第56話 おっさん、接触する
■中央ゴレムス暦1582年11月5日
ガーランド 首都ガリル
その部屋の中央には巨大な円卓が置かれていた。
席の数は8つ。
それぞれの席に各種族の代表が座っているのだ。
ガーランドはこの中から国家主席を選任して国家運営していた。
ガーランドは人間を含めた多くの種族が集まって建国された国家である。
列強国のガーレ帝國が蛮地と呼んで寄りつかなかった地がここガーランドであった。この場所は全てを受け入れる。どんな種族であろうが、どんな出自であろうが、どんな身分であろうが。
八族協和を
ここにいる8つの種族。
人間族、ハイエルフ族、エルフ族、ダークエルフ族、ドワーフ族、鬼人族、獣人族、
「皆、揃ったようだな。では始めるか」
司会進行役の男が皆をぐるりと見渡すと、それぞれの席に座った者が頷く。
彼は金髪でオッドアイの年若い青年に見えるが、この中で一番の長寿である。
その名をアンセルム・オードランと言った。
「最初はアウレア大公国の件だ」
「いつもの密書のことか?」
そう尋ねたのは黒髪の凶悪な目をした鬼人族の男であった。
今にも人を殺めそうなほどに禍々しい目である。
「そうだ。だがいつもとは違う」
「いつもと一緒なのか違うのかどっちなのだ?」
「今までは我々が現在戦っているアウレア大公国のジィーダバを牽制してくれと言うもの。そして今回の内容はガーランドと同盟関係を築きたいと言うものだ」
「なんだそれは? 戦争中なのに同盟したいと? それならば停戦してから話し合いの場を設けるのが普通であろう。国内で意見がまとまっていないのか?」
「密書の主はアルデ・ア・サナディアと言う人物だ。いつも攻めてくるジィーダバとは違う。彼は烈将アルデと呼ばれる猛将で元帥位にいるらしい」
「猛将なのか! 一度手合せ願いたいもんだぜ!」
獣魔族の男が興奮したように立ち上がる。
この男は好戦的な獣魔族の中でも特に
「まぁ聞け。数か月前にアウレアで内乱が起こったのは知っているな? 大公が殺された事変だ。その首謀者を討ったのが彼だ」
アンセルムの言葉に疑問を呈したのはエルフ族の女であった。
「アウレアで本当に実権を握っているのは彼だと言うことかしら?」
「そうだ。しかし、彼は動くに動けないのではないかと思っている」
「……だから密書なのか」
「それってバレたら越権行為で首斬られんじゃないの?」
「どうでもよい。我が国が儲かるか儲からないかだ」
「向こうは和平を願っている。我々はどうする?」
「こっちには戦う理由がないからねぇ」
「と言うかこちらが攻められておるからのう」
「油断させておいて奇襲する気ではないのか? 信用できんな」
「誠意が感じられん。ガーランドまで来て今までのことを詫びるべきだろう」
「俺は戦いてぇな。戦って白黒つけりゃあいい」
「交易ができれば金が入る。アウレアには金だけはあるからな」
国家主席の真剣な声に各種族の代表は神妙な態度でそれぞれの見解を述べた。
「状況的に厳しいのだろう……と言いたいところだが、そのサナディア元帥側の人間が是非我らに会いたいと言ってきている」
「ほう。だが会いたいのならば向こうからやってくることだな。まぁできまい」
「いや、こちらに来るらしい。ガルト山を越えてな」
意外な言葉に他の7人が思わず絶句した。
―――
■中央ゴレムス暦1582年11月26日
ガーランド 首都ガリル
ボンジョヴィは陣中見舞いと言う名目でジィーダバ侯爵の元を訪れて、手土産を渡した後、戻る振りをしてガーランドへ入った。国境を警備する兵士の目を逃れるために11月末と言う寒い時期の中、山岳地帯であるガルト山を突っ切ったのである。
かなり危険な行為であったが、ボンジョヴィ覚悟の強行軍であった。
そして今、彼は立派な応接室に通されていた。
意匠の凝った作りで壁には直接彫刻が施されている。
アウレアにはない建築様式で、人間文化とは違う独自の進化を遂げたことが分かる。
ボンジョヴィは何もかもが珍しいとばかりに興味深く至るところを観察した。
例えば出された紅茶のカップ1つにしても洗練されており美しい出来だ。
美味い茶がなおさら美味しく感じられる。
「すまないね。お待たせしてしまったかな?」
見入っているところに突然声を掛けられ驚いたボンジョヴィであったが、そんなことは
「いえ、こちらの都合の良い申し出を受けて頂き、感謝の言葉もございませぬ」
ボンジョヴィはお礼の言葉の後に名を名乗った。
それに返答する形で入ってきた人物も口を開く。
「私はアンセルム・オードランと申します。現在の国家主席をしております。それにしても驚きました。まさか戦争中の我が国と同盟を結びたいとは」
まさかの国家のトップの登場にまたしてもボンジョヴィは驚くが顔色1つ変えることなく飄々と言ってのける。
「突然の訪問にもかかわらず国家主席たるオードラン様にご対応頂けるとは恐悦至極。それにつきましても申し訳ございません。しかし、我が主アルデ・ア・サナディアが元帥となったことで、無益な戦いを止めるべくこの度のご提案と相成りました」
おっさんは元帥位の権限を拡大解釈して、無理やりガーランドとの戦争に介入するつもりであった。
「なるほど確かに無益な戦いだ。だがサナディア卿にこの戦争を止める権限があるのですか?」
「はい。我が主サナディアは元帥位に就任致しました。貴国と戦っているジィーダバが何を言おうと軍事の全権を持つ我が主が黙っておりませぬ」
「ほう。では早速黙らせて頂きたいのだが……」
「もちろんでございます。しかし、命令を発してもジィーダバが大人しく従うとは思えませぬ」
「我々に牽制しろと申されるのかな?」
「いえ、貴国には静観していて頂きたい」
「!? 我が国には何も求めないと?」
ボンジョヴィはアンセルムが驚愕したのを満足そうに見つめている。
とは言ってもその笑みはずっと変わらない。
アンセルムはボンジョヴィがわざわざ危険な山越えをしてガーランドに来たのは、協力を要請するためだと考えていたので、自国に対する要求に対価を求めるつもりだった。
「ジィーダバ如きも何とかできないならば、貴国としても我が国を重要な同盟国とは思えないでしょう? そう言うことです」
「単独でジィーダバの軍を止めると?」
「貴国は見ていて頂ければと存じまする」
「ならば何故、わざわざ危険を冒してガーランドにいらしたのか?」
「誠意を見せるべきと我が主が考えたからです。これもひとえに良い関係を築くため。ことが成れば、ガーランドとアウレアは強固な同盟国となりましょう」
「分かりました。サナディア卿によろしくお伝え下さい。ご武運を」
アンセルムがそう言うと、2人は立ち上がりがっちりと固い握手を交わしたのであった。
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