第17話 おっさん、出番がない

 ■中央ゴレムス暦1582年6月20日 10時 アウレア平原


「はっはっは! 見よ! 私のイーグがメガラビィを捕らえたぞッ!」


 ほとんど遮蔽物がない平原にホラリフェオの声が響く。

 如何にも愉快と言った声色である。

 天気は少々雲が見えるがイーグ狩日和と言えよう。

 ご満悦のホラリフェオにご機嫌取りの言葉が相次いで掛けられる。


「流石は大公陛下のイーグでございます。おい! もっと勢子せこを出せ!」


 勢子とは獣などの得物を追い立てる役回りである。

 オゥル伯爵の大音声で慌ただしく彼らが動き出す。

 得物が次々と追い立てられ、それを貴族たちのイーグが狩ってゆく。

 しかし人数が人数である。同じ場所に留まっていては得物がいなくなるのが道理であった。


「ふむう。得物が少ないな」

「良い場所がございます。そちらへ移動しましょう」

「何? 穴場があるのか? 流石はオゥル卿。抜かりはないな」

「ええ。ありがとうございます。


 一行はアウレア平原を西へと移動していく。

 そこには得物が潜む小さな森林地帯が存在した。


 大所帯が平原を進む。


「くくく……得物がいるか。どちらが得物でどちらがイーグなのだろうな」


 先導するオゥル伯爵は計画の成功を確信して1人嗤った。




 ―――




 ■中央ゴレムス暦1582年6月20日 11時 カノッサス


「アルデ将軍は今どの辺りだろうか……」


 家宰ロンメル・ジェイガンの報告を受けてレーベ侯爵は苦々しい表情で呟いた。

 そんな主君を気遣ったのか、ロンメルが現状を伝えて心を落ち着けさせようと試みていた。


「閣下、何も心配は要りませぬ。アルデ将軍が竜騎兵のみでこれほど速く引き返してくるのは想定外でしたが、足止めすることもできました。間もなく決行のときを迎えるでしょう」

「しかし、そのせいで我が軍は動けなかった。伝令は出したが、上手く合流できるのか……?」

「どんなに準備しても想定外のことは必ず起こり得ます。計画は綿密に練られておりますが、多少の軌道修正は利きましょう」


 それでもレーベ侯爵の不安げな表情が晴れることはない。

 右手で眉間を押さえると何やら考え込む。

 そしておもむろに椅子の背もたれに寄しかかると大きな溜め息を着いた。


「ロンメル、本当にこれで良かったのか……?」

「全てはレーベテイン王国再興のためです。ホラリフェオ大公は我々を軽んじ過ぎたのです」


 正確にはレーベ王家とテイン王家が両立する国家であり、レーベ侯爵はレーベ王家に連なる者であった。テイン家は今回の計画に関わっていないので厳密に言えばレーベテイン王国が再興する訳ではない。

 とは言え、レーベ侯爵領はレーベ王国として独立する密約となっていた。


「我らの祖先が助けられたのだぞ? 私に忘恩ぼうおんになれと申すのか」


 もう幾度となく同じことを言っているのだが、ロンメルの返事は変わらない。

 レーベ侯爵も不安のあまり確認しているだけなのだが、本人にその自覚はない。


「このままでは待つのは緩やかな衰退でございます。それに失敗しても我々に累が及ばない可能性が出てきました」

「何ッ!?」

「我々はアルデ将軍を歓待致しました。彼がことを知れば思うでしょう。カノッサスに叛意があれば彼を殺せたのにそうしなかったと」

「首謀者が捕まれば謀叛に連なる者は全て明るみに出るぞ?」

「しらばっくれればよろしいでしょう。証拠は残しておりませぬ故」


 涼しい顔をして断言するロンメルにレーベ侯爵はこれまた同じ考えに至る。

 その表情は冴えない。


「(そんな都合良くいくものか?)」


 希望的観測で自分の都合の良いように解釈していっても現実がその通りになることなど極めて稀なのだが、今の圧倒的優位な状況が判断を誤らせる。

 一見して完璧に見える計画でも1つの不確定要素が生まれた時点で、それは安定を欠き、その土台は脆くなるものだ。


「あの忠義の士と言われたアルデ将軍はどう動く?」

とむらい合戦を挑んでくるでしょうな」

「やはりか……いくさになればどちらが勝つと見る?」

「閣下、アウレアにはまともに戦える兵力はおりません。日和見する諸侯も多いと思われます。サナディア領にも一○○○程度しかいないでしょう。如何に戦上手で知られるアルデ将軍でも兵力の差は覆らないと思われます。心配ならしばらく様子を見ればよろしいかと」


 レーベ侯爵が抱いた一抹の不安を楽観的に捉えたロンメルは、主君に洞ヶ峠ほらがとうげを決め込むように進言するのであった。




 ―――




 ■中央ゴレムス暦1582年6月20日 12時頃

  ヨハネス子爵領 アウレア平原付近


「ネフェリタス閣下……本当にこちらの道でよろしいのですか?」


 ネフェリタス・エクス・アウレアウス――ヨハネス伯爵家の養子に入り家を継ぐことになった大公ホラリフェオの第2公子である。


「くどいぞ、ベアトリス。我が軍はアウレア平原を通りノーランドへ進軍してアルデ将軍と合流する。全ては予定通りだ」


 ベアトリスと呼ばれた若き女将軍はこの軍の実質的な統率者である。

 獄炎の如き髪をギブソンタックにしたこの将軍は若くして頭角を現したヨハネス伯爵家に仕える才媛であった。先代のアウレア大公から授与されたミストレスアーマーに身を包み、神器セイクリッド・アームズの聖剣ヴァルムスティンを持つ英雄の血を継ぐ者でもある。


