

 ■中央ゴレムス暦1582年7月1日 11時頃

  アウレア平原


 晴れ渡る青空の中、新緑の大地の上で激戦が繰り広げられている。

 昨日までの豪雨が嘘の様なカラッとした快晴である。


 シルフィーナ軍、一○○○○とネフェリタス軍、六三○○、数の上ではおっさんたちシルフィーナ軍に分があるが勝負はときの運。戦いはどう転ぶか分からない。


 現在は横一列になった両軍がぶつかり合っている。

 ネフェリタス軍本陣の士気は低いが、前線で戦うオゥル伯爵軍などは思いの外高い。練度も加味して考えるとオゥル伯爵軍はこのアウレア平原にいる部隊の中では強い部類である。


 中々動かない状況に焦れたのか、ネフェリタス軍が動く。

 本隊から分離したアド軽騎兵がシルフィーナ軍の右翼に向かっている。

 その動きから察するに横腹に一槍入れるつもりのようだ。


 おっさんが指示を進言しようとすると画面の中に動きがあった。

 魚鱗の2段目に陣を構えていたオッポス男爵軍がするすると動き出すと、シルフィーナ軍右翼の援護に向かう。

 通信技術が発達していない時代である。

 指示がなくとも現場の判断で動かなければならないときは必ずくるのである。


 じりじりとした状況が続く中、シルフィーナ軍の中央の前列が崩れそうだ。

 見ると士気の数値がどんどんと減っていくのが分かる。

 それに伴って兵士の数もじょじょにではあるが少なくなっていく。


「殿下、中央がオゥル伯爵軍に喰い破られそうです。中軍を投入しましょう」

「分かりました」


 おっさんの助言を受けて、シルフィーナはテーブルに広げられた地図の上の盤面に目を向ける。そこには敵味方両軍の駒が置かれていて状況が分かるようになっている。おっさんのボードとは比べものにならないが、状況を可視化するのは大事なことである。


「アルデ将軍、アチソン男爵軍を当てますがよろしいですか?」

「殿下、隣のバジル男爵軍の方が良いのでは?」

「いや、ここはノーツ男爵を。彼の武技は並外れておりますゆえ


 シルフィーナの判断に参謀役たちが口々に違う貴族の名前を出す。活躍の場を得るために色々駆け引きがあったのだろうが、おっさんには来ていない辺り、その人柄、つまりどう思われているかが良く分かる。きっとおっさんの性格とは違うのだろう。


「アチソン男爵がよろしいかと」

「アチソン男爵軍を前へッ!」


 並み居る参謀たちの中、おっさんの言が受け入れられる。

 おっさんとしては参謀たちの視線が痛いのだが、ボードを見て戦況だけでなく敵指揮官とネームド武将、士気、練度などが分かるおっさんの方が、より正確な判断を下せるのは間違いない。それは知らないはずだが、シルフィーナはおっさんの献策を入れる。おっさんはアルデ将軍が如何なる人物であったかを思い知るのであった。


 アチソン男爵の軍はバフが掛かっている訳でもないのに士気UPの表示が出ている。また、項目に統率や武勇と言った表示はあるが数値化されていないので見ることはできない。ゲームのように見られればより判断しやすいのだが、見れないものはしょうがない。もしかしたら今後、ボードの機能が解放されて見られるようになるかも知れないが、おっさんは特に気にしてはいなかった。


 おっさんの、そしてシルフィーナの下知が伝令によって前線に運ばれていく。

 しばらくのタイムラグがあってアチソン男爵軍が動き出す。


 ゲームとは違う臨場感がそこには存在した。


 おっさんの手が自然と汗ばむ。




 ―――




 ■中央ゴレムス暦1582年7月1日 11時過ぎ

  アウレア平原 アチソン男爵軍


「てめぇらッ! 出陣すんだよォォォ! 敵をかーるく蹴散らしてやんぞッ!」


『応ッ!!!』


 ホーセン・アチソン男爵が兵士たちの方へ向いて大喝すると士気の上がった彼らから気合の入った雄叫びが返ってくる。


 それを合図にアチソン男爵軍、三○○がオゥル伯爵軍に突撃を敢行した。

 彼の軍は混成ではなく全員がアド騎兵であった。


「突っ込めッ! 手柄を立てるは我にありッ!」


 アチソンはアド上から大音声で自軍を鼓舞する。

 戦場で声が大きい、そして良く通ると言うのは重要なことの1つである。


 アチソンはアド上で右手に持った方天画戟ほうてんがげきでオゥル兵をぶん殴る。振り下ろされたそれは見事に敵兵を斬り裂き吹っ飛ばした。


「はっはァ! 手応えのねぇ野郎共だッ!」


 方天画戟を左右に振り回し兵士の脳天を叩き割り、人間をただの物言わぬ肉塊に変えていく。その膂力たるや凄まじいものがあった。


 突如として現れた鬼神の如き将軍にオゥル伯爵軍は混乱を始めた。

 そこに立ちはだかる者がいた。

 ソルレオ・ムジークである。


「おい、貴様ッ! 俺と尋常に勝負しろッ!」

「ああッ!? 俺様に挑もうたァ大したもんだ。誰だテメェはッ! 名乗れッ!」

「俺はソルレオ・ムジーク! 貴様を倒して更に上に行くッ!」

「面白れェ! やってみろッ!」


 ソルレオが歩兵だったのでアチソンはわざわざアドから降りて対峙した。


 ソルレオが長剣で仕掛ける。

 アチソンは軽くそれを弾くと鋭い突きを放った。

 ギリギリのところでそれをかわしたソルレオは体を反転させて遠心力の乗った一撃をアチソンに叩きつける。

 しかしそれは軽く受け止められて逆に力づくで跳ね除けられる。


 吹っ飛んだソルレオにアチソンの豪快な笑い声が届く。


「んだァ? 大したことねェなテメェはッ!」

「抜かせッ!」


 長剣と方天画戟の殴り合いが始まった。

 リーチで圧倒的に上回るアチソンの攻撃がソルレオを追いつめる。

 それだけでなく膂力も手数もアチソンの方がソルレオを上回っていた。

 例え剣と剣の戦いでもアチソンが圧倒していただろうことは想像に難くない。


 昨日までの豪雨でぬかるんでいた地面でソルレオが滑る。


「はっはァ! 討ち取ったァ!」

「こなくそッ」


 体を泥だらけにしながら体を前回り受け身のように回転させ、何とかかわしたソルレオは、恥も外聞も投げ捨てて脱兎の如く逃げ出した。

 それの素早さに呆気に取られていたアチソンは我に返ると大音声で叫ぶ。


「敵は恐れを為して逃げたぞッ! 勝機は我らにありッ!」


 方天画戟を一回転させて数人の体を引き千切ったアチソンは再びアドに乗ると進撃を開始した。最早、逃げたソルレオなど眼中にない。


 彼の通った後には死体の道ができていた。

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