第18話 おっさん、まだまだ蚊帳の外

 ■中央ゴレムス暦1582年6月20日 14時

  アウレア平原 西の森林地帯


「何が起こったッ!?」


 そこは地獄と化していた。

 アウレア大公ホラリフェオとその護衛騎士、五○、そして同行していた貴族の面々は初撃でその大半が討ち取られた。貴族たちはそれぞれ護衛を連れて来ていたため、その数は二○○近く居たはずなのだが防ぎきることができなかった。

 当たり前である。不意を突かれた上、兵力差は歴然としていたのだ。


「陛下、お逃げくださいッ!」

「お……のれッ! ノッラス、何処いずこの者ぞッ!」

「旗印は……バルト……バルト王国軍ですッ!」

「バルトだとッ!? 何故国内にバルト軍がいるッ!?」


 そう叫んでおいてホラリフェオはすぐにその可能性に気が付いた。

 普段は温和なその顔が修羅の如く憤怒の色に染まる。


謀叛むほんかッ! どこから……鬼哭関きこくかん……テイン侯爵家かぁぁぁ!」


 斬りかかってきた敵兵に大剣を叩きつけ返り討ちにしたホラリフェオが吠える。

 とても53歳とは思えないキレのある動きで、次々と湧いて出て来る敵兵を斬って斬って斬りまくっている。その顔は既に返り血で紅に染まっていた。


「陛下ッ! 近習と共にすぐアウレアス城に落ちのびてくださいッ! 籠城すればアルデ将軍の軍が戻るはずですッ!」


「貴様はどうするッ!?」

「私はもう十分に生きました故、バルトの蛮族共を地獄に道連れにしてやりますわい」


 晴れやかな笑顔でそう言ったのは、元近衛隊の部隊長を務めていた男でホラリフェオとは旧知の仲であった。今は孫の面倒を見ながらも、予備役につき兵士たちを訓練する鬼教練士として名を馳せていた。


 ホラリフェオの下に近習筆頭のモリランと五騎の兵士が駆け付ける。

 その中にはソルレオとノルレオの姿もあった。




 ―――




 ■中央ゴレムス暦1582年6月20日 15時

  アウレア平原 西の森林地帯


「何たる無様だッ!」


 オゥル伯爵は配下の将軍を怒鳴りつけていた。

 僅かな護衛など鎧袖一触で蹴散らしてホラリフェオを討ち取るはずだったのが、まんまと逃げられたのである。用意周到に時間を掛けてきた計画だけにその怒りは凄まじい。


「腐ってもあの大公なのだぞッ! 油断したな貴様ッ!」


 年老いたとは言え、『血河けつがのホラリフェオ』の異名を持つ豪傑である。

 既に各方面に捜索隊が散っている。

 首都アウレアの居城アウレアス城に逃げるのは間違いない。

 顔色を変えて項垂うなだれる将軍に、激昂したオゥル伯爵は罵倒を投げ掛け続ける。


「初撃で奴を討ち取って、電撃的にアウレアス城を制圧しなければいけないのだッ! 少数でも籠られれば無駄に時間を浪費するだけなのだぞッ!」


 既にバルト王国軍がアウレアス城に向かっているはずだが、彼らが城を落とせば発言力が高まり、要求が天井知らずになる可能性がある。

 兵力的にアウレアス城を落とすのはバルト王国軍の役割だが、そこにホラリフェオがいるかいないかでは大きな違いが出て来るのだ。


 いくら寝返って国内にバルト王国軍を引き込んだとは言え、イニシアチブを取らねば今後の立場が危うくなるのだ。


「まさかあの阿呆に期待することになるとは……クソッ!」


 オゥル伯爵は怒りが収まり切らず床几を蹴り飛ばし、憎々しげに毒づいた。




 ―――




 ■中央ゴレムス暦1582年6月20日 16時

  アウレア平原 ホリフ兵士詰所


 アウレア国内には至る所に兵士の詰所が存在する。

 特段、砦のような防御機構がある訳でもなく、駐屯する兵士もほんの僅かである。

 役割としては治安維持、魔物討伐などがあり一定の間隔で築かれている。

 そこに息も絶え絶えに逃げ込んできた者がいた。


「はぁはぁ……」

「ロ、ロスタト公子殿下!?」

「アドがつぶれた……代わりをすぐに用意してくれ」


 その要請に応えて駆け足で厩舎に向かう兵士。

 ホリフ兵士詰所の兵士長は戸惑いながらも尋ねたのは――

 

