第33話 アウレア平原の戦い・攻勢

 ■中央ゴレムス暦1582年7月1日 13時頃

  アウレア平原 シルフィーナ軍本陣


 おっさんは本陣で1人焦れ始めていた。


 数で勝るシルフィーナ軍がネフェリタス軍と互角の戦いを繰り広げているからだ。

 しかもこの場所は西側に森がある程度の平坦な大地が広がっている平原なのだ。


「(弱いってレベルじゃねぇぞ!? アウレア貴族ってこんなにひどいのか……)」


 おっさんが目の前に浮かぶボードを眺めながら内心驚愕していた。

 思い起こせば、カノッサスでの訓練もおっさんの【戦法タクティクス】を使わずとも、あまり苦戦するほどではなかった。


 この国はアルデ将軍だけでもっていたのかも知れない。

 いやそれは極端過ぎか、とおっさんは思ったがそうも言い切れないのが怖いところである。


 現在、アウレア平原では敵味方に別れて合わせて10ほどの部隊が真正面からぶつかり合っているがどの場所でも戦況は一進一退である。


「アルデ将軍、最右翼が押されています。援軍を」


「レルメス男爵の軍を押し出せ! 迂回して敵の真横を突くように伝えろ!」


 シルフィーナは次々ともたらされる情報を頼りに自ら判断を下して、おっさんに指示を仰いでくる。おっさんとしては名目上とは言え、総大将なのだから直接命令しても良いと思っていたが、自信がないのだろう彼女はいちいちおっさんに伺いを立ててくるのだ。


 そうは思うが、彼女が実戦を指揮した経験がないことを考えると仕方のないことなのかも知れないとおっさんは思うのであった。もちろん、自分も異世界に来て初めて合戦の指揮を取ったことなど覚えていないのだ棚に上げている。実に都合の良い頭であった。


「流石は将軍、見事な用兵ぶりでございますな」

「はははは。私の馬鹿息子にも見習わせたいものですぞ」

「見よ! バルト王国軍が慌てておるわ」


 おっさんは忘れているし、周囲はアルデが別人物に変わっているなどとは気付いていないので皆、烈将アルデの有能さにただ感心し、すり寄ってくる。

 一応、総大将はシルフィーナなんだぞ?と思いつつ、おっさんは適当に相槌を打っていた。貴族のおべっかなど聞いていても疲れるだけである。


 おっさんは気付いていないが、ホラリフェオ亡き今、アウレアを牛耳るのはアルデ将軍だと多くの者が考えている証拠でもあった。


 おっさんは疲れた目をシルフィーナで癒そうと中央に座する彼女をチラリと流しみる。そこには少し怯えたような目をして緊迫した空気を纏わせた小さな総大将の姿があった。どこか震えているようにも見える。


「(初の合戦が父親の弔い合戦か。儘ならないね)」


 などと一瞬同情しかかっててしまったが、おっさんは今はそんな場合ではないと気を取り直す。


「(そんなことより、このままダラダラやってたら日が暮れるわ!)」


 この時代の戦など長い時間を掛けて行われるものではあるが、何とか短期決戦で終わらせたいおっさんは仕方なく自分の兵を使うことに決めた。


 おっさんはすぐに伝令に指示を出すとドーガの陣へと送り出した。

 しかし伝令は遅い。

 現代戦と比較すること自体、無茶な話ではあるが、意思伝達にあれほどのタイムラグがあるのは致命的である。

 おっさんは焦りのあまりボードをバンバンと叩きながら心の中で叫んだ。


「(ドーガッ! すぐにガイナスにバルト王国軍を森から急襲させろッ……って焦れったいなおい!)」


 おっさんはこの不思議なボードのことだからもっと色々な機能があってもおかしくないと思っていた。能力を与えた人物に直接命令を与えられるこいつ直接脳内に……とかそんな感じのがあればいいと。これはまさに今の願望なのだが。


