第55話 おっさん、戦支度をする
■中央ゴレムス暦1582年11月1日
アウレア サナディア領 ウェダ
おっさんは新しく設けられた役職である、元帥の位に就任していた。
設けられたと言うより、ジィーダバ侯爵やニワード伯爵が自領へ戻った隙におっさんが作ったのだ。根回しをして、ホーネットに討伐令が出された際に総大将が就任する役職を作らせたのである。その権限は国家の兵力を強制動員できるほど強力なものであった。
エストレア事変で領地を加増されはしたが、伯爵と言う地位は陞爵されることはなかった。それを挙げて
もちろん、おっさんは国内を掌握するまで元帥を降りるつもりなどない。
これは明らかなジィーダバの失策であった。
ガーランドへ備えるために領国へ戻る際、まともな
おっさんの動員できる兵力は六○○○まで膨れ上がっていた。
これは国民を徴兵した時の数ではなく、常備兵の数である。
今後、開拓と投資が進めばもっと増えるだろう。
傭兵を入れれば更に増えるし、するつもりはないが徴兵と言う手もある。
現在もっとも忙しいのは兵器工房である。
兵士に装備させる剣、鎧、兜、軍靴、籠手などの製作である。
おっさんとしては趣味に走りたかったのだが、資金と材料の関係でできなかった。
もちろん、それとはおっさんの兵士を赤備えにすることである。
食糧の確保も進めているが、これは多くを各貴族諸侯に任せている。
現在の国力では兵站は機能しない。
継続的に食糧・物資の補給はできないからだ。
背後に憂いはないので国内に総動員を掛ければ一二○○○近くは集まるだろうとおっさんは考えている。
各家臣たちにも忙しく働いてもらっている。
ノックスには資金、食糧、装備の調達を、ドーガ、ガイナスには練兵を、ベアトリスには傭兵部隊を集めてもらっている。ベアトリスにはそのまま傭兵たちを率いてもらうつもりである。
一番忙しいのはボンジョヴィだろう。
ジィーダバ侯爵、ニワード伯爵家臣団への調略、そしてガーランドとの関係構築を任せている。
特に力を入れているのは、アウレアス会議で割譲させられた旧おっさん領に入ったジィーダバの家臣団だ。任されているのはジィーダバ侯爵家のリーマス将軍であり、彼はジィーダバ侯爵が寵愛している家臣のフィリプスとは不仲なのだ。何か反目することが起これば寝返らせることは容易だろう。
皆には焦らずじっくりやれと伝えてあるのでブラックな職場にはなっていないはずだ。アットホームな職場です!
※※※
おっさんの前にはボンジョヴィが座っていた。
座っているのは床である。
ここはおっさんが作らせた和の要素を取り入れた部屋なのである。
もちろん畳などないので板張りで、大名が座るあの高座、上段の間におっさんは座っている。
「調略ですが、申し上げたき儀がありまする。ジィーダバ卿の家臣リーマスに関しては変更はございませぬが、ニワード卿については彼自身をこちら側へ引き込んでは如何でしょうや?」
慣れない板の床に座ってボンジョヴィが告げる。
流石に
「ニワード卿を? そんなことが可能なのか?」
「可能だと考えまする。閣下が元帥位に着任されたことで閣下の権力は増大しました。それに今回の戦はバルト討伐です。バルトの地を攻略すればニワード卿の領地は全方位を閣下とその協力勢力に囲まれることになります。そこにガーランドとの同盟関係を持ち出せばこちらになびくかと」
「それだと前提としてガーランドとの同盟が上手くいかなきゃならんのだが、自信はあるのか?」
「そこはご期待くだされ」
「ふむ……。分かった。やってみてくれ」
「御意」
戦わないにこしたことはない。
おっさんは戦闘狂ではないのだ。
「ガーランドとのやり取りは順調なのか?」
「はッ! 近くガーランドに出向くつもりなれば、閣下に少し骨折りをお願い致しまする」
「分かった。俺は何をすればいいんだ?」
その問い掛けにボンジョヴィはニヤリと笑みを浮かべた。
―――
■中央ゴレムス暦1582年11月3日
首都アウレア
おっさんはアウレアス会議の後から、アウレアの通商卿に頼み込んで輸入品を見せてもらえるよう根回しを行ってきた。
目的は薬である。
取り敢えず怪しげな薬を購入し、家臣たちにアルデの病気の薬と称して服用を始めたことを大々的に発信した。怖いので本当に飲むことはないが、これでしばらく経って病気が快癒したことにすれば良い。
不安はある。
むしろ不安しかないと言った方が良いかも知れない。
顔のただれが完治したと言い、おっさんの顔をお披露目した時、一体どれほどの者が違和感を覚えるのか。
お前は誰だ?と言うのか。
お前はアルデ将軍ではない!と言うのか。
何で異世界転生じゃなくて転移にしたのかねぇとおっさんは独り語ちる。
しかも成り代わっての転移である。
おっさんは、神様に何か都合があったのだろうかと寝る前に考えるようになってしまった。
ふと誰かに呼ばれた気がして顔を上げると、そこには不思議そうな顔をしてこちらを見るドーガの姿があった。
今は怪しい薬を見つけた後、輸入品で何か良い品がないか物色中だったのだ。
「この毒々しい赤色よ」
「とても薬には見えませんな」
「ドーガ、飲んでみるか?」
「いえいえ、万年健康人間なので結構です」
「顔が治るって設定だぞ?」
「人の顔を病気みたいに言わないで頂けますか? 閣下(設定ってなんだ?)」
おっさんは釣れないドーガに背中を見せると他の品物を漁り始めた。
「お。宝珠あるじゃん。これも買おう」
銀色と赤色の宝珠を見つけたので手に取って喜んでいると、見たことのない宝珠を発見した。青味がかった銀色に輝く宝珠だ。初めて見るので宝珠か疑問になるほどである。おっさんはすぐに手に取ると、使用してみるべく念じた。
『
頭の中に響く謎の声。
おっさんはこの明らかに高レアリティの予感のする宝珠を買うことに決めた。
薬を求めてやってきたらとんだ掘り出し物が見つかった格好である。
「(とにかくこの形状のものを見つけたら全力
他にも武器や防具などを見てみたいところだが、このままでは幾ら時間があっても足りない。それにここにある品物は優先的に見せてもらっているだけなので買い過ぎるのもマズいだろうとおっさんは思っていた。
「(うーん。宝珠はドーガに探してもらって剣とか鎧を見るか……)」
おっさんは何気なくボードを出現させる。
するとボードに剣や鎧などの一覧が表示された。思わず驚いたおっさんであったが、確かにそうかと考え直す。カノッサスで無銘の剣を見た時もボードに反応した物のみを持ってきていたはずだ。つまりこのボードは検索機代わりにもなり得るのである。範囲のほどは不明だが。
おっさんとドーガはホクホク顔で貴重品保管庫を後にしたのであった。
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