 ――ロスタト・エクス・アウレアウス。


 アウレア大公国の第1公子であった。

 供廻りとして3人の近習が彼に付き従っているのみだ。

 彼はホラリフェオらと共にイーグ狩に参加していた。


「おいッ! 水を用意しろッ! 殿下、一体何が……」

「バルトだ……バルト王国軍に強襲された……」

「ッ!?」


 まだ荒い呼吸を何とか整えながらロスタトは兵士長に説明していく。


「な、何故……。鬼哭関きこくかんが抜かれたのか? はッ……大公陛下はどうなされたのです!?」


 兵士長はすぐに思い当たったのか自問自答していたが、国家元首たるホラリフェオもイーグ狩に参加していたことを思い出して取り乱す。


「いや、恐らく謀叛だ。奴らを引き入れた者がいる。我々は皆散り散りになった」

「何と……兵を、直ちに兵の参集を。おい、騒がずに全員を集めろ」

「すぐに出るぞ。アウレアに戻り籠城するしかない」


 この詰所にいるのは二○程度である。

 とてもじゃないが大軍に抵抗できようはずがない。

 焼け石に水と言う言葉はまさにこの時のためにあるようなものであった。


「た、大変です! 騎兵の一団が現れました! 兵士長を出せと申しております!」


「敵の数は……?」

「は……?」

「敵の数はと聞いておるッ!」

「敵? 敵でございますか!?」


 ロスタトはその一団を敵と認識した。

 伝えに来た兵士はロスタトの言葉を聞いていない。

 薄らと状況を理解したその兵士が明らかに狼狽うろたえ始める。

 それを落ち着かせたのは兵士長であった。

 冷静な声色で馴染の兵士に問い質す。


「落ち着け。見たままを説明しろ」

「はッ……およそ……五○程度かと」


 それを聞いたロスタトの顔が少し明るい物に変わる。

 その数なら詰所の兵士と共に逃げおおせると踏んだのだ。


「よし。少し時間を稼げ。裏門に敵兵はいるか?」

「すぐに仰せの通りにせよ! 周囲の兵の位置は全て報告せよ。直ちにだッ!」


 ロスタトの命令に兵士長がすかさず指示を飛ばす。

 アドの用意、敵兵の位置、更には表門に閂を掛けさせる。


 ここでロスタトにとって運の悪いことが起こる。

 すでに起こっていると言えばそれまでなのだが、更なる不運が彼を襲った。


「申し上げます! 別の一団がこちらへ向かってきております! 数およそ五○!」

「ちッ……すぐに出るぞッ! 裏門から全員で突破する!」


 その即断に兵士たちは弾かれたように動き出した。


「(くそッ……せめて防御機構がある砦だったならッ……)」


 そう心の中で独り語ちながら厩舎へと急ぐ。

 兵士たちが非番の者も含めて集まってくる。

 その時、表門から大きな音が鳴り響く。

 それは人間が扉に体当たりしているような音であった。

 詰所の門は木製である。防御するために作られた砦ではないので、そもそも戦うようにはできていないのである。中には塀を乗り越えようとする者までいる。当然城壁ではないので、普通の焼きレンガの左程高くもない塀である。


「行くぞッ! 騎乗せよッ! 裏門を開けッ!」


 開門し、狭い入口から外へ飛び出すと、ヒュンと言う風切音と共に何かがロスタトの顔をかすめて後ろの兵士に突き刺さる。言うまでもなく弓矢であった。裏門前には既に数十の騎兵が弓を引き絞っている。

 この部隊長は怪しいと判断するや、表門から突入すると見せかけて兵を裏へと回したのであった。


「突撃しろッ! 強行突破だッ!」


 怯まずに突撃を敢行するロスタトたちであったが、無慈悲にも次々と飛来する矢に体やアドを貫かれ1人、また1人と数を減らしていく。


 ロスタトは判断を誤ったのだ。

 表門にかんぬきを掛けたことだ。

 その行為が追手の兵士に違和感を抱かせたのである。

 閂を掛けず普段通りに応対させ、その隙に裏門から抜け出していれば結果は違っていたかも知れない。


 アウレア大公国の第1公子ロスタト・エクス・アウレアウスは体中を矢でハリネズミのようにさせ、ついにはアドから転落した末に捕縛されたのであった。

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