 そんな機能があったとしても縛りがあるだろうなと思うおっさんであった。

 これは恐らく間違いないだろう。

 トランシーバーやスマホの様に通話することが可能ならば戦場の様相は一変する。革新的な技術であり、それだけで敵を圧倒することもできると言うものだ。


 しばらくボードを眺めていると、ドーガ隊から離れる一隊があった。前線で戦う数km後方でガイナス隊が森林地帯へ向かっている。指揮官はガイナスで率いるのは歩兵が八○○だ。あまり連れて行っても動きにくいと考えたのだろう。緒戦でかなり疲弊したバルト王国軍の横腹を喰い千切ってやるには十分な数であると判断したのかも知れなかった。


「(あれ? 独断か? ドーガが判断してくれたのか?)」


 おっさんは動くガイナスの部隊を凝視しながら、1人混乱するのであった。




 ―――




 ■中央ゴレムス暦1582年7月1日 14時頃

  アウレア平原 ネフェリタス軍本陣


「くそッ……何故だ……何故、余に味方せん!」


 戦線は膠着していた。

 おっさんたちからすれば、押し切れていないのでネフェリタス陣営は善戦していると言えるのだが、どうやらご不満らしい。

 主だった者は各自の陣へと戻っており、この場にはネフェリタスの側近やヨハネス伯爵家の人間しかいなった。先程から不機嫌な彼をなだめるのに周囲の者は苦労していた。


 庶子ではあるが、ホラリフェオの長男であったネフェリタスはいつも、正妻の子である次男のロスタトに苦汁を飲まされ続けてきた。先に生まれたのにもかかわらず、妾の子と言うだけで粗略に扱われてきたと本人は思っていたのだ。実際、表向きは慇懃な態度で接しられたが、裏では陰口を叩かれることなど珍しいことではなかった。これはネフェリタス自身の資質や性格によるところも大きかったのだが、彼がそれを知ることはない。


「バルト王国軍は何をしているッ! それでもレーベの末裔かッ! こんな体たらくだから自称と蔑まされるのだッ!」


 本陣にいたバルト王国軍艦の顔が屈辱に歪む。

 かつてのレーベテイン王国の末裔を名乗る者は多く存在する。アウレアにはカノッサスの領主であるブリンガー・ド・レーベ侯爵を始め、鬼哭関きこくかんの守将であったラムダーク・ド・テイン侯爵がそれに当たる。

 同様にレーベテイン王国の領土を取り戻さんとするバルト王国、ラグナリオン王国もそれを自称して合戦の大義名分としているのである。


「大公陛下、聞き捨てなりませんな。発言の撤回を要求します」


「五○○の竜騎兵に敗れた上、グラケーノ殿が討ち取られてよう言うわ」

「陛下ッ……お言葉が過ぎますぞッ……」


 ネフェリタスの暴言に側近の老臣が諌める。

 この合戦次第では、アウレアは2つに割れて争い続けることになる。

 その老臣はバルト王国の後ろ盾を失いたくなかったのである。


 そこへ伝令が引き止められるのを振り払い、本陣へと飛び込んできた。


「も、申し上げますッ! バルト王国軍が森林地帯より現れた部隊に急襲され壊滅ッ……右翼が崩壊して動揺が広がっているようでございますッ!」


バルト王国軍の左手にはオゥル伯爵軍が展開していた。

薄く横に伸びきって突撃と、供与された火縄銃の射撃をしていた軍勢が崩れそうになっていたが、まだネフェリタスに情報は上がらない。


「何たる醜態だッ! 撤回が何だって? 言ってみろ? ああ!?」


 バルト王国の軍艦は悔しそうに俯くと、歯をギリギリと噛みしめる。

 歯ぎしりの音がネフェリタスのまで届きそうなほど強く歯を食いしばっていた。


 一部隊の瓦解をきっかけに均衡は一気に崩れ去る。

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