 ネフェリタスは21歳。

 しかし戦いの経験などあろうはずがなかった。

 ベアトリスとしてももちろん諌めることはままあったが、養子に入りヨハネス伯爵家を継ぐとは言え、元は第2公子なのである。普通の貴族子息に諫言するのとは訳が違う。


「(確かにノーランドにはアルデ将軍がいると聞いている。しかし何故、私に詳細が知らされないのだ? それにアルデ将軍はヘリオン平原に派遣されたと言うが……どこか違和感がある。それになんだ? この不快な感覚は……)」


 ベアトリスは自分の第六感が何かを訴えかけているような気がしていた。

 しかし軍人の発言の根拠が勘と言えるはずがあろうはずもない。


「(ノーランドへ至る道は2つある。平原を突っ切る道と森林地帯の中を進む道だ。この蒸し暑い季節に平原を進軍して兵をいたずらに疲弊させるものか?)」


 彼女はネフェリタスが進軍と同時に各地にバラ撒いているアド斥候――騎兵斥候の多さにも違和感を覚えていた。説明ではノーランドの伏兵に備えるためとあったが、あまり納得できるものではなかった。


「これではまるで敵地ではないか……」


 ベアトリスの呟きは風に乗って消えた。




 ―――




 ■中央ゴレムス暦1582年6月20日 13時 アウレア平原


「ソル、ノーランド様の仇討ちが出来そうで良かったよね」


 平原に作られた天幕の中、現在ホラリフェオを始めとした貴族たちは昼食を摂っている最中である。

 ノルレオとソルレオはホラリフェオの護衛として周囲を警戒していた。

 食事は干し肉と水を飲んだ程度である。

 晴れているのは良いのだが、今日は蒸し暑い。

 兵士たちは皆、喉の渇きに苦しんでいた。


「ん? ああ、そうだな」

「どうしたの? せっかくの念願が叶いそうなのに……」


 双子の姉弟の弟であるソルレオの素気ない言葉に、姉のノルレオが意外そうな声を上げた。両親を失った2人を幼少期に引き取って育ててくれたノーランドの仇討ちが出来るのである。どこか心ここに在らずなソルレオであったが、もっと喜んで良いはずであった。ノーランドは配下の将であったガラハドの裏切りに遭って殺されたのだ。


「ノルが気にすることじゃない」

「私が気にすること? 何かあるの?」

「もうすぐアウレアは大混乱に陥る。俺はそこでのし上がってやるんだ」

「大混乱? 立身出世と何か関係あるの?」

「だから姉ちゃんが心配することじゃないよ。俺は全てを手に入れるんだ。もちろんガラハドも殺す」

「こらッ! 私はお姉ちゃんなんだゾ! ちゃんと説明しなさい!」


 いつも姉の立場を振りかざして何事にも悉く干渉してくるノルレオにソルレオは面倒臭そうな視線を向ける。その表情はしかめっ面だ。


「大公陛下がガラハド征伐の兵を出してくださるんだゾ! 感謝しないと!」

「それが余計なんだよ姉ちゃん。大公……陛下は恐らくカラハドを捕らえて処刑するはずだ」

「それの何がいけないの? はッ……もしかしてガラハドは生かして罪を償わせろとか言うつもり!?」

「んなこと言う訳ないだろ……。ったく少しは考えろよ。ガラハドは殺さなきゃいけないんだ。分かるだろ?」


 呆れ果てた口調で大きな溜め息を着きながらソルレオが漏らす。

 ノルレオを見る目が憐れな者へ向けるような感じであるお前は馬鹿か?と言っている

 彼女の顔が驚愕に変わる。心なしか顔色が悪い。


「まさか成り代わるつもりなのッ!?」

「声が大きいッ!」


 ノルレオが思わず大きな声を上げたのを慌てて嗜めるソルレオ。

 それを聞いて彼女も慌てて口に手を当てる。


「だから言いたくないんだよ……」

「でも陛下に力を借りなきゃ誰に借りるんだい? まさか!」

「1人で乗り込む訳ないだろ……」

「何で言いたいことが分かったんだ」

「双子だからだろ。いや姉ちゃんが単純過ぎるだけか」

ぬわぁーにをー!」


 ノルレオがくわっと大きく目を見開いて抗議の声を上げるもソルレオは取り合わない。手をあっち行けとばかりにひらひらと振って問答無用の態度を取る。


「とにかく他人に殺させる訳にはいかないんだよ」

「ああ、それで……」

直接殺してでも奪い取るなにをする きさまらー!

「それでどうするのさ。まぁ私は本当かまだ疑ってるけどね」


 結局、話が終わらないので、ソルレオは仕方なく自分が実行することだけを簡潔に伝えた。ノルレオは絡み出したらキリがないウザ絡みしてくるのである。


「もう渡りは付けてある。戦場で殺せなければ処刑人は俺がなるし、他のヤツが殺せばそいつも殺す」

「……誰に渡りを付けたんだい?」

「姉ちゃんには言わない」

「ブーブー。ひどいあんまりだー!」

「鏡を見ろよ。答えがあるから」


 終わりの見えない会話にソルレオは当て付けにまたまた大きな溜め息を着いたのであった。

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