第3話 おっさん、現実と向き合う
「敵将、討ち取ったり!」
喧騒に包まれる戦場の中、やけにはっきりとおっさんの声が響いた。
上半身がほぼない状態の死体がアドを走らせる姿を見たのか見ないのか、バルド王国軍は一気に瓦解し散り散りに潰走した。豪奢な鐙や装飾を着けたアドが人間の下半身を乗せて走り去るのを目撃したからかも知れない。
「キミキミ」
おっさんは名前が分からぬ。おっさんは、日本人である。具足を着て刀を振り、武者として遊んで暮らしてきた。
おっさんの言葉に一緒に戦っていた大男が反応する。
「は……? 私でしょうか?」
「そうそう。名前なんだっけ?」
「ドーガ・バルムンクですが……。お忘れで?」
「そう、
大男――ドーガは呆気に取られたような表情だ。先程までの冷静なそれではない一面が見れておっさんは満足だ。
「あーそれでドーガくん。キミは竜騎兵を率いて追撃してくれ」
「はッ!」
ドーガはすぐに我に返ったようで竜騎兵をまとめると敗残兵へ向かって行く。
おっさんの方は老兵と合流した。
「おお、将軍閣下! ご無事で何よりでございます。まったく走竜で直接突撃など肝を冷やしましたぞ……」
「えっそうなの?」
「えっ」
「えっ」
老兵の顔に「何それ怖い」みたいな文字が浮かんでいるが、おっさんは気にしないことにした。
おっさんが、部隊長たちに被害状況を確認させていると、ケバケバしい華美な甲冑を身に着けた貴族風の嫌味そうな顔をした若い男と、澄まし顔の壮年の男が近づいて来た。それを見た老兵がそっと耳打ちしてくる。
老兵の名前より先に、他国の人物の名前を知ってしまい
何せ、現在の状況が全く分からないからだ。
夢だと思っていた。いや夢だと思おうとしていたが、戦っている内にそうでもないらしいとおっさんはビビッときたのだ。
そもそも西洋甲冑の中で1人だけ当世具足の時点で有り得ない。
いきなり戦闘できるのもおかしな話だが、死んでゆく者たちを見ていると到底偽物とは思えない。
となれば――
「これはアルデ将軍、噂に違わぬ采配ぶりでしたな」
声を掛けてきたのは、貴族のような若い男であった。
おっさんはすぐに思考の中断を余儀なくされる。
「えーっと、スノッフ卿ですか。恐れ入ります」
「我が国について頂いたばかりでなく、先軍を完膚無きにまで叩きのめされるとは凄まじいご活躍ですな。感謝申し上げます」
「いえいえ、両国の連携のお陰でしょう。ふはははは」
情報がないので何となく話を合わせて、愛想を振りまいておくしかない。
話し方も一応それっぽい口調になるように心がけてはいるが、その内ボロが出かねない。取り敢えず、丁寧な言葉を選んでおけばなる。何とか。
ダンケルク・スノークス少佐の口から先軍と言う言葉が出たが、おっさんは嫌な予感しかしなかった。まるで後詰があるかのような言い方ではないか。
おっさんは心の汗をかいていた。ついでに面頬も外したいほどで、額を汗が伝っているのが分かる。今は涼しい季節なのか吹きつける風は冷たいが、それでもずっと兜と面頬をつけているとムレて敵わない。
のだが、おっさんの勘が絶対に面頬を外すなと
「(この人たちは俺をアルデ将軍だと思っている……バレたら詰む)」
「思ったより短時間で終わりましたからな。しかも蹴散らせたのは大きい」
「すぐに防衛陣地を構築しましょう」
スノッフ卿は満足気な表情を崩さない。
スノークス少佐の発言から考えるに、ラグナリオン王国は防衛に徹するつもりのようだ。あるいは後詰を待って進軍する気か。
「それでこれからどうなさるおつもりで?」
「フフフ……そうですな。烈将と呼ばれるアルデ殿のことです。何か策がお有りなのでしょう?」
「(ねぇよ! そんなんこっちが聞きてぇんだよ!)」
スノッフ卿が何やら薄ら寒い笑みで、尋ねてくるが生憎、こちとら策などない。
あろうはずがない。
おっさんは質問したのはこっちなんだが?と内心毒づきながらも無難な答えを言っておく。
「バルト王国にも後詰がありましょう。こちらは防御に徹すれば良いのでは?」
「防衛ですか……」
スノッフ卿はお気に召さなかったようで渋い表情をしている。
おっさんは情報が欲しかった。
それでも流石に他国の者に聞く訳にもいかない。
「(うーん。老兵さんに色々聞きたいんだけど、アルデ将軍じゃないとバレるのもマズそうだしなぁ……。この戦いってどっちから仕掛けたんだ。防衛陣地を築こうってからには、攻めて来たのはバルト王国か。一応、兵士を預かってるんだから無暗に死地に赴かせる訳にもいかんよなぁ。あ、でも老兵さんがどっちにつくか判断しろって言ってたっけ……。となれば俺たちの立場は弱いのか。でもこちとらアウレア大公国の代表なんだし、結果も出したんだ。言うべきことは言わないといかんでしょ)」
「スノークス殿、貴国の意図をお聞きしたいのですが?」
「我が国としては西ヘリオン平原が護られれば、目的は達せられますな」
「バルト王国はこの平原に何かこだわる理由でも?」
「……長年争っている土地ですからな。引く訳にもいかんのでしょう」
おっさんは腕組みをして思考を巡らせる。
アウレア大公国は既にラグナリオン王国に味方してしまった。その王国が攻勢に出る気がないのなら無理をする必要など欠片もない。
「それでは我らも防衛を固めます」
おっさんがそう言うと、渋い顔をしていたスノッフ卿も大人しく引き下がった。
その後、部隊の配置などを決めて、両国は陣へと引き返したのであった。
陣に戻ると、おっさんは床几にどっかと腰を下ろす。
近くに水源を見つけてあったのか、兵士の1人が水を持ってきてくれた。
面頬を取らずに顎の部分をズラして、水を一気飲みする。
涼しい季節とは言え、ずっと水分を摂っていなかったのだ。
「おおう……体に染みわたるわー」
兵士にお礼を言っておっさんは、早速老兵を近くに呼んだ。
後は部隊長ごとに陣地の構築を指示する。
詳細は理解していないので、おっさんは迷わず丸投げした。
今の陣地を強化するくらいなので、恐らく問題ないだろう。
「すみませんね。今、陣の見直ししてたんでしょ?」
「いえ、大丈夫でございまする」
「とにかく情報を知りたいんですよね。この戦争に至る経緯から我が国のことまで知り得る全てを教えて欲しいんだけども」
「全て……でございますか?」
おっさんはうむと首を縦に振る。
老兵が怪訝な顔をしているが、とにかく知らなければ始まらない。
まず、アウレア大公国の周辺の勢力の変遷を聞き出した。
・おっさんが属する国家の名前はアウレア大公国。
・北西方向にラグナリオン王国が、北にバルト王国がある。
南西にはレストリーム都市国家連合があり、東は海に面している。
・アウレア、ラグナリオン、バルトの3か国は元々レーベテイン王国だった。
・666年前にアウレア大公国が自治権を得て平和的に独立。
・86年前にレーベテイン王国が分裂。その後、離散集合を繰り返す。
・64年前の〈狂騒戦争〉でアウレア大公国は領土の4分の3を失い、国力は大幅に低下。
・30年前に現在の勢力図の通りになる。
・昨年のバルト王国との戦いで大敗し、多くの戦死者を出した。名だたる貴族や将軍が討ち死にしてしまった。
・ラグナリオンとバルトはレーベテイン王国分裂時の頃から敵対している。
・今回の戦いに先だって両国から与力して欲しいと要請が来た。
「(聞く限り、バルト王国はよくもぬけぬけと参戦を依頼してきたもんだな)」
おっさんは少し不愉快になりながらも話を再開する。
まだまだ知らねばならないことがある。
「ノックス、次はアルデ……俺に関することをお願いします」
ノックスは困惑しながらも不承不承と言った感じで口を開こうとした。
「ドーガ・バルムンク、ただいま戻りました」
「お疲れ様。どうでした?」
「散り散りになった者以外は討ち果たし、降伏した者は捕らえてあります」
「そっか。ならば良し。ドーガくんもノックスと一緒に教えて欲しいことがある」
こうして烈将と呼ばれるアルデ将軍について2人は話し始めた。
・アルデは、アルデ・ア・サナディア、42歳、小国に落ちたアウレア大公国を護るために各地を転戦し、烈将の二つ名を持つ。爵位は伯爵。独身。病気で顔や体の一部がただれており、いつも頭部を包む
・老兵の名前は、ノックス・ブライフォード、58歳でアルデの副官を務めている。
・ドーガ・バルムンクはアルデ軍団に3年前に中途で入った騎士。元傭兵。25歳。
・アルデは、珍しい物が好きで海洋貿易で見つけた変わった赤い甲冑を着ている。
・アルデの愛刀は『
・性格は温厚、怒ると激しいが、公明正大、派閥には属さず。
「あの……。上官の前で上官のことを語るのは何と言うか……」
ノックスはどこかやり辛そうにしている。
当然と言えば当然である。
おっさんも自分が命令されたら、口ごもるだろう。
「いや、申し訳ないです。ちょっと周りからどう思われているか気になったんです」
「は、はぁ……」
おっさんは口から出まかせを言って誤魔化すが、ノックスは納得いかない表情だ。
その時、兵士が天幕の外から声を掛けてきた。
伝令だったので3人で話を聞くと、バルト王国軍が東の山岳地帯の麓に現れたらしい。対応と警戒はノックスに任せると言う指示を出した。
ドーガと2人になったところで彼が口を開いた。
「少し気になったことがあるのですが」
「ん? 何ですか?」
「恐れながら……閣下は性格が変わられたように感じます」
「え、マジで?」
「はい。口調もですね。今もそんな感じであります」
「以前はどんな感じだったっけ?」
「基本的に寡黙でいらっしゃいましたが、形式ぶった感じの話し方をされておりました。今は……その、何と言うか親しみやすいと申しますか……」
おっさんは全てを察した。
昔の偉い人のような話し方を真似してみていたが、所詮付け焼刃だったようだ。
親しみやすいのは現代日本人だからしょうがないね